今年春、60人の道場生と共に「東京演劇道場」が始動した。道場生は、数カ月に1度開かれるワークショップに参加し、野田秀樹芸術監督ほか、さまざまな舞台人たちの表現法に触れながら研鑽を積んでいる。
野田が講師を務めたある日のワークショップでは、野田の過去作品から数シーンを抜粋し、4人程度のグループに分かれてシーンを立ち上げる稽古が行われた。道場生たちが試行錯誤する様を、野田は自身もジャージ姿で(つまりいつでも動ける格好で)見つめながら稽古場を歩き回る。あるグループにはセリフを話していない登場人物の立ち位置について、またあるグループには空間全体の使い方について、野田が実演しながらアドバイスを加えると、道場生たちは生き生きとした表情でそれに応え、表現を変えていく。
グループごとの稽古がしばらく続いたのち、順番に発表することになった。シーンは違えど、同じ作品、同じ役なのに、グループごと、演じ手ごとにまったくアプローチが異なる。野田は道場生たちの後ろに立って、時に笑い声を上げながら、楽しげに各グループの発表を見ていた。全グループの演技が終わると、“講評”というよりもっとラフな口調で、野田がよかったところと変えてもいいのではないかというところをアドバイスする。道場生たちはメモを取ったり、真摯な表情で頷きながら野田の言葉1つひとつを受け止めていた。
また別のある日は、サイモン・マクバーニー率いるイギリスの劇団コンプリシテなどで活躍するエリック・マレットが講師を務めた。ワークショップは数日間にわたり、まずマレットはコンプリシテでおなじみの、感情表現をレベルごとに表現するレッスンを開始。表現レベルを1、2、3……と分け、俳優自身がそれをコントロールできるようになることで、シーンを作り上げるうえでの共通認識が生まれ、作品が豊かになるという。
ワークショップ後半では、色や音を身体で表現する稽古が行われた。ダークブラウンは重厚な感じ、イエローは飛び跳ねるように元気な感じ、とマレットも道場生たちの間に入って動きながら色のイメージを伝えていく。またヴィヴァルディの「四季」を用いた稽古では、弦楽器の重奏部分から植物が芽吹く力強さを、繊細なバイオリンの音色から小川がさらさらと流れる美しさが感じ取れるとマレットが語ると、道場生たちは曲の旋律に耳を澄ましつつ、それぞれが思う音のイメージを身体で表現した。さらに稽古の最後には、「四季」をそのまま用いて、「洗濯物を干す中世の使用人」、曲を変えて「銀行強盗に入る」「逃げる人と捕まえる人」など、マレットが投げかけた、ある“お題”に沿ってシーンを立ち上げる稽古が行われた。役の心理を演じることに気を取られると音を忘れそうになり、音に寄りすぎると演技が単調になり……と、道場生たちは四苦八苦しながら、さまざまな感覚を研ぎ澄ませて稽古に臨む。マレットはそんな道場生たちの間で、熱っぽく、実際に誰よりも汗をかきながらポイントを伝えていき、道場生たちもそんなマレットの懸命さを、あるときは真剣に、またあるときはにこやかに見つめながら、彼の背中に続いて稽古場を走り回っていた。
東京芸術劇場が注目する、次代を担う若き才能を発掘するシリーズ「芸劇eyes」「芸劇eyes番外編」「eyes plus」。10年目となる今年は、「芸劇eyes」に玉田企画、「eyes plus」に贅沢貧乏、鳥公園、ワワフラミンゴ、てがみ座、烏丸ストロークロックがラインナップされた。このコーナーでは、同シリーズの企画立ち上げから関わっている演劇ジャーナリストの徳永京子が、シリーズ10年の歩みと今後について、3回にわたって語る。第2回となる今回は、芸劇を軸とした池袋の変化、また「芸劇eyes番外編」について聞く。
