高橋惠子×小島聖×益岡徹×近藤芳正が語る新国立劇場「デカローグ 1~4」集合住宅に暮らす人それぞれの人生を肯定する (2/2)

演出家2人に共通すること

──今回、小川さんと上村さん、2人の演出家が共に一つの作品を立ち上げることも大きな見どころです。制作発表会見(参照:この規模だからこそ描ける物語を、「デカローグ」制作会見に40名超のキャスト集う)で、お2人は時々意見を交わしながら稽古を進めているとおっしゃっていましたが、お稽古場で演出家たちはどんなお話をされているのでしょうか?

高橋 小川さんは……どういう状況でそこに立っているのか、どういう意図でこのセリフを相手に投げかけているのか、登場人物たちの間でどんなキャッチボールが行われているかについては常におっしゃっていますね。以前ご一緒したときもそうでしたが、書かれたセリフを言葉通りに表現するのではなく、その言葉が意図するもの、魂胆がどこにあるのかということをちゃんと捉えていくことが大事だとおっしゃっていて。本当にそうだなと思って、以来ずっと心がけています。また「デカローグ1」に関しては、計算ですべて答えが見出せるはずと思っているクシシュトフのような考え方も、目に見えないものを大事にしたいイレナのような考え方もどちらも大事で、そうやって人間は進化、進歩してきたということをおっしゃっていたのが印象的でした。

益岡 上村さんの現場は毎回居心地が良いです。というのも、演出を作り上げていくプロセスで、一緒にその場で考えていくこともあるし、「こうしたほうが良い」と具体的に示してくれることもあるので。小川さんとはご一緒したことがなかったのですが、今回芸術監督としての小川さんのお仕事に携わらせていただいて、上村さんと共通した印象を感じています。また今高橋さんがおっしゃった小川さんの発言をうかがっても、上村さんの言い方や考え方と似てるなと感じました。上村さんもよく、セリフに書かれていることと思いのズレを指摘して、セリフとは違う動きをつけることがあるんですが、お客さんのことを信じて作っているんだなと思います。

小島 小川さんは稽古中よく「Keep going」って言っています。相手役に対する意識もだし、自分の気持ちを持続させて、切らないで、と。あと益岡さんがおっしゃったように、演劇を信じているというか、お客さんを信じているんだなということは私も感じます。セリフに書かれていることを自分側の感情だけでただ言っても見抜かれてしまうというか。例えば相手からの情報を受け取り、どういう身体の向きで発言するか。聞いているふりは見抜かれる。その場で起きていることで存在する。感情は腹の中、存在するときはサーフィンするみたいに。

近藤 絵梨ちゃんとは3本くらい、上村さんとは1本、これまでにやらせてもらいましたが、共通しているのは「昨日と今日は違っていい」ということ。最初に絵梨ちゃんの演出を受けたのは10年ぐらい前だったんですが、そんなことを言う演出家がいるんだ!とびっくりしたんです。ほかにも「最終稽古まで台本は持っていてもいい」「自分の中に役の答えはない」とか……それまでの演出家とはえらく違う印象で、かなり感化されまして(笑)、海外の芝居を観に行ったり、アクティングコーチの指導を受けるようになったんです。その後、上村さんと出会ったんですが、上村さんもその延長線上のような考え方をされる演出家だなと。絵梨ちゃんと同じように、自分1人で作り上げようとはしないし、僕が意図せずやったところも「近藤さんが無意識でそうやったならそっちのほうが自然でいいんじゃないか」というような拾い方をしてくれる。それが心地よいですよね。あえて違うところを挙げるとすれば、絵梨ちゃんはかつてあまり言葉の捉え方について言わなかったんですけど、上村さんは文学座出身ということもあって言葉の明晰さを求めるところでしょうか。

左から益岡徹、高橋惠子、小島聖、近藤芳正。

左から益岡徹、高橋惠子、小島聖、近藤芳正。

──また天使のような存在と言われる“男”役の亀田佳明さんは、全キャストの中で唯一、10話すべてに出演されます。各話ではどんな役回りになっているのでしょう?

