野田秀樹×東京演劇道場「赤鬼」座談会&稽古場レポ|4つのアプローチ、4つの顔合わせで斬り込む

2018年にオーディション / ワークショップを行い、2019年より本格的に始動した東京演劇道場は、東京芸術劇場芸術監督の野田秀樹が、若い演劇人を対象に立ち上げたプロジェクトだ(参照:東京演劇道場始動に向け、野田秀樹が意気込み「演劇のプラットフォームに」)。メンバー募集オーディションには8歳から70代後半まで約1700名の応募があり、そこからオーディションを経て約60名の“道場生”が決定。彼らは、野田や野田が信頼を寄せる国内外の演出家、振付家らによるワークショップにたびたび参加し、演劇に対するさまざまなアプローチを体得した。

立ち上げから1年半、東京演劇道場がいよいよその鍛錬の成果を発表する(参照:新生「赤鬼」に野田秀樹が自信、「やる価値も見る価値もある作品に」)。「赤鬼」は1996年に初演された四人芝居だが、今回は1997年に上演されたタイ人キャストによる“16人版”を、“17人版”として再構成し、配役を変えた4チームで連続上演する。

本特集では、全チームの演出を手がける野田のほか、道場生の森田真和(A・Dチーム / 赤鬼役)、末冨真由(A・Bチーム / 村人役)、加治将樹(Bチーム / ミズカネ役)、川原田樹(Cチーム / ミズカネ役)、上村聡(C・Dチーム / 村人役)、北浦愛(Dチーム / あの女役)、そして“道場破り”こと客演の河内大和(Aチーム / ミズカネ役)に稽古の様子や作品への思いを語ってもらった。また後半では、カラーが異なる4チームの稽古場の様子をレポートする。なお取材は感染防止策を十分とったうえで行われ、写真撮影時のみ、マスクを外している。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 平岩享(P1~2)、井上佐由紀(P3)

シンプルで普遍的、だからこそ上演され続ける「赤鬼」

──「赤鬼」は、東京演劇道場のワークショップの野田さんが指導する回で、たびたび用いられてきました。村人からよそ者扱いされている兄・とんびと妹・“あの女”、そして村人に疎ましく思われているミズカネ、海から村に流れ着いた言葉の通じない赤鬼の4人を軸に、人間の感情と理性、人と人の間にある深い溝、生と死について描いた、不動の人気を誇る作品ですが、そもそも「赤鬼」をテキストに選んだのはなぜですか?

野田秀樹

野田秀樹 「赤鬼」は自分の台本の中でもよく読みやすいと言われるし、“とんびの回想”という形ではありますが、劇中に流れる時間がほぼ一直線なので、さまざまなところからやって来ている道場生には入りやすいテキストだと思いました。

──ワークショップでは、毎回グループや配役を変えながら、シーンの一部を道場生たち自身が立ち上げる、という作業が行われました。今回、改めて上演に向けた稽古が始まって、キャストの皆さんは作品にどんな魅力を感じていますか?

川原田樹 「赤鬼」はNODA・MAPの中でも大好きな作品なんですけど、大学生のときに初演を大阪で観ているんです。そのセリフを今自分がしゃべっていることがとても感慨深いし、責任感や重みを感じますね。ただ、やっぱり基本は楽しく!(笑) 自分にしかできないミズカネを、野田さんの世界の中で生きられたらいいなって思っています。

上村聡 もともと四人芝居だった作品を17人でやる、その面白さみたいなものが出せればいいなと思っています。その手応えがあるので、もっと思い切り突っ込んでいこうと思いますし、破綻するようだったら野田さんが言ってくださると思うので(笑)、今はとにかく、思い付く限りやっています。

北浦愛 私は道場生になって初めて「赤鬼」の台本を読んだのですが、まず思い出したのが小学校からの親友のことでした。その子はガーナ人で、肌が黒いというだけで人から見られるって話をよくしていたんですね。私自身、父親がインドネシア人なのでそれが特異なことに思われたことがあって、だから私は「赤鬼」の台本を差別する側とされる側、どちらの視点からも見られるな、と思いました。それと、あの女ってずっと怒ってる人だなあというのが第一印象だったんですけど、何回も読んでいくうちにあの女の優しさに気付いて、そこから毎日、登場人物たちに対する印象が変わっていくことを、新鮮に感じています。

加治将樹 以前から「赤鬼」のことは知っていましたが、改めて自分がやるとなって作品に向き合うと、とてつもなくデカい、強敵のような作品だなと思います。これだけ素晴らしい作品に立ち向かっていくことが不安でもあり、楽しくもあり、間違いなく自分の人生の中でトップになる作品だと思いますね。今回ありがたいのは、4チームあるので、自分が演じるミズカネ役を、人を見て確認できることなんですね。A・Bチームは一緒の稽古時間になることが多いんですが、(Aチームでミズカネ役の)河内さんを観て「こう動くとこう見えるんだ! 盗もう盗もう」と研究させてもらってます(笑)。

末冨真由 集団心理の恐ろしさなどが描かれた作品ですが、野田さんが戯曲を描いた当時も今も変わらないなって思いますね。表現に関しては、道場生はいろいろなバックボーンの人がいて、持ち込んでくるものもさまざまなので、「思い切って全部提示しちゃえ!」という感じ。そのたびに野田さんに「それいる?」って言われて落ち込んだりして、結局なかなか進まないんですけど(笑)、ガチャガチャやらせていただいてます。

森田真和 「赤鬼」の魅力の1つに、非常にシンプルな作品だってことがあると思います。シンプルだからこそ、今回のように4チームでやってもそれぞれの個性が色濃く出るし、普遍性があるからこそ、これまでもさまざまな形で上演されてきたと思うんです。僕は今回AとDで赤鬼役をやらせていただきますが、赤鬼は日本語をしゃべらないので、演じる役者によって本当にアプローチが違う。それぞれ違う楽しみ方ができるものになっているので、各チームとも面白く見られると思います。