野田秀樹さんが芸術監督になり、「芸劇eyes」がスタートして10年が経ちました。それ以前から、池袋は池袋演劇祭がずっと続いていますし、芸劇でもミュージカル月間というイベントが根付いていて、もともと演劇の街という側面はあったと思います。でもやはり、この10年で芸劇の、そして池袋のイメージはだいぶ変わってきたのではないでしょうか。例えば、小説「池袋ウエストゲートパーク」(石田衣良著、文藝春秋)に描かれたような猥雑さ、やんちゃさは、この地域の魅力的な個性でもありつつ、なじみのない人には近付きがたいという印象を作っていたと思います。でもこの10年で、池袋西口周辺に親近感を持つ方が増えたと感じますし、芸劇自体も2011年の改修で、地下1階のロワー広場ができてベンチが増設されたり、劇場内のお店も変わって、明るくオープンな場所になったと思います。公演をする団体からも来場者からもよく聞くのは「駅と直結だから便利でいい」と。でも10年前は、劇場への行き方をどう説明するかから、問題でした(笑)。もともとあった地図ではわかりにくい、池袋駅の地下街が改修工事中だったので最短コースが提示できないといった課題があって、駅から近い、でも遠い、そんなイメージを払拭することから始めていった部分もあります。今では“自分なりの芸劇への行き方”を持っている方も多いようですし、隣接する池袋西口公園に野外劇場が11月にオープンするので、それでまた印象が変わるでしょうね。
東京芸術祭、フェスティバル/トーキョーの会場が池袋周辺ということもあって、今、池袋が演劇の街ということに違和感はありません。でも個人的には、劇場がある街の趨勢(すうせい)は決して固定したものではないと考えています。シアタートップスやシアターアプル、タイニイアリスなどがあったときは“新宿が演劇文化の中心”と言われていたけれど、近年は横浜や三鷹も存在感を増しています。そう考えると池袋も、というか芸劇も、発信にせよ受信にせよ、常に動き続けていなければいけないと思います。
動き続ける企画の柱に「芸劇eyes」がありますが、実は毎年◯組を選ぶといった決め方、さらに言えば必ず実施するといった決め方をしていません。そういうやり方で進めると、劇場の都合で若い人たちの才能ややる気を消費してしまうと考えているからです。
これまでに2回開催している「芸劇eyes番外編」もそうで、これは基本的に、「芸劇eyes」にお声がけする団体よりももう少し活動年数が短く、集客も少なめの皆さんを対象にしているのですが、「何か共通する空気を感じる若い作り手たちがいる」という流れがあって実施するので、さらに開催はイレギュラーです。第1回は2011年、「芸劇eyes番外編『20年安泰。』」で、このときは劇場の改修工事で、せっかく2年続いて定着してきた「芸劇eyes」ができないという理由もありましたが、当時感じていた、さまざまなジャンルの影響を演劇に集約している世代が台頭してきたという点から、5つの団体にお声がけしました。ジエン社、バナナ学園純情乙女組、範宙遊泳、マームとジプシー、ロロで、20分の短編を水天宮ピットの大スタジオで上演してもらいましたが、かなり大きな話題を呼び、毎ステージ満員になりました。
第2弾となったのは2013年に開催した「芸劇eyes番外編『God Save the Queen』」で、女性が作・演出している団体を5つ、選ばせてもらいました。それまで女性劇作家と言うと、社会問題かトラウマのほとんど二択だったけれど、それらとはまったく違うものをテーマにし、性に対して非常にクールな距離を持っていると感じた、うさぎストライプ、タカハ劇団、鳥公園、ワワフラミンゴ、Qに参加してもらいました。
そこから第3弾をやっていないので「芸劇eyes番外編」は6年ぐらいやっていないことになります。もちろん、その間はなんの“潮流”もなかったということではなく、残念ながら実施に結びつかなかった企画もあります。まさに今、なんとか形にしようとしているものがあるので、皆さんに発表できる日がくればいいなと思っています。(続)
今年秋から2020年3月までに上演される「芸劇eyes」&「eyes plus」を徳永のポイント解説付きで紹介する。11月の鳥公園「終わりにする、一人と一人が丘」、12月のワワフラミンゴ「くも行き」の詳細は、本コラム<その1>で確認を(参照:東京芸術劇場「BLIND」「三人姉妹」特集)。ここでは2月のてがみ座、烏丸ストロークロックを取り上げる。
2020年2月21日更新