シーンが進むごとに見える、英雄ハリー・ポッターの人間らしさ
──印象的なシーンの多い「呪いの子」ですが、幕が開き、アルバスを見送りに来たハリーがロンドン・キングスクロス駅に現れ、テーマソングと共に群舞が始まる冒頭のシーンは、非常に心躍ります。
開幕直後、アルバスをホグワーツに送り出す、9と4分の3番線でのシーンは、演出家からも「お客さんが、ディズニーランドに来たような、胸膨らむ気持ちになるように」と言われていました。ハリー自身、ここでは自分がホグワーツ生だったときのことや、長男ジェームズの送り迎えに来たときのこと、そういった思い出を懐かしみながら、純粋にワクワクしているので、その気持ちがお客様にも伝わればと思っています。
──あのシーンでは、37歳らしく落ち着きあるハリーの姿に「やっぱり英雄ハリー・ポッターは違うな……」とときめいていましたが、次第にハリーの人間らしい、“カッコ悪い”部分も見えてきます。
妻のジニーとのシーンでは、自然と夫として振る舞おうとしてしまうし、幼馴染であるハーマイオニーの前だと、ちょっと少年っぽい部分が出てしまう。台本がよくできている……と言うと上から目線になってしまいますが(笑)、シーンが進むごとに話す相手も異なるので、そこからハリーの本質的なところが垣間見えていく構成は見事ですよね。
2人の“息子”、佐藤知恩と渡邉蒼の魅力
──そして次男・アルバスとのシーンでは、ハリーは空回ってばかり。“良き父親”になれないことにハリーは思い悩みますが、アルバスに寄り添って考えると「ハリー、そうじゃない!」とやきもきしてしまいます。
ハリーは、そもそも“父親”というものを知らないから、その成り方がわからないんですよね。そして、そのことを、アルバスにも吐き出せない。最善だと思う策を全部やろうとするんだけど、やればやるほど間違ってしまう。周囲からすると「そっちじゃないんだよ!」って見ていてもどかしいんですけど(笑)、本人にしてみたら、自分の大事な息子のことだし、冷静に見れなくなっている。
僕自身、実生活では“父親”ではないからこそ、ハリーの「父親になるために、どうしたらいいのかわからない」という気持ちが、わからなくもないんです。ただ、わかっているのは、“わからない”ということだけ(笑)。だから、とにかく“わからない”まま、息子のことは絶対に諦められないという気持ちで、舞台上で必死にもがき続けることが、今の僕にできるすべてだと思っています。“父親”になれないハリーの状況も、偉大な父を持って、その重圧に苦しんでいるアルバスの状況も、魔法の世界だから特別に見えているだけで、全然特別なことではないですよね。僕たちが生きている世界でもあり得る、人と人とのコミュニケーションの問題が、人間ドラマとして緻密に描かれている。3時間40分、無我夢中でハリー役を演じていると、魔法を使うことより、生きていくことのほうがずっと大変だな、って思いますね(笑)。
──アルバス役には、平方さんと同じく3年目キャストとして、佐藤知恩さんと渡邉蒼さんがジョインしました。お二人は、平方さんにとってどのような存在ですか?
稽古は2チームに分かれていて、僕は知恩と同じチームでした。知恩は最初に会ったときから、どこか自分と似ているなと感じていて。だから、呼吸を合わせるのにもあまり時間がかかりませんでしたし、一緒に長く稽古してきたから、舞台上でも「今回はこうしたいんだな」「おっ、今日はこう仕掛けてきたのか」など、セリフ以外で通じ合っている部分がありますね。蒼は、触ったら壊れてしまいそうな、繊細さが魅力。悲しみや怒り、喜びといった感情をまっすぐに出してくれるのですが、そのエネルギーで3時間40分を完走している姿を見ていると、十代ってすごいなと圧倒されます。アルバスに対するセリフの言い方も、知恩と蒼で無意識に変わっている部分はあると思います。2人とも舞台上で、僕に果敢に挑んできてくれますし、僕も2人に挑んでいきますし(笑)、2人のことは、年齢とかキャリアとか関係なく、俳優としてリスペクトしています。“息子”としては、2人とも本当に可愛いです。
──先日ピンチヒッターで、1年目から2年目にかけてアルバス役を演じていた福山康平さんが同役を務めましたが、共演してみていかがでしたか。
