中島諒人×齊藤頼陽×後藤詩織が語る「鳥の演劇祭17」 鳥の劇場が世界とつながる17日間&メッセージ入り演目ラインナップ

鳥取駅から山陰本線で30分、JR浜村駅から車で15分。緑が深い長閑な集落の一角に、鳥の劇場はある。廃校になった小学校と幼稚園をリノベーションし、2006年に活動をスタートした鳥の劇場は、2008年から毎年9月に「鳥の演劇祭」を開催している。日本に住んでいても、誰もが訪れるわけではないこの場所に、国内外のアーティストたちが続々とやって来ている……とは、改めて考えるとすごいことだ。

ステージナタリーでは、鳥の劇場の芸術監督・中島諒人に、「鳥の演劇祭17」についてインタビュー。最後は鳥の劇場の副芸術監督で俳優の齊藤頼陽、俳優の後藤詩織も加わって、2024年の「鳥の演劇祭」の見どころや、再来年に迫った鳥の劇場20周年に向けた思いを語った。また特集後半では「鳥の演劇祭17」の各プログラムを、一部アーティストのコメントも織り交ぜながら紹介する。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 中島伸二

中島諒人×齊藤頼陽×後藤詩織 インタビュー

いろいろであることを再確認できる演劇祭に

──今回で17回目となる「鳥の演劇祭」。まずは今年の演劇祭への思いを教えてください。

中島諒人 気付いたら17回目になっていた……というのが正直な感覚です(笑)。まったくの手探り、手作りで2008年にスタートして以来、地域の方、行政の方、国内外の演劇人、文化政策関係者、いろいろな人が応援してくださり、コロナの間も途切れることなく継続し、こうして今年も5つの国からも作品を招いて開催できるのがうれしいです。

──今回のテーマは「いろいろである いろいろであれ」。とても大きなテーマですね。

中島 テーマは毎年設定しています。都市部だと演劇祭って演劇ファンが集まる場所というイメージですが、私たちの地域は“いわゆる演劇ファン”だけだと必ずしも広がりが持てません。演劇って、世の中のいろいろなことを写す鏡であり、世の中の先を照らす灯台のようなものでもあると思っていて、社会的課題と演劇祭をリンクしたくて、毎年テーマを決めています。

今年は読んで字の如く、「人間は一人ひとり違っていて、その違いが大事にされる社会でありたい」ということがテーマです。実際の日本社会を見てみると“こうでなきゃいけない”という抑圧がまだまだ強い。「鳥の演劇祭」を通じて、いろいろな国や場所からいろいろな人が来てくれることで、「いろいろでいいんだ、自分の選択や感覚を信じていいんだ」ということを、みなさんに改めて確認してもらう機会にしたいと考えました。

中島諒人

中島諒人

──「鳥の演劇祭」は演劇祭でありながら、文化祭のような広がりを持っているところが特徴です。鳥の劇場が「鳥の演劇祭」に対して大事に考えていることはどんなことですか?

中島 まさに今おっしゃった通り、文化祭的というか(笑)。鳥の劇場では普段からいろいろな上演を行なっていますし、学校や地域に出て行って小さい上演をしたり、お芝居作りのサポートをしたりと、多彩な活動をやっています。「鳥の演劇祭」を、その“いろいろさ”を披露する機会にしたいという側面があります。

我々が目指しているのは、演劇を通じてプロの俳優たちの輝きを観てもらうというだけでなく、一般の方たちが演劇を通じて輝く姿を観てもらいたいというのもあるんです。今回、19人の一般参加の方と作る「鹿野タイムスリップツアー『チドリの夢 デラックス』」は後者の代表格です。

──“一般の方たちが演劇を通じて輝く姿を”、という中島さんの演劇観は、中島さんが演劇活動を始められた当初からお持ちだったものですか? それとも鳥取で演劇活動を始めてから感じるようになったことですか?

中島 鳥取に来てからですね。シアターゴアーのような人たちが多くはない鳥取で、「なぜここで演劇をやるのか?」を考えたとき、演劇の価値を知ってもらうために学校へ行ってワークショップをやったり、市民の人たちと一緒に芝居を作ってみたりということを始めました。その過程で、演劇を通じてでないと自分の中の輝きをうまく表現できない人たちに出会って、その光をうまく引き出すことが自分たちの仕事であり喜びだと感じるようになったんです。人間の輝きって言うと、はつらつとした陽の輝きがイメージしやすいですが、怒ったときや憎しみを感じたときに現れる輝きもあって、そんな多様な光を一般の生活者の中にも発見し、周囲とも共有していくことが演劇の重要な力であり役割だと、感じるようになりました。

