藤田貴大が東京芸術劇場 プレイハウスで3本目の演出に挑む。上演するのは自身の新作「BOAT」。2015年初演の「カタチノチガウ」、17年初演の「sheep sleep sharp」の完結編と言われる本作で藤田が描くのは、ある土地に暮らす人、漂着する人、去る人の過去、現在、未来を巡る物語だ。6月下旬に稽古場を訪れると、黙々とフォーメーションの稽古に励むキャストの姿があった。藤田作品に初出演の宮沢氷魚と中嶋朋子、藤田演出「ロミオとジュリエット」にも出演した豊田エリー、そして藤田作品に不可欠な青柳いづみ。彼らは藤田とどのようなやり取りを繰り広げているのか。そしてまた稽古を通して何をつかみ始めているのか。稽古後の5人に集まってもらい、話を聞いた。
取材・文 / 熊井玲 撮影 / 宮川舞子
関係性の可能性を感じる
──稽古開始から3週間経ちますが、どんなカンパニーになりつつありますか?
藤田貴大 今回は、キャスト全員が決まったときから頭の中で組み上がっている各々のイメージがぶれなくて、幸福な現場だなと思ってます。ただかなり探り探りやっているのと、ボートそのものの扱いに苦戦させられてはいるんだけど(笑)、でもみんなの声のニュアンスとか歩いている姿には全然イメージのぶれがないので、このままやっていけば独特なものになるんじゃないかな。僕の作品を観慣れている人にとっても、これまでのどの作品にも似てないものになるんじゃないかなと思いますね。
──稽古初めではカードゲームを、今日はフォーメーションの稽古をされていました。キャストの皆さんは稽古の中でどのようなことを感じていらっしゃいますか?
宮沢氷魚 パネルを使って部屋を作ったり、道具を持って動いたり動きがたくさんあって、その1つひとつがセリフに代わり得るんじゃないか、という話をみんなとしています。セリフが先に出るんじゃなくて動きで語っていくと言うか。僕は今回初舞台なんですけれど、舞台ってセリフ量が多くて、ずっと誰かがしゃべっているというイメージだったんですが、今回は言葉がなくても観てる人にちゃんとストーリーや思いが伝わればいいなと思いますね。
中嶋朋子 動きを先行してやっていることで、関係性が思わぬところからやって来る感じがしていて、いろんな関係性の可能性に触れ続けている毎日ですね。「この人と何があるんだろう?」って思わず考えちゃうと言うか、それがすごく新鮮で。足されたものをどんどん引いていくことでぐーっと物語の芯にフォーカスされたり、削り取られることで形が見えてくる、みたいな経験が今日もありました。
豊田エリー 完全に同意です(笑)。フォーメーションの稽古では自分で自分の立ち位置を決めるんですけど、自分の勝手な思いかもしれませんが、誰かを追っているような気持ちになったり、誰かと近づいたり離れたりすることで関係性や意味が見えてくるみたいで面白いなって。
青柳いづみ 「ロミジュリ」のときも道具の動かし方から稽古が始まって、役者も道具と同じように配置を変えて動いていくということをやっていたので、稽古のやり方自体はいつもとそんなに変わらないかなと思います。ただ今までと違うなって思うのは、新作を作るときってまずこういうことをしたい、ということがあったうえで物語が始まる気がするんですけど今回はそういうことじゃなくて、“今のこの世界に対してどういうことができるのか”の最善を探すために動いている感じ。だから物語はあるんですけど物語が一番ではなくて、まずこの現実がありきという感じがする。だから台本が遅い。
藤田 だから遅いですね(笑)。
初舞台が藤田さんの作品でよかった
宮沢 僕は今24歳なんですけど、僕の年代であまり舞台を観てる人って周りにいなくて。でも僕は、先輩や友達の舞台を観に行くと毎回「舞台っていいな」と思っていたんですね。なので早く僕も舞台に立ちたいって願望があって、そのピークの頃に今回のオファーをいただいて「やりたいです!」と。それで周囲の人に「藤田さんの舞台に出るんだ」って話すとみんな驚いていて「初舞台で藤田さんの作品に出るの? ヤバいね」って。あ、いい意味でですよ(笑)。「稽古も普通とは違うみたいだし、かなり大変だと思うけどがんばってね」って言われて、僕は「そんな変なことないでしょ? 台本もちゃんとあるわけだし」って思ってたら……。
一同 あはははは!(笑)
宮沢 でも僕は舞台の経験がないから、舞台はこういうものってことがわからないし、初舞台でちょっと変わった新しい作り方を経験できるのは光栄なことだなって。何よりとにかく毎日稽古が楽しくて、舞台ってこんなに楽しく作ってるのかと思って。初舞台が藤田さんの作品でよかったなと思います。
──豊田さんも藤田さん演出の「ロミオとジュリエット」が初舞台でした。
豊田 最高でした(笑)。藤田さんの作品は自分を役に当てはめていくと言うよりも、自分という存在を役に作り上げていくという感じがするので、セリフを発しても自分の言葉のようになるんですよね……って本人を前に言うのは、ちょっと恥ずかしいですが(笑)。
一同 あはははは!(笑)
中嶋 私は何作か藤田さんの作品を拝見して、すごく好きだなって感じて。藤田さんはどういう頭の中をしてるのかな?って思ったのと、どうやってこれが生み出されるのかなって稽古に興味がありました。実際に稽古に参加してみると、やっぱり特殊ですよね。今回は特に新しいことをやっていると聞いていますが、そもそも尋常な作り方ではないから(笑)、とても面白い。
──皆さんが現段階で感じていらっしゃる、作品をつかむキーワードはありますか?
