“演劇界の東大”とも言われる文学座附属演劇研究所では、本科で1年基礎を学んだのち、選ばれたメンバーのみが研修科に進級し、2年修業する。本特集では、研究生でありながら、文学座9月アトリエの会「かのような私‐或いは斎藤平の一生-」のキャストに抜擢された研修科1年(57期生)の川合耀祐、田村真央、そして演出を手がける高橋正徳に、これまでの文学座とこれからの文学座について話を聞いた。また特集の後半には「かのような私」の稽古場レポートも掲載している。
取材・文 / 興野汐里 撮影 / 宮川舞子
演劇が盛んな街で育った2人
──まず川合さん、田村さんのお二方に文学座附属演劇研究所に入所したきっかけについてお伺いできればと思います。
川合耀祐 地元の岐阜にある可児市文化創造センター(通称ala)が行っている市民参加プロジェクトに出演したのが演劇との出会いでしたね。高校生の頃、高橋さんが演出した「MY TOWN 可児の物語」(編集注:構成をままごとの柴幸男が手がけ、2014年に上演された作品)に参加して、そのときに初めて文学座という名前を知りました。上京してから1年間、舞台の現場でお手伝いをしていたんですが、お手伝いって居場所がないな……と思っていて。そんなときに「そうだ、文学座を受けてみよう!」と思い立って受験したんです。そうしたら受かってしまって(笑)。
──可児市で育ったことが大きな契機になったんですね。
川合 東京に来て改めて、alaがいかにすごい場所だったかということを実感しました。特に文学座とは交流が深い劇場なので、可児市に生まれてよかったなと思いましたね。
──田村さんはどういった経緯で研究所を受験しようと思ったのでしょうか?
田村真央 私は長野県出身で、まつもと市民芸術館の串田和美さんや加藤直さんのワークショップに通っていた時期があったんです。高校3年生のとき、劇場のチラシコーナーで研究所の募集を見かけて、「あー、受けてみようかな」と直感的に思って。突然のことだったので、両親にも「急にどうしたの? 大学受験はどうするの?」と言われたんですが、「1次試験くらい行かせてよ」とお願いしました。1次試験の試験官が高橋さんだったんですけど、すごく怖かったのを覚えてます(笑)。「絶対落ちたなあ」と思いながら帰りの特急の切符を取って合格発表を見に行ったら、2次試験に進むことになっていて驚きました。でも2次試験の日程がセンター試験の3日前だったので、一旦実家に帰って両親に相談したら、「そこまでいったなら受けてきなよ」と言ってもらって。それで、今ここにいる感じです。
──お二人とも入所前に高橋さんとお会いしたことがあったんですね。
高橋正徳 「MY TOWN 可児の物語」のときは、まさか川合くんがこうやって東京に出て来ると思わなかったし、研究所で再会するとも思ってなかった。田村さんも今大学に籍を置きながらWスクールしてるもんね。すごいよね。
──今回、「かのような私」に川合さんと田村さんのお二方をキャスティングした決め手は何だったのでしょう?
高橋 若い俳優が必要だったので元々研修生から選ぼうと思っていたんですが、その中でもピュアでフレッシュな2人を選びました。
──川合さんと田村さんは、実際にアトリエの会の稽古に参加してみて、文学座の座員の皆さんとのクリエーションと、研究所内での作品制作とはどんな違いがあると感じましたか?
田村 違いしかないですね。
高橋・川合 ははは(笑)。
田村 研修生がいかに自立していないかというのがよくわかりました。みんなそれなりに一生懸命やっているとは思うんですが、自分で処理しなければいけないことがもっとあって、プロの皆さんは何も言わずして自分で全部こなしているんだなって。
川合 研修生はみんな歳が近いこともあって和やかな雰囲気なんですが、「かのような私」の現場はものすごい緊張感で。大変ではありますが、(出演者に)選ばれてよかったな、いい経験をさせていただいているなと思っています。
田村 本科から研修科に上がる段階で人数が絞られるから、研修科に残れたことで安心してしまってる人がいるのも事実なんですよね。芝居を長く続けていくにあたってどんなことが大事なのか、今回のアトリエの会で先輩方から学べたらいいなと思います。
──高橋さんから見て、「かのような私」の座組でのお二人はどのように映っていらっしゃいますか?
