2002年に劇団道学先生で初演された中島淳彦の代表作の1つ「無頼の女房」が、ゴツプロ!で上演される。「無頼の女房」は坂口安吾とその妻・三千代をモデルにした作品で、薬と酒に溺れながら命を削るように創作に打ち込む塚口圭吾と、彼を取り巻く作家仲間や編集者、家族たちの生き様が、おかしみと慈しみをもって描かれる。
ステージナタリーでは、初演に出演し、今回ゴツプロ!版の演出を手がける劇団道学先生の青山勝、2010年に中島演出で同作を上演した劇団東京ヴォードヴィルショーの佐藤B作、そして今回本作に初挑戦するゴツプロ!の塚原大助の座談会を実施。作品のこと、塚口役のこと、そして2019年に亡くなった中島淳彦のことについて、それぞれの思いを語ってもらった。また特集の後半では、ゴツプロ!メンバーが中島作品への思いをつづっている。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤田亜弓
多くの演劇ファンから愛されてきた中島淳彦「無頼の女房」
──ゴツプロ!で中島淳彦さんの作品を上演するのは今回が初めてです。今回、なぜ「無頼の女房」を上演することになったのですか?
塚原大助 ゴツプロ!メンバーの44北川が以前、44Produce Unitというユニットを組んでいて、中島淳彦さんの「フツーの生活」という戦中戦後3部作をやったことがあるんです。1が宮崎編、2が沖縄編、3が長崎編で、渡邊聡以外のゴツプロ!メンバーがそこで共演する、というご縁をいただきました。その後、僕は道学先生「あつ苦しい兄弟」(2015年)にも出させていただいたんですけど、いつか中島さんの作品をゴツプロ!でやりたいねという話は、メンバーの間でいつも出ていたんです。そして2022年にメンバーの佐藤正和が、ゴツプロ!Presents 青春の会で「父と暮せば」を上演した際、青山勝さんに演出をしていただき、その際に「中島さんの作品をゴツプロ!でやりたいんです」と青山さんにご相談したところ、青山さんから「『無頼の女房』がいいんじゃないか」とご提案いただき、台本を改めて読ませていただき面白いと思ったので、ぜひやりたい、とお話が進んでいきました。
青山勝 そうだったのか、と今、思い出しているところなのですが……(笑)。中島が道学先生に書いたものってほとんどが男性メインの芝居なんですよね。ゴツプロ!は僕、旗揚げからほとんど拝見しているんですけど、ゴツプロ!も男性ばかりの集団なので、実はどの作品もゴツプロ!でできるかなと思っていたんです。一方で、「無頼の女房」って中島の作品の中ではちょっと異色と言いますか、彼の作品はほとんどがコメディですがもうちょっと人間ドラマの色が強いというか、作家、文学、芸術創作活動などを扱った芝居なので、そういった部分とゴツプロ!の熱くてストイックな感じが合っていると感じて、推薦したんだと思います。
──「無頼の女房」は2002年に劇団道学先生で初演されました。初演で青山さんは主人公の塚口圭吾役を演じていますが、どのような印象が残っていますか?
青山 毎回と言えば毎回でしたが、台本が遅くて(笑)。初演は黒岩亮さんに演出をお願いしていたんですけれど、顔合わせのときには確か台本が2・3ページしかなかったんです。ただいつもとちょっと様子が違うぞ、ということだけはなんとなく伝わっていましたね。中島は昭和……と言っても大体1970年代ぐらいの作品が多かったのが、これは戦後すぐの話だし、どうやら坂口安吾がモデルの話らしいということが徐々にわかってきました。で、台本が少しずつ上がってくるごとにセリフを覚えて、その日すぐ立ち稽古する、というような状況で、最後まで台本が上がったのは初日の1週間前くらいだったと思います。だから、ただもうひたすら渦に巻き込まれるようにして幕を開けた初演でした。今回改めて台本を読み返してみたんですけど、ディテールに関してはあまり記憶になくて「こういう話だったんだな」と改めて思っている、というような感じです。
──お客さんの反応で印象に残っていることはありますか?
