2015年に京都・南座で初演され好評を博した歌舞伎「あらしのよるに」が、9年ぶりに南座に帰ってくる。異なる種族であるオオカミのがぶとヤギのめいの友情を描く、きむらゆういちの同名絵本を原作とする本作。本作の“信じる力”をテーマに、2003年に読み聞かせの仕事で原作絵本に出会った中村獅童で歌舞伎舞台化し、その後東京や福岡でも上演された。
絵本発刊30周年にあたる今年、めい役に新しく中村壱太郎を迎え、南座では2度目、歌舞伎「あらしのよるに」にとっては4回目の上演が行われる。“伝統を守りつつ革新を追求する”ことを自らの生き方と定め、本作をライフワークに、と語る中村獅童の、本作に懸ける思いを聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 桂秀也
がぶの姿に自分の役者人生が重なる
──本作は2015年に南座で初演されたのち、東京や福岡でも上演され、今回9年ぶりに南座で再演されます。獅童さんのお母様も歌舞伎になることを望まれていたそうですが、獅童さんにとってどのような思い入れのある作品ですか?
最初にこの作品に触れたのは、2003年のNHKの読み聞かせのお仕事でした。“信じる力”という普遍的なテーマが素敵だなと思い、いつか歌舞伎にしたいと思っていたんです。その後2015年に、南座さんで何かやらせていただけるというお話になったとき、この機会にぜひ「あらしのよるに」の歌舞伎をやらせていただけたら、とお話しして。ただ、当時僕はまだ新作歌舞伎を一から作ったことがありませんでしたし、古典好きなお客様が多い京都でこの芝居を受け入れていただけるのか確信はなかったのですが、幕が開いてから徐々にチケットの売れ行きが伸びて。ある日、当時の南座の支配人が楽屋に飛び込んできて、「獅童さん、札止めになりました!」っておっしゃったんですよね。あのときは、南座さんはじめスタッフさん、出演者、みんなの気持ちが1つになれたと感じた瞬間でした。そこから歌舞伎座や博多座での上演を重ねて、こうしてまた南座に戻ってくることができ、非常にうれしく思っています。
──きむらゆういちさんの全7巻にわたる人気絵本「あらしのよるに」を原作とする本作。歌舞伎にするにあたって大切にされたのはどんなことですか?
原作が絵本ですから、そのノスタルジックでアナログな世界観と歌舞伎をいかに結びつけるかというところを一番大事にしました。それから古典歌舞伎との結び付けというところも意識しましたね。この作品は歌舞伎にある技法にこだわって作られていて、義太夫や衣裳、かつらなど、古典歌舞伎のものをベースにアレンジを加えて使っているんです。
──オオカミのがぶとヤギのめいを軸に、2つの種族の物語が描かれます。初演以来獅童さんはがぶを演じていらっしゃいますが、オオカミだけれども怖がりなところもあり、心根が優しく愛嬌もあるがぶというキャラクターについて、どのような点に魅力を感じていますか?
自分を信じて自分らしく生きる、というところですね。“伝統を守りつつ革新を追求する”という中村獅童らしい生き方を追い求める中で、がぶの姿に自分の役者人生を重ねて考えることがあります。
──本来敵であるはずのオオカミのがぶとヤギのめいが、周囲には理解されない“ひみつの友情”を育んでいくストーリーは、獅童さんが「六月大歌舞伎」で演じられた「上州土産百両首」の正太郎と牙次郎の関係性にも重なります。「上州土産」では、獅童さん演じる正太郎が、幼なじみである牙次郎と10年後に再会し共に生きていくことを心の支えに、スリ稼業から足を洗い、真人間になるべく精進し、牙次郎のために命を懸ける様が描かれました。
確かに物語の構造は似ていますね。正太郎を演じているときは気づかなかったけれど、改めて考えると正太郎と牙次郎の関係はがぶとめいの関係に似ている部分があります。
「お前はお前らしく生きればいい」
──ストーリー面では、原作に比べて歌舞伎だと、がぶとめいを取り囲む人物関係が色濃く描かれていますね。
そうですね。脚本の今井豊茂さんとお話しする中で、「こういう展開もあるよね」とアイデアが膨らんでいって、みい姫という女神様のような存在が登場したり、お家騒動みたいな展開があったりと、歌舞伎らしいストーリーが盛り込まれています。
──原作からの引用だけでなく、歌舞伎ならではの素敵なセリフもたくさんあります。8月上旬に行われた記者会見で獅童さんは、「作品に触れるたびにグッとくる言葉がある」とおっしゃっていましたが、例えばそれはどんなセリフですか?
歌舞伎では、がぶの父親ががぶに、「お前はお前らしく生きればいい」と言うシーンがあって、そのときの話をがぶは満月の夜、めいに打ち明けます。そこは好きな場面ですし、こだわっているところでもありますね。
──確かにあのシーンはセリフも良いですし、画としても美しいですよね。そのようなしっとりしたシーンがある一方で、全体的には立廻りや踊りをはじめ、かなり動きが多い作品です。
(うなずいて)あまりじっとしているときがないんですよね(笑)。踊りもあって立廻りもあって、さらにただ立ってしゃべっているときも獣っぽい感じで首を動かしてみたり、脚が動いていたり……けっこう大変なんですよ。衣裳も着込んでいるので暑いですし、初演のときはみんな体力勝負でしたね。
──歌舞伎としては4度目の上演となります。回を重ねたことで新たな発見はありましたか?
上演を重ねたことでの発見ももちろんありますが、この数年の間に自分に家族が増えたり、コロナ禍があったり、他国では戦争や人種差別問題があったりと、さまざまなことがありました。そんな今だからこそ、この作品が持っているテーマが改めて大切なんじゃないかと思います。
──確かに、9年前よりも具体的に社会情勢と結びつけやすい状況になったと感じます。また今回、初演からめい役を演じてきた尾上松也さんから中村壱太郎さんにめい役がバトンタッチされます。壱太郎さん演じるめいのどんなところに期待していますか?
よく質問をいただくのが、「めいはメスなの?」ということで、終演後、お客さんの間でも議論になるらしいんです。当初めい役を松也くんにお願いしたのは、僕が男っぽい立役だから柔らかみのある人にお願いしたいと思って。松也くんは若いときにけっこう女方をやっていたこともあり、中性的なめいになりました。その点、壱太郎くんは普段女方をメインにしていらっしゃるから、今回のめいはちょっと女性の要素が強くなるのかなと思います。
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