「ちいさなちいさな王様」収録現場レポート|分身ロボットが問いかける「普通って何?」

3月14日に公開されたリーディングシネマ「ちいさなちいさな王様」は、ドイツの作家アクセル・ハッケによる小説を原作にした映像作品だ。“僕”の部屋に現れるようになった小さな王様は、生まれたときが一番身体が大きく賢く、年齢を重ねるにつれて身体が小さくなり、知識も失っていく。そんな王様の視点から、“普通”や“常識”を問い直す本作に、映像や舞台と幅広いフィールドで活躍する俳優・藤野涼子と、分身ロボット・OriHimeの操作者こと“パイロット”のさえが出演。藤野は生身で“僕”を、さえはOriHimeを介し、遠隔で王様を演じる。

ステージナタリーでは1月下旬、「ちいさなちいさな王様」の撮影現場に潜入。新たな可能性を秘めたクリエーションに挑む、彼らの姿を追った。また特集後半では、藤野、さえ、「ちいさなちいさな王様」の監督を務めた大金康平と、脚本を手がけた山谷典子が、制作秘話や本作の楽しみ方を語っている。

取材・文・レポート撮影 / 櫻井美穂

OriHime
OriHimeの操作画面。

OriHimeとは?

OriHimeは、身体的問題や、単身赴任・入院などにより、外出困難な人のための“分身”ロボット。高さ約23cm、重さ約660gという小型ロボットながら、スマートフォンやタブレット、PCから遠隔・無線で操作することができ、操作者はOriHimeを通して、人と会うことや、テレワークで働くことができる。視界は103°と広く、720pの高解像度をリアルタイムで視聴可能だ。またOriHimeは操作者の声を伝えるだけではなく、手を振る、両手を上げる、頭を抱えるなどのボディランゲージで感情を表現することもできる。

「ちいさなちいさな王様」収録現場レポート

左からさえ(OriHime)、藤野涼子、大金康平。

「ちいさなちいさな王様」の撮影は、1月下旬、神奈川県内のとあるアンティークショップの倉庫でスタートした。天井が高く、広さもある倉庫の奥には、藤野涼子演じる主人公“僕”の、白とブラウンを基調とした部屋が設えられ、セットの1つでもある重厚な木製のテーブルには、王冠と赤いマントを着用した小さな王様・十二月王二世役のOriHimeがちょこんと立っていた。自宅から遠隔でOriHimeを操作し、十二月王二世役として出演するのは、パイロットのさえ。さえは身体表現性障害により、10年ほど外出できない状況が続いているが、OriHimeとの出会いをきっかけに、カフェや書店、神奈川県庁での仕事に就き、昨年2020年には、東京・セルリアンタワー能楽堂で開催された朗読劇「まんが日本昔ばなし」にも参加した。

OriHimeを介し、挨拶をするさえ。

編集部が訪れたのは撮影初日。さえはこの日、午後からの撮影に合流した。さえがOriHimeを操縦し始めた途端、それまで無機質な印象だったOriHimeは、ガラリと雰囲気を変える。さえは、慣れた様子でOriHimeに片手を上げさせ、周囲のスタッフに「こんにちは!」と挨拶。さらに「緊張しちゃうなあ」と頭を抱えて見せ、愛らしい仕草で現場の空気を和らげる。午前から撮影を続けていた藤野は、さえが“入った”OriHimeを見つけると「さえさん、会いたかったです!」とうれしそうに駆け寄った。午前中、さえが操作していないOriHime相手に演技をした藤野へ、さえが「大変だったでしょう」とねぎらいの声をかけると、藤野は「やっぱりさえさんが入っていないと全然違いました。さみしかったです」と本音をこぼした。

年を取るほど小さくなり、知識を失う王様

左からさえ(OriHime)、大金康平。

本作をプロデュースするのは、KAAT神奈川芸術劇場が神奈川県から委託され実施している共生共創事業だ。同事業では、“ともに生きる、ともに創る”をテーマに、年齢や障害に関わらず、すべての人が舞台芸術に参加し楽しむことを目指している。今回は、脚本を文学座所属で演劇集団Ring-Bong主宰でもある山谷典子が担当。監督と撮影を映像作家の大金康平が手がけ、ドイツの作家アクセル・ハッケの同名小説を原作にした物語を、朗読劇と映画、両方の性質を持つ“リーディングシネマ”として立ち上げる。映像は、“僕”の部屋や屋上で展開されるダイアローグパートと、ブラックボックスで行われる藤野の朗読パートによって構成されており、いずれのパートでも藤野は、物語の語り手として、革のブックカバーに包まれた台本を手に持っている。

