「国際交流基金 舞台芸術国際共同制作 プロセスオブザーバー座談会」 第1回 (2/2)

オンラインでの国際共同制作に挑戦「THE HOMEオンライン版」

「THE HOMEオンライン版」(参照:菅原直樹が語る、オンライン型老人ホーム「The Home」とは? イギリス版演出家コメントほか)のオブザーバーを務めたのは、文化政策研究者の太下。太下は「今回の8つの作品の中で、『THE HOME』が最も複雑な状況で制作されたのでは……」と言いつつ、「THE HOME」がもともとは2019年にロンドンで実際に上演された48時間滞在型のイマーシブシアター作品であったこと、しかしコロナによって実現が難しくなり、オリジナル版の作者クリストファー・グリーンがイギリス版の「THE HOMEオンライン版」を、「老いと演劇」OiBokkeShiの菅原直樹が日本版の「THE HOMEオンライン版」を、“まったく新しい形で”作ることになった経緯を説明する。具体的には、オンライン上に架空の老人ホームのサイトが立ち上げられ、観客はオンラインでホームに体験入所する。ホーム内にはいくつもの部屋があって、観客は各場所にひもづけられたショートムービーを自由に観ることができるというものだ。日本版の映像には、さいたまゴールド・シアターの元メンバーやさいたまネクスト・シアターの元メンバーが入居者役や介護士役などで出演している。日本版とイギリス版の違いについて、太下は「日本版は小津安二郎の流れを汲むような老いをしみじみと実感できるようなしっとりとしたもの、イギリス版は“介護もグローバル企業が手がけるビジネスの一環だ”という、社会的皮肉が織り込まれた作品になっています。ただその違いは、国の違いというより菅原さんとグリーンさんというアーティストの違いだと思います」と話す。

「THE HOME オンライン版」の映像(左上)、オンラインワークショップの様子(左下)、太下義之(右)。

「THE HOME オンライン版」の映像(左上)、オンラインワークショップの様子(左下)、太下義之(右)。

さらに太下は、関連企画として実施されたオンラインワークショップにも言及。「日本側の演劇ワークショップは、公募で集まった参加者が、役者さんたちのコーディネートのもと、オリジナルストーリーを作って演じるというものでした。当初私は、日本人がオンラインワークショップで役を演じるのはハードルが高いのではないかと思ったのですが、短時間のうちに驚くほど高い水準の面白いストーリーが生まれ、驚きました。リモートだと没入して役を演じることが比較的やりやすかったのかもしれません」と感想を述べる。またこの「THE HOMEオンライン版」について、「日本とイギリスの共同制作事業ですが、データによると世界35カ国から観られていて、約2万PVを得ました。演劇のオンライン作品としてはかなりの広がりを見せたのではないかと思います」と話した。

経験と関係性の蓄積で公演が実現、SCOT「エレクトラ」

演劇研究者の内野がオブザーバーを務めたのは、鈴木忠志率いるSCOTが11月に富山県利賀村で上演した「エレクトラ」。SCOT版「エレクトラ」は、ホーフマンスタールとソフォクレスの戯曲を原作に1995年に初演された作品で、これまでにもたびたび上演を重ねている。今回の上演では、SCOTの俳優と、鈴木の俳優訓練法スズキ・トレーニング・メソッドを受けたインドネシアの俳優が出演。なおSCOTは2018年にもインドネシアとの共同制作で「ディオニュソス」を手がけており、そのときのプロデューサー、レスツ・クスマニングルムが本作にも国際共同制作のパートナーとして携わっている。

インドネシアでの「エレクトラ」ワークショップの様子(左上)、利賀村での「エレクトラ」稽古の様子(左下)、内野儀(右)。

インドネシアでの「エレクトラ」ワークショップの様子(左上)、利賀村での「エレクトラ」稽古の様子(左下)、内野儀(右)。

クリエーションについて、内野は「当初は8月に上演予定でしたが、コロナの影響で公演自体が11月に延期に。私がオブザーバーとして関わったのは10月からで、インドネシアの俳優たちが来日後、隔離期間を終え、ちょうどリハーサルに参加することができるようになった頃でした」と説明。「インドネシアの俳優とSCOTの俳優が一緒に稽古できたのは1カ月程度でしたが、スズキ・トレーニング・メソッドで訓練された俳優たちなので、稽古は順調に進みました。この作品の特色は、打楽器奏者の高田みどりさんの存在ですが、インドネシアの俳優の動きと打楽器の音が非常に高いレベルで密接に絡み合い、鈴木さんも『1カ月でここまで成長するとは思わなかった』と言うほどでした」とクリエーションを振り返った。