益岡 「デカローグ」は「十戒」という意味ですので、最初、その“神の視点”に対する“天使”なのかなと思っていたのですが、実際に稽古が進んでいくと、もっと“人”というか、僕の身の周りにいてくれる存在だと思っています。包んでくれるみたいな感じがあるし、特に私を戒めようとする存在でもなく、受け止めてくれる。天使が見ているから何かを気をつけなきゃいけない、というような存在ではないなと思っていて、そういう感じがとても面白いなと思います。

近藤 謎の部分がある存在だとは思いますね。“ただいる”“観た”というだけで、何かが変わったような感じもするし、でも実際は変わってないのかもしれないし……ほかの話ではどんな感じでいるのか僕も楽しみです。

小島 「デカローグ3」でも天使は“ただ、いる”という感じはあります。何か直接的に影響することはないのですが、いてくれるから力になる存在、という感じですね。

高橋 確かに、“いて、観てくれている”存在ですね。時折泣いているように見えることもあるし、そうじゃないときもあるし。あとこれは劇中のことではないんですけど、同時進行でプログラムAとプログラムBの稽古が行われているので、亀田さんがずっと1つの稽古についていられるわけではなく、稽古場に亀田さんが来てくれる日は「今日はラッキーだな! 会えたな」って思ったりして(笑)。天使って私たちには見えませんけど、私はいると信じているタイプなので、今も天使が見てくれていたりするのかな、なんてことを思います。

人間をありのままに肯定する

──皆さんおっしゃるように、タイトルや構成から一見すると宗教的な色が強そうな作品に見えますが、実は、自分を内省するようなお話が多いのではないかと思います。それぞれ好きなエピソードや印象的なシーンなどがあれば教えてください。

高橋 十戒をモチーフにしているということで、私も最初は宗教色をすごく意識していました。そのうえイレナはクリスチャンなので、その点も意識していたのですが、稽古に入ってから、ガチガチの宗教家ということではなく、目に見えないものを通じて、人と人との温もりを感じる人なのかなと。“人と人の間にある温かさみたいなものの中に神様がいる”というイレナのセリフがあるんですけど、個人的にはそのように、1人ひとりの中にも神様がいて、それを尊重し共感し合うことが必要なんじゃないかと思うし、宗教を超えたところになれたらいいなと思っていて……ということを、イレナという役を通して伝えられたらなと思っています。

益岡 今高橋さんが言われたことはすごく響きますね。井上ひさしさんの「闇に咲く花」に「神社は道端にある花みたいなものでもいいいんだ」というようなセリフがあったんですが、高橋さんのお話を聞いて今それを思い出しました。宗教は荘厳で威圧的な建物の中にだけあるわけじゃなく、十戒のような戒律の中にもない……なぜならどのエピソードを見ても、人間は神様に戒められたように生きていくわけではなく、生きたいように生きているので。そのことが、本作をご覧になるときの拠り所になるんじゃないかなと思います。

小島 「デカローグ3」のモチーフとなっている十戒は「安息日を覚えて、これを聖とせよ」なんですけど、小川さんが安息日について説明してくださったんです。日本と違って、クリスマスイブはポーランドではとても大事な日であること、その日に休むことによって、次の月曜日からまた普通に日常を始めることができること、つまり日常を生きていくために安息日は必要であることなど。私は宗教についてはわからないですが、誰しも思いがあふれ出てしまう瞬間ってあるし、エヴァはそれが安息日だったわけですが、何も変わらないかもしれないけれど日常に戻っていくために瞬間、あふれ出ることは大切なんじゃないかなと思います。

近藤 「デカローグ4」のラストは、上村さんの演出では台本のト書きに書かれていない演出がついていて、「なるほど、いい終わり方」だなと思っています。人間は足りないところがあって、足りないからこそいいんだ……そんなメッセージも受け取れる作品なのではないかと思っています。

左から益岡徹、高橋惠子、小島聖、近藤芳正。

左から益岡徹、高橋惠子、小島聖、近藤芳正。

プロフィール

高橋惠子(タカハシケイコ)

1955年、北海道生まれ。1970年に映画「高校生ブルース」で主演デビュー。その後映画、テレビドラマを中心に活動。1997年の「近松心中物語~それは恋~」より舞台へも活動の場を広げる。近年の主な舞台に「ガラパコスパコス~進化してんのかしてないのか~」など。

小島聖(コジマヒジリ)

1976年、東京都生まれ。1989年にNHK大河ドラマで俳優デビュー、1999年に映画「あつもの」で第54回毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。近年の主な舞台出演作に「ビロクシー・ブルース」「ラビット・ホール」「Heisenberg(ハイゼンベルク)」「夜明けの寄り鯨」など。

益岡徹(マスオカトオル)

1956年、山口県生まれ。1980年に無名塾に入塾。近年の主な舞台に「ザ・ビューティフル・ゲーム」「A・NUMBER」、「ザ・ドクター」「Oslo」「ビリー・エリオット」「ブラッケン・ムーア」」など。大河ドラマ「光る君へ」に出演中。

近藤芳正(コンドウヨシマサ)

1961年、愛知県生まれ。1981年に劇団青年座研究所に入所。その後舞台、映画、テレビドラマで活動。近年の主な出演作にテレビドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」「カムカムエヴリバディ」「おやじキャンプ飯」「ブギウギ」など。