それともう1つ、“光”に関連してですが、鳥取に来てから強く感じたことは、観光と演劇のリンクです。ここで演劇祭をやるからには、ここにしかないものを打ち出していく必要があります。結局何がその土地の魅力かというと、物より人だと感じました。人の光を観るのが“観光”ならば、演劇は最高の“観光”じゃないか、と気付いたんです。そういう意味で、人の光を観てもらうための企画を、この演劇祭の中にもたくさん用意しています。

鳥の劇場がある鹿野町には、戦国時代に亀井茲矩が城主を務めた鹿野城があった。写真は城跡公園からとらえた鳥の劇場。

鳥の劇場がある鹿野町には、戦国時代に亀井茲矩が城主を務めた鹿野城があった。写真は城跡公園からとらえた鳥の劇場。

屋根の趣ある住居や商店が立ち並ぶ、鳥の劇場がある鹿野町。

屋根の趣ある住居や商店が立ち並ぶ、鳥の劇場がある鹿野町。

鳥の劇場の周辺に広がる野原。

鳥の劇場の周辺に広がる野原。

4つの“いろいろ”で語る「鳥の演劇祭17」

──今回は16作品が“上演”の枠にラインナップされました。「いろいろである いろいろであれ」というテーマにちなみ、4つの“いろいろ”でプログラムをご紹介いただこうと思いますが、まずは“国のいろいろ”の視点で、海外カンパニーをご紹介ください。

中島 ヨーロッパのサーカス作品は、毎年入れるようにしています。「演劇は敷居が高い」とおっしゃる人がやっぱりまだ多くあって、少しでも入りやすくしたいと思っているんです。今回はブラジル出身のディアーナ・サレスさんがアクロバティックで詩的な作品「私の中の男を殺す」を披露してくれます。トランスジェンダー女性であるディアーナさんの自伝的作品で、“私が私らしく生きることに対する抑圧とどう向き合うか”が描かれます。LGBTQ問題と捉えると少し難しく聞こえるかもしれません。けれど自分らしく生きるための自分や周囲との葛藤と考えるととても普遍的な作品と言えます。

ディアーナ・サレス「私の中の男を殺す」より。©Bernadette Fink Atoll Festival

ディアーナ・サレス「私の中の男を殺す」より。©Bernadette Fink Atoll Festival

中島 人形劇も以前からよく呼んでいます。完結した美しい世界の中で詩的な想像力が膨らむのが人形劇のいいところです。今回は、以前来てもらった、フィンランドの非常に優れた人形劇アーティストの紹介で、アンナ・ネクラソワさんの「シーラ・サーカスへ行く」という作品が上演されます。ダンゴムシの冒険のお話で、小さい子供も楽しめるものです。新しいことに挑戦するドキドキや不安や達成できた感動は、大人になってもあるものです。子供と大人が同じものを観て楽しむというのは、本当にいい時間ですし、小さい劇場で人形の細部や小さい動きまで含めて味わっていただけますから、観た人みんなが優しい柔らかな気持ちになってもらえると思います。

テーダス・テアットリ「シーラ、サーカスへ行く」より。©Jussi Virkkumaa

テーダス・テアットリ「シーラ、サーカスへ行く」より。©Jussi Virkkumaa

中島 スコットランドのトム・ポウ&ガロウェイ・アグリーメントには、「村と道」を昨年に続き上演してもらいます。日本だけでなくヨーロッパにおいても深刻な、都市への人口一極集中や過疎の問題を取り扱った作品です。詩人のトム・ポウさんは、スコットランドだけでなく、ロシアやスペイン、イタリアなどいろいろな国に出向き、過疎により消えていく村で地域の人々から話を聞いて詩を作っているのですが、その詩を縦糸とし、ガロウェイ・アグリーメントによる生演奏が横糸となって上演ができています。昨年の上演は、大変美しく力強く、古い村が消えていく切なさがあふれて非常に好評でした。今年の上演は、鳥取特別版です。実は昨年、トムさんは滞在の間に鳥取の過疎の村も回って、ヨーロッパでしたのと同じ取材をし、詩をいくつも作りました。今年の上演はその鳥取で作った詩を織り交ぜたものになります。この舞台作品を通底する美しさっていうのはつまり、伝統的な生活、地域の風土や自然に根ざした生活の美しさだと思うんです。今の時代だからこそ、私たちはそういった生活の美しさを大事にしていかなきゃいけないんじゃないかという、とても大事なテーマを「村と道」からはもらった気がしますし、演劇が過疎という非常に重要な社会的課題に触れられるということは、演劇祭と社会の関係の新しい切り口だとも思います。

