望海風斗が演じる“悪の華”、末満健一オリジナルミュージカル「イザボー」の魅力をBlu-ray / DVDで再発見

「TRUMPシリーズ」、「舞台『刀剣乱舞』」シリーズなどで知られる劇作・演出家の末満健一が、「日本発のオリジナルミュージカルを作りたい」という思いからスタートした、“MOJOプロジェクト -Musicals of Japan Origin project-”。その第1弾として、構想10年以上のミュージカル「イザボー」が2024年1月に誕生した。

望海風斗を主演に迎えて描かれたのは、百年戦争の時代にフランス国王・シャルル六世のもとに嫁ぎ、王妃であるにもかかわらず国を破綻させた悪名高いイザボー・ド・バヴィエールのクロニクル。作中では、なぜイザボーがそのような道を歩むに至ったのか、彼女を取り巻く環境や、思考の変化が、望海の力強いパフォーマンス、末満のテンポ良い筋運びで描かれた。

そんな「イザボー」のBlu-ray / DVDが、2024年7月24日にポニーキャニオンより発売。Blu-ray豪華版・通常版、DVD通常版の3形態で発売される同商品には、完全収録された本編映像に加え、メイキング映像やブックレット、またBlu-ray豪華版にはスペシャルメイキング映像とフォトブックが付属する。それら特典にも作品を紐解くヒントが詰まっているが、まずは末満が満を持して発表した「イザボー」の世界を振り返ってみよう。

文 / 大滝知里

音楽・装置・衣裳・演出…末満健一の“狙い”がガチリとかみ合う舞台

イギリスとフランスが王位継承や領有権を巡り、戦いを繰り広げた百年戦争。その争いに巻き込まれたのが、フランス隣国バイエルンの大公の娘であるイザボー・ド・バヴィエール(以下イザボー / 望海風斗)だ。冒頭、イザボーの息子であるシャルル七世(甲斐翔真)は、自身の戴冠式で、血塗られた歴史の上に立つフランスの統治者となることに不安を抱いている。彼こそは、フランスの救世主ジャンヌ・ダルクの功績によって、一度は遠のいた王位に返り咲いた人物で、フランスを腐敗させ、敵国に売り飛ばした最悪の王妃イザボーを実の母に持つ者だった。国が犯してきた罪を贖うため、シャルル七世は、義母であるヨランド・ダラゴン(那須凜)と共に、時をさかのぼり、イザボーの半生を知る旅に出る。

末満健一と言えば、緻密に構築されたダークで独創的な世界観により熱狂的なファンを持つ「TRUMPシリーズ」が代表作に挙げられるが、史実を元にした本作では、彼の脚本の良さとも言える“緻密な創造性”を、想像を膨らませて自由に操ることには限界がある。だが、末満は軽快な筆致で、激動の時代にある王位を取り巻く人間模様や出来事を詳細に見せていく。百年戦争が義務教育で学ぶ範囲とはいえ、日本の創作ミュージカルでは初めて扱われるイザボーという題材や、時代背景を把握するまでに、“理解の体力”を奪われるのではないかという不安があるかもしれないが、ご心配なく。オリジナルミュージカルだからこその、物語と音楽の融合性、望海をはじめとするキャストの力により、観客はするりと劇世界にいざなわれてしまうのだ。

劇中の音楽を手がけるのは、ミュージカル「ヴェラキッカ」(2022年)や、直近では8月7日にスタートするテレビアニメ「デリコズ・ナーサリー」など、末満と多くの作品を共にしてきた和田俊輔。さらに、オリジナルミュージカル「いつか~one fine day」の桑原まこが音楽監督・編曲で参加する。劇中の楽曲はロック調のナンバーから繊細なバラードまで幅広い。歌詞がストーリーテリングの一部を担うことが大前提のミュージカルだが、出色はその楽曲の使い方だ。最初のナンバー「Scared Country -傷だらけの国-」では、ドラムスやサックスが洗練されたリズムを刻み、シャルル七世の歌唱シーンへとシームレスにスライドする。舞台装置を使った効果的な演出と相まって、歌の導入部分はゾクゾクするような高揚感を生み、観客の意識をグンと引き込む。

また、松井るみが担当した舞台装置では、ステージ上にぐるぐると回る筒状の重々しい回廊が出現。城壁のようにも見える回廊には、窓や階段、出ハケ口が設けられ、回る装置の中でキャストが次々と登場しては消えていく。その様子は、亡霊や記憶の中に生きる人物、イザボーを悩ませる外野・民衆の声を効果的に描くだけでなく、回りながら舞台正面に現れたキャストが一節ずつ歌いつなぐ演出にも一役買った。さらに、前田文子が手がける衣裳は黒を基調とし、ゴシックでダークな世界観を作り上げる。黒い装置に黒い衣裳、末満が得意とする闇に溶け込むような“黒い世界”は、話が進むにつれ、イザボーが身にまとう“赤”を効果的に引き立たせることになる。

幸せを求めるイザボーは、不幸な自分を許さない

スタッフ・キャストなど、末満が「“盤石の布陣”で臨んだ」と言うオリジナルミュージカル「イザボー」。では、歴史上で最悪のフランス王妃として名を馳せたイザボーの、何が描かれるのか。それは、彼女が生きるためにどうあらねばならなかったのか、ということである。

