舞台「奇子」|手塚治虫の“問題作”を舞台化、因果の物語に挑む2人の共犯関係

演劇の洗礼を受けている真っ最中

──駒井さんは映像の世界から演劇界に足を踏み入れたばかりですが、稽古を通じてどんなことを実感されていますか?

駒井 映画やドラマでは被写体がカメラにどう映っているかが重視されますが、舞台は幕が開いたら最後までカットはかからないし、カメラで切り取られた一部ではなく、全身をずっと観られていることに責任を感じます。今は稽古場で演劇の洗礼を受けている真っ最中ですね。

──稽古場にはすでに仮のセットが組まれていますが、今回は床に傾斜のある八百屋舞台なんですね。

駒井蓮

駒井 そうなんです。けっこう角度があるので最初は衝撃でした。フラットな床で演じるより体力の消耗も激しいですが、舞台の高い場所に立ったとき、不思議と自分の感情が変わっていることに気付いたんです。高低差ってこんなに気持ちを左右するものなんだなと。

中屋敷 舞台に高低差を設けることで見上げる、見下ろす、倒れる、起き上がるなど、俳優の身体をダイナミックに見せられるんです。シーンによって人物のスケール感や印象を変えられたり。俳優さんの身体の変化や緊張感を見たくて八百屋舞台にしているところがあります。

──中屋敷さんは以前、インタビューで「奇子」を通じて「生身の人間とは、こういうものだ!」ということを表現したいとおっしゃっていました(参照:舞台「奇子」に向け、中屋敷法仁「現代人の価値観をどんどん揺さぶれたら」)。稽古の段階では俳優のどのような身体が立ち現れてきていますか?

中屋敷 原作がすごく躍動感にあふれているので、稽古が始まる前は動きの多い芝居にしようと思っていました。でも、いざ稽古が始まってみると、「人間の存在って、なんてちっぽけなんだ」という無力感が強調されていることがわかってきて。今一番興味があるのは、人間がいかに何もできない存在かということ。時代の流れに逆らえず、絶望し、それでもなお運命に抗おうとする人間の愛おしい身体を見せられたら。

──中屋敷さんは「俳優の本性に触れなければ成立しない作品」ともおっしゃっていました。キャストたちの本性は暴けそうですか?

中屋敷法仁

中屋敷 現段階では、僕の本性が先に出ちゃってます(笑)。演出家がキャラクターの人物造形をしていくとき、演出家自身の価値観があらわになることがあって、今回も「中屋敷はそういうふうに人間を見ていたのか」とか、「時代のことをそう考えていたのか」ということが浮き彫りになる。それを踏まえて俳優さんのほうから「だったらこうアプローチしよう」というものが出てきています。

駒井 今は俳優陣それぞれの価値観がちょうど出始めている時期ですね。ほかのシーンの稽古を見て、お互いにそれぞれのシーンについて話したりもしています。

中屋敷 稽古しながら、登場人物に対して「こいつは意外とダメなやつだよねー」とか「ここがひどいよねー」くらいのフラットなテンションで話してるよね。

駒井 「この人は嫌い!」とか、議論が自然に始まるんです。そうやって「奇子」の世界をみんなで共有して作り上げています。

“汚い”の中にある、きれいなものを表現したい

──「奇子」の物語を演劇として立ち上げるにあたり、それぞれどのようなビジョンを思い描かれているのでしょう?

中屋敷 悲惨なシーンをただ悲惨に描いても「悲惨だなあ」で終わってしまうので、何百人のお客様相手に、ある種の快感やカタルシスを与えながら、見せ物として面白くしたい。僕は奇子が単なるキャラクターではなく、台風・地震・雷みたいな“災害”に相当すると考えているんです。奇子の内面を描くのではなく、周囲の人々が奇子をどう扱い、奇子の存在によって混乱していく様を見せたい。なので駒井さんの演技の方向性を固めてしまわないほうが面白くなると思います。

駒井 だから中屋敷さんの演出も毎回変わるんですよね。

中屋敷 積極的に「演技を変えたほうがいい」って伝えています。

駒井蓮

駒井 外見は大人になっても中身は純粋な子供のままという奇子のチグハグさを出しつつ、私の中で1つ筋を通しておかないと、観客にうまく伝わらないだろうと思っています。課題はたくさんありますが、私の今回の目標は「できない」と言わず、とりあえずやってみること。やってみてもわからないときは納得いくまで何度も練り直そうと思っています。

中屋敷 そうやって駒井さんが試行錯誤しながら奇子を探っているから、ほかのキャストの反応もその都度変わり、作品の鮮度が保たれる。せっかく初舞台なので、「駒井さんなりに、どう演じますか?」と問いかけ、奇子とどう闘っていくのかを見たいです。

──本番でどんな奇子の姿が観られるのか楽しみです。中屋敷さんは「奇子」をどんな演劇作品に育てたいですか?

