大橋真理が“自分を作らない”で踊る「ボレロ」への思い…「モーリス・ベジャール・バレエ団2024年日本公演」

1959年初演の「春の祭典」で世界的な評価を得て、その後も次々とバレエシーンに革新をもたらす作品を発表し続けたフランスの振付家モーリス・ベジャール。彼が立ち上げ、2007年のベジャール没後はベジャールの片腕としてカンパニーを支えていたジル・ロマン、ジュリアン・ファヴローによって引き継がれてきたモーリス・ベジャール・バレエ団(ベジャール・バレエ・ローザンヌ)が、3年ぶり19回目となる来日公演「モーリス・ベジャール・バレエ団2024年日本公演」を行う。

今回は、ロックバンド・クイーンの楽曲を用いたヒット作「バレエ・フォー・ライフ」やモーリス・ラヴェルの楽曲で展開する名作「ボレロ」をはじめとするベジャール作品、コロナ禍での踊る喜びを表現したロマン振付の「だから踊ろう…!」など、全5作がA・Bのプログラムで展開される。

ステージナタリーでは、2013年にモーリス・ベジャール・バレエ団に入団し、2023年に「ボレロ」メロディ役に初挑戦した大橋真理にインタビュー。大橋は、赤い円卓上のダンサーの踊りが、周囲のダンサーへと伝搬し、楽曲の加速度的な高揚・極致と共にその群舞が終結する名作「ボレロ」を、今回の来日公演でも披露する。モーリス・ベジャール・バレエ団での歩みや来日公演に向けての思いを聞いた。

取材・文 / 乗越たかお撮影 / 秋倉康介

これを踊りたい!ベジャール作品との運命的な出会い

──プロフィールを拝見すると、「4歳から神戸でバレエを始め、2010年から1年間、ジョン・クランコ・バレエ学校で学ぶ。一時帰国後、2012年にルードラに入学」とあります。“一時帰国”の理由を伺えますか。

ジョン・クランコ・バレエ学校のクラスが始まって2週間ほど経ったとき、足に大きなけがをしてしまい手術のため帰国しました。でもまだ若かったので悲観することもなく「怪我を治したら、またバリバリ踊ろう」としか考えていませんでしたね。また、「自分の居場所はヨーロッパだ」と思っていたので、完治後、もう一度ヨーロッパのさまざまなバレエを見て回りました。そんなときちょうどBBL(ベジャール・バレエ・ローザンヌ)でベジャール版「春の祭典」のリハーサルを観て衝撃を受けました。「これを踊りたい!」と思い、BBLに入る方法を考えてルードラに入学しました。15・16歳のときのことです。

──ベジャールの「春の祭典」は、かなり大人っぽい作品だと思いますが……。

私はそれまでずっとクラシックバレエをやっていたので、とにかく見たことのない動きと音楽に強烈な印象を受けたんですよ。もちろんベジャール作品はクラシックの要素ありきなんですが、私が知っていたバレエとはまったく異なる身体言語が新鮮で面白かったんです。

大橋真理

大橋真理

──当時はほかにもさまざまなコンテンポラリーのカンパニーがあったと思いますが、それらはハマらなかった?

それなりに見て回りましたがしっくり来るものはありませんでした。それくらいBBLに強く惹かれました。運命的な出会いだったと思います。けがをしたときはつらかったですが、今考えるとそれもBBLに行くための必然だったのかもしれないと思えるほどです。

──実際に入団してみて、カンパニーの印象はどうでしたか?

当時はジル・ロマンがまだバリバリの現役で踊りながら芸術監督をやっていた時期で、すごい存在感でした。彼が見るリハーサルはダンサーたちの緊張感が一気に高まって息もできないほど。私もそうしたプロフェッショナルな環境に必死についていくだけで精一杯な状態が続きました。カンパニーにはアジア系の男性が2名、女性は私だけで、少しずつ自分にも居場所ができたと手応えを感じられたのは3年目あたりでしたね。

──カンパニー内に自分の居場所を感じられるようになったきっかけはなんですか?