──河内さんは今回、唯一の“道場破り”キャストになります。

野田 河内は以前から個人的にいい役者だと思ってたんですけど、これまで意外とがっぷり四つでやったことがなくて。だからこの機会にいいかなと思って声をかけたら、ホイホイ乗ってきました(笑)。

河内大和 ホイホイ(笑)。僕は大学の演劇部で、実は「赤鬼」を自分で演出・出演しようと思ったことがあったんですよ。でも企画会議で先輩に負けてしまって、できなくて。だから「赤鬼」は演劇を始めたときから憧れていた戯曲でもあるし、そもそも僕が演劇を始めたのは野田さんの作品を映像で観たことがきっかけだったので、今回はとにかく幸せです。自粛生活中、「人間って一体何でつながってるのかな」「演劇って何のためにあるんだろう」ってことを考えていたんですけど、「赤鬼」はまさに人間の一番根本的な、他者とのコミュニケーションのことが根っこにある話。人間が人間としてあるためにはどうあればいいかということをすごく突きつけてくる作品だと思います。自分が今生きている世界とこの作品はすごく根深いところでつながっていますし、リアルとファンタジーがすさまじく入り組んでいる作品だとも思います。

「野田さんは、見る目ある」

──稽古が開始して6月半ばからワークショップ、下旬から稽古が始まりましたが、今の手応えはいかがでしょうか?

左から川原田樹、河内大和、加治将樹。

加治 手応えはまだわからないんですけど、僕は自粛後にこの「赤鬼」という作品ができて、毎日が楽しいです。読みやすいとは言え、もちろんかなりハードな作品ですが、どんどん心が豊かになっているのを感じますね。

北浦 日に日に自分の役に対して感じることが増えていることを実感しています。と同時に、「それぞれの登場人物が本当のことを言ってるのか?」とそれぞれの本心を疑いがなら稽古しています。

森田 割と早い段階で通し稽古があって、「あれ、もう1カ月くらい稽古したかな」と思って数え直してみたら、まだ1週間で(笑)。そこからまたグループごとに分かれての稽古になり、今、細かくシーンを立ち上げる作業をしているのが楽しいです。

河内 手応えはわからないですけど、ほかのチームが褒められてるのを見ると、むちゃくちゃ嫉妬しますね。特にBチームの加治くんが褒められてると……。

加治 いやいや、全然褒められてないですよ!

河内 野田さんがすごい笑顔だもん!

末冨 野田さん、河内さんのときもすごく笑顔になってますよ。

河内 じゃあ今度、野田さんのこと定点カメラで撮っておいてください(笑)。

川原田 確かに同じミズカネでも、河内くんは獣みたいで、加治くんはすごく優しい。僕はオスっぽいミズカネってあまり表現しにくいなと思ったので、別の切り口で進めてみようと思ってるんですけど、ほかのミズカネを見ると「ああいう表現が自分もできたらいいな」ってうらやましく思います。

河内 いやいや、同じですよ、いっちゃん(川原田)みたいなのは僕には絶対できないもん。

加治 本当にそうですよね。

川原田 それとミズカネだけじゃなくて、河内くんのミズカネには木山(廉彬)くんのとんび、加治くんのミズカネには秋山(遊楽)くんのとんび、そして赤鬼やあの女と、それぞれの組み合わせがしっくりくるんですよね。そうやって4チームの組み合わせを改めて見直すと……「野田さん、見る目あるな」って思いました。

加治 上から!(笑)

──確かにキャスト以外、演出や美術など作品の根幹は共通しているのにチームそれぞれでかなりカラーが違います。

加治 聞きたかったんです、どういうイメージで分けたんですか?

野田 ……勘!(笑) ただ最初から決め込んでいたわけじゃなくて、稽古を観ながら組み合わせを変えることも考えていたんです。でも意外とそのままになりましたね。末冨はAチームとBチームに出てるじゃない? 違いを感じる?

末冨 感じます、やっぱり。

野田 「やりにくいな、こいつ」とか?(笑)

左から末冨真由、森田真和、北浦愛、上村聡。

末冨 でもミズカネと村の老人たちが対抗するシーンとか、河内さんのミズカネはやっぱり怖い! 加治さんは「お、こいつ調子に乗ってるな」って思う(笑)。

上村 CとDも違いますよ。

野田 (Cチームであの女を演じる)モーガン(茉愛羅)は、押さえつけられるシーンで本当に怒ってない?

上村 反発がすごいです!(笑)

北浦 台本を読んでいるときは気付かなかったんですけど、4チームの稽古を観ていて、ミズカネってその人がにじみ出る役だなって思いました。

河内 赤鬼もそうだよね。

野田 赤鬼は、いわゆる言葉を話さないから、役者の“人間”が、特ににじみ出るよね。赤鬼なのに。

──赤鬼と言えば、Bチームの森準人さんが演じる赤鬼は、ほかのチームとかなりアプローチが異なります。それは野田さんの演出ですか?

野田 ストレッチ布を使うアイデアはそうなんだけど、森がやると、まさかああいうアプローチになるとは思わなかった! そういった点でも、今回は4チームあるのがやっぱり面白いです。早く全チーム、本番の舞台に上げられるクオリティになってほしいとは思いますけどね(笑)。でもそれぞれ稽古を重ねて、舞台の役者として立てるようになってきたなとは思います。予想より良いものができてると思いますよ……まあ最初どのくらいを想定してたかは言えないけど。

加治 言えないんですか!?