プロセスオブザーバーが感じた、課題と可能性

後半ではまず、それぞれがプロセスオブザーバーとして作品に伴走した感想が語られた。横堀は「通常、クリエーションの場はあまり公開されませんが、オブザーバーが入ることで作り手も外部を意識する部分があったと感じます。また後日、報告書が一般公開されますが、それを見ていただければ、それぞれの稽古場でどんなことが行われているのか、国際共同制作にはどんな困難があるのかなど、若い作り手たちが知る機会にもなるのではないかと思います」と話す。呉宮は「クリエーションの場にいるときは距離を徹底的に保つことにし、ひたすら観察して書き留めることに徹しました」と話し、さらに「(作品に携わる)当事者が語ることと、実際に現場で起きていることの間には、時に開きがあります。その点でも、作家の言葉だけでなく多角的な視点からプロジェクトを論じることができるのは、オブザーバーの良さかなと思います」と意見を述べた。

横堀応彦

横堀応彦

太下義之

太下義之

太下は、今回の国際共同制作事業ではコミュニケーションがほぼリモートで行われていたことに触れ、「これまで演劇のクリエーションではリアルが大事だと思われていたと思いますが、リモートも意外と便利だ、ということをみんなが実感したのでは。今後、コロナが収束してもおそらくリモートの打ち合わせや稽古を交えた国際共同制作事業は行われていくでしょうし、リモートの打ち合わせや稽古が増えれば、回数や言葉で伝えることが一層増えるので、通訳の役割がより重要になるのではないかと感じます。というのも、国際共同制作においては、単に言葉の問題でなくコンテクストの違いから相手を理解できないということもあるので、そこまで踏み込んでくれるような通訳の方が必要になると思います」と話す。また「THE HOMEオンライン版」で感じた、日本とイギリスの仕事の進め方の違いを例に挙げながら、「仕事の進め方が違うとスケジュール感や物事の決め方も変わってくる。どちらが正しいということでなく、文化や考え方の違いを飲み込みながらやっていかないといけないと感じた」と語った。

3人の話を踏まえて内野は、「私がオブザーブしたSCOTと劇団が拠点とする利賀村は特権的な存在なので、かなり状況が違ったと思います」と前置きしつつ、「まず、SCOTは国際共同制作に慣れていますから、利賀村に(相手を)迎えてしまえば、クリエーションは静かに順調に進行していきます。今、作品だけに集中する状況を作るのはなかなか難しいですが、『エレクトラ』はある意味、非常に恵まれた環境でクリエーションができたと思います。ただそれも、SCOTとインドネシアとの関係が長く積み重なっているからこそ実現できたことで、逆に言えば“継続できる関係とは何か”を考えていく必要があるとは思います」と述べた。

これからの国際共同制作に必要なことは?

さらに横堀は、ポストコロナにおける国際共同制作の展望についても、それぞれに意見を聞く。横堀は「新しいプロジェクトがどんどん生まれ、国際共同制作事業自体は肥大しているかもしれませんが、一方でプロジェクトが終わったらその座組は解散、というようなこともよくあります。しかし『KOTATSU』は、長年にわたる青年団とパスカルさんの関係性があったうえで実現したものですし、その関係性は今後も継続していくだろうと思われます。パスカルさんは、国際共同制作において友情を大事にしていると話していました。パスカルさんにとっては、強い信頼関係を持っている人とクリエーションすることが最も重要なんです」と言葉に力を込める。

呉宮は、日本とフランスのアーティストのクリエーションの進め方の違いを指摘。そのうえで、「『フィアース5』はサーカスの職業教育を受ける機会が限られている日本のパフォーマーやスタッフにとって、スキルアップや刺激になったのでは。今回のような劇場主導のクリエーションは最初のステップに過ぎず、将来的にはアーティストたちの間から国際共同制作事業が生まれていくのが理想ではないでしょうか」と予測する。さらに「これまでは、特に身体性の強い作品の場合は、対面重視でクリエーションを行ってきたと思いますが、リモート稽古が増えたことで言語化して伝えることが非常に大事になってきました。言語的なコミュニケーションの増加は良い作用をもたらしていて、このようにリモートとリアルの良さを生かしていけば、より深みのあるものができるのではと感じました」と話した。