高橋 読み合わせの段階では「お、自由にやれているな」という印象でした。ただ立ち稽古に入った途端、右に行ったらいいのか、左に行ったらいいのかわからない、ロボットみたいな感じになっちゃいましたね(笑)。でもそれは誰もが通ってきた道だし、苦労して乗り越えたときに俳優としてどう成長していくかが楽しみというか。2人には、このアトリエの会で得たものを研修科に持って帰ってもらえたらいいなって思います。
文学座の共通認識を壊す、“黒船”のような存在(高橋)
──高橋さんは、ご自身より年齢が上の方々とご一緒される機会も多いですが、若手の俳優さんと一緒に仕事をするうえで、面白いなと感じるのはどういったところでしょうか。
高橋 ここ5、10年で後輩たちの発表会の演出を担当させてもらうようになって、「こいつら、本当に何も考えてないなあ(笑)」と感じることもありますが、きっと僕らの世代も先輩たちから同じように見えていたんだろうなって思うんです。上の世代から学び、下の世代にどんどん伝えていかないと、80年以上にわたって脈々と培ってきた文学座の歴史があっという間に根絶やしになってしまうと思うので、そこは大事にしていきたいですね。それに若い人たちとの出会いは楽しいし、何より彼らはいつだって一生懸命。表現者としてプロになるために苦労してほしい。若いうちはどんどん苦労しろ!って思ってます。
──以前、「文学座80周年シンポジウム」(16年)の際にも、「文学座の今と未来」というテーマで鵜山仁さん、瀬戸口郁さん、上村聡史さんとお話されていましたね。
高橋 文学座はこれまで、常に新しい言葉に出会ってきたし、これからもどんどん外部から人を呼んできて風通しをよくしていくべきだと思うんです。そういった意味では、文学座の中で築いてきた共通認識を壊す “黒船”のような人を呼んでみるのも面白いんじゃないかと。文学座の俳優たちも海外の演出家や蜷川(幸雄)さん、若い世代の劇団の公演などに出て、個々の経験を持って帰ってきてはいるんだけれども、文学座自体に直接的なアタックがあったときにどうなるのかということに特に興味があります。
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戦後日本の歴史と文学座の演技史を振り返る(高橋)
- 文学座9月アトリエの会
「かのような私‐或いは斎藤平の一生-」 - 2018年9月7日(金)~21日(金)
東京都 文学座アトリエ
- スタッフ / キャスト
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作:古川健
演出:高橋正徳
出演:関輝雄、大滝寛、川辺邦弘、亀田佳明、萩原亮介、池田倫太朗、江頭一馬、川合耀祐、塩田朋子、梅村綾子、大野香織、田村真央
- 文学座附属演劇研究所
- 1961年、文学座創立25周年の記念事業の1つとしてスタートした文学座附属演劇研究所。授業では文学座座員たちによる演技実習をはじめ、各専門家を招いての音楽、体操、ダンス、アクション、能楽、作法のレッスンや、演劇史を学ぶ座学もあり、広く舞台で活動していくための基礎教養を学ぶことができる。
- 2019年第59期本科入所試験
第1次試験:2019年1月6日(日)
第2次試験:2019年1月8日(火)・9日(水)
入所案内・願書請求:2018年10月9日(火)~12月20日(木)
願書受付:2018年12月15日(土)~22日(土)必着
- 高橋正徳(タカハシマサノリ)
- 1978年東京都出身。東京学芸大学教育学部中退。2000年、文学座附属演劇研究所に第40期生として入所し、05年に座員に昇格。文学座アトリエの会「TERRA NOVA テラ ノヴァ」(04年)で文学座初演出を手掛ける。以降、川村毅、鐘下辰男、佃典彦、東憲司、青木豪など多くの現代作家の新作を演出する傍ら、文学座附属演劇研究所の発表会の演出も多く務める。11年には文化庁新進芸術家海外研修制度により1年間イタリア・ローマに留学した。
- 川合耀祐(カワイヨウスケ)
- 1997年岐阜県出身。文学座附属演劇研究所研修科1年(57期生)。
- 田村真央(タムラマオ)
- 1998年長野県出身。文学座附属演劇研究所研修科1年(57期生)。