ミュージカル「ダーウィン・ヤング 悪の起源」が、6月に日本初演される。本作は2016年に急逝した韓国の小説家パク・チリの小説を原作として、2018年に韓国のソウル芸術団により初演された作品。劇中では、市街が9つのエリアに区分され、厳格な階級制度が敷かれた架空の都市を舞台に、全寮制のプライムスクールに通う16歳の少年ダーウィン・ヤングを軸とした、親・子・孫の運命が交錯する物語が描かれる。
ステージナタリーでは、潤色・演出を務める末満健一にインタビューを実施。「舞台『刀剣乱舞』」や「舞台『鬼滅の刃』」、そして自身のライフワーク的作品「TRUMPシリーズ」などで知られる末満は、「ダーウィン・ヤング」で初の潤色、初の韓国ミュージカルに挑む。「自作と共通項が多いぶん、違いも感じた」「“負なるもの”を心が必要としてしまう方たちにはぜひ観てもらいたい」と言う末満に、本作について語ってもらった。特集後半では、日韓ミュージカルコーディネーター・高原陽子が、韓国で3度も上演された本作の人気ぶりについてつづっている。
取材・文 / 中川朋子撮影 / 藤記美帆
自作と共通項が多い「ダーウィン・ヤング」、違いは“父性”
──末満さんはこの作品と、どのように出会われたのですか?
僕は自身によるオリジナル脚本とその演出を同時に手がけることが多く、既存作品を潤色・演出をしてみるというものは、個人的にとても新鮮な試みでした。「あなたに合う作品がある」と企画者の方からお声がけいただき、「どういう作品なんだろう?」と思って直訳の台本を読ませていただいたり、韓国公演の記録映像を拝見したりして、作品とファーストコンタクトしたのですが、内容を知った率直な感想としては……僭越ですが僕の作品と共通項がとても多く、「なるほど、だから声をかけてくださったんだな」と(笑)。ただ共通項が多いぶん、明確に僕の作品とは違う部分もある。他人が書いた作品に演出家として関わらせていただくので、その違いに意味を見いだせたら面白くなりそうだなと考えて、今回のお話をお引き受けしました。
──ご自身で共通項だと思ったところ、違うと思ったところは、具体的にどんな点でしょうか?
共通していると思ったのは、人の心の暗部を題材としていて、作品全体に漂うトーンがとてもダークなところ。それが自分の作家としての本質かどうかはさておき、僕はこれまで、心の暗部を扱った作品をたくさん作ってきました。あとは作品のシチュエーションですね。「ダーウィン・ヤング」には全寮制の学園が出てきます。僕もオリジナル作品でも全寮制の学園を舞台にしたことがありますし、「ダーウィン・ヤング」の学園内での人物像や友情、人間関係の描き方にもシンパシーを感じました。
逆に「違うな」と思ったところは、父性の描き方です。自作品でも「父親の期待や願いに呪縛されている」というキャラクター像がいくつか出てきたことはありますが、「ダーウィン・ヤング」における父親の描き方は独特で、そこは自分にはない感覚だと思いました。僕は存在としての父親の呪縛の影響をあまり受けなかった人間ですが、この作品では父性の呪縛のようなものが物語全体ににじんでいるように思います。母性に縛られる物語はたくさん観たことがありますし、「親の仕事を継がなくちゃいけない」「代々の血筋を絶やすわけにはいかない」という家父長制的な呪縛もフィクションによく描かれますが、「ダーウィン・ヤング」では父親の存在そのものが子供の呪縛になっている。父性にこれほど縛られる物語を観たことがありませんでしたし、自分の人生経験にはないことだったので、そこがミステリアスで面白いと感じました。「ダーウィンたちはどうしてこんなに父親との距離が近いんだろう」と思って韓国の映画やドラマを観てみたら、確かに父親と息子がやたらと語り合っている。日本でも話題になった韓国のテレビドラマ「梨泰院クラス」で顕著に感じたのですが、息子の行動動機が父との思い出や、父のための復讐だったりするんです。韓国では儒教的な考え方が強く、家族をとにかく大切にするからかもしれないですね。
「ダーウィン・ヤング」ではダーウィンと父ニースのスキンシップが多く、気軽にハグすらする。僕の父は昭和の頑固おやじで、恐怖の対象でした。子供の頃の僕が悪いことをしたら即げんこつが飛んできましたから、「父親とハグ」という感覚がわからなくて(笑)。それで周囲の日本人に父親との関係についてリサーチしてみたら、確かに仲が良い父子もいましたけど、ダーウィンとニースほどの距離感ではなかった。やはり日韓の価値観の違いかな?と思いましたが、今回の上演ではその違いを日本の価値観に合わせて変えるのではなく、「ダーウィン・ヤング」における父と息子の感覚を大切にしながら、日本人の観客に伝えたいと思っています。どう伝えるかは、これから稽古で俳優たちと一緒に探していきたいですね。
──台本を読みましたが、確かに父のニースが息子のダーウィンにネクタイの結び方を教える「ウィンザーノット」のナンバーは、父子の間に漂う濃厚な空気が感じられて印象的でした。
「ウィンザーノット」はとても象徴的ですよね。僕も記録映像を観て「すごい場面だな」と思いました。韓国版でも人気が高い楽曲だと聞いています。父が息子に手取り足取りネクタイの結び方を教える様子を描いた曲ですが、一見するとラブシーンのようで。日本の感覚からするとちょっと飲み込みにくいと感じるかもしれませんし、僕も咀嚼するのに時間がかかったのですが、「ウィンザーノット」はダーウィンとニースが一緒に登場する最初のシーンですし、そこで感じた「あ、奇妙な作品だな」という感覚を大事に作っていきたいです。
初めての潤色、俳優たちの価値観を織り込んで“継承”の物語を立ち上げたい
──劇中では親・子・孫という3世代の運命が交錯する様子が描かれます。この物語をどのように舞台に立ち上げていこうと思われていますか?
