戦後日本の歴史と文学座の演技史を振り返る(高橋)
──文学座はこれまでも新進気鋭の若手作家の方々と作品を制作されてきましたが、今回の「かのような私」では、劇団チョコレートケーキの古川健さんを劇作に迎えます。高橋さんご自身は、古川さんとは「斜交(しゃっこう)~昭和40年のクロスロード」(17年)以来、2度目のタッグとなりますね。
高橋 63年に起こった吉展ちゃん誘拐殺人事件をモチーフにした「斜交」は、取調室での10日間を描いた作品でしたが、今回の「かのような私」は斎藤平という男性の80年の人生を追った一代記。古川さんが書く強度のあるセリフのやり取りを、いかにして家庭劇として表現するかを今みんなで探っている状態ですね。若い作家だと、「ああ」とか「うん」とか短い言葉で構成されたハイテンポなやり取りがポピュラーだと思うんですけど、古川さんの場合はボキャブラリーが豊富なうえに2・3行におよぶ長いセリフが多いので、しっかりと言葉を話さなきゃいけないから、俳優たちは小手先でごまかせない。そこが古川さんの戯曲の魅力なんじゃないかと僕は思っていて、だからこそアトリエの会が「戦後再考」というテーマを掲げたときに、古川さんにぜひ書いてもらいたいと思ったんです。
──川合さんと田村さんが演じる、斎藤平の孫たちが登場する第5幕では、現代の平成の様子が描かれます。このシーンを境に、セリフがガラッと現代口語演劇に変わる印象を受けました。
高橋 そうなんです。戦後間もない第1幕では家族でちゃぶ台を囲んでいて、安保闘争の時代を舞台にした第2幕では若者たちの熱い政治劇になり、昭和末期の第3幕では家庭が崩壊し……平成の世を描いた第4幕、第5幕と時代が現在に近付くにつれてセリフの質感が変化していくので、稽古をしていて面白いですね。文学座が得意とする久保田万太郎のようなシチュエーションから始まるので、戦後日本の歴史と共に、文学座の演技史も振り返ることができるんです。
──川合さんと田村さんはこれまでに、古川さんの作品や劇団チョコレートケーキの作品をご覧になったことはありましたか?
田村 上京してからいろいろな舞台を観る中で、「この作品、面白かったなあ。脚本は誰が書いたんだろう?」と思ってクレジットを見ると、大体が古川さんの作品だったんですよ。いろいろな立場の人が1つの問題をめぐって議論するのが魅力的だなと思っていて、最近だと高橋さん演出の「斜交」(17年)や、劇団青年座「旗を高く掲げよ」、劇団昴ザ・サード・ステージ「幻の国」(17年)、劇団チョコレートケーキ「熱狂」「あの記憶の記録」(17年)も観ました。「斜交」を観に行ったときに「かのような私」の速報チラシが入っていて、「古川さんの作品、文学座でやるんだ!」と思って喜んでいたら、のちに私も関わることになって……。
──運命の出会いでしたね。
田村 私、「30歳までに古川さんの書く芝居に出る」っていう目標を立てていたんですけど、今回もうそれをクリアしちゃったんです。
高橋 (「かのような私」への出演は)ドッキリかもしれないよ?
田村 えー! ちょっと待ってくださいよ!
──ドッキリではないことを祈ります(笑)。さて川合さんは「かのような私」でキーパーソンとなる現代の若者を演じますが、この役にどのようにアプローチしていくか、高橋さんと川合さんの間で何かお話はされていますか?
高橋 役を作っていくときに、いろいろな手がかりを見つけて、拾ったり捨てたりしていく中で、核となるものを徐々に獲得していってもらえたらいいなと。例えば「バカ、死ね」というセリフの「、」にはどんな思いが込められているのか、その言葉を発したときに相手と目が合ったのか、あるいは目が合っていないのか、そういったことを考えながら稽古をしていってもらえたらと思います。
自分の演技を常に更新してほしい(高橋)
──第59期本科生を迎える入所試験が19年1月に開催されます。入所を志す未来の後輩の方々へエールをいただけますか?
川合 研究所に入ったことがゴールなのではなく、自分はどんな方向性で行くのかを考えることが大事なんじゃないかなと。皆さん、一生懸命がんばってもらえたらと思います。
田村 自分でどんどん勉強して、自分から何を発信していけるかが大事というか、演劇を教わりに来ているわけじゃないということを、しっかり自覚してやっていくべきだなと自戒を込めて感じました。これができるようになったら、本科も研修科もさらにステップアップできるんじゃないかなと思います。
──高橋さんからは、これから外の世界へと羽ばたいていく研究生の皆さんにひと言いただければと思います。
高橋 表現っていうのは自由なので、どんどん挑戦していってほしいし、いろいろな演出家や作家の言葉と出会って、自分の演技を常に更新してもらいたいというのが1つ。もう1つはプロとしてやっていく以上、社会人として相手とコミュニケーションを取れる人になりましょう、ということですね。自分に責任を持って、何かを成し遂げられるような役者になってほしいなと思います。
- 文学座9月アトリエの会
「かのような私‐或いは斎藤平の一生-」 - 2018年9月7日(金)~21日(金)
東京都 文学座アトリエ
- スタッフ / キャスト
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作:古川健
演出:高橋正徳
出演:関輝雄、大滝寛、川辺邦弘、亀田佳明、萩原亮介、池田倫太朗、江頭一馬、川合耀祐、塩田朋子、梅村綾子、大野香織、田村真央
- 文学座附属演劇研究所
- 1961年、文学座創立25周年の記念事業の1つとしてスタートした文学座附属演劇研究所。授業では文学座座員たちによる演技実習をはじめ、各専門家を招いての音楽、体操、ダンス、アクション、能楽、作法のレッスンや、演劇史を学ぶ座学もあり、広く舞台で活動していくための基礎教養を学ぶことができる。
- 2019年第59期本科入所試験
第1次試験:2019年1月6日(日)
第2次試験:2019年1月8日(火)・9日(水)
入所案内・願書請求:2018年10月9日(火)~12月20日(木)
願書受付:2018年12月15日(土)~22日(土)必着
- 高橋正徳(タカハシマサノリ)
- 1978年東京都出身。東京学芸大学教育学部中退。2000年、文学座附属演劇研究所に第40期生として入所し、05年に座員に昇格。文学座アトリエの会「TERRA NOVA テラ ノヴァ」(04年)で文学座初演出を手掛ける。以降、川村毅、鐘下辰男、佃典彦、東憲司、青木豪など多くの現代作家の新作を演出する傍ら、文学座附属演劇研究所の発表会の演出も多く務める。11年には文化庁新進芸術家海外研修制度により1年間イタリア・ローマに留学した。
- 川合耀祐(カワイヨウスケ)
- 1997年岐阜県出身。文学座附属演劇研究所研修科1年(57期生)。
- 田村真央(タムラマオ)
- 1998年長野県出身。文学座附属演劇研究所研修科1年(57期生)。