東京芸術劇場が、次代を担う才能を紹介するシリーズ「芸劇eyes」。「芸劇eyes番外編」は、「芸劇eyes」にラインナップされる団体よりもさらに若手を対象に、同劇場の企画委員を務める演劇ジャーナリストの徳永京子が、今注目の団体をショーケース形式で紹介する企画だ。2011年の「20年安泰。」、2013年の「God Save the Queen」に続き3度目、8年ぶりの開催となる今回は、徳永が2011年の東日本大震災以降、“不寛容さに抵抗する”演劇の新しい流れと位置付ける“弱いい派”にフィーチャーする。参加するのは、いいへんじ、ウンゲツィーファ、コトリ会議の3団体。座談会に集まった彼らは、徳永の企画に対する思いやお互いの意見に静かに耳を傾けつつ、自身の迷いや覚悟も織り交ぜながら創作への思いを語ってくれた。
取材・文 / 熊井玲
さまざまな方向から集まった“弱いい派”3団体
──今回、東京芸術劇場の企画委員である演劇ジャーナリストの徳永京子さんにより、いいへんじ、ウンゲツィーファ、コトリ会議の3団体が“弱いい派”として紹介されることになりました、まずは皆さんの団体のこと、そしてこの座談会に登壇していただく、いいへんじの中島梓織さん、ウンゲツィーファの本橋龍さん、コトリ会議の山本正典さんの演劇との出会いを教えてください。
中島梓織 いいへんじは私と松浦みるが結成した劇団です。もともと早稲田大学の演劇倶楽部という演劇サークルで活動していて、2016年に結成し、2017年に旗揚げ公演を行いました。その後、2020年に演劇倶楽部の後輩だった飯尾朋花、小澤南穂子が加入して、現在は4人体制で活動しています。私が演劇と出会ったのは高校の演劇部で、進学した高校に演劇部があり、そのとき初めて演劇に出会いました。高校2年のときに茨城で全国大会があり、開催県校として全国大会にも出場しました。そのまま、大学を卒業した現在も、演劇を続けています。
本橋龍 今はウンゲツィーファという名前でやっていますが、もともと2012年頃に大学の仲間たちと、栗☆兎ズという名前で活動を始めて、2016年に現在の名前に改名しました。特にメンバーはいないんですが、いつも一緒にやる仲間はいて、という感じです。演劇との出会いは、高校時代に演劇部に入ったからなんですけど、それも特に演劇に興味があったわけではなく、たまたま友達が「演劇部に入る」と言ったからついていって……という始め方でした。
山本正典 この中ではコトリ会議が一番活動歴が長いのかなと思いますが、2007年に結成してもう14年くらい活動しています。最初は、僕ともう辞めてしまったメンバー2人の3人で立ち上げて、その後も人が入ったり辞めたりしながら、大阪を拠点にずっと活動していました。ただ2016年に宮城の劇団 短距離男道ミサイル、名古屋のオレンヂスタと大阪のコトリ会議で対ゲキツアーというのをやりまして(参照:短距離男道ミサイル×オレンヂスタ×コトリ会議が、“家族”をテーマに競演)、それを機にちょこちょこいろいろな都市に出かけて公演するようになって。僕自身は、「何か面白いことをやりたい」と思っていた大学時代に、偶然近所に小劇場の稽古場があることを知って、見学に行ったらズルズルと役者をやることになりました。そこはすぐに辞めたんですけど、フリーで活動しているうちにいつの間にかコトリ会議ができたという、行き当たりばったりでここまでやってきました(笑)。
──それぞれバックボーンがさまざまですね。これまでお互いの作品をご覧になったことはありますか?
中島 ウンゲツィーファさんの公演は観に行ったことがありますが、コトリ会議さんの作品はまだ観たことがないです。
本橋 僕もいいへんじは短編を1作品観させていただいたことがありますが、コトリ会議はまだ観たことがないです。
山本 僕はいいへんじさんもウンゲツィーファさんもまだ観たことがないです。
“弱いい派”と呼ばれて
──皆さんは、徳永さんが「演劇最強論-ing」にお書きになった「徳永京子の2018年プレイバック」(参照:徳永京子の2018年プレイバック | 演劇最強論-ing)で、すでに“弱いい派”として取り上げられていました。今回、この企画のオファーを、どのように受け止められましたか?