2018年に「バクチIII」(編集注:破壊・再生・舞踊を司るヒンドゥ教の神シヴァとその妻シャクティによる踊り)を踊ったときです。その舞台での経験が、自分のカラーを証明する契機になったと思っています。多分ジルも、私に役を振った当初はそこまで期待してなかったと思うんですよ。でも初日を終えたとき、自分で「うん、私、踊れる!」と手応えを感じたんです。そこからどんどん役もいただけるようになって、自分が持っているカラーを彼に証明できた、個性を見てもらえたのかなと思っています。

大橋真理

大橋真理

──大橋さんのダンサーとしてのカラーや強みを、ご自身ではどう分析していらっしゃいますか。

もともと私は、けっこうゆっくりおっとりした踊りをやってたんですよね。それが持ち味だと思っていた。でもエネルギーとパッションの作品である「バクチIII」を踊ったことで、私には真逆の魅力もあることに気付かされました。気合いでがんばれるタイプだったようです。

──普通は、若い頃にがむしゃらなパワーとパッションで乗り切り、年を重ねて落ち着いていく人が多いと思いますが、大橋さんは逆だったんですね。

そうですね。母が若い頃バスケットボール選手だった影響かもしれません。私、子供の頃は運動神経が悪くて母からよく怒られていたんですが、縄跳びやランニングなどの基礎体力はしっかりたたき込まれました。おかげでしんどいときほどがんばれるメンタルが身に付きました。バレエでも私はほかの子に比べて身体が硬かったのですが、必死に克服しましたしね。母は私がこんなにバレエにのめり込むとは思っていなかったようですけど。

──海外で活動するアジア人ダンサーは、ときに骨格や体力的に厳しいと感じる状況もあるようですが、大橋さんはくじけないメンタルをお持ちだったんですね。

もちろんバレエは競争するものではないですが、常に一番を目指すことが日々のモチベーションにはなりますね。先輩ダンサーが素晴らしい人たちばかりなので「自分もあそこに行くんだ」という目標を持ち続けてがんばることができました。

BBL初のアジア人の「ボレロ」ダンサーに

──BBLではアジア人ダンサーが「ボレロ」のメロディを踊るのは、男性も含め大橋さんが初めてだそうですね。これは自分からアピールするのですか、それとも向こうからオファーが来るのですか?

私の場合は向こうから来ました。踊りたいと思っているダンサーはたくさんいますが、こればかりはタイミングや運も大きな要素だと思います。もちろん私もいつかは踊りたいと思っていた……と言いたいところですが、正直、自分がまさかあのテーブルに立って踊る日が来るとは想像もしていませんでした。というのも私がBBLに入った頃から10年間ぐらいは、ジュリアン・ファヴローとエリザベット・ロス(編集注:1997年に移籍してきたスペイン生まれのバレエダンサーで、さまざまなベジャール作品の初演を踊った)が交代で「ボレロ」のメロディを踊っているのを観続けてきましたから。「ボレロ」は彼らが踊るもの、と思っていたので、私が踊るよう言われたときは実感が湧かず、驚きと感動で頭が真っ白になりました。

──しかもベジャール版「ボレロ」は歴史的な名作で、先人たちが数々の名公演を作り上げてきてしまっています。そこに自分が加わるとなると、うれしさだけではなく、プレッシャーもすごかったのではないですか。

初めに「ボレロ」を踊ったときの闘いは、まさにそれでしたね。自分に集中しようと思っても、ほかの人と比べられる。何より観客の期待度が高いですから。それに私自身、長年観続けてきた作品だからこそ、自分の中に彼らのイメージが強く残って払拭できなかった。最初は無意識のうちに先輩ダンサーたちのイメージに近付こうとしていました。しかしあるときジルに「彼らは彼らの仕事をやってきた。君は君しかできない仕事をやらなければ『ボレロ』を踊る意味がないよ」と言われ、そうなんだなと感じました。どんなに近付こうと思っても身体も違えば国籍も違うしジェンダーも違います。私は自分の強みを探して、それを生かす「ボレロ」をやっていかなければならないとハッとさせられました。

──とはいえ、そう簡単に“自分にしかできない「ボレロ」”が見つかるものでもないのでは。

本当にそうで、狙ってしまうと全然駄目なんですよ。最初の約3分間をたった独りで踊るとき、自分はこのままでいいのだろうかと不安と葛藤で心が折れそうになります。だから「どれだけ自分を保てるか」が重要なんですが、それには自分が十分に強くなければいけない。「ボレロ」を踊れば踊るほど、人間的にもダンサーとしても日々の鍛錬が重要だと思い知らされます。

