「戯曲とは何か?」をテーマに、上演を前提とした戯曲を募集する愛知県芸術劇場のAAF戯曲賞。今年は2019年1月に第18回AAF戯曲賞で大賞を受賞した山内晶の「朽ちた蔓延る」が、篠田千明の演出で上演される。2015年度から2018年度までの4年間、同戯曲賞の審査員を務めた篠田は、今回どのようなアプローチで本作を立ち上げるのか? 開幕を1カ月後に控えた9月末、クリエーションのプロセスやコロナ禍における劇場公演への思いを篠田が語った。
取材・文 / 川口聡 撮影 / 三浦一喜
AAF戯曲賞とは?
2000年にスタートした、愛知県芸術劇場が主催する戯曲賞。大賞受賞作の上演を前提とし、2015年の第15回からは「戯曲とは何か?」をテーマに掲げている。第15回は松原俊太郎「みちゆき」、第16回は額田大志「それからの街」、第17回はカゲヤマ気象台「シティⅢ」、第18回は山内晶「朽ちた蔓延る」、第19回は小野晃太朗「ねー」が大賞を受賞。本年度、第20回では一次審査通過作品が10月上旬に発表された(参照:第20回AAF戯曲賞、14作品が1次通過)。二次審査通過作品は11月中旬に発表され、来年1月10日には最終審査会を公開形式で実施。その模様はインターネットで生配信される。
“カルピス”みたいな戯曲
──「朽ちた蔓延る」がAAF戯曲賞で大賞に輝いた2018年度、篠田さんは戯曲賞の審査員を務められていました。まずは篠田さんが本作の演出を担当することになった経緯からお聞かせください。
AAF戯曲賞では、最終審査会のあとに劇場と審査員で上演について話し合うんですが、「朽ちた蔓延る」に関しては「私が演出したいです」と自分から申し出ました。
──作者の山内晶さんも学生時代から篠田さんに憧れていたとお聞きしました。そういう意味で、今回は相思相愛のタッグになりそうです。篠田さんは最終審査会のときも本作をずっと推されていましたよね。私も現地で審査会を観覧していたのですが、大賞が決まるまでに5時間30分かかりました(笑)(参照:第18回AAF戯曲賞、大賞は山内晶「朽ちた蔓延る」5時間半に及ぶ議論の末に決定)。
そうでしたね(笑)。その前の年の第17回で山内さんが特別賞を獲った「白痴をわらうか」よりグッと面白くなった印象で。「朽ちた蔓延る」は、その年の候補作の中で一番上演を観てみたいと思わせる戯曲だったんです。
──本作は、架空の遺跡で日本人観光客や歴史学者の妻、かつて遺跡を築いた王など、さまざまな時代や立場の登場人物が、各々の視点から独白を展開していく戯曲です。本作の魅力はどんなところにあると思いますか?
一読するとライトノベルっぽいというか、文体自体はゴクゴク飲める感じなのに喉に引っかかってくる“カルピス”みたいな戯曲なんですよね(笑)。そこがいいなと。どうやって上演するのかを想像しにくいっていうのも面白いところで。語られていることがすべてだったりするので、言ってしまえば、そのままストレートに読むのが一番スムーズではあるんですが。語りとしてのテキストをどう扱うか?をクリエーションの第1ステップとして設けました。
“本物とは何か”を、規定するのは誰か?
──創作の第1段階として、昨年の秋頃から戯曲の読み込みやリサーチを行われていたんですよね。
山内さん、音楽ドラマトゥルクの樅山智子さん、戯曲賞のプロデューサーでもある愛知県芸術劇場の山本麦子さんと一緒に3日間かけて戯曲を読み込みました。どの登場人物も、“本物ではない者”としてその場にいて、思念を残留させていく。そこにはただただ遺跡だけが残っていくというような印象を受けたので、最初に「What is authentic?(本物とは何か?)」という問いを立てました。そこから捉え方が何周も巡り、今は「“本物とは何か”を規定するのは誰か?」という新たな問いにぶつかっていて。それをどうやって作品に反映していくのか、絶賛悩んでます(笑)。
──山内さんには戯曲の書き足しを依頼されたそうですね。
生きている作家の作品を上演するときは、その人さえよければ、ぜひ一緒に作りたくて。どういう形にするにしても、テキストを省いたり、書き足す部分が出てくるので、そこを作家本人に担当してもらえたらいいなと思ったんです。最初に山内さん、樅山さんと話したとき、小泉八雲の話が出てきて。クレオール言語(編集注:異なる言語圏の間で交易を行う際、自然に作り出されていった言葉が、その話者の子供たちの世代で母語として話されるようになった言語)的な、混じり合っている言語のことが気になっていたんです。八雲が英語で書いた本を私たちは日本語訳を通して読みますが、もともとは八雲の妻・セツさんが、日本の土地の話を聞き、口承するように八雲に語っていたといいます。そのとき“ヘルンさん言葉”という2人の間でしか通じない言葉で話していたらしいんです。
山内さんには「“やさしい日本語”を書いてほしい」とリクエストしました。“やさしい日本語”は、地震速報にも使われていたりするんですが、日本に住む外国人のための日本語で。愛知県では“やさしい日本語”を普及させようとする取り組みもあるんです。そして今回のキャストの1人、インドネシア人のNanang(以下ナナン)とは、アシスタントに入っていただいている西田有里さんの通訳を介してコミュニケーションを取っている。そういった言語・コミュニケーションの伝達のことを踏まえて、冒頭のシーンをリライトしてもらいました。
ステータスの違う観客がいる状態を劇場に持ち込む
──先ほど篠田さんは「どうやって上演するのかを想像しにくい戯曲」とおっしゃっていましたが、戯曲を立ち上げるにあたって、どのようなアプローチをされているのでしょう?
この戯曲は、話し手となる登場人物が各章に1人ずつ設定されていて、例えば第1章では亡霊、第2章では日本人観光客が話しているんですが、その人が“話しかけている相手”は、戯曲上で空欄になっているんですね。なので、誰に向かって話しかけているのか?という部分を明確にしていく作業をよりどころにしてシーンを作っています。俳優は前半、1人につき1つのキャラクターを演じますが、だんだんと複数人で1つの役を担うようになっていったりもする。“市民”が語るシーンでは、出演者以外の“参加者”枠の方々も交えて人がわっと動く状況になったりします。
──“参加者”というのは?
今回は新型コロナの影響もあって、劇場内をウロウロするのが難しいという制約があるんですが、市民のシーンではどうしても動きがほしくて、陣形を変えたかった。劇場と相談した結果、市民役の参加者を募集して、そのシーンで動いてもらうことで人が動く状況を作ることが可能になったんです。
──“参加者”は観客と出演者の間のような存在になるのでしょうか?
そうですね。観客でもないし、パフォーマーでもない、中間の状態にいる人。観客同士はソーシャルディスタンスを保った座席から観ているんですが、参加者は市民のシーンになった途端に動いて観ることができる。最近、オンライン配信の作品を観ていて、劇場の客席から観ているときと比べ、観客の層みたいなものができているなと思ったんです。例えば、ライブストリーミングの生中継で観ている人と、アーカイブ配信であとから観る人がいるけど、同じ観劇という時間の流れの中に異なるレイヤーができている。劇場にもあらかじめステータスの違う観客がいる状態を持ち込めたら面白そうだなと。
──ちなみに今回はライブストリーミング配信もされるのでしょうか?
劇場からの同時中継はないのですが、収録した映像のオンデマンドでの有料配信を12月26日から1月17日に予定しています。それもまたもう1つ別の観客の状態を作れるので楽しみですね。
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心強い4人のキャスト