演出に関して言えば、韓国のソウル芸術団さんのバージョンはそのまま踏襲できない要素が多いので、日本版は日本版で作っていかなければなりません。この物語は、複雑なようでいて意外とシンプルなのですが、戯曲が持つポテンシャルを十分に観客に伝えるためには、まずキャストが作品世界の奥行きを想像する必要があります。ストーリー全体についてはもちろんですが、シーンごとのつながりや、それによって観客に何が伝わるのかを共有できれば良いですね。普段の僕は脚本を書くと同時に演出も考えてしまうのですが、今回はアプローチが違います。いつもの僕はなんというか……すごく我が強い演出家で、板の上に作家が乗りすぎてしまうことがある(笑)。今回は既存の作品なので、いかにキャストたちに劇空間をお渡しして、自分は縁の下で支えられるかを大事にしなくてはと思っています。演出家としての自分が前に出すぎないようにしながら、俳優陣の“我”を戯曲とマッチさせていくことを考えたいですね。
──先ほど「父性に関する感覚が日韓で違うのではないか?」というお話がありましたが、それも含めてディスカッションが活発なカンパニーになりそうですね。
今回はメインキャストの大多数が男性ということもあり、個々人が考える父親像をすり合わせながら役を作っていけたらと思います。それに「ダーウィン・ヤング」はファンタジーのようでありながら、階級や格差を描いた現実的な物語。父と子の関係性についてもそうですが、僕自身の感覚だけだとどうしても思い至らないところが多いので、出演者の感覚を作品に織り込みたいです。やってみないとわからないことが多いですが、まずはカンパニー内で戯曲への理解を深め、共有することが作品の深掘りにつながると思います。それに先ほど「自分は作家性が強い」と話しましたが、悪く言えばそれは「エゴが強い」ということなので……(笑)。
──いやいや、そんな!(笑)
オリジナル作品では、キャストに僕の世界に入り込んでもらい、イメージを理解してもらいたいと考えていますが、今回はパク・チリさんの原作、イ・ヒジュンさんによる舞台版の脚本があるので、2人の意図を想像しながら稽古を進めることになります。僕は原作がある舞台に携わるとき、わからないことを原作の方に尋ねることがありますが、今回は原作のパクさんはすでに他界されているので、想像するしかない部分が多くなると思います。だからキャストと一緒に「どういう意味だろう?」と考え、答えを探すことが多くなりそうですね。それは自分がオリジナル作品でやっている「僕の世界を理解してよ!」という作り方とはまったく異なるものなので(笑)、とても面白い作業になりそうで楽しみにしています。
──劇中では父と子の関係以外にも、ダーウィンとレオをはじめとした少年同士の濃い感情のやり取りや、全寮制の学園で過ごす子供たちの閉塞感や焦燥感も描かれています。末満さんの過去作と似たものを感じますが、「ダーウィン・ヤング」ではこういった要素をどのように見せたいと考えていますか?
