穂の国とよはし芸術劇場 PLATが9月に、舞台手話通訳付き公演「楽屋─流れ去るものはやがてなつかしき─」を上演する。“舞台手話通訳”とは、手話通訳者が舞台作品の進行に合わせて、俳優が話すセリフや感情を同時通訳するもの。ろう者が作品を楽しむために必要な情報を手話で伝えつつ、出演者の1人として、俳優と共に作品世界を立ち上げる。
ステージナタリーでは7月下旬、本作の演出を手がける樋口ミユ、そして本作で舞台手話通訳を務める加藤真紀子、高田美香、水野里香のオンライン座談会を実施。“舞台手話通訳”の魅力や、「楽屋」に向けた思いを語ってもらった。また特集の後半では「舞台手話オンラインレクチャー」と題し、舞台手話通訳の一部を体験できる動画を紹介している。
取材・文 / 櫻井美穂撮影 / 藤田亜弓
樋口ミユ×加藤真紀子×高田美香×水野里香 座談会
舞台手話通訳との出会い
──樋口ミユさんは、昨年2月に穂の国とよはし芸術劇場 PLATで上演された「凛然グッドバイ」で、初めて舞台手話通訳付きの作品に挑戦しました。樋口さんが、舞台手話通訳付きの作品を手がけることになったきっかけを教えてください。
樋口ミユ (穂の国とよはし芸術劇場PLAT 事業制作部の)吉川(剛史)くんから、「舞台手話通訳、興味ある?」って聞かれたのが始まりです。もちろん手話は知っていたけれど、舞台手話通訳には馴染みがなくて、知らないからこそやってみようと思いました。
──創作前、舞台手話にどのようなイメージを持たれていましたか?
樋口 舞台手話が付いた作品を観たことがなかったので、どうなるのか全然イメージが湧かなかったですし、どの作品を上演するかも決まっていなくて。お話をいただいたあと、TA-netの理事長である廣川麻子さんがメインスピーカーを務めた、舞台手話通訳に関するシンポジウム(参照:シンポジウム「みんなでいっしょに舞台演劇を楽しむためには~『舞台手話通訳』など日本の現状から~」【手話通訳付き】)がPLATで開催されていたので、参加しました。
──TA-netは、「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」を合言葉に、障害のある方の観劇サポートの普及を目指すNPO法人ですね。舞台手話通訳や観劇サポートを取り入れたい団体や劇場の相談を受け付けており、頼もしい存在です。廣川さんはろう者の劇団で俳優と制作として活動されてきた経歴をお持ちですが、樋口さんは参加していかがでしたか?
樋口 廣川さんの手話を見たとき、「なんて美しいんだろう」って思いました! 想像するより、実際に観ることが一番だとしみじみ感じました。シンポジウムで手話が“言語”であることに改めて気づいて、“言葉”をテーマにした「凛然グッドバイ」を上演することに決めました。この作品を選んだせいで、舞台手話通訳者の皆さんを苦しませるんですけど……(笑)。
──加藤真紀子さん、高田美香さん、水野里香さんはその「凛然グッドバイ」にも参加されました。皆さんはTA-netが行っている舞台手話養成講座の受講者ですが、そもそも舞台手話養成講座に興味を持ったきっかけを教えてください。
加藤真紀子 私はもともと演劇をやっていて、それとは別に手話通訳もやっていました。「いつか手話と舞台活動がつながると良いな」という希望を漠然と抱いていたんですけど、ある日、舞台手話養成講座のチラシを目にしたんです。私が参加した年度は会場が横浜で、私は愛知在住なんですけど、「行く行く!」って(笑)。
高田美香 私は小さい頃から舞台に立つことへの憧れがありました。手話通訳として10年ほど活動する中で、舞台手話通訳というものを知ったとき、「やってみたいっ!」「いや……できるかな?」「でもチャンスじゃない?」ととても逡巡しました。それで2018年度は見送ってしまったんですけど、2019年度の会場の1つが豊橋と知り、愛知在住ですので、これはもうやるしかない!と思って応募しました。それで今、どっぷりとハマっています!
水野里香 私は、手話通訳者として何を専門分野にしていこうかと考えたときに、たまたま舞台手話養成講座を知りました。昔、軽音楽部でバンドをやっていたので、ステージに立つということ自体には親しみはありましたし、演劇はもともと好きだったので「舞台手話通訳者を目指したい!」と思って申し込みました。
舞台手話通訳者は“ジョジョのスタンド”?