3年目の演出を受けていないアルバスと共演するのは、福山くんが初めてでした。知恩と蒼は、どこか人懐っこいというか、お父さんへの愛情が見え隠れするアルバスなんですけど、福山くんは、最後まで父親に寄り添って来ないアルバスで。演じていても、引き出される自分の感情が異なって、すごく貴重な経験でした。自分の“本当の息子”である2人の魅力に改めて気付かされましたし、また次、福山くんのアルバスと共演することがあれば、どうやって対峙しようか、ワクワクしている部分もあります。
キューは2000個以上!でも「お客様にはただただ楽しんでほしい」
──観客を魔法の世界にいざなう、イリュージョンも作品の大きな見どころです。
世界各国の「呪いの子」をご覧になられているスタッフの方からは、「日本のイリュージョンのクオリティは非常に高いし、その高さを保ったまま公演を続けられている」と褒められていたようです。僕は日本版にしか参加していないので、ほかの国のものと比べることはできませんが、ただ公演に関わっている人たち全員が、それぞれプロフェッショナルとして責任を持って公演に挑んでいる、ということは自信をもって言えます。この公演には、キュー(音響や照明、舞台転換のきっかけ)が2000個以上あるんです。
──2000個以上も! 想像がつきません。
“キューコーラー”と呼ばれる方が、僕たちにもキューを出してくださるんですけど、彼女たちがいないと、舞台は成り立たないですね。やることは本当に多いですし、セリフを1つ飛ばすだけで歯車が狂ってしまうから、稽古が始まって最初の3週間は、みんなプレッシャーでぐったりしていました(笑)。でも、そこで泣き言を言わずに、歯を食いしばって全員でがんばったからこそ、良い絆が生まれたように感じています。やることがありすぎて、逆に役に没入できている感覚もあります(笑)。雑念が入り込む余地がないというか。
──皆さんの努力あっての、完璧な世界観なんですね。
“完璧”を求め続けないと、この公演は走り続けられないですからね。でも、お客様には「大変そうだなあ」とか一切思わず、ただただ楽しんでほしいです(笑)。そもそも原作が、隅々まで作り込まれた完璧な世界じゃないですか。演じていて、J.K.ローリングさんに「あなたたち、やれるの?」って言われてる気がするんですよね。だから、“完璧”は超えないといけないし、そのラインを超えてきた先輩たちの存在には、「やれないことはないんだ」って励まされます。
お客様の存在に救われるロングラン
──8月には、総観客数が100万人を突破しました。専用劇場で上演されるストレートプレイ作品の中で、総観客数が100万人に至るのは日本初とのことです。
“専用劇場”を作ること自体、気合いを感じますよね(笑)。「『呪いの子』をきっかけに平方元基を知りました」という「ハリー・ポッター」ファンの方も多くいらっしゃって、すごくありがたいなと思っています。「呪いの子」が、初めて観る演劇作品という方もいらっしゃるでしょうし、「ハリー・ポッター」という作品の力は大きいなと日々感じています。
こちらが一方的にロングラン公演を続けていても、お客様が来てくださらなければ100万人は達成できません。舞台を始めたばっかりのころ、先輩たちが「お客様が来てくれるから、どんなつらいことも乗り切れる」と言っているのを聞いて、「いや、きついときはきついだろう」と生意気にも思っていたんですけど(笑)、この作品をやっていると本当にお客様の存在に救われるんですよね。3時間40分という長い上演時間の間、お客様も登場人物に感情移入して、「がんばれ」と思ってくれたり、泣いたり、笑ったりしてくれて。そうやって、お客様が僕たちと一緒に時間を過ごしてくれることに対して、言葉にできない感情で胸がいっぱいになるんです。だから、カーテンコールで温かい拍手で迎えられると、「いや、拍手を送りたいのはこっちだよ!」と感極まってしまいます(笑)。こうやって、3年目キャストとしてハリー役を引き継げたことが光栄ですし、バトンを次に渡していかないといけないという責任も感じています。100万人と言わず、もっとたくさんのお客様に、この作品の魅力を届けていきたいですね。
プロフィール
平方元基(ヒラカタゲンキ)
1985年、福岡県生まれ。2011年、小池修一郎演出「ロミオ&ジュリエット」ティボルト役でミュージカルデビュー。主な出演作に、マリア・フリードマン演出「メリリー・ウィー・ロール・アロング」、山田和也演出「ローマの休日」、鈴木裕美演出「サンセット大通り」、小池修一郎演出「エリザベート」「レディ・ベス」、上田一豪演出「キューティ・ブロンド」、福田雄一演出「サムシング・ロッテン!」、G2演出「マイ・フェア・レディ」ほか。