──「ボレロ」は、最初の“メロディ”のソロに続いて、“リズム”のダンサーたちがテーブルの周りに集まって一緒に踊り始めます。この“メロディとリズムとの関係”をどう作るかで、「ボレロ」はまったく違う様相を見せる作品ですね。

本当にそこは人によって全然違います。ただ私は、自分が“リズム”を呼び込むのか、“リズム”が自分を踊らせるのか、前もって作りこまないようにしています。その瞬間瞬間が大切なので、とりあえず一番大事にしているのは“目”ですね。彼らを見て、アイコンタクトでコミュニケーションを取ることを大事にしています。もちろん「ボレロ」は円形のテーブルなので視覚の範囲外にもダンサーがいます。そこでよく「肩や背中にも顔や目があるように意識しながら踊って」と言われるのですが、ダンサーの顔と空間の両方を“見て”踊るようにしています。

モーリス・ベジャール・バレエ団「ボレロ」2023年公演より。©BBL-Admill Kuyler

モーリス・ベジャール・バレエ団「ボレロ」2023年公演より。©BBL-Admill Kuyler

モーリス・ベジャール・バレエ団「ボレロ」2023年公演より。©BBL-Admill Kuyler

モーリス・ベジャール・バレエ団「ボレロ」2023年公演より。©BBL-Admill Kuyler

──武術の達人は立ち合ったときに、相手を直線的に見る“視”と、全体を観察する“観”を同時にしていると言いますが、まさにその境地ですね。徐々に“リズム”のダンサーたちがテーブルの周りに集まって踊り出すときには、迫り来る圧を感じたりはしませんか。

私自身は、ほかのダンサーのエネルギーをけっこう受け入れるタイプなんですが、最後の最後には負けず嫌いが発動して、こっちからもいくぞ、という感じで踊ります。それに“リズム”のダンサーたちも、みんなで盛り上げよう!という感じで踊ってくれるんです。終演後は、ダンサーも「僕はあそこでああやったけど、見てくれた?」と話しかけてくれたり。こちらからは全部見えているので「もちろん! 見てたよ!」というやりとりはよくしています。向こうも見てほしくて、けっこう狙ってくるんですよね。

そういう「舞台上のダンサーとのコミュニケーション」は毎回違うので、それが「ボレロ」を踊っていて楽しいところです。これだけダイレクトにコミュニケーションが取れる作品も、ほかにあまり思い付きません。「ボレロ」は究極まで削ぎ落とされたシンプルな動きだからこそ、濃密なコミュニケーションができるのかな、と思っています。

大橋真理

大橋真理

──観客に対してはどうですか。ほとんどの観客は「ボレロ」の展開を知ったうえで見ていると思います。そんな観客の心をつかみ続けながら踊るのは並大抵ではないですよね。

そうなんです。だからこそ、さっき言った“自分を作らない”ことの重要さにつながってくるんじゃないかと思います。観客の期待に応えることを目指して自分を作ってしまうと、絶対にその期待を超えるものはできないですよね。アピールしようとして力んでしまったり、邪念が生まれたりしてしまう。一回一回、ただそのときに舞台上で起こっている空気を感じて、私の身体の奥底から湧き出てくるものをシンプルに表現することが重要だと思います。

──毎回必ず身体の奥底から湧き出してくるものですか?

はい。今の私は毎舞台が新鮮ですし、本当に楽しめています。日本で踊るのもとても楽しみなんです。エリザベット・ロスが私の「ボレロ」のリハーサルにずっと付いて見てくれていたんですが、エリザベットからは「『ボレロ』のスタイルや形について教えることはできる。だけどそれ以外のことは、あなた自身が舞台上で見つけていかなければダメよ」と言われていました。とりあえず音と振りには絶対に忠実に踊ります。そこが崩れてしまうとダメだから。また「まだ若いあなたにとって、自分の『ボレロ』は、これから長い時間をかけて見つけていくもの。だから、いま焦る必要はないのよ」と言ってもらえたことも、胸に刻んでいます。

