市民と創造する演劇「地を渡る舟」稽古場レポート / 扇田拓也・棚川寛子インタビュー

穂の国とよはし芸術劇場PLATの人気企画「市民と創造する演劇」シリーズの第10弾、「地を渡る舟-1945/アチック・ミューゼアムと記述者たち-」が3月2・3日に上演される。「市民と創造する演劇」は、オーディションにより選ばれた市民とプロの作り手が演劇を立ち上げる企画。今回は、2016年にも同シリーズに携わった扇田拓也が演出を担当し、第58回岸田國士戯曲賞、第17回鶴屋南北賞にノミネートされたてがみ座・長田育恵の2013年発表作を上演する。舞台は本土決戦を目前にした日本。実業家・渋沢敬三が創設したアチック・ミューゼアムに集う民俗学者たちは、時代の変遷の中、何を思い、何を見ていたのか……。

ステージナタリーでは、市民キャスト23名と、出演だけでなく演出補も担う大庭裕介、百花亜希が奮闘する稽古場に潜入。一筋縄ではいかない長田作品に取り組む稽古の様子をレポートする。また特集後半では、今回が3回目の「地を渡る舟」演出となる扇田のインタビューや、本作の音楽を手がける棚川寛子のメッセージも掲載している。

取材・文 / 熊井玲

「地を渡る舟」稽古場レポート

1月中旬に穂の国とよはし芸術劇場の稽古場を訪れると、市民と創造する演劇「地を渡る舟」の通し稽古が、今まさに行われようとしていた。この日は、年明けすぐに約10日間行われていた1次稽古の最終日。稽古場の中央には大きな長机と椅子が配され、稽古場の両端には小道具が乗せられたリフトのようなものが複数置かれている。出演者たちはいくつかのグループに分かれてセリフ合わせをしたり、動きの確認をしたり、ストレッチをしたりとそれぞれの時間を過ごしていた。ひと際にぎやかなのは、アチック・ミューゼアム(屋根裏の博物館)所員役を演じる面々。♪テーホヘテホヘ、テホトヘテホヘ……と歌いながら、長机の周りを「花祭」の踊りで回っていると、演出席に着こうとした扇田拓也が出演者の輪の中に入り、「その発音はこうしたほうが……」と自ら振りつきで歌ってみせ、出演者たちもそれに続いた。

稽古は第一場、昭和10年の東京三田綱街、渋沢邸の敷地内にあるアチック・ミューゼアムにある集会室の場面からスタート。渋沢家の女中・りく(三浦菜月)は掃除用具を持って部屋に入ってきて部屋を見渡すと、思いに耽り、そのまま動けなくなる。そこへ、女中頭の志野(三村愛美)がりくの様子を見に現れて、「どうです、そちらは?早くしないとまた空襲が」と声をかけた。その一言で、物語の時間と場所がシュッと定まる、重要なシーンだ。慌てて部屋の掃除を始めるりくだが、彼女が机の上にあるノートの表紙に指を置き、「『アチック・ミューゼアム 1935』」と読み上げた瞬間、轟くように音楽が響き渡り、時代は遡って、その集会場にかつて出入りしていた研究所所員たちが次々と顔を現した。

都筑希心演じる吉永修司は、外国語の発音に詳しい、肥料から見る農村社会を専門とする研究員。渡瀬祥太演じる桐生登志夫は研究に情熱を傾ける、南西諸島研究のフィールドワーカー。杉浦匡昭演じる林逸馬はざっくばらんな話しっぷりが魅力の「花祭」研究者。彼らは、他愛ないやり取りの中にも時折アカデミックな香りを織り交ぜて、それぞれの研究に熱を注いでいる。そんなアチック・ミューゼアムには、蜜柑山出身の娘・一ノ瀬かつら(百花亜希)が陽気な空気を運び込んだり、瀬戸内海周防大島出身の元小学校教員・宮本常一(間瀬英正)がやって来たり、柳田國男門下から離反してきた民俗学者・生田哲郎(中村翔)が訪ねてきたりと、常に活気があふれていた。

アチック・ミューゼアムを創設したのは、渋沢栄一の孫で実業家、民俗学者、政治家、第一銀行副頭取の渋沢敬三。渋沢役の大庭裕介は、渋沢を情熱的で懐の深い人物として立ち上げる。所員たちと話しているときの渋沢は、“第一銀行副頭取”という肩書きを一切感じさせない、青年のような好奇心に満ちた人物に見えた。しかしそんなアチック・ミューゼアムにも、戦争の影が忍び寄り……。

長田育恵がつづる、推敲に推敲を重ねたセリフの数々は、どれも欠かすことができない大切な言葉の塊だ。それらを自然に、テンポよく展開していくには、俳優1人ひとりのがんばりはもちろんだが、一緒にシーンを立ち上げる俳優全員のチームワークも重要になってくる。出演者たちはそのことをよくわかっていて、お互いを鼓舞するようにそれぞれの役を生き生きと演じていた。

また本作では、シーンとシーンをつなぐ音楽も大きなポイントだ。取材に訪れた日は音源での稽古だったが、本番では市民たちによる生演奏が作品を盛り上げる。作曲を手がけるのは、長年に渡りSPACの劇世界を彩ってきた舞台音楽家の棚川寛子。棚川が生み出す楽曲はパーカッションが特徴で、その力強く多彩な旋律は、時を刻む秒針にも鼓動にも聞こえてくる。そして「ポン」とひと打ちした瞬間、時空間を悠々と飛び越えていくようなスケール感があり、作品に大きな“翼”を与える。本作でも、物語のうねりを音楽がさらに押し上げてくれるに違いない。

扇田はそんな稽古の様子を、ある時は動きのスピード感を指示しながら、またある時は口元を緩めながら、じっと見つめていた。扇田にとって3度目の対峙となる「地を渡る舟」は、これまでとはまた違う形で、彩り豊かに立ち上がりつつある。