中屋敷 原作はコマ割りがあって展開もスピーディですが、舞台版では時系列を追うのではなく、登場人物が昔起こった出来事を回想し、モノローグで語っていきます。俳優さんたちが舞台上に一緒にいる時間が長いので、彼らがじっくりと作り上げていく空気感が見どころになるかなと。お客様の価値観を揺さぶり、それぞれの人生への視点が変わるような作品にしたいです。

──駒井さんにとっても新たな挑戦になりそうです。

駒井 そうですね。この作品では“汚い”の中にある、きれいなものを表現したいので、座組み全員でいかに“汚く”なれるかの挑戦だと思っています。お客様を巻き込んで何かを残すことができればいいなと。

左から中屋敷法仁、駒井蓮。
手塚治虫生誕90周年記念事業
PARCOプロデュース2019 舞台「奇子」
2019年7月14日(日)・15日(月・祝)
茨城県 水戸芸術館 ACM劇場 ※プレビュー公演
2019年7月19日(金)~28日(日)
東京都 紀伊國屋ホール
2019年8月3日(土)・4日(日)
大阪府 サンケイホールブリーゼ
あらすじ

青森で500年の歴史を誇る大地主・天外(てんげ)一族は、終戦後の農地改正法により衰退しつつあった。次男・仁朗が太平洋戦争から戻ると、家には父・作右衛門と兄嫁・すえの間に生まれた奇子という4歳の異母妹がいた。GHQのスパイとして暗躍する仁朗と一族の犯した罪が絡み合い、幼い奇子は地下牢に幽閉され、死んだことにされてしまう。それから約20年、外の世界から隔離されて育った奇子は、やがて性に対し奔放な美しい女性へと成長し、地上に解き放たれる。

スタッフ

原作:手塚治虫

上演台本・演出:中屋敷法仁

キャスト

天外仁朗(次男):五関晃一(A.B.C-Z)

天外伺朗(三男):三津谷亮

下田波奈夫(刑事):味方良介

奇子:駒井蓮

天外すえ(長男の妻):深谷由梨香

天外志子(長女):松本妃代

お涼:相原雪月花

山崎(親戚の医師):中村まこと

天外市朗(長男):梶原善

中屋敷法仁(ナカヤシキノリヒト)
1984年青森県出身。高校在学中に発表した「贋作マクベス」で第49回全国高等学校演劇大会 最優秀創作脚本賞を受賞。青山学院大学在学中に柿喰う客を旗揚げ、2006年に劇団化。旗揚げ以降、すべての作品の作・演出を手がける。また外部プロデュース作品も多数演出。劇団公演以外の主な演出作にパルコ・プロデュース「サクラパパオー」「露出狂」、「黒子のバスケ」シリーズ、Dステ「柔道少年」、青山円劇カウンシルファイナル「赤鬼」、GORCH BROTHERS PRESENTS「飛龍伝」、「文豪ストレイドッグス」シリーズがある。2019年9月には柿喰う客の新作「御披楽喜」の上演が控えている。
駒井蓮(コマイレン)
2000年青森県出身。2014年にポカリスエットのCMでデビュー後、雑誌「ニコラ」の専属モデルに抜擢され、2015年からはパナソニックオーディオのイメージキャラクターを務めている。2016年から女優業をスタートし、ドラマ「キャリア~掟破りの警察署長~」にレギュラー出演。「セーラー服と機関銃 -卒業-」で映画デビューを果たす。津田寛治とW主演を果たした2018年公開の映画「名前」で映画初主演。2019年には映画「町田くんの世界」、NHKよるドラ「腐女子、うっかりゲイに告る」ほかに出演している。