タニノ作品の魅力の1つは、リアルで精緻な舞台美術だ。「あの美術制作に携われるなんてうらやましい……」と思いながら、1月下旬、「ダークマスター」の美術制作現場を訪れた。このコーナーでは、美術制作の総指揮を執る稲田美智子の言葉を交えながら、その作業の様子をレポートする。さらに美術制作スタッフ数名に、自身が関わった作業の様子や感想を、それぞれの言葉で語ってもらった。
今回の富山版「ダークマスター」では、タニノから厚い信頼を得る美術家・稲田美智子のもと、公募で集められた富山市民のメンバーが美術制作を行っている。当初、定員15名を予定していたが、応募はその倍に上り、「その気持ちが大事なので、全員に参加してもらうことにしました」と稲田は話す。
参加者の顔ぶれは、高校生から六十代までと幅広く、劇団に所属している人もいれば、これまで演劇を観たことがないという人もいる。またDIY好きな人もいれば、今回初めてノコギリに触れるという人もいて、11月に制作がスタートした際は、まず基本的な工具の使い方を稲田がレクチャーした。
「でも皆さん本当に熱心だから、私が言ったことをできるだけ忠実にやろうとしてくれて、そういう意味でとてもやりやすいです。私が普段、美術スタッフと話しているような会話ではもちろん成り立たないところがあるので、それをどう伝えていくのかが難しい部分はありますけど、おおむね楽しくやれているのではないでしょうか」と稲田は実感を語る。
美術制作は主に、毎週土・日曜の朝10時から17時まで。基本的に参加は自由だが、毎回必ず参加する熱心なメンバーが何人もいる。
「どの作業は誰と割り振ってるわけではないんですけど、得意なことは人によって違うので、得手不得手をなんとなく私のほうで把握しています。最初は皆さん、何からやったらいいのか、何をやらなきゃいけないのか戸惑ってましたけど、今は自主的に動いてくれますね。私が富山に来られないときは、劇場のスタッフの方もサポートしてくださるので、順調に進んでいると思います。もちろん作業によっては難しいこともありますが、同じものを作るにも、やり方は作る人によってそれぞれだし、やり方はいくらでもある。皆さんができるだけやりやすいように考えていくのが私の役割でしょうか」と稲田は笑顔を見せた。
続けて、劇場近くの作業場へ。取材に訪れた日は、10名程度のメンバーが、図面を見ながらこれから取り掛かる作業について確認し合っていた。やがて、木材を切り釘を打ってパネルを作るグループと、出来上がったパネルに色を塗るグループに分かれて作業がスタート。稲田は作業場をぐるぐる歩き回りながら、メンバーの様子を見、言葉をかけていった。
最初は黙々と作業していたメンバーだが、作業が進むにつれ、「稲田さん、これはどうすれば……?」「稲田さん、ここ、お願いします」と稲田にアドバイスを求める。中でも、真っ白なパネルにグレーのインクで“汚し”を入れる作業では、ビクビクしながらインクのついたスポンジを手にしたメンバーの横で、ささっと自然な汚れを表現する稲田の手つきに、メンバーから感嘆の声が漏れた。
作業開始から約2時間後、稽古場にタニノが姿を現した。メンバーは作業の手を一瞬止めて顔を上げ、笑顔でタニノを迎える。タニノは稲田と共に作業場を歩き回りながら、舞台美術の進行状況を確認し、メンバーも再び黙々と、自分の作業を進めていった。
ちなみに同じ舞台美術をプロに頼むとしたら、約1週間程度でできあがるのではないかと、稲田は教えてくれた。「懐かしい感じがしますね、昔は劇団員の方と一緒に美術を作ったりしましたから。皆さん大変だと思いますけど、よくやってくださっています」と稲田が笑顔で語ったその矢先、ほぼ完成と思われた1枚のパネルが、上下逆さまであることが判明。焦るメンバーのそばで、「ここをこうすれば大丈夫ですよ」と稲田が具体的なアドバイスを与え、メンバーはすぐに修正作業を始めた。
- 制作スタッフ4
- 内山勇
- 60代、無職
- 穏やかで親切、頼りがいのある紳士。自宅に薪ストーブがあり、廃材を持ち帰ってもらっている。
師走の1日、天井の高い作業場で設計図面を睨み、ベニヤ板や角材を加工し造形物を製作する。木工作業は地味だけど手作業が楽しい。完成度の高い稲田美術は素人の手に余る部分も多いが、そこは稲田さん直接の指導やプロの仕事人に支えられ作業を進める。その日はやや複雑な造形に挑戦した。終了時、共同作業相手のほぼ初対面の若者と、ちょっとした達成感を共有。引き継ぎノートに作業結果を記し、次回参加の人に続きを託す。