冒頭の戴冠式のシーン後、望海扮するイザボーは劇中歌「The Queen! -最悪の王妃-」で「すべての栄華、富、絶望は私のものだった」と歌いながら、“悪の華”たる堂々としたヴィランぶりでステージに姿を現す。赤と金の勇ましいロングドレスのスリットから脚をのぞかせ、聴衆(観客)を見下し、ニヤリと笑う姿に思わず「キャー!」と叫んでしまいそうになるのをグッと堪えると、一転して次のシーンでは、シャルル六世に見初められたイザボーが、言葉もわからない異国で、精神を病んだ国王を、妻として献身的に支える様子が描かれる。しかし、看病のかいなく国王の病状は悪化。王弟、親族たちの陰謀渦巻く王宮でいよいよ後ろ盾がなくなったイザボーは、糸が切れたかのように高笑いし、夫、子供、国を守るため国政に乗り出ると宣言。自身を取り巻く状況に追い詰められたのである。そして自らの権力と性を武器に、手を組む相手を次々と変え、2幕以降は、茨の道を転がり落ちるように突き進む。イザボーが着るドレスは次第に血のような赤に染まり、フランス国政も自身の評判も、破綻の道筋をたどる。

イサボーには、心の奥底に“必ず幸せになる”という強い願望があった。しかし、当時の王妃は子孫を残すための道具で、ただの飾りであり、男性社会で自立し生き抜くことは難しい。けれどイザボーは、不幸な自分を不幸なままでいさせることを許さず、運命に抗う選択をした。言うなれば現代的な能動性と根性がある、愚直な女性だったのかもしれない。

キャストの強みを存分に生かした、ぜいたくな座組み

「イザボー」は、“キャストの強み”を感じさせる作品でもある。望海は宝塚歌劇団時代、演じる役の“闇堕ち”や“絶望”といった変容は十八番で、ダークな役も多く担った。今回のイザボーも役がよく似合い、まるで当て書かれたかのように、劇中では望海の個性や中性的な色気が発揮され、太く響く声域も生かされた。歌唱力に加え、芝居にも定評がある望海は、物語の後半にかけて、母として揺らぐイザボーの心のひだや、“後に引けない”人間の恐ろしさと悲しみを狂気たっぷりに演じ、幕切れまで予断を許さない表情で観客を惹きつける。

語り手でもあるシャルル七世役の甲斐翔真は、母親イザボーを憎みながらも無視できない息子の苦悩と葛藤を丁寧に構築。シャルル六世役の上原理生は、精神を病んだことで、心の奥底では愛するイザボーを、自らの意に反して苦しめ、狂気にのまれていく国王の悲哀を見事に演じた。中河内雅貴は自信家のジャンを精悍に、上川一哉はイザボーと不貞の仲になるオルレアン公ルイの軽薄さを好演。ヨランド・ダラゴン役の那須凜は初めてのミュージカル出演とは思えないほど貫禄がある歌唱を披露し、低く抑えた声でヨランドを演じる様子がイザボーと同時代を生きた女傑としての説得力を持たせた。ベテランの石井一孝はイザボーとシャルル六世の仲を取り持ったブルゴーニュ公フィリップ役で舞台を締めた。また、大森未来衣は、末満作品「LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-」でファルス役を射止めた新星。今回はイザボーの少女時代・イザベルをまっすぐに表現し、望海演じるイザボーとのコントラストを強めた。これほどの豪華キャストを実現させたことに、末満の本作、そしてMOJOプロジェクトへの気合いがうかがえる。

怪しい動きをチェック?パッケージ版だからこその楽しみを

昨今、韓国オリジナルミュージカルの台頭や、コロナ禍での輸入ミュージカルの減少により、日本でもオリジナルミュージカルを創作する気運は高まっているが、この規模のオリジナルミュージカルの誕生は稀だ。本公演では配信も行われ、末満が自らスイッチングを手がけた配信回もあったという熱の入れよう。そんな舞台が、今度は自宅で楽しめる。舞台作品を映像で観ることの良さは、好きなシーンを繰り返し観たり、出演者の細かな表情や衣裳のディテール、劇場では目が追いつかなかった細部にまで注目したりできること。加えて本作は、劇中での登場人物の思惑が入り乱れる物語なので、舞台ファンならば、どのシーンで誰と誰がどう視線を交わし、怪しい動きをしているか、俳優1人ひとりの微細なこだわりを知りたいというもの。さらに今回は、パッケージ版のために編集された映像が収録されている。観れば観るほど新たな発見がある、そんなミュージカル「イザボー」を自分流に楽しんでみては。

風通しの良いカンパニーが切磋琢磨、見逃せない特典映像

パッケージ版では本編に加え、Blu-ray豪華版に60分以上に及ぶスペシャルメイキング映像、Blu-ray・DVD通常版にそのショートバージョンがそれぞれ特典映像として収録される。スペシャルメイキング映像では、本作の顔合わせから、稽古場の様子、大阪・オリックス劇場で千秋楽公演を迎えるまで、作品に関わる人々の心情の変化がこと細かに記録された。顔合わせで作品に込めた思いを語る末満や、稽古場で劇中歌の歌唱を試行錯誤する望海、物語に躍動感をもたらすアンサンブルたちの振付稽古シーンなどが惜しみなく明かされる。印象的なのは、参加する誰もが生き生きとした表情で臨んでいたこと。「“日本発のオリジナルミュージカル”を良いものにしよう」という気概と愛が、熱量高く伝わるメイキング映像となっている。

さらに、Blu-ray豪華版・通常版、DVD通常版の3形態に付属する16ページのブックレットには人物相関図が、Blu-ray豪華版に付属する40ページのフォトブックには印象的なシーンや表情が切り取られた舞台写真が収められた。特典の映像・写真でさらに深く、「イザボー」の劇世界を堪能しよう。