2000年にNODA・MAPで初演された「カノン」は、浅間山荘事件をモチーフに、さまざまな思いを持った人物が“自由”を求めて奔走する物語だ。2015年には演劇系大学共同制作(演大連)の企画により、快快・野上絹代が演出を担当。その好評を受け、今回は渡辺いっけいら新たなキャストを迎えて再演に挑む。活気あふれる稽古場から生み出される、新たな「カノン」。その止まらない勢いを、野上と渡辺の対談、さらにキャストの座談会から紹介する。また特集の後半には、野田秀樹が始動したプロジェクト「東京演劇道場」のワークショップレポートと、演劇ジャーナリストの徳永京子によるコラムを掲載している。
※2020年2月28日追記:本公演は新型コロナウイルスの影響で中止になりました。
取材・文 / 熊井玲 撮影 / 藤田亜弓
「カノン」なら、素直に取り組めるのではないか
──野上さんは2015年に演劇系大学共同制作の企画で「カノン」を上演されました。そのとき、企画サイドから「野田秀樹作品を学生キャストで」という希望があったそうですが、数ある野田作品の中で「カノン」を選ばれたのはなぜですか?
野上絹代 学生が20人くらい出演する演目という制限があったのと、学生がやって無理がない作品、「大人にやらされてるな」っていう感じがしない作品にしたいなと思ったんです。それで戯曲を読み進める中で、「カノン」がいいなと。「カノン」は浅間山荘事件をベースにしているので、学生がやることに意義がある題材だと思いましたし、映像を観たことがないので、オリジナルをあまり意識せず、戯曲に素直に取り組めるんじゃないかと思って。
──それまで、野田作品にはどんなイメージを持っていましたか?
野上 とにかく言葉数が多くて、言葉遊びが多い。身体もものすごく使うし、何よりセリフと肉体がくっついているという感じがして、パッと言っただけではよくわからなくても、身体を動かしていると徐々に理解できる、という印象ですね。あとスピード感かな。
──渡辺さんは、2000年にNODA・MAPで上演された「カノン」をご覧になっていますか?
渡辺いっけい 観てます。野田さんの作品を、実は毎回ちゃんと観ている、というわけではないんですけど「カノン」は観ていますね。非常にきれいな舞台だったという印象があります。今回戯曲を読み返して、こんなに荒々しい、若さにあふれた青春ものだったなんて、と驚いて。当時はそんなふうに全然思わなかったんですよね。ビジュアル的には印象が残ってるんですけど、正直、ちょっとピンと来なかったんですよ。で、楽屋に挨拶に行って、野田さんに「よくわかりませんでした」って言ったら「オマエにはわからないよ」って野田さんに言われて(笑)。そういう思い出です。でも野田さんの作品って、「お話はよくわからないけど、とにかく面白かった」という感想を言う人が多いし、それでいいと思うんですよね。それと、野田さんの作品では、ハマり役に当たる役者が必ずいるって言うか、「あのときのあの人の役が素晴らしかった」って、ピンポイントで感じることが多くて、今回も若手の誰かがそうやってお客さんに覚えてもらえるといいなって思います。
企画自体がチャレンジング
──稽古を拝見して、とても活気のある稽古場だなと思いました(参照:稽古場にポジティブな風、カンパニーが一丸となり挑む野上絹代演出「カノン」)。野上さんは2度目の「カノン」となりますが、新たにチャレンジしようと思っていることはありますか?
