尾上松緑とペリー荻野が“時代劇愛”を込めて語る“大岡越前”、4月は「天一坊大岡政談」で会いましょう

“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”をキャッチコピーに、コロナ禍でも工夫を凝らし、毎月多彩な演目を上演している歌舞伎座。4月の「四月大歌舞伎」第一部には、“天一坊事件”を巡る講談をもとに河竹黙阿弥が書き下ろした、「天一坊大岡政談」が登場する。尾上松緑が初役で演じるのは、公明正大で人情深い“大岡裁き”で知られる町奉行・大岡越前。松緑は今回、これまで舞台や時代劇で触れてきたさまざまな大岡越前像をもとに、役にアプローチすると言う。そこで今回、ステージナタリーでは松緑と時代劇研究家でコラムニスト・ペリー荻野の対談を実施。初対面にも関わらず、2人の話は“時代劇愛”を軸に、大いに盛り上がり、どんどんディープな方へと展開していった。

取材・文 / 川添史子

若さとダンディズム…さまざまな越前守のイメージを重ねる

──本日は「四月大歌舞伎」第一部「天一坊大岡政談」で大岡越前守を演じられる松緑さんと時代劇研究家のペリー荻野さんに、江戸の平和を守る国民的ヒーロー「大岡越前」をはじめ、さまざまな時代劇ドラマについてたっぷり語っていただければと思います。

ペリー荻野 よろしくお願いいたします! 松緑さんの年代にとっての「大岡越前」というと、やはり加藤剛さんのシリーズ(1970年~)になるでしょうか?

尾上松緑 一緒に暮らしていた祖父(二世尾上松緑)が時代劇好きだったので、加藤剛さんの「大岡越前」と西村晃さんの「水戸黄門」(1983年~)は“小さな頃に親しんだ時代劇”という感覚が強いです。あと北大路欣也さんのバージョンも見ていますね(2005年~「名奉行! 大岡越前」)。

荻野 以前、加藤剛さんのご家族にお話を伺ったことがあるんです。ご本人もドラマの大岡越前そのままに折目正しい方で「お父さんが起きてきたから○時だ」と、行動で時間がわかるくらいキチキチと生活されていたと聞きました。

松緑 僕は越前守とはかなりかけ離れた生活を送っております(笑)。

尾上松緑

尾上松緑

ペリー荻野

ペリー荻野

荻野 あははは、普通そうですよ(笑)。大岡越前といえば、(十二世)市川團十郎さんもなさってます(1997年「炎の奉行 大岡越前守」)。テレビ東京の「12時間超ワイドドラマ」と銘打った正月恒例の大型企画で、私、バッチリオンタイムで12時間連続視聴という、大変なお正月を体験しました(笑)。

松緑 ありましたね。当時、團十郎のおじが舞台と並行して撮影をされていて、何カ月も忙しそうにしていた記憶があります。

荻野 1966年に放映された連続時代劇「大岡政談~池田大助捕物帳」では、松緑さんのお父様(初代尾上辰之助)が青年与力・池田大助、お祖父様が大岡越前を演じ、親子でご共演された記録が残っています。

松緑 そうなんですよ。でもなんせ古い作品ですから、うちにも資料が残っておらず……僕自身「そういう作品があった」ことぐらいしか知らないんです。父が最初にテレビで当てた役だったとは聞いていますが。

荻野 なるほど。私もまだ生まれてなくて……とは言いませんが(笑)、映像が残っていないのが残念ですね。観てみたい!

松緑 2015年歌舞伎座の「天一坊大岡政談」では、尾上菊五郎のお兄さんが大岡越前守、僕が池田大助をやらせていただきました。父の池田大助を観たことがなくても、同じ役に挑むのはやはりテンションが上がる経験でしたね。思い入れのある役ですから、この4月も「大岡越前守と池田大助、二役できないですかね」と松竹の方にご相談したぐらい(笑)。「同じ場面に出ますよね」と言われ諦めましたが(笑)、今回仲の良い坂東亀蔵さんが演じられるのがうれしいし、すごく楽しみです。

歌舞伎座「天一坊大岡政談」(2015年)で池田大助を演じる尾上松緑。©松竹

歌舞伎座「天一坊大岡政談」(2015年)で池田大助を演じる尾上松緑。©松竹

荻野 松緑さんの大岡越前守は初役です。

松緑 ここまで正義の王道を行く役はあまり経験がないので、僕自身、新鮮。もちろんこれまで演じていらした先輩方の重厚な舞台をしっかり勉強しつつ、皆様に比べるとまだ若いので、(「伽羅先代萩」で明快に裁く)細川勝元なんかの若々しさもイメージしながら演じたいと考えているんです。心ひそかに、加藤剛さんや北大路欣也さんのダンディズムも加えたいと思っているんですけれど。時代劇って、ダンディズムですよね。

荻野 ダンディズム! わかります。

松緑 そして大岡裁きは、立ち向かう悪のスケールが大きければ大きいほど面白いじゃないですか。今回は希代の悪人天一坊が市川猿之助さん、陰謀に加担する山内伊賀亮が片岡愛之助さんですから、いやが上にも盛り上がると思います。

歴代でも一番“風通しの良い金さん”って?

松緑 「大岡越前」と同じお裁きものに、(江戸町奉行・遠山金四郎景元を主人公にした)「遠山の金さん」があります。理知的に事件を解決していく越前守と、アクティブに解決していく金さん、キャラクターとしてはかなり対照的ですよね。

「四月大歌舞伎」第一部「天一坊大岡政談」ビジュアル。尾上松緑扮する大岡越前守。©松竹

「四月大歌舞伎」第一部「天一坊大岡政談」ビジュアル。尾上松緑扮する大岡越前守。©松竹

荻野 金さんは身体に彫り物がありますし、遊び人ですからね。松方弘樹さん(1988年~「名奉行 遠山の金さん」)に「金さんと大岡越前の違いってなんでしょう?」と聞いたことがあるんです。「越前守はお白州で『余罪ことごとく吟味の上』と、ちゃんと裏付けをして裁くけど、金さんは『お前、打ちクビ』の一言。その場で一件落着しちゃうんだよ」とおっしゃっていました(笑)。

松緑 なるほど(笑)。金さんは桜吹雪を見せるところが醍醐味ですから、ある意味歌舞伎的に物事が進んでいき、大岡様は新歌舞伎的に理屈を通しているのかもしれません。高橋英樹さんの、品格ある立派なお武家様だとわかる金さん(1982年~)も好きでした。もちろん松方さんの明るい金さんもチャーミングです。

荻野 歴代金さんの中でも松方さんは、「俺のカッコよさを見てくれ」と言わんばかりに一番着物がはだけた、風通しの良い、楽しい金さんですよね。

一同 (笑)。

松緑 国立劇場で菊五郎のお兄さんが金さんを演じたとき(2008年、通し狂言「遠山桜天保日記」)、僕は悪党・佐島天学で「金公出してもらおうか」ってセリフを言ったんですよ。

荻野 なんと。お白洲で悪人が、よもや金さんが奉行とは気づかず、「金さん……? そんな奴がいるなら、今この場に連れてきていただきましょうか」と言うお約束の(笑)。

松緑 歌舞伎界の中で唯一、あのセリフを言った役者だと思いますね。「僕に回ってこないかなー」と狙っていたので、かなりうれしかったです(笑)。