青山 そのころは道学先生が上り坂と言いますか、お客さんが多くて、THEATER / TOPSが連日満杯でしたね。終演後、近くの居酒屋で飲んでいますと、お客さんがわざわざ僕たちのところまで来てくれて、「すぐにでも再演が観たいです!」と言ってくださって、これはなかなかの手応えだなと感じたことはよく覚えています。特に年配の男性のウケがすごく良かったです。
──その後、さまざまなプロダクションでも上演されていますが、2010年に東京ヴォードヴィルショーでも上演されました。
佐藤B作 中島くんの作品を最初に観たのは、2002年に上演された「兄妹どんぶり」という作品なんだけど、ものすごく面白かったので、なんとかうちにも書き下ろしてもらいたいなと思ったんです。ただ当時、本当に中島くんは忙しい人だったので、既成の作品で何かできるものはないかといろいろ考えているところで「無頼の女房」を知り、すごく面白いなと思ったんですね。役者とか小説家の世界の話が以前から僕は好きだったし、そんな夫を支える女房という関係もいいなと感じて。中島くんの作品っていうと「エキスポ」もよく上演されるけれど、「無頼の女房」に描かれる、孤独に生きている人の世界観が良いなと思って。主人公の塚口は、俳優としての自分が真似できないような破天荒な生き方をしていて、そういう手の届かないようなことを、役を通じてやってみたいなという思いがあったんですよね。
──東京ヴォードヴィルショーでの上演で、印象に残っていることはありますか?
佐藤 うちのときは演出も中島くんにやってもらったんですけど、2階から飛び降りるシーンがあるでしょう? あのシーン、実際に僕は、飛び降りてはいないんです。途中で入れ替わって若いやつが飛び降りてるんだけれども、みんなすっかり騙されて(笑)、それが面白かったなあ。中島くんのアイデアでそういう演出になったんですけど、本当に俺が2階から飛び降りたと思ったお客さんたちの反応の大きさが一番記憶に残っています(笑)。
青山 え、あのシーン、そうだったんですか? なるほど、今回の演出でもちょっと試してみてもいいですか?(笑)
佐藤 中島くんご自身の演出ですから、良いと思いますよ(笑)。
坂口安吾をモデルにした、“無頼”の主人公に対する憧れ
──多作の中島さんですが、中でも「無頼の女房」は上演回数が多い作品です。本作の魅力は、どの辺りにあると思いますか?
青山 「無頼の女房」と、さっきお話に挙がった「エキスポ」は、中島の本として唯一出版されているので、図書館や本屋さんでどなたでも手に取ってみることができる戯曲、ということが一番大きいと思います。そのうえで、この「無頼の女房」で描かれる、戦後の復興がまだ整っていないときに、必死に芸術に立ち向かって行こうとする人間の姿とか、作者が自分の身体を切り刻みながら原稿用紙のマス目を文字で埋めていくような感じの表現には、普遍性が感じられるのではないでしょうか。かつ、一生懸命な人間ってどこか滑稽にも見えていたりするものですから、生きることのつらさや悲しさ、苦しさをくるむような優しさとか温かさみたいなものがこの作品には同居していると思います。
佐藤 本当に、この主人公のような芝居作りが自分もできたら良いなと思いますね……。このぐらい自分を攻めて、心血注いで芝居に取り組めたらいいのになっていう憧れみたいなところがあるよね。自分はまだそのような芝居への取り組み方はできていないと思うから。
塚原 B作さんがおっしゃったように、こんなふうに生きてみたいなという憧れはもちろんありますよね。また若いお客さんには「こんな衝撃的な生き方があるんだ!」と感じてもらえるんじゃないかなとは思います。
──主人公・塚口圭吾は坂口安吾をモデルとしていて、劇中には当時の文人たちを彷彿とさせるエピソードがちりばめられています。塚口を演じるにあたって、皆さんはそれぞれ、安吾のことはどのくらい意識されましたか? またこの塚口という主人公の魅力をどんなところに感じましたか?