トム・ポウ&ガロウェイ・アグリーメント「村と道 2024」より。

トム・ポウ&ガロウェイ・アグリーメント「村と道 2024」より。

中島 「鳥の演劇祭」では、これまで築いてきた舞台芸術家とのつながりも大切にしています。韓国のムッダを主宰するべ・ヨソプさん、フランスのディディエ・ガラスさんはこれまでも何度か鳥の劇場に来てくれたことがあるアーティストで、久しぶりに作品を招聘します。ムッダの「涙の箱」はブッカー賞を受賞した、非常に優れた韓国の作家ハン・ガンの作品で、子供が主役です。悲しみを巡る普遍的な美しい抒情性にあふれた劇世界になっており、非常に楽しみです。ディディエさんは日本の古典芸能への造詣も深く、優れた演出家であり俳優です。今回は、フランスでも非常に評価の高かった彼の代表作「アフメドは語る」を、音楽家の野村誠さんとのコラボレーションで再創作したものになります。野村さんの即興性にあふれたユニークな音楽とディディエさんの絡みがすごく楽しみです。

ムッダ / バウンドレスリー・ソヨ「涙の箱」より。©Choi Yong seok

ムッダ / バウンドレスリー・ソヨ「涙の箱」より。©Choi Yong seok

劇研×ディディエ・ガラス「アフメドは語る 音にのせて」より。©Christophe Raynaud de Lage

劇研×ディディエ・ガラス「アフメドは語る 音にのせて」より。©Christophe Raynaud de Lage

作品形態や空間の“いろいろ”

──“作品形態のいろいろ”も気になります。スタンダップコメディから紙芝居、周遊型演劇、コンサートと幅がありますね。

中島 日常の風景の中にいろいろな形で演劇が入っていくのが、この演劇祭の魅力です。地域の自然や町並みの魅力と演劇の掛け算を「ここだけ」の体験に高めたいという試行錯誤の中での積み上げてきた上演の仕方があり、今年初めてやってみる挑戦もあります。

「鹿野タイムスリップツアー『チドリの夢 デラックス』」は劇場前グラウンドを含めて七か所を周りながら、町の歴史や風景とともに芝居を楽しんでもらう作品です。今年は町内で美容院を経営された女性の一代記です。公募の参加者も含めて出演者の多いデラックス版で、気軽に観られる楽しい作品ですが、意外と感動の深みにハマるんじゃないかと思います。

鹿野タイムスリップツアー「チドリの夢 デラックス」より。

鹿野タイムスリップツアー「チドリの夢 デラックス」より。

中島 端田新菜さんの紙芝居は、演劇祭と城下町をつなぐものとして活躍してもらいたいと思っています。演劇祭3週目の劇場周辺は「週末だけのまちのみせ」というフリーマーケットのような企画でにぎわっています。今年は、端田さんのオリジナル紙芝居も登場するらしいので、期待しています。

スタンダップコメディは、演劇祭初登場です。清水宏さんは、ご存知の方も多いと思いますが、熱量の塊のような人です。「こういう熱烈な人の舞台をお客さんに観てもらうのは面白いんじゃないか、鳥取のお客さんは、どんな反応をしてくれるだろうか」と思って、今回出演していただくことになりました。

「村と道 2024」に出演のバンド、ガロウェイ・アグリーメントは本当に美しい音楽を聴かせてくれます。「蛍の光」はスコットランド民謡として日本でも有名ですが、日本人の感性というか情緒とスコットランドの人のそれには、何か響き合うものがあるのかもしれません。ニッケルハープという古楽器も登場します。マイクは使わず生音だけで、心にすっとしみて来る響きです。

中島諒人

中島諒人

──会場も、メインは鳥の劇場ですが、それ以外にも数カ所ありますね。“空間のいろいろ”についてもお伺いしたいです。

中島 今回は主に3箇所の会場を使って上演をします。劇場から徒歩3分くらいのところにある鹿野往来交流館では、11m四方程度の正方形の空間を、客席数80の劇場として仮設します。天井の高い凝縮力のある空間で、集中して作品に向き合える場所です。

議場劇場は、もともと独立の自治体だった鹿野町の議場だった場所です。鳥取市と合併して議場としては使われなくなり、現在は我々が時々お借りしています。ここも東京の小劇場くらいの広さは十分にあり、三島由紀夫の「卒塔婆小町」「弱法師」を楽しんでいただくには、まさにぴったりの濃い空間です。かつて議場として鹿野町のあり方を議論していた場所で、三島の対話劇が行われるのは、場所の再利用としてとても意義深いと、勝手に思っています。

メインの鳥の劇場ですが、キャパシティは200人。もともと小学校の体育館だったので天井が非常に高く、舞台の規模感としては中ホールくらいの広さがあります。ひな壇の客席で最高10列まで。ここも、とにかく客席との距離が近いので、俳優のエネルギーを間近に感じてもらうことができますし、吊り物などもいかようにも可能です。演劇を楽しんでいただくには最高の空間になっています。