参加しての発見の第1は、目から鱗の道具の使い方の数々、また新品道具の切れ味の爽快感。第2は、長らく忘れていた初めての人たちとの共同作業の楽しさ、再発見。「ダークマスター」上演終了まで、いろいろ楽しませてもらいます。
1月13日、稽古場建て込みの日。午前中は稽古場への運び込み、午後から稽古場の仕込みを開始する。舞台監督さんの指導で1つひとつ作業を行う。まずは舞台の端、パネルの位置を墨出しする。それからパネルや階段、カウンターの設置、組み付け作業。カウンターを仮組みしたときを思い出して組み立ててみるが、細かいところでうまく合わず苦労する。最後に厨房の設備を仮に設置したところで時間になったので終了。とりあえずは大体の形ができたようだ。
これまで簡単なものしか作ったことがなかったのですが、思ったより経験が生かせました。また、けっこう好きにやらせていただけて楽しかったです。階段の造作や塗装のテクスチャーは勉強になりました。機会があれば試してみたいです。
- 制作スタッフ5
- 町野利樹
- 40代、会社員
- 劇団アクターギルド所属。仕事も多忙そう。木工が得意で、人なつこい。
- 制作スタッフ6
- 山本武良
- 40代、塗装会社経営
- 塗装のプロ。塗装作業では司令塔の役割を果たし、機材も無料で貸してくれる。明るいムードメーカー。
「ダークマスターをつくる」。知り合いの方から誘ってもらい、人生で初の舞台美術制作。普段から塗装を生業にしていることもあり、どれだけ舞台美術制作という世界に自分が通用するのかと意気込んで参加しました! 始まってみると、圧倒的に未経験者の多い中での作業……。正直、戸惑いも感じましたが、とにかく参加している方々、いや、もはや仲間たちの真剣な熱量に圧倒され、気が付いたら経験者とか未経験みたいな垣根はまったくなくなっていきました。仕事でも趣味でも祭りでも味わえない一体感。まさに“タニノクロウ×オール富山”を味わいながら作業をしています。どんな舞台になるのか楽しみでなりません。
2019年2月15日更新
ある日の作業では、カウンターの腰板部分を仕上げていきました。木目調の壁紙の上に板らしく見せるため、幅5㎜の線を25㎝ぐらいの間隔で引いていきます。黒の塗料を筆で手描きとの指示。「マッキーで線を引いちゃダメなのかなあ」と思っていたのですが、黙々と数人でがんばりました。手描きの線は不ぞろいでヨレヨレです。さて、その腰板を立たせてみると、いい感じに板らしくなっていました。腰板だけでなく、どのセットも丁寧な手作業で作られています。舞台でどのように観えるのか、本当に楽しみです。
私は工作や手芸が好きで、単純に面白そうだなあと思い、応募しました。手作りで大きなものができていく過程が興味深く、毎回、好奇心が刺激され発見と学びの時間です。スタッフの皆様方に心から感謝します。
お店の壁は、砂壁のような質感にするために2種類のローラーで塗りました。まず、目の細かいローラーである程度厚く塗っていき、少し待ってペンキが固まり始めたら目の粗いローラーで砂壁らしい細かい突起を作り、乾かします。キッチンとトイレのタイルの壁はマスキングテープで目地を作り、その上からパテを分厚く塗り、テープを剥がすという作業でタイルを作りました。3枚のパネルを1枚の壁に見えるように塗るのが難しかったです。
美術スタッフの募集を知り、恐る恐る応募しましたが、素人の私にも丁寧に教えてくださるプロの方や舞台が好きで集まった方々と出会うことができ、飛び込んでみて本当によかったと思っています。最後までがんばります!
私はまったく経験がない。何から取りかかればいいのか不安で一杯だった。とりあえず必要な道具をそろえていた。そこに「糊を水で延ばそうか」と声をかけてくれた人がいた。糊は、絶えず混ぜていないと固まってしまうこと、刷毛は素早く動かすこと、空気の抜き方、カッターで壁紙を切るコツ、その人は私に一生懸命、手取り足取り教えてくれた。作業を進めていると、早く作業を終えたほかの班の人がいつの間にか手伝ってくれていた。段々と連帯感が生まれていた。そして皆で壁紙を完成させることができた。
これからの演劇の概念が大きく変わると思う。舞台はたくさんの人の力でできている。役者はもちろんだが、裏でも汗を流し、必死で舞台を作る人たちがいる。これからもいろんな舞台を観たい。そしてその舞台に関わったすべての人たちに感謝の気持ちを込めて大きな拍手をしたい。