野上 チャレンジしようと思っていることは特にないんですけど、企画自体が相当なチャレンジだなと(笑)。キャスティングについても規模感が違いすぎて、私の頭ではちょっと追いつかなかったので、オーディションをさせていただいたのですが、そこでも1200人を超える応募があって……すごいチャレンジをしてるなって。演出面では前回からそんなに変えようとは思っていないのですが、この座組だからできることを大事にしたいなとは思っています。稽古場で生まれたことを大事にしつつ、前回よかったところはそのまま踏襲して、“合わせ味噌”みたいな感じでできれば。
──野上さんご自身はダンスを続けて来られて、演劇は大学時代からとのお話でした。ダンサー・振付家の中には、演劇とダンスを別もの、とおっしゃる方もいますが、野上さんにはあまりそのボーダーを感じません。
野上 そうですね、ボーダーは“ほぼない派”です。演劇を作ろうとすればするほど身体に意識が向いてきて、身体の視覚的なリズムと言葉のリズムがどう絡まったり離れたりするのかが気になるし、逆に踊りをすればするほど、なんでしゃべらないのかってことが気になって、踊りから生まれる言葉がいっぱいあるんです。それと、戯曲の中で意味がわからないところ、疑問に思ったことは隠さないようにしていて、俳優さんや演出助手さんに「どう思う?」って聞くようにしています。するといろいろな意見が出てくるので「そうか、こんなにたくさん解釈があるんだ、じゃあ今回はその中のどれにしようかな」と考える。そういう意味で、「わかんないです」って言えるスキルがあるんじゃないかな(笑)。
渡辺 あははは!
みんなすごく、レベルが高い!
──渡辺さんが演じられる天麩羅判官役は、オーディションではなく、オファーで決められたそうですね。
野上 天麩羅判官は、オリジナルだと野田さんが演られていて、この役は権力の象徴でもあるけど決して嫌なやつではなく、愛すべき人間の姿も持っているんですよね。というわけで、オーディションで選ぶのはちょっと難しかったので、いっけいさんにお声がけさせていただきました。
渡辺 絹代ちゃんが俺の名前を出したの?
野上 そうです。いっけいさんは野田作品にたくさん出ていらっしゃって、私も舞台上のいっけいさんを何度も拝見しているので、それは1つ大きな理由でした。それと、年上の有名人ですから権力の象徴としても申し分ないですし、身体もすごく効く方だし、なおかつ愛嬌と言うか、みんなに愛されるところもあって、いっけいさんに出ていただけたらいいなって。そうしたら叶ってしまって(笑)、今でも夢なんじゃないかって狐につままれたような感じがしています。
渡辺 (笑)。NODA・MAPにも若いアンサンブルの子がたくさん出ていますが、そういったときも俺は若い子たちとコミュニケーションを取ることが多くて。というのも、自分が若いときに本当にわがままな役者だったので、たぶんいろいろ周囲に面倒をかけちゃったんですよ。そうやって渡り歩いてきたので(笑)、今度は自分が面倒を見ないといけないなという思いもあるし、同世代の人たちより、若い人たちとのほうが意外と面白かったりする。自分が楽なだけかもしれませんが……と思ってここに来たら、みんなすごいレベルが高くて! 足を引っ張らないようにしなきゃいけないなって、そういう状態です。
一同 あははは。
渡辺 さっさん(佐藤正宏)とオッサン2人、必死について行ってます(笑)。
「演出家のようなものでございます」
──演出家も若い、という点については、いかがですか?
渡辺 ああそうか、あんまり意識してなかったな(笑)。でも本当だったら「野上さん」ってかしこまった状態から始まる関係性だったかもしれないけど、今回は稽古の前にワークショップがあって、「きぬちゃん」って呼ぶ感じで始まっているし、俺の中でも新鮮な舞台の経験になっていると思います。しかも演出家なんだけど、「演出家です」って佇まいの人ではなくて……もちろん責任感はあるし演出家なんだけど、「演出家のようなものでございます」的な立ち位置を取ってるような気がしてて(笑)。
野上 あははは!
渡辺 そういうところが好きなんですよね、つまり本番に向かってしっかり作っていくというのは重々承知してるんだけど、変な緊張感で「失敗しちゃいけない」「間違っちゃいけない」ってプレッシャーの中でやるより、みんなで意見を出し合って作ったほうが絶対に作品は面白くなると思うので。そこをきぬちゃんはたぶん知ってる人なので、今回は面白いなと思ってて。実はよく、「演出やらないんですか」って聞かれるんだけど、俺は全然そういうタイプじゃない。もし俺が演出家として何かやらなきゃいけなくなったら、プレッシャーで何も選択できない、決断できないっていう自覚があるんです。でも演出ができる人って、そこが楽しめる。選ばれし人だと思うんですよね。
野上 なんかこしょばいですね(笑)。
渡辺 褒めてるわけじゃねーよ(笑)。あなたはそういう人ですよ、ってこと。
一同 あははは!