僕が何度もやっているオリジナル作品「TRUMP」には、確かに「ダーウィン・ヤング」と似たところがあります。全寮制の学園で、孤独な少年たちが互いに共鳴し、距離を縮めていき……という点ですね。でも「ダーウィン・ヤング」の場合、学園だけで完結する話ではなく、もう少し外に世界が開かれています。父親がいますし、ダーウィンと、彼が思いを寄せる少女ルミ・ハンターが過去の事件の真相を追うというサスペンス要素もある。箱庭的な世界の少年だけに焦点が当たるのではなく、父親や祖父の過去、ルミの亡くなった伯父ジェイ・ハンターなども絡んできて、ダーウィンを中心としていろいろな方向に“矢印”が伸びる物語だと思います。それにやはり「悪の起源」というサブタイトルが付いている通り、系譜、継承のストーリーですよね。祖父から父、さらに息子へと受け継がれていく“業”を追った、ダーウィン家の物語だなと感じます。これを作品の背骨に据えつつ、学園もの、サスペンスものとしての側面もある。やはり「TRUMP」とは似て非なる物語ですし、近い要素があるからといってそれをなぞらないように、まったく違う作品として作っていきたいですね。
主演の2人は“ほぼダーウィン”!観たことがないミュージカルを人海戦術で作りたい
──クリエイティブスタッフには、美術の田中敏恵さん、衣裳の惠藤高清さん、振付の大熊隆太郎さんといった、これまでにも末満さんとタッグを組んだ経験のある方々が名を連ねていますね。
美術の田中さんとは「TRUMPシリーズ」などで長い間一緒にやってきました。「ダーウィン・ヤング」の韓国版には、シーンごとに「どこにしまってあったんだろう」というすごい量の舞台装置が出てくるのですが、今回はほぼ固定の舞台美術でいろいろな情景を表現しなくてはいけない。だから作品を象徴するような抽象的な空間が基本になります。劇中のプライムスクールは修道院を改装して作られたという設定なので、そのイメージをベースにしつつ、学園のシーン以外にもマッチさせたい。だから、一見すると中世ヨーロッパのような雰囲気の美術になると思います。それが近未来SFチックな階級社会、ディストピア的な世界と組み合わさったときに、面白い画ができれば良いなと思いますね。
衣裳の惠藤さんとは「舞台『刀剣乱舞』」シリーズでご一緒しています。「舞台『刀剣乱舞』」では原作をもとにビジュアライズしてもらっていますが、そのときの惠藤さんの感性がとても素敵で。もしゼロから衣裳を考えてもらえたら素敵なものができるんじゃないかなと思い、今回お声がけさせてもらいました。日本版では韓国版のビジュアルを完全再現するわけではなく、オリジナルで作っていきます。韓国版ではプライムスクールの制服がとても印象的なんですが、惠藤さんが手がける衣裳はまた違ったものになりそうで楽しみにしています。
──劇団壱劇屋の座長であり、パントマイムのパフォーマーでもある大熊さんの振付についてはいかがですか?
大熊くんが演出する舞台はよく観ています。2013年には僕が作・演出を担当したピースピット「RIP」で、振付をしてもらいました。フィジカルパフォーマンスで空間を構築していくのが、彼のステージングの面白さだと思います。「ダーウィン・ヤング」にはたくさんの楽曲があり、観念的な歌詞のものが多い。ほぼ固定の舞台美術を使いながら数多くの歌唱シーンを構築するうえで、ストーリーを解釈して身体表現で空間を作り上げる大熊くんの振付は、作品の題材と“食べ合わせ”が良さそうだなと考えました。彼に振付を作ってもらえたら、“小劇場的”な考え方で、人海戦術を使って演劇的に面白くステージが作れそうです。僕が知る限り、身体表現で空間を埋め尽くすようなミュージカルは少ないので「観たことがないミュージカルになれば良いな」と思います。
──キャストについてもお伺いできればと思います。今回タイトルロールのダーウィン役をWキャストで演じる大東立樹さん、渡邉蒼さんはどちらも2004年生まれの18歳です。お2人の印象はそれぞれいかがですか?
