KAAT神奈川芸術劇場 北村明子が日常に“魔法のスパイス”を加える 「ククノチ テクテク マナツノ ボウケン」 プレシーズン5作品を舞台写真と共にプレイバック

劇作家・演出家の長塚圭史が、KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督に就任して、2021年7月で3カ月になる。3月に行われた2021年度ラインナップ発表会では、今期からシーズン制を取り入れることが明かされ、春から夏までは実験的な作品を数多く上演するプレシーズン、秋以降は毎年1つのテーマを掲げたメインシーズンとすることが明かされた(参照:KAAT新芸術監督の長塚圭史「より開いた劇場に」、3つの新方針を発表)。今年度のテーマは“冒”だ。

プレシーズンにはダンスや演劇など6作品が登場。東京を含む10都道府県に3度目の緊急事態宣言が発令され、神奈川県ではまん延防止等重点措置が取られるなど予断を許さない状況が続く中、ラインナップされた作品は続々と幕を開け、プレシーズンは残すところ1演目となった。

本特集では、プレシーズンのトリを飾るKAAT キッズ・プログラム 2021「ククノチ テクテク マナツノ ボウケン」の振付・演出を手がける北村明子に、作品への思いを聞く。また後半では、プレシーズンに上演された多彩な演目を舞台写真と共に振り返る。

取材・文 / 熊井玲(P2)

秘めたこどもっぽさを前面に出して、イマジネーションの“ボウケン”へ

7月12日から19日に大スタジオで、北村明子の振付・演出で「ククノチ テクテク マナツノ ボウケン」が上演される。本公演はKAAT キッズ・プログラムの1プログラムで、“夏休み”をテーマに子供と大人が楽しめるダンス作品を目指す。シャープな作風で知られる北村が“キッズ・プログラム”に参加するのも興味深いが、本作のもう1つの魅力は、現代美術家の大小島真木が舞台美術を手がけること。また出演者には柴一平、清家悠圭、岡村樹、黒須育海、井田亜彩実、永井直也といった多彩な顔ぶれがそろった。いったいどんな作品になるのか、クリエーション中の北村に話を聞いた。

──北村さんは2015年から、日本とアジアのアーティストと共に創り上げる国際共同制作プロジェクト「Cross Transit project」に取り組み、インドネシアやカンボジアのダンサーと共に作品を立ち上げてこられました。「ククノチ テクテク マナツノ ボウケン」ではお盆や日本神話といったモチーフを選ばれましたが、これらは、これまでの活動の延長線上で生まれてきたアイデアなのでしょうか?

これまでアジアの方々との作品作りでフィールドワークをするときに、日本で言うお盆にあたるような、死者を迎える儀礼とか土地の神話や伝説みたいなものを調べて、そこからインスピレーションを得てきました。その後、国内で神楽についてリサーチしたり、伝統芸能である狂言を自分でやってみたりして、どのように芸能が発達してきたかということを突き詰めていく中で、このテーマは違う世代にも伝えていったら面白いんじゃないかと思っていたところに、キッズ・プログラムという枠組みで創作するチャンスを与えられたと感じています。

KAAT キッズ・プログラム 2021「ククノチ テクテク マナツノ ボウケン」チラシビジュアル

今作は、死んだおばあちゃんに会いに行くところから始まり、お盆や死者を迎える儀礼ということにつながっていくのですが、ダンスを通じて死者と出会える様を描くことで、ダンスが魔法のスパイスのような役割を果たし、日常生活がより鮮やかになるということが、物語として伝わると良いなと思っています。

──美術を担当する大小島さんは、「今回の舞台美術において意識したのは、一つの舞台上で生の世界と死の世界を行き来できる空間を作るということです」と、KAATの公式サイト(参照:「ククノチ テクテク マナツノ ボウケン」 | KAAT 神奈川芸術劇場)でコメントされていました。舞台美術がどのように作品に生きてくると思いますか? また大小島さんとのやり取りで、印象的だったことがあれば教えてください。

KAATから大小島さんの作品を紹介されたときに、すごく私の好きな世界だなと思いました。私自身、死者とのつながりとか、自然環境と人間がどうあるべきかとか、生と死の循環について考えていて、それがダンス作り、あるいは生きている上でのテーマになっていて、そういうことを大小島さんは非常に具体的に作品化されている。しかもちょっとキモ可愛くもあり(笑)、すごく心をつかむ世界観を持ってらっしゃる美術家さんだと思いました。例えば大小島さんの作るオブジェが生命を帯びて見えるようなシーンを作りたいなとか、床面に描かれるドローイングには、私たちの身体を取り巻く自然のルールみたいなものが含まれているのかなと考えています。大小島さんに作っていただく映像が、この作品の物語の根幹のメッセージを伝達するような役割も担っています。

北村明子(撮影:大洞博靖)

大小島さんとのやり取りは、毎回印象的です(笑)。私とおしゃべりしていた内容を翌日にはすぐ具現化してくださったりして、すごく体当たりで創作してくださるんです。エネルギッシュでスピーディなところと、お互いに共通点がたくさんあって話が合うところが特に印象的ですね。

──今回はKAAT キッズ・プログラムの1作品となりますが、キッズ・プログラムだからこそ意識していること、また北村さんご自身にとって今作が新たな“ボウケン”となっている部分があれば教えてください。

今まで物語をベースにダンス作品を作ったことがなかったので、物語を説明的に伝えるということよりも、物語をベースにそこからどれだけイマジネーションの旅に出られるかという膨らみを意識して作っています。

あと、自分の中に持っている“こどもっぽい”ところといいますか、普段生活している中では出さないけれども、心の中で密かに“こどもっぽい”ことを思ってしまうことが実はたくさんあって、そういう部分を前面に出すことで何か共有してもらえるかなと意識しています。

今回はまさに私にとって新たな“ボウケン”で、キッズ・プログラムという枠組みで作品を作る機会は今までなかったので不安もありながら、でも自分の中にある腹黒さとか、可笑しさとか、純粋さみたいなものが入り混じった“こどもっぽさ”みたいなものを隠さずに出していけると良いなと思います。

KAAT キッズ・プログラム 2021「ククノチ テクテク マナツノ ボウケン」
2021年7月12日(月)~19日(月)
神奈川県 KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ

振付・演出:北村明子

美術:大小島真木

音楽:横山裕章

出演:柴一平、清家悠圭、岡村樹、黒須育海、井田亜彩実、永井直也

北村明子(キタムラアキコ)
1970年、東京都出身。ダンサー、振付家、演出家。信州大学人文学部教授。バレエ、ストリートダンス、インドネシア武術を学び、1994年にダンスカンパニー、レニ・バッソを創設。1995年に文化庁派遣在外研修員としてベルリンに留学。2001年に代表作「finks」を発表、世界60都市以上で上演された。海外舞台作品の振付・出演も積極的に行い、2001年にアメリカのBates Dance Festival、2003年に同じくアメリカのAmerican Dance Festivalで委託作品を発表。2010年よりソロ活動として、リサーチとクリエーションを行う国際共同制作プロジェクトを展開。これまでにインドネシアとの国際共同制作「To Belong project」、東南~南アジア国際共同制作「Cross Transit project」を行い、国内外で上演した。2018年に発表した「土の脈」では、第13回日本ダンスフォーラム大賞を受賞。2020年にはアイルランド~中央アジア~日本を越境する「Echoes of Calling project」を始動した。