──確かに野上さんには明確なイメージがあって、そこにみんなの意見を織り交ぜながら作品を膨らませているという印象を受けました。
野上 戯曲の前半は、かなりリズム感で見せていかないといけないと思っているので、ポンポンと稽古を進めています。言葉とみんなが出す音を使って“音楽”を作りながら、身体でビジュアル面を作っていこうと思っているんです。そのときに、前回もそうだったんですけど、俳優たちが持って来てくれるものにすごく救われるというか、世界を広げてもらっている感じがありますね。だから私がただ自分のイメージをしゃべるよりも、俳優たちが「野上が言ってることよくわからないから、ここはこうしてみよう」みたいに、勝手にやり始めた瞬間がすごく好きで(笑)、今回もそういう“手渡し”がよく見られるのがいいなって思っています。他人が集まって一緒にやる意味がある舞台って、結局そういうことだろうと思うので。
2つの世代から見た“野田秀樹”
──ここからは、“2つの世代から見た野田秀樹”について語っていただきたいと思います。渡辺さんは野田さんと共に歩いていらした世代として、野上さんは比較的近年の野田さんと関わってきた世代として、野田さんをどういう存在と感じていますか?
渡辺 野田さんの姿を初めて観たのは、大阪芸術大学のときに観た夢の遊眠社の舞台中継で、すごい人だなと思いました。実際に会ったのは、そのあとだいぶ経ってからです。僕は劇団☆新感線から状況劇場に行き、そのあとふらふらしてたんですが、当時セゾン劇場に勤めていた昔の仲間が、「今度野田さんのプロデュース公演をやるから、新感線時代のビデオがないか」って声をかけてくれたんです。そのあと遊眠社の事務所に呼ばれて、「大きい声出して」って言われて声を出したら、「はい、声出ますね。じゃあお願いします」という感じで(笑)。「野田版・国性爺合戦」(1989年)だったんですけど、けっこういい役を振ってもらいました。その作品には遊眠社の人たちもこぞって出演していましたし、橋爪功さんも出ていました。橋爪さんは当時四十代で、バイクで稽古場に来てましたね(笑)。で、稽古終わりにみんなで駅まで帰りながら、浅野和之さんが「今日も稽古場で一番面白かったのは橋爪さんだ。俺たちはもっとがんばらないとダメだ」って話してたことをすごくよく覚えてます。あと、俺は当時ほとんど遊眠社を観たことがなかったんですけど、飲んでるときに円城寺あやさんに「渡辺くん、うちの芝居でどの作品が好き?」って聞かれて。「観たことないです」って言ったらみんなにキョトンとされました(笑)。慌てて下北沢のレンタルショップに行って、そのときに観た「半神」(編集注:萩尾望都の短編「半神」をもとに、萩尾と野田が共同で戯曲化・舞台化した作品。1986年に初演され、その後も上演が重ねられている)は、今でも野田さんの作品の中で一番好きです。
野上 へえー!
