“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”をキャッチコピーに、コロナ禍でも工夫を凝らし、毎月多彩な演目を上演している歌舞伎座。2月の「二月大歌舞伎」第三部には、「鼠小僧次郎吉」が登場する。五代目、六代目尾上菊五郎も演じている「鼠小僧」は、近年では1993年に「鼠小紋春着雛形」のタイトルで七代目菊五郎が上演。約30年ぶりの上演となる今回は、稲葉幸蔵役を菊之助が勤め、内容をギュッと凝縮した“令和版”となる。ステージナタリーでは1月上旬、菊之助にインタビューを実施。さらにその数日前に行われた「鼠小僧次郎吉」のスチール撮影の様子をレポートする。
取材・文 / 川添史子(インタビュー)、櫻井美穂(レポート)
平成の鼠小僧から令和の鼠小僧へ
──先日、「二月大歌舞伎」第三部「鼠小僧次郎吉」のスチール撮影が行われました。ご子息の(尾上)丑之助さんと役の拵えをされての撮影、いかがでしたか?
鼠小僧は、五代目尾上菊五郎、六代目、そして父である七代目と伝わってきた音羽屋ゆかりの役です。撮影では六代目と祖父(七代目尾上梅幸)が映った写真を参考にしながら臨みましたので、感慨深いものがありました。また1993年に父が国立劇場で上演した際、雪の中を卜者(占師)の格好をした鼠小僧が歩いて行く風情は、幼心にも記憶に残っていたんですね。そのイメージも重ねたいと思い、いろいろと構図を考えて……こうして代々受け継がれたものを重ねながら、令和の鼠小僧をつくる幸せを感じた日でした。
──丑之助さんが演じる蜆売り三吉は、鼠小僧に命を助けられた芸者お元の弟。三吉が雪の中、鼠小僧の家を訪ねる場面が有名ですが、どんなお話をしながらお稽古されていますか?
歌舞伎がお好きな方にはお馴染みのエピソードかと思いますが、六代目が祖父に「雪の日に蜆を売り歩く足つきが悪い」と言って、雪の庭に放り出して裸足で歩かせ、寒さに震えながら歩く実感を掴んだという芸談が残っています。先日ちょうど東京にも雪が降ったので丑之助にも裸足で歩かせてみようと思いましたが、今この時期に風邪をひかせてもいけないのでやめました(笑)。でも、学校帰りに友だちと雪合戦をして遊んだそうです。
──お父様が国立劇場で上演されたときは、大正14年以来68年ぶりの復活通し上演でした。歌舞伎座は現在三部制で上演しているため、今回はぐっとコンパクトな構成になるかと思います。
そうですね。もとになるのは河竹黙阿弥が安政の時代に上演した台本(安政4年1月市村座初演)で、江戸の年表を見るとちょうどその頃にも大地震や台風があり、多くの方が亡くなった暗い時代にあたります。今回のお話をいただいたとき、大地震や新型コロナウイルスで先が見えない今の世の中とも共通するのでは?と考えました。当時の世相や観客の気持ちを意識したであろう黙阿弥の“創作の原点”に立ち返って物語を読み直し、仏教の教えにある三心(喜心、老心、大心)を大切にしていけば、情愛あるドラマになるかもしれないと思えたのです。まだまだ鬱々とした日々が続きますが、足をお運びいただいたお客様に、少しでも明るい灯をお持ち帰りいただきたいと思っております。
黙阿弥の描いた鼠小僧は、さまざまな因果の物語
──大名屋敷ばかりを狙って金銀を貧しい人たちに分け与える“義賊”鼠小僧の物語。「喜心(喜びの心)」はわかりますが……「老心(慈しみの心)」「大心(寛大な心)」というのはどのあたりに編み込まれているのでしょう?
黙阿弥の描いた鼠小僧は、さまざまな因果の物語なんです。金をだまし取られて死のうとする男女を、鼠小僧が盗んだ金で助けたために、その男女ばかりか周囲の人たちにまで疑いがかかる悲劇が描かれています。見えない糸で結ばれた複雑な人間関係や因縁が、義理と人情を主体とした人間ドラマとして展開する。捨て子だった鼠小僧がひょんなことから知る実の父の存在、鼠小僧に後日の自首を約束させて逃してやる役人など、親子の情愛、寛大な心など、実は深いテーマが巧みに随所に置かれているんです。
──映画やテレビで描かれるような屋根の上をぴょんぴょん飛び移りながら小判を投げるカッコいいヒーロー、白黒はっきりした痛快義賊もの……とは一味違うんですね。
そうなんです。しかもこの物語は、良いことをしたからみんなが幸せになるという単純な構図ではなく、あまり報われないんですよ(笑)。鼠小僧は、「庚申の生まれは盗賊になる」という言い伝えから捨子され、女賊お熊に拾われて育ったゆえに盗賊になりました。なので、本当の居場所をずっと探し求めているような、少し心に影がある人間だと思っていて。また登場人物それぞれに心に抱えた事情があり、ただ結果を求めるのではなく、今ある困難をどう生き抜いていくかも描かれているような気がします。黙阿弥さんの手にかかると、非常に人間くさい物語になるんですね。
つながる縁、つながる思い
──余談ですが、1993年の国立劇場での上演の前年、年末時代劇スペシャル「『ねずみ小僧次郎吉』~勢揃い菊五郎劇団世直し義賊大奥秘話~」というドラマが放映されました。お父様が主演の鼠小僧、菊五郎劇団総出演で、丑之助時代の小さな菊之助さんも前髪姿で子役としてご参加されました。
ありましたね! 祖父からお弟子さんに至るまで、京都の撮影所に入って撮影しました。先日、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」に、(日本映画界を率いる銀幕の大スターである)桃山剣之介という役で参加したのですが、これも京都の撮影所での収録だったんです。古くからいらっしゃる結髪さん(けっぱつ、髪を結う職人)がついてくださったのですが、「鼠小僧の撮影はよく覚えています。あんなに歌舞伎役者の皆さんが一座をなして京都の撮影所に入ることは滅多にないので、実は撮影所のスタッフはかなり緊張していたんです。でも映像作品に数多く出ていらした菊五郎さんが、歌舞伎の方々と現場との橋渡しをしてくださって、とても助かったんですよ」とおっしゃってくださって。当時のことはほとんど覚えていないのですが……これもご縁だなと、感動しましたね。
──それは鼠小僧を演じる直前に、不思議なご縁でしたね……。今歌舞伎座は、コロナで先行きが見えにくい中、さまざまな工夫をしながら公演を続けています。この2年、どんな思いで舞台に臨んでいらっしゃいますか。
劇場では安心安全の対策をしながらお客様をお迎えしていますが、なかなか世の中が元のように戻らないまま2年が過ぎ、もどかしい思いで過ごしています。私たち歌舞伎役者だけではなく、世の中には困っていらっしゃる方々も増え、ニュースを見るたびに沈んだ気持ちになりますし。でもそうした中、劇場に足を運んでくださる方がいることに感謝しつつ、来ていただいた皆様には少しでも楽しんでいただきたいという気持ちだけです。今後もしばらくは三部制が続いていくと想像していますけれど、この形での見せ方を毎月工夫していかなくてはいけません。歌舞伎の魅力をどうお伝えしてくか、そこを問い、考えながら舞台に立ちたいと思っております。
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「鼠小僧次郎吉」スチール撮影レポート