Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2018 / 安藤洋子&島地保武が語るフォーサイスの魅力|「これもありなんだ」と体感してほしい

発見し続ける、探し続ける

──初めてフォーサイスのスタイルに身体で触れたときはどんな感じでしたか? すぐに入ってきましたか?

KAAT神奈川芸術劇場にて。左から島地保武、安藤洋子。

島地 いまだに……。

安藤 うん、いまだにね。

島地 追い求めている感じがします。

安藤 フォーサイスは、単に面白いダンスを作るということに留まらず、最終的には私たちの“脳”を変えようとしていたんだと思います。脳って安定したがる性質を持ってるんですけど、フォーサイスはあえて安定させないようにしていた。“発見し続ける”とか“探し続ける”って状態をずっと作ることに、とても興味があったように思います。なのでダンサーも言われたことをやるんじゃなくて、状況をよく観察するということが求められたし、それができないと面白がられなかった。だからとても優れたダンサーだけど辞めていった人たちは何人も見ています。「これをやれ」と言われてきちんと踊れる人でも、フォーサイスには「うーん、うーん……」って首を傾げられてしまって、じゃあどうしたらいいのかっていうことが自分では探し出せなくて……。

島地 でも本当に何をやってもダメなときがあって、自分でもそれはわかるんです。良いアイデアがまったく出ない状態に陥っていると。

安藤 そうそう。面白いけどつらい作業だったよね。

私だけ知ってることが多すぎて、このまま死ねないなって(安藤)

──現在それぞれにクリエーションされる中で、ザ・フォーサイス・カンパニーでの経験はどんなふうに生きていますか?

KAAT神奈川芸術劇場にて。左から安藤洋子、島地保武。

島地 そのままと言うか、その延長上にいるという感じかな。

安藤 島地くんの言う通り、フォーサイス以前も以降も、基本的には自分がやってること、探していることは変わりません。ただ本当に幸運にもフォーサイスという天才に出会って、彼の間近で時間と空間を共有させてもらい、たくさんの影響を受けました。私たち2人ともフォーサイスからいただいた愛が莫大なので、それをどういう形でお返しすればいいのか……フォーサイスに恩返しすると言うよりも、フォーサイスから学んだことを誰かに伝えないとこのまま死ねないな、みたいな。だから若い人たちに惜しまず、もっとシェアしていきたい。私や島地くんのいろんな可能性をフォーサイスが引き出してくれたように、私たちも若い人たちに「可能性は無限にあるよ!」と。

──可能性とは、身体のですか、それとも発想の?

安藤 身体の持っている可能性でもあり、人間が持っている想像力などの可能性でもあり。“こうしなければいけない”なんてことは1個もないということをフォーサイスには教えてもらいました。彼との作業を通して、自分でも気付かないうちに自動的に固定観念で己の性質や可能性を決めつけ、自分で自分をつまらなくさせていることを思い知らされました。フォーサイスは、リハーサルだけでなく、本番の舞台上で自分と向き合う訓練を常にさせてくれていたんだと、今になって実感します。

島地 そうですね。あと僕の場合は……面白く生きたいなって。それが彼への恩返しになると思ってます。

大切なのは、自分の型を捨てること

──お二人は17年にスターダンサーズバレエ団「バランシンからフォーサイスへ」公演の中でフォーサイスの代表作「N.N.N.N.」の振付指導をされました。今の日本のダンサーに振りを移してみて、どんな手ごたえを感じましたか?

左から島地保武、安藤洋子。

安藤 みんなとっても意欲的だったよね。

島地 やればやるだけよくなる。作品に接する機会が少ないだけで、マスターピースと言われる作品をどんどんやったらいいんじゃないかな。しかもそれを踊った人から教わる機会が、もっともっと広がっていくといいなって。

安藤 そうね。それに私、やっぱりフォーサイス作品がもっと観たいな。それはすごく思います。自分が出たいと言うよりも、「もうあれが観られないのか」って思うとけっこうな喪失感があって、もちろんそれが舞台芸術なんでしょうけど……だから今回のようにレパートリーという形であっても、作品を上演してほしいですね。

──特にフランクフルトバレエ団時代のフォーサイス作品は規模が大きいため再演が大変です。しかしドレスデンのゼンパーオーパーなど、当時の作品をレパートリーにしているところもあり、その素晴らしさが再認識されています。さて、作品を監修するとき、ダンサーたちにはどのようなことを伝えているんですか。

安藤 いっぱいありますね。例えば予定調和にならないこと、そして自分の身体がどんな必然性を持って舞台上に存在するのかを常に問うこと、などなど。でもそうやって伝える中で、私たちもフォーサイスから何を求められていたのか、彼から何を受け取っていたのか、改めて気付くことがありますね。フォーサイスとの作業は、ダンサーにとって、とても怖いことでもありました。身に付けてきた自分の型を一度捨てて、しかも身体だけでなく考え方まで変えないといけない。これは怖いですよ。でもそこに好奇心を持って面白がれる人だけが見えてくることもある。その点、フォーサイスが集めた人たちはみんな好奇心が強く、島地くんも本当に面白がられていました。フォーサイスは“その場でダンサーが生み出す何か”を見たい人なので、予想の付くことはしてほしくないという空気でしたね。

島地 でも知ってることをやってくれとも言われて(笑)。

安藤 あははは!(笑) そうだね。とにかく自分が観たことがないものが観たいわけで。

島地 僕が一番よく覚えているのは、「この作品における君のアートのレベルは今ここだよ(胸の高さに手をやる)。前の作品はここだった(頭の上に手を上げる)」っていうダメ出しで、ハッとさせられます(笑)。そこからどうするかは、自分で考えるしかない。

安藤 あははは!(笑) 全員に同じことを言うわけではなくそれぞれに合ったことしか言わないんですけど、私には「ヨウコ、もうダンサーはいいよ。アーティストが欲しい。アートが、アートが」ってよく言っていましたね。