渡辺 野田さんは、演者としてはセリフを普通にしゃべらないし、ずっと舞台を動き回ってて、「なんだこの人」って感じなんだけど(笑)、演出家になると別の目を持っていて、そのギャップが面白いなと思ってます。その後も野田さんにはいろいろな作品に呼んでもらいましたが、ある作品の本読みで、それは芸能人がたくさん出るような芝居だったんだけど、つい守りに入って“しっかり”読んでしまったら、休憩のときにそっと野田さんから「なんで呼ばれてると思ってるんだ。演劇的にかき回してくれないと」と言われて。お互い歳は重ねてるんですけど、「なんかしでかすやつだ」と思ってくれているんだなと気付きました。ただそれがプレッシャーでもあって、野田さんとの距離は近づいたり離れたりしているんですけど(笑)、でも近いからこそぶつかったり、わかったりすることもあるなと思います。
野上 実は私の母が野田さんと同い年で、オーディションを受けたこともあるそうです。私は大学から演劇を始めて……でも始めたと言っても不勉強で、美大の映像演劇学科だったんですけど、それぞれやりたいことが異なる人たちと一緒に何かをやろうってなったときに、舞台がみんなの一番面白いことを乗せやすいってことで演劇を始めた感じなんです。だから演劇をたくさん観るという勉強を全然しないまま大学を卒業して、自分たちの活動を始めたんですけど、その後、野田さんが大学で教鞭を執ることになって学生たちと作品を作るってなったときに、いきなり大学1年生の、経験の少ない子たちと作品を作ることは難しいから、「卒業生で演劇をやっている人」ってことで声がかかって。ただ当時の私は、野田さんがすごい人ってことは知ってたんですけど、その感覚だけで、演劇に対しても野田さんに対してもとっかかりがなく、どう絡んでいいかわからないままに毎晩飲んでしまったんですね(笑)。で、二日酔いで稽古場に行くということを繰り返していたら、野田さんに「お前、また二日酔いで参加してるだろう」と声をかけられて。「名前はなんて言うんだ? 野上? よし、覚えておくわ」と(笑)。
──そんな出会いだったんですね(笑)。
野上 でもそうやって野田さんと接する中で、野田さんとは面白いと感じる瞬間が似てるなって思うことがあって。野田さんってたぶん、びっくりしたい人なんじゃないかと思うんですよ。私にもそういう感覚があって。演劇って自分の頭の中をポンとただ外に出すものではなくて、頭の中にあるものをベースに、そこに人が絡むことでびっくりが生まれる。そうやって驚きの連続で舞台が立ち上がることに、野田さんは面白みを感じているんじゃないかと思うんです。だから私が二日酔いでまともなことが何もできず(笑)、にぎやかしみたいなことばっかりやってるのも面白がってくれたんだと思うし、一気に親近感が湧きました。そのあと、ワークショップなど何かの折に声をかけていただくことが続いています。
──前回の「カノン」は野田さんからも好評だったそうですね。
野上 そうなんです。きっとびっくりしていただけたんだと思いますね。
まだまだどんどん先に行けちゃうな、どこまで行くんだろうな
──前回は大学生たちの若さ、エネルギーが魅力の1つだったかと思いますが、今回はさらにテクニックを持った大人たちが「カノン」に挑みます。
渡辺 今回参加して思うのは、プロとは言え、ここから先を見据えている人もいて、すごいエネルギーがあるんです。こうやってエネルギーをぶつけ合うのって、なかなかないと思いますし、例えばもうちょっと年配の人が多い現場だと、ここまでゴリゴリせず、どこかわきまえながら、バランスを取りながら、様子を見ながら気遣い合うと思うんですけど、ここは俺が気後れするくらいエネルギーがあふれている。それは俺にとってすごく刺激的で、「ここで俺は何ができるんだろう」と思いながら稽古してます。
──そんな渡辺さんの背中を見て、刺激を受けているキャストも多いと思います。
渡辺 舞台のいいところは、晒されるところ。ダメなところも含めて、ちゃんと恥ずかしい目に遭うんですよ。そこが好きですね。ちゃんとしてないとわかるんです。だから俺は俺で、必死にやらなきゃいけないなって思います。それと、ある有名な歌舞伎俳優さんが、市井の人たちと芝居をしたときに、「皆さんがやっているのは個性ではなくて癖です」って言ったという話があって。
野上 ええー!
渡辺 そんなこともグサグサと感じながら(笑)、日々がんばっています。
野上 私は演出家としては全員プロっていう現場をそんなに経験したことがないので、“1回言って修正できる”っていうのが本当にびっくりで。この調子ならまだまだどんどん先に行けちゃうな、どこまで行くんだろうなと期待しています。ただそうやって技術的にすごいところまでいくとは思いますが、作品の理解や自分たちの理想とする画までは、それだけじゃいけないと思うので、みんなでコミュニケーションしながら、さらに深めていきたいと思います。
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中島広稀×さとうほなみ×名児耶ゆり×永島敬三 座談会
2020年2月28日更新