青山 安吾のことはもちろんかなり意識しましたし、彼の作品も読んだりしました。ただ初演で僕が塚口圭吾を演じたときには、あの有名な、ゴミ屋敷みたいな部屋で原稿を書いている姿が、安吾にそっくりだと驚かれまして(笑)。おそらく中島の中にも僕が安吾に似ている、という思いは多少あったと思うんですけど。そんなふうに「似てる」と言われる人を演じるのは面白かったですね。かつ、熱に浮かされるようなスピード感で作っていったので、坂口安吾は薬を飲まなければとてもじゃないけど書き続けられないような精神状態だったと言われていますが、僕も稽古中は追い詰められるような心境になったことをよく覚えています。
塚口は、すごく生真面目で現実について真摯な部分と、一般的な感覚でいうと生活上は破綻しているような部分があって。例えば稼いだお金は全て遊びで使ってしまうし、薬と酒のせいで精神状態がバラバラで、でも根っこにはものすごく真摯で生真面目な部分がある。アンビバレントなところが同居している。その両方に引き裂かれるような感じがありますよね。本人はすごく苦しかったに違いないんですけど、側から見るとそうやって地獄の中でジタバタしている様がちょっと面白かったりもして。中島はそういうところを描きたかったんだろうなと思いますし、実際台本にはそのように描かれていると思います。
佐藤 僕の場合は、安吾を意識してもそのようにはできないと思っていましたね。もちろん小説は読んでいましたけれど、(存在が)大きすぎて似せようとしてもしょうがないと。だからむしろ“無頼感”をどうやって出すかに悩みました。最終的には台本に書いてあることに忠実に心血注いでやるしかないんだよなって思いつつ、どうしても真面目な自分がいるので(笑)、“無頼になってないな、俺は”と反省しながら、お客さんに申し訳ないなという思いがすごくありました。塚口は人間としてはダメな人間ですけど、自分の中にも、なんていうんだろう、ダメになりたいっていう願望があるんだよ(笑)。こんなにわがまま勝手に、自分本位に生きられたらなっていうか。そういう憧れは大きかったですね。
そしてこんな素敵なカミさんがついている、モテるというね(笑)。こんな破茶滅茶な男なのについてくる女がいる。特に最後のセリフがいいんです。こんなセリフを書けるなんてすごい作家だなと思いました。
──今夫婦のお話も出ましたが、実際に佐藤さんはご夫婦で塚口夫妻の役を演じられました。当時、あめくみちこさんは何か夫婦像についてお話はされましたか?
佐藤 「こんな夫婦にはなれないわよ」ってことを言っていましたね(笑)。「あんな男についてこないわよ」っていうようなことを言っていた気がするな。でも「惚れさせてしまう」っていうのもすごいですよね。なので、自分の憧れっていうか希望っていうか、役を通じて自分のダメなところを全部見せつけられているような気がして、それが演じながらもつらかったですね。どうがんばっても自分はこの役には追いつかないだろうなと思いながら演じていたのですごくストレスが溜まった芝居でもあります。
──塚原さんも“無頼”というよりは堅実な印象のある方かなと思います。
塚原 ちょっと破天荒なところも自分の中にはあるとは思っているのですが(笑)、ただ塚口は確かに真面目で、文学に心血を注いでいる方だけれども、そのほかのことには振り回されがちで、瞬間瞬間を爆発的に生きているような印象の人。自分がどういうふうに演じることができるのかと考えているところです。
最近はずっと安吾の本を読み漁ったりしているのですが、台本上はやっぱり中島さんの世界観を生きる人物として塚口は描かれているので、安吾のイメージを意識しつつも稽古では“塚口圭吾”としてどう演じるかとか、相手役とどういうセッションになるのかということを考えていかないといけないなと。難しい役だと思ってはいますが、口にすると実感が湧くようなセリフもありますし、その点ではドキドキワクワクしている感じですね。
──青山さんはヴォードヴィルショー版をはじめ、他のプロダクションでも上演された「無頼の女房」をご覧になっているそうですが、今回のゴツプロ!版をどのように演出されようと思っていますか?
青山 なにしろ初演は勢いでワーっと作ってしまったので、ヴォードヴィルさんでの上演を観たとき、「中島はこういうものを作りたかったんだ!」と思いました。演出も中島がしていましたら、お話がすごくよくわかるような気がして、なるほどなと。そのときの印象がかなり鮮烈なので、今回はそこにあまり引きずられないようにしつつ、またB作さんと塚原さんでは全くガラが違うので、必然的に全く違う印象のものになるとは思います。個人的にも、「無頼の女房」を演出するのは初めてなので、今台本を読んでいても、まだ掘り起こされていないおかしな部分がきっとあるんだろうなと感じているので、それを掘り起こしていく楽しみがあります。
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