豊田 この場にいない存在、みたいなことを感じています。過去に亡くなった人とか、飛来してくる何かとか。
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舞台に“風景”を描く
- 「BOAT」
- 2018年7月16日(月・祝)~26日(木)
東京都 東京芸術劇場 プレイハウス
作・演出:藤田貴大
出演:宮沢氷魚、青柳いづみ、豊田エリー、川崎ゆり子、佐々木美奈、長谷川洋子、石井亮介、尾野島慎太朗、辻本達也、中島広隆、波佐谷聡、船津健太、山本直寛、中嶋朋子
- 藤田貴大(フジタタカヒロ)
- マームとジプシー主宰、演劇作家。1985年北海道伊達市生まれ。桜美林大学にて演劇を専攻し、2007年にマームとジプシーを旗揚げ。以降、全作品の作・演出を担当。11年6月から8月にかけて上演された3連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。13年に今日マチ子原作の「cocoon」を舞台化、16年に第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞する。オリジナル戯曲のほかに、14年には野田秀樹の「小指の思い出」、15年には寺山修司作「書を捨てよ町へ出よう」、16年には「ロミオとジュリエット」の演出を担当。さらに16年より音楽家・大友良英と福島の中高生と共にミュージカル「タイムライン」を発表しているほか、詩集やエッセイ集なども手がける。18年10月には「書を捨てよ町へ出よう」の再演が控える。
- 宮沢氷魚(ミヤザワヒオ)
- 1994年生まれ。MEN’S NON-NO専属モデルとして活躍中。語学も堪能で、日本語と英語のバイリンガル。2017年にTBS「コウノドリ」で俳優デビュー。続けて日本テレビ「トドメの接吻」にもレギュラー出演し、ドラマ3作目のNHK 神奈川地域発「R134/湘南の約束」にて初主演を務めた。藤田貴大演出「BOAT」で初舞台。11月から12月にかけて「2018 PARCO PRODUCE“三島×MISHIMA”『豊饒の海』」への出演が控える。
- 青柳いづみ(アオヤギイヅミ)
- 女優。2007年マームとジプシーに参加、08年「三月の5日間」ザルツブルグ公演よりチェルフィッチュに参加。以降両劇団を平行し国内外で活動。近年は演出家・飴屋法水や彫刻家・金氏徹平との活動、音楽家・青葉市子とのユニット、また文筆活動も行う。18 年に川上未映子×マームとジプシー「みえるわ」で小説家・詩人の川上未映子の詩を全10都市11会場で発表した。 18年10月に藤田貴大演出「書を捨てよ町へ出よう」再演への出演が控える。
- 豊田エリー(トヨタエリー)
- 1989年生まれ。2002年デビュー後、テレビ・映像を中心に活躍。ドラマ「玉川区役所 OF THE DEAD」「貴族探偵」、映画「ぼくたちと駐在さんの700日 戦争」等に出演。また「kodomoe」(白泉社)創刊号より表紙モデルも務めている。16年に藤田貴大演出「ロミオとジュリエット」で初舞台を踏んだ。
- 中嶋朋子(ナカジマトモコ)
- 東京都生まれ。テレビドラマ「北の国から」で22年間にわたり螢役を務める。以後、映画・舞台と活躍の場を広げ、第44回紀伊國屋演劇賞個人賞、第17回読売演劇大賞優秀女優賞ほか受賞暦多数。ナレーション、朗読、執筆活動など幅広く活動。TBSラジオ「文学の扉」でパーソナリティを務める。