今回の上演では、父のニース役や祖父のラナー役の俳優が、少年時代の姿と年齢を重ねた姿を演じ分けます。ニースの場合は16歳と46歳、ラナーの場合は16歳、46歳、76歳ですね。それに対してダーウィン役のキャストは、16歳の姿しか演じません。今回の立樹くん、蒼くんは2人とも、実年齢がダーウィンと近くてとてもフレッシュ。十代の彼らだからこそ出せる演技の“色”や“味”が必ずあるだろうと期待しています。それに立樹くんと蒼くんは、歌声を聴いただけでも面白いぐらいにタイプが違う。同じ楽曲のはずなのにまるで違うナンバーを歌っているようで、「これはWキャストでやる意味があるな」と思いました。おのおののダーウィン像が自然ににじみ出ているから、稽古で演技を目の当たりにできるのがすごく楽しみですね。願わくはお客様にも、それぞれのダーウィンをご覧いただきたいです。
──ダーウィンの父ニースを演じる矢崎広さん、祖父ラナーを演じる石川禅さんについてはいかがでしょう。
矢崎くんは、彼と「舞台『鬼滅の刃』」シリーズでご一緒していた頃にキャスティング会議で名前が挙がりました。想像してみたら、彼が「ウィンザーノット」の場面を演じるイメージが自然と頭に浮かんできて「あ、絶対に似合うな」と(笑)。35歳の矢崎くんと46歳のニースとでは実年齢の差こそありますが、俳優として貫禄も出てきましたし、少年時代と父親時代をうまく演じ分けてくれるんじゃないでしょうか。それに今回、矢崎くん以外のキャストとは皆さん初めてご一緒します。その中に僕の演出の経験者が1人でもいてくれるのはありがたいですね。禅さんについては実力は存じ上げていましたので「もう間違いないな」と、とても頼もしく感じています。劇中では16歳、46歳、76歳のラナーを1人で演じ分けていただきます。ベテランの禅さんが十代の役を演じられるのはご自身にとっても久しぶりではないかと思うので、どうなるのか楽しみですね。
“負なるもの”を求める人々へ…やるからには心を深く刺したい
──今回、末満さんはシアタークリエに初登場します。劇場に対してはどんな印象がありますか?
シアタークリエでは以前、ミュージカル「ラヴズ・レイバーズ・ロスト -恋の骨折り損-」(参照:何が飛び出すかわからない!?村井良大らの「ラヴズ・レイバーズ・ロスト」開幕)を観劇したことがあります。ちょっと変わった作品で面白かったですね。「ダーウィン・ヤング」も一筋縄ではいかないミュージカルなので、「変わった作品ばかり上演される劇場なのかな?」という感じでしょうか(笑)。大衆的な演目が多い劇場なのかと思っていたけど、コアでニッチな作品にチャレンジしていてすごいなと。僕が言うのはおこがましいですが、日比谷の一等地、演劇のメインストリートにありながらも“メインストリートなこと”をやっていない、演劇の間口を広げるような劇場なのかなと思います。
──確かにシアタークリエには実験室のような印象がありますね。そんな“実験の場”で日本初演される「ダーウィン・ヤング」がますます楽しみになりました。
「ダーウィン・ヤング」は、ストレートな大作ミュージカルのふりをしながら、とても飲み込みにくいものを投げつけてきます。負のオーラが強く、観たあとに不安になる作品かもしれません。実はオファーを受けたときは「開幕する頃にはコロナ禍も明けているだろうな」と思っていましたし、戦争が起きてしまうとは考えてもいませんでした。素直な気持ちを言えば、今この不安な社会情勢の中で、負のエネルギーが大きい物語を観客に投げかけることに迷いがあります。
ただ、今上演している僕の「LILIUM」という作品も(参照:TRUMPシリーズ15周年の幕開けを飾る、“新約”「LILIUM」スタート / 編集注:取材は4月下旬に行われた)、非常に負のオーラが強い作品。「LILIUM」に限らず思うことですが、観客という受け手が物語をキャッチする力はこちらが思うよりもずっと強くて広くて深いんです。だからきっと「ダーウィン・ヤング」も受け止めてもらえるのではないかなと。世の中からホラーやスプラッタのような作品がなくならないのは、心のどこかに反作用でしか浄化されない部分があるからだと僕は考えています。「ダーウィン・ヤング」はホラーやスプラッタではありませんが、人間の心の構造が複雑だからこそ、今回のような作品でしか届かない領域は確実にある。だから“負なるもの”を求める方たちにぜひ届けたいですね。感性がヒリヒリするものを必要とする人たちには深く刺さると思いますし、やるからにはこちらも深く刺したい。なんだか僕は、取材していただくたびにこういうことを言っている気がするのですが……ぜひ、心に傷を負いに劇場に来てもらえたらと思います(笑)。
プロフィール
末満健一(スエミツケンイチ)
1976年、大阪府生まれ。脚本家・演出家・俳優。関西小劇場を中心に俳優として活動したあと、2002年に自身の脚本・演出作品を発表する場として、演劇ユニット・ピースピットを旗揚げ。2011年、脚本・演出を手がけたTAKE IT EASY!「千年女優」の再演以降、活動の場を東京にも広げる。2019年には、自身が手がけるライフワーク的作品「TRUMPシリーズ」が10周年を迎えた。近年の舞台作品に「浪花節シェイクスピア『富美男と夕莉子』」「ムビ×ステ『漆黒天』」「舞台『鬼滅の刃』其ノ参 無限夢列車」「舞台『刀剣乱舞』禺伝 矛盾源氏物語」「TRUMP series 15th ANNIVERSARYミュージカル『LILIUM -リリウム 新約少女純潔歌劇-』」など。
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韓国の天才作家が遺した小説が、傑作ミュージカルになるまで