──日本公演の「ボレロ」は、どのような思いで踊られますか。

「ボレロ」は、というかベジャール作品を踊るダンサーは、ピュアであるべきだと思っているんです。ダンサーがピュアであるからこそ、ベジャール作品の力強さが引き出される。息をするように音楽を身体で表現することが一番大事だと考えています。

大橋真理

大橋真理

「ボレロ」以外の作品にも出演する大橋、「楽しんでいきたい」

──今回の来日公演で大橋さんが踊られる「ボレロ」以外の出演作品についても一言ずつお願いします。まずクイーンの歌と音楽で人気の高い「バレエ・フォー・ライフ」についてはいかがですか。

これは皆さんもご存知のように、パワーあふれる音楽とダンス満載の非常にユニークな作品です。私ももう10年以上この作品を踊っていますが、毎回新しい発見があります。そして今回ジュリアン・ファヴローという素晴らしいダンサーでありエンターテイナーである大先輩と同じ舞台に立てる機会は本当に貴重です。ベジャール作品ならではのエンタテインメントの中にあるピュアさ、そしてやっぱり音楽や歌の力を身体でどう表現するか、楽しんでいきたいですね。

モーリス・ベジャール・バレエ団「バレエ・フォー・ライフ」2021年日本ツアー公演より。©BBL-Kiyonori Hasegawa

モーリス・ベジャール・バレエ団「バレエ・フォー・ライフ」2021年日本ツアー公演より。©BBL-Kiyonori Hasegawa

モーリス・ベジャール・バレエ団「バレエ・フォー・ライフ」2021年公演より。©BBL-TotiFerrer Peralad

モーリス・ベジャール・バレエ団「バレエ・フォー・ライフ」2021年公演より。©BBL-TotiFerrer Peralad

──同じくベジャールがストラヴィンスキーの「ヴァイオリン協奏曲ニ調」に振り付けた作品「コンセルト・アン・レ」はいかがですか。

これはベジャールがジョージ・バランシンの振付作品からインスピレーションを得て作った作品です。クラシック寄りのバレエですが、音の使い方やエッセンスにベジャールならではの魅力が詰まっています。またベジャール作品にしては男性ダンサーが少なく、女性の強さが際立つ作品だと思います。

モーリス・ベジャール・バレエ団「コンセルト・アン・レ」2023年公演より。©BBL-Gregory Batardon

モーリス・ベジャール・バレエ団「コンセルト・アン・レ」2023年公演より。©BBL-Gregory Batardon

──そしてジル・ロマンがコロナ禍の抑圧されたパンデミックの中で、改めて踊る喜びをうたい上げる作品「だから踊ろう…!」にも出演されますね。

これはタイトル通り“踊ることを楽しむ作品”です。パトリック・デュポン(編集注:パリ・オペラ座バレエ団の元エトワールで2021年に61歳の若さで死去した)へのオマージュなんですけど、国籍や身体や体格の違うダンサーに合わせて作られたカラフルな作品で、パ・ド・ドゥからパ・ド・シスなど多様なダンスが特徴です。本当にピュアに踊りを楽しんでもらえる作品です。これらの作品で観客の皆さんにお会いできることを楽しみにしています。

モーリス・ベジャール・バレエ団「だから踊ろう…!」2022年公演より。©BBL-Ilia Chkolnik

モーリス・ベジャール・バレエ団「だから踊ろう…!」2022年公演より。©BBL-Ilia Chkolnik

モーリス・ベジャール・バレエ団「だから踊ろう…!」2022年公演より。©BBL-Gregory Batardon

モーリス・ベジャール・バレエ団「だから踊ろう…!」2022年公演より。©BBL-Gregory Batardon

プロフィール

大橋真理(オオハシマリ)

兵庫県生まれ。4歳で神戸でバレエを始める。2010年から1年間、ジョン・クランコ・バレエ学校で学び、一時帰国後にモーリス・ベジャール・バレエ団付属のバレエ学校であるルードラに入学。2013年にモーリス・ベジャール・バレエ団に入団。主なレパートリーに2023年に主演を務めた「ボレロ」のほか、「バレエ・フォー・ライフ」「ゲーテ・パリジェンヌ」、「ベジャール・フェット・モーリス」の「バクチIII」など。2022年にレオニード・マシーン賞を受賞。

※初出時、本文内容に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

2024年9月3日更新