未来への思いを込め、作品を生み出し続ける
──本作は初演から、子供の観客も多く、子供と大人が一緒に観られる歌舞伎作品としても注目を集めています。2017年生まれの中村陽喜さん、2020年生まれの中村夏幹さんの存在が、作品に影響を与えた部分もあるのではないでしょうか?
初演からそうだったけれど、お子さんとお母さんが一緒に観にきて、同じように笑ったり、最後は泣いていたりして……というような姿を目の当たりにすると、「あらしのよるに」をやって本当に良かったなと思うし、「あらしのよるに」が子供から大人まで普遍的なテーマを持った作品なんだなということを改めて感じました。自分の息子たちにもこの作品が持っているテーマ性みたいなものは伝えていきたいなと思いますし、自分が役者として生きていくうえでも「自分は自分らしく、自分を信じて」というテーマは掲げていきたいと思います。
──近年は子供と一緒に観劇できる作品や、観劇環境が整った舞台も増えてきましたが、実は子供と歌舞伎を観るということは、あまり選択肢に入っていなかったかもしれません。
そうなんですよね。それがわかるから、こういう作品を作りたかった。僕の母は演劇や映画がすごく好きな人だったので、本当にいろいろなものを観せてくれました。それを僕もずっと覚えていますし、いろいろなものを観せてもらったことが、今日の中村獅童の活動につながっているとも思います。また自分が作るものは“子供から大人まで楽しめるもの”、かつ普段から歌舞伎を観ている方たちにも「これはいいね!」と言っていただけるようなものを、ということを意識しています。バーチャルシンガー・初音ミクさんとの「超歌舞伎」も、サブカルチャー好きの人たちだけにウケればいいわけじゃなくて、古典歌舞伎を観慣れている人たちにも受け入れてもらえないと作品としては成功とは言えない。そこはやっぱりすごく意識します。ですので、小さい子供がいるからなかなか芝居見物に行けないなという方はぜひ、歌舞伎は年齢制限がないので、小さなお子さんを連れて観に来ていただけたら。「あらしのよるに」に関しては、きっとお子さんも退屈しないで観ていただけるんじゃないかと思いますし、歌舞伎を観た帰り道に親子でこの作品について何か話をしてくれたらうれしいですね。
──そういう点でも、最初にお話しくださったように、歌舞伎の“手法”がたくさん詰まった「あらしのよるに」は、初めて歌舞伎を観る人にもおすすめですね。
そうですね、古典歌舞伎を観たときに出てくる要素をほぼ詰め込みました。例えばがぶがめいに友人として接しながらも「ああ、食いてえな……」って思う、その心の声は義太夫が語るんですけど、それによって「ああ、義太夫って心の声を表現するのか!」って歌舞伎の音楽の役割が1つわかりますよね。ほかにもダンマリとか飛び六方とか……。
──がぶの飛び六方、とてもカッコよかったです!
あれは、オリジナルの“がぶ六方”です(笑)。
──ぜひ劇場で目撃していただきたいですね。
そうですね。僕はコロナ禍で世の中が本当にすべて変わったと思っていて。コロナ禍で他者と交わることが減り、コミュニケーションの機会が減り、コミュニケーションが苦手だと感じる人も増えているそうです。確かに人とコミュニケーションを取るのは面倒なことも多いし、今はスマホ1台あればなんでも完結してしまう。そういった時代の変化を、作り手としてはもちろん感じ取っていないといけないとは思いますが、だからこそ、コミュニケーションの難しさを描いたこの芝居を観て、お客さんが感じることは絶対にあると思うんですよね。
──そうですね。日常生活では目先のことに追われてしまいますが、劇場に行くと思考の距離感や規模が変わって、問題の捉え方や角度が変わったり、新しいアイデアが湧くことは実際よくあります。
僕は、自分にとって良かったことは子供にもしてあげたいなと思っていて、だから僕も自分の子供たちに何でも観せるようにしています。芝居はもちろん、プロレスを会場で観せることもしますし、先日はテント芝居にも連れていきました。陽喜がもっと小さい頃には金時山に山登りにも行ったんですけど、大人でもけっこうきつくて。陽喜が泣きながら「抱っこー」と言っても「抱っこなんかしないよ!」と言いながらようやく頂上に着いたときは、本当に綺麗に富士山が見えました。それで陽喜に「山登りで何が一番大事かわかった? 諦めないことなんだよ。諦めていたらこの景色は見られないから。人生ってまさにそれの繰り返しで、役者もそうなんだよ。これから大変なことを乗り越えなきゃいけないときは必ずくるけれど、そのときに今日のことを思い出しなさい」という話をしました。
──すごく良い体験をさせていらっしゃいますね。獅童さんの、お子さんに対する一貫した姿勢を感じます。
ポイントは、子供扱いしないことなんです。自分が子供っていうこともあるんだけど(笑)、例えばしりとりとかゲームをするときも、わざと負けたりは、絶対しないです。芝居もそうで、子供に向けてわかりやすくしようとした瞬間に子供って冷めるんですよね。「この大人は子供向けにやってるんだ」って思うと大人も子供も冷めちゃう。だからやっているほうも、たとえ絵本が原作であってもオオカミならオオカミ、ヤギならヤギを真剣に演じる。亡くなった志村けんさんも、コントを作るときに子供向けに笑わそうと思って作ってないとおっしゃっていて、子供用にやってますよとなった瞬間に子供は笑わなくなるとおっしゃっていました。それぐらい子供って、我々が思っている以上に大人だから、“子供向けにわかりやすいように歌舞伎をやってます”みたいな感じで作ってはダメだなということは、初めからすごく意識しました。
──「あらしのよるに」や「超歌舞伎」など、獅童さんは新しい観客をどんどん開拓しています。「あらしのよるに」は初演から9年。10歳で初演を観たお子さんは19歳ですから、今度は大人の側として新たな観客を連れて来てくれる可能性がありますね。
小さいときに親御さんと歌舞伎を観て、なんとなく「あらしのよるに」が面白かったな……と感じてくれたお子さんが、大人になってまた劇場に帰ってきてくれれば良いなと思っています。今日明日のこともとても大事だけど、10年後20年後のことはもっと大事で、これからの未来にどういったことを遺していけるか、つないでいけるかを考えていくことが、自分の課題の1つでもあります。そして陽喜たちが大人になったときに、どういう社会、どういう歌舞伎界になっていってほしいか、という思いを、すべての公演に込めているつもりです。
プロフィール
中村獅童(ナカムラシドウ)
1972年、東京都生まれ。1981年に歌舞伎座「妹背山婦女庭訓」で二代目中村獅童を名乗り初舞台。歌舞伎俳優として活躍する傍ら、2002年に公開された映画「ピンポン」で注目を集める。2015年に絵本を原作とした新作歌舞伎「あらしのよるに」を上演し、再演を重ねる。2016年には、バーチャルシンガーの初音ミクとコラボした超歌舞伎「今昔饗宴千本桜」を発表。12月、東京・歌舞伎座「十二月大歌舞伎」の「あらしのよるに」では尾上菊之助を迎えて上演。