山本 何も実感がわかないまま、今も実感がわかないままです(笑)。東京芸術劇場が東京でどういう立ち位置の劇場なのかとかもぼんやりとしかわからないし、でも制作の規模や制作費の数字を見て「ヤバいな」と感じて……本当にそんな感覚でただただビビっています(笑)。
本橋 最初に“弱いい派”として取り上げていただいたときは、シンプルにフィーチャーしてもらえることがありがたいなと感じました。今回の公演に関しては、オファーをいただいたのが2年前とかだったので、そのときと今ではずいぶん心境が違ってますね。2年前の僕はもっと調子づいてたので、オファーを聞いたときに「単独(公演)じゃないのか」って思って(笑)。でもそれから2年経ち、今は演劇でどうこうなろうという気持ちもなくなってきているので、シンプルにやれたらなと思っています。
中島 今、本橋さんのお話にもありましたが、オファーをいただいた2年前、私はまだ大学3年生だったので、徳永さんに“弱いい派”としてフィーチャーしていただいたことにもあまり実感がわかなかったというか。自分たちの感覚とは違うところで“ふあー”ってなっていく感じがあって(笑)。だから「芸劇eyes番外編」のお話も、当時は「すごい先の話だな、その頃は自分たちがどうなってるのかわからないな」と思いつつ、そのような機会をいただけるのはありがたいと思って、ドキドキしながらお受けしました。そのドキドキは今も続いているんですけど(笑)。
──徳永さんは今回、なぜこの3団体にお声がけしたのですか?
徳永京子 “弱いい派”というのは、社会とリンクした演劇の流れで、今回参加していただく3団体だけが“弱いい派”というわけではありません。贅沢貧乏さんやゆうめいさん、やしゃごさんなどもそうです。贅沢貧乏さんは2017年に「芸劇eyes」に登場していただきましたし、実はゆうめいさんも当初はこの番外編にと思っていたのですが、単独で5月に「芸劇eyes」として公演をしていただきました(参照:池田亮「たくさん楽しんでもらえるよう作りました」、ゆうめい「姿」が芸劇で開幕)。今回なぜこの3組かという理由は、今の日本で内面的にも環境的にもスムーズに生きられるのがメインストリームだとして、その外側で生きざるを得ない人たちを描きながら、扱っている生きづらさのポイントが異なり、表現方法もまったく違っていて、しかもバラけ方のバランスが良いから。その分、“弱いい派”のバラエティが伝えられると考えました。
いいへんじは、不安障害をめぐる新作
──今回は皆さん、新作を上演されます。いいへんじは、すでにあらすじを劇団公式サイトで発表していますね(参照:薬をもらいにいく薬(序章) | いいへんじ)。
中島 今回私たちは「薬をもらいにいく薬」という作品の最初の30〜40分くらいを上演しようと思っています。全体はまだできあがっていないのですが、全体で80〜90分くらいになる予定で、今回はその予告編的なものにできたら良いなと。「芸劇eyes番外編」でいいへんじに出会ってくれた方に、今度その続きを観に来てもらえたらと思っていて、その出会いのきっかけになったら良いなと考えています。
──どんな作品になりそうでしょうか?