内野儀

内野儀

呉宮百合香

呉宮百合香

太下は「先ほど横堀さんから、国際共同制作が肥大化しているのでは、という意見がありましたが、私は今後、国際共同事業がかなりカジュアルに進むのではと思っています」と述べ、その理由として、リモート打ち合わせや稽古が増えることでクリエーションのコストや手間が省け、ハードルが下がる点を挙げた。またリモート稽古では言葉が大事になるので、自分の意見をロジカルに伝える方法や、異なる意見に対して対処する方法を知る必要があると指摘。さらに「日本はパフォーミングアーツの教育を受けている人がほとんどいないので、日本の最先端の演劇表現をしながらも、あまりにも演劇や演劇史を知らない人が多いと感じます。国内で活動している限りはそれでも良いのかもしれませんが、国際共同制作の場となると途端に“演劇の教養の差”が出てくる。社会的な仕組みとしてその点にどう対応していくかは考えていく必要があると思います」と語った。

内野は太下の指摘に対し「国際共同制作はカジュアルにはなるかもしれませんが、現在の日本の状況から、今後国際共同制作にかける公の予算はどの程度あるのかな?と危惧しています。また、コロナ禍によりアーティストたちが国外の事象に対し、以前よりも興味を感じなくなっているのでは」と疑問を投げかける。「ただ、自分の表現を追求することが、偶然、国際的な問題関心につながる場合もある」と言い、「自分の表現がまだ確立していない若いアーティストたちには、まずは自分が何を表現したいのかをよく考えてもらうことが大切で、そういう人たちをサポートするという意味でも、国際交流基金の役割はますます重要になってくるのではないかと思います」と述べ、会を締めくくった。

左から横堀応彦、呉宮百合香、太下義之、内野儀。

左から横堀応彦、呉宮百合香、太下義之、内野儀。

プロフィール

横堀応彦(ヨコボリマサヒコ)

東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。ライプツィヒ音楽演劇大学でドラマトゥルギーを専攻。ドラマトゥルクとして参加した作品にオペラ「夕鶴」(演出:岡田利規)、Q「妖精の問題」(作・演出:市原佐都子)など。フェスティバル/トーキョー、TPAM、東京芸術劇場などでの制作業務を経て、現在、跡見学園女子大学マネジメント学部専任講師。

呉宮百合香(クレミヤユリカ)

ダンス研究者・アートマネージャー。専門はコンテンポラリーダンス。フランス政府給費留学生として渡仏し、パリ第8大学と早稲田大学で修士号を取得。国内外の媒体に公演評や論考、インタビュー記事を執筆するほか、ダンスフェスティバルや公演の企画・制作にも多数携わる。研究と現場の境界で活動。

太下義之(オオシタヨシユキ)

文化政策研究者、同志社大学経済学部教授、国際日本文化研究センター客員教授。博士(芸術学)。文化審議会・博物館部会委員。東京2020オリンピック・パラリンピック文化プログラム静岡県推進委員会副理事長。鶴岡市食文化創造都市アドバイザーなど、地方自治体のアドバイザーや委員を多数務める。著書に「アーツカウンシル」など。

内野儀(ウチノタダシ)

1957年生まれ。1984年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。2002年、同大学で博士号取得。1992年から2017年に同大学大学院総合文化研究科教授を務め、2019年に同大名誉教授に就任。2017年より学習院女子大学教授。著書に「メロドラマの逆襲」「Crucible Bodies」など。また、TDR誌(ケンブリッジ大学出版)の編集協力委員。

独立行政法人国際交流基金(JF)(ドクリツギョウセイホウジンコクサイコウリュウキキン)

1972年に外務省所管の特殊法人として設立。世界の全地域において、総合的に国際文化交流を実施する日本で唯一の専門機関。大きく分けて「文化芸術交流」「日本語教育」「日本研究・知的交流」の分野での文化交流事業を実施中。世界に24か国・25の海外拠点と、国内の附属機関・支部を足がかりに、世界各国の在外公館、日本語教育機関や文化交流機関等と緊密に連携をとりながら、グローバルに活動を展開している。