「ちいさなちいさな王様」では、主人公の“僕”と、彼の部屋に現れるようになった、小さな王様・十二月王二世を中心にした物語が描かれる。王様の世界は、生まれたときが最も身体が大きくて賢いが、年を重ねていくごとに身体が小さくなり、それまで持っていた知識を失っていく。人差し指ほどに小さく、何も知らない王様は、自分とは正反対の存在である人間の“僕”に興味を持ち、人間の成長にまつわる質問を投げかける。最初はそんな王様のことを、少し疎ましく感じていた“僕”だったが、王様と共に生活するうちに、次第に自身の価値観の変化に気付き始める。

撮影前、大金は、藤野とさえに進行を明瞭に説明。OriHimeを介してさえと話すとき、背の高い大金はOriHimeと視線を合わせるために床に膝をつき、藤野も同じくOriHimeの目線の高さでしゃがみこむ。OriHimeの実際の視界は広いため、本来は視線の高さを合わせる必要はない。しかし、さえが操作し、さえの声が発せられるOriHimeに、周囲が明らかに“モノ”としてではなく、“人”として接している様が印象的だった。

OriHimeから伝わってくる、さえの表情

左からさえ(OriHime)、藤野涼子、大金康平。藤野涼子

撮影は、作品の冒頭からスタート。“僕”の部屋に現れた王様が、“僕”に「お前のところのことについて、ちょっと話してくれるかね」と問いかけるシーンだ。セリフは全体を通して、子供でも理解できる平易な言葉が用いられている。脚本化を手がけた山谷は、王様に人間世界での常識を説く“僕”と、そんな僕に「それはおかしい」と言い返す王様のやりとりを、おかしみをたたえながら描写し、衝突を繰り返しながらも、2人が次第に心を通わせていく様を丁寧に表した。大金は、そんな山谷の意図を汲み取りながら、現場では藤野やさえに「ここは“僕”が王様に興味を持つシーンなので、もっと前のめりに」「答えるまでに、あとワンテンポ考える間があるといいですね」と、具体的に演出をつけていく。

そしていよいよ、リハーサルが開始。藤野は、偉そうな態度の王様に対し、少し困った様子を見せつつ、邪険にしきれない演技で、“僕”の優しさや実直さを表現。また王様から「大きくなるっていうのは、素晴らしいことなのか?」と問いかけられ、素直に思考を巡らせる姿からは、“常識を問い直す”という物語のテーマ性を強調した。一方のさえは、柔らかい声で、王様を伸び伸びと演じ、憎めない愛らしさを際立てるだけではなく、場面に応じてOriHimeに首をかしげさせたり、腕を上げさせたりと、ボディでも王様の感情を表す。さえの声とロボットの動きが一体となることで、まるで小さなさえがそこにいて、実際に演技をしているような感覚が伝わってきた。また、“僕”が話している間、王様は“僕”のほうへ視線を向けていて、“僕”が移動すると、視線も自然と“僕”を追う。その王様の動きには、生々しいほどの人間らしさがにじみ、“僕”の話に真剣に耳を傾けている王様の表情が伝わってくるようだった。

ワンシーンを通したリハーサルのあと、今度は細かくカットを切り替えながら本番の撮影へ。大金はシーンに応じて使用するカメラを変え、さまざまな角度から“僕”と王様のやりとりを撮影した。また、大金は藤野にもさえにも、日常会話のように自然な演技を求め、2人が同じ空間にいて、ごく普通に対話している雰囲気を作り出そうと努めていた。

“ここにいない”ことを忘れさせる温かさ

左からさえ(OriHime)、藤野涼子、大金康平。

新型コロナウイルス対策のため、撮影は、倉庫の一面を開けっ放しにして行われた。そのため、外の音に左右されやすく、例えば飛行機が飛んでいる間、撮影は一時中断される。大金と藤野がさえに事情を説明しつつ、飛行機が上空から去るまでの間は、ゆったりとした時間が流れた。出演者2名と監督は、わずかな時間、おしゃべりに花を咲かせる。「今日帽子の形が大金さんと同じだったんですよ」「えー、私も似た帽子持ってるかも」「おっ、本当ですか?」さえは話に合わせてOriHimeのボディを動かす。そのリアクションに大金と藤野がほほ笑み、話はさらに広がる。さえが“ここにいない”ことを忘れてしまうほど、さえが操作するOriHimeからは、“確かに人がいる”と感じさせる温かさがあった。