中島 あらすじにも書いている通り、不安障害で家の外に出るのが怖くなってしまった女の子が、旅から帰ってくる恋人を迎えに行けるのか行けないのか、というお話です。というのも、2018年くらいから自分自身も不安障害を患って、そこからよくメンタルヘルスを題材に据えるようになったんですね。昨年上演予定だったけれど中止になった「器」という作品も“うつ”を扱っていて、それもうつが“弱さ”とされてしまっている状況について考えたことが発端となっていて。“うつの人”を“弱い人”とカテゴライズするのでなく、その人がただそこに存在している、という肯定を、作品を通してできないかなと。今回も、不安障害とどうしたらうまく一緒に付き合っていけるかを、演劇を通じて誰かと一緒に考えられたら良いなと思っています。
ウンゲツィーファのイメージ起点は、“ガスマスクでUber Eats”
──ウンゲツィーファのタイトルは「Uber Boyz」です。
本橋 今回、脚本・演出・出演を参加者の方とみんなでやる感じで、僕自身もまだ全貌がわかってないんですけど、スタート地点として僕が提示したのは、“ガスマスクを着けてUber Eatsをやってる人たちがいっぱいいる”というイメージ。今はグループLINEでみんなとああだこうだ言いながら、イメージを広げるような作業をしている状態です。ようやく最近、それぞれの役割が見えてきたところで、例えばゆうめいの池田(亮)くんはこの世界観的なものを美術で表現してきたり、スペースノットブランクの中澤(陽)くんは謎のテキストを送ってきたり、盛夏火の(金内)健樹くんはサブカル的な知識が多いので「既存の作品に則るとこういった点はどうか」と提案してきてくれたり、コンプソンズの金子(鈴幸)くんはマンガの技を引用したプランを考えてきてくれたり(笑)と、それぞれがアイデアを出していて。最終的に僕がそれをまとめることにはなるんですが、今はまだそんな感じです。
──“ガスマスクを着けてUber Eats”とはかなりインパクトのある響きですが、本橋さんの中で何かきっかけとなるエピソードがあったのでしょうか?
本橋 昨年、演劇系の仕事がパッタリと止んだ時期に、Uber Eatsをやってたんです。そのときに改めて「自分は何で演劇をやってるのかな、これから何をするのかな」って考えるようになり、その中で「俺が演劇になろうかな」と思い始めて。ガスマスクを自作し、それを装着してUber Eatsをやれば、自分自身が演劇になるんじゃないかと。その“自分自身が演劇になる”っていう世界観が面白いなと思って、その延長線上で浮かんだアイデアだったと思います。
──また、参加者には劇作・演出も手がける色濃い面々がそろいました。
本橋 僕がよく一緒にやっている黒澤(多生)くんが池田くんに声をかけて、さらにそれぞれの共通の知り合いとして中澤くんの名前が挙がってきて。「それなら全部、団体をやってる人でそろえよう」ということになり、今回の顔ぶれになりました。
コトリ会議は“負けて良かった”と思えるような世界観を
──コトリ会議の新作は、「おみかんの明かり」です。
山本 そもそも僕がひっかかっていたのは、東京の劇場でやる企画に、東京の2団体に加えてなぜうちが呼ばれたんだろうということで。それはもちろん“弱いい派”というくくりだからなんですけど、じゃあそもそも弱くていいということは何だろう?ということから悩み始めて、今も悩んでいます。「おみかんの明かり」というタイトルは早い段階で決まっていて、台本もすでに何稿も書き直してるんですけど、実は昨日も最後まで書き上げたものを投げて、新しく作り直すことにしたところです(笑)。弱いってどういうことかって考えると、お金があるなし、権利があるなし、ケンカの強い弱いもあるかと思うんですけど、例えば拳銃を向けてる人が強くて向けられてる人が弱いかっていうと、必ずしもそうではないし、考えてみたら100%弱い人っていないんじゃないか、誰でも強いし弱いはずじゃないかと。また僕は、人間の汚いところって実生活の中でみんなたくさん見てると思うので、演劇ではすごく夢を見たいと思うんですね。そう考えるうちに、強い弱いじゃなく、損をする / 得をする、勝つ / 負けるみたいな考え方をしてみたら、自分の中でしっくりきたんです。現実で負けて悔しい思いをしたときに「それでも負けて良かったんだ」って心底思えることってないですけど、例えば自分たちが作った作品を観た人が、「ああ、負けて泣けて良いね。負けて良かった。損して良かったね」とみんなで肩を抱き合いながら言えるような瞬間を、演劇を通じて作れたら良いなと思っています。
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現実を演劇という手法で面白がりたい