──樋口さんの作品「凛然グッドバイ」は、2011年に初演されて以来、繰り返し上演されている作品です。劇中では、詩人の素質が数値で表される世界で、生まれつき“詩人度数”の高い少女デモと、詩人志望ですが“詩人度数”が水準に達していないセンの物語が描かれます。舞台手話付き上演版では、舞台手話通訳者を先頭に俳優が一列に並び、観客の注目を手話に集めた状態で後ろの俳優がモノローグを語るシーンや、出演者全員でセリフと手話を同時に発するラストシーンなど、手話自体が演出に取り込まれていたのが印象的でした。出演者は全員、舞台から一度もはけることなく、演技をしていないときは脇に置かれた椅子に座っていましたね。
樋口 演出の構想は、「凛然グッドバイ」を上演しようと思い付いたときから自分の中にありました。そもそも私は、登場人物は全員ずっと舞台上にいても良いと思っているので、手話通訳者さんたちも俳優と一緒に、登場人物として舞台上にいてもらおうと決めました。
──舞台手話通訳者と俳優が混ざっていることで、舞台手話通訳者が手話通訳しているときも、存在に違和感を感じませんでした。樋口さんは、舞台手話通訳者の存在が、作品にどんな影響を与えると感じましたか?
樋口 表現の層が厚くなる、深くなるのを感じました。私は、舞台手話通訳者を俳優の表現を支えてくれる存在だと思っていて。通訳するには、俳優のやろうとしている表現を肯定して、深く理解する必要がありますよね。なので俳優は、自分の演技を理解しようとしてくれる舞台手話通訳者とのやり取りを経て、自信を持てますし、表現も深くしていける。その様子を見ていて、これはマンガ「ジョジョの奇妙な冒険」のスタンド(敵を攻撃したり味方を守ったりする超能力)だなと(笑)。
──スタンド! 俳優にとって心強いですね。
樋口 創作においても心強いんですよ! 「凛然グッドバイ」は抽象的なセリフが多いんですけど、それをどういうふうに捉えるか、皆さんで議論しながら翻訳してくださって。同じ単語でも、前後の文脈から違う意味になったりするので、それをどう表現するか考えてくれる。もともとの手話にない表現は新たに作ってくださったり……。すごく難しかったと思います。
加藤 樋口さんには初対面でいきなり「この言葉はどういう意味ですか?」って質問攻めにさせていただきました(笑)。
高田 稽古後にみんなで集まって翻訳作業をしているとき、樋口さんに参加していただいたり。
加藤 「お疲れのところ、ちょっとすいません!」って引き込んで(笑)。すごくディスカッションさせていただきましたね。「凛然グッドバイ」で印象的だったのは、違った意味合いの“在る”というワードが続くところで……。
樋口 そうそう……(笑)。
加藤 翻訳作業は大変さもあるんですけど、言葉の意味だけを捉えるのではなく、その登場人物の心情をどう説明するかとか、セリフの奥にある思いを手話でどう表したらいいのかとか、そうやって作品を深めていく楽しさもあります。
──翻訳作業は、事前に用意したものを稽古に持っていく、という形でしょうか?
加藤 事前にもちろん用意はするんですけど……「凛然グッドバイ」では現場でひっくり返りました!(笑)
一同 (笑)。
加藤 樋口さんの演出や俳優さんの演技によって、手話も変わるので。
高田 本番ギリギリまでやってたよね(笑)。
加藤 私たちも生ですよね。結局、現場で皆さんと作り上げていくものなので。だから事前に翻訳はしますが、それで終わりではない。表現の引き出しを増やして現場に行くようにしています。だって俳優さんがどんな演技をするかは、現場に入らないとわからないですから。俳優さんもギリギリまでどうするか考えると思うので、同じように私たちもギリギリまでどうしたら良いのかを考え続けます。
高田 本番で「いつもと呼吸のタイミングが違う!」ってなるときもあったよね。
水野 あるある(笑)。
加藤 俳優さんの感情がいつもより少し高くなって、ワンテンポ早くセリフを発したら、私たちもその高まりを感じて、通訳するタイミングを合わせないといけない。俳優さんの感情や呼吸をきちんと理解したうえで、彼らのそのときの感情や思いをきちんと受け取らないといけないんです。
水野 本当はシンクロできたら良いんですけどね。「凛然グッドバイ」では、稽古場では俳優さんに「なんでここで間を置くんですか?」とか演技について聞きながら、理解を深めていきました。
──やっていて、シンクロしてる!って思う瞬間はありますか?
加藤 でも、のめり込んじゃだめなんですよ、私たち。
高田 登場人物に感情移入しすぎて、私、(「凛然グッドバイ」や「楽屋」の手話監修を務める)河合依子さんから、「母親の目で俳優の演技を見すぎ」って言われました(笑)。私の視線で、聞こえない人たちの視線が誘導されちゃうので、本当に入り込みすぎないようにしないといけない……。
加藤 シンクロしつつも、どこか冷静でもいないといけないんですよね。舞台通訳者としての仕事はきっちりこなさないといけないから。
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「凛然グッドバイ」はまたやりたい作品