第19回AAF戯曲賞 篠田千明×羊屋白玉 対談|「戯曲とは何か?」模索し続けた4年を振り返る

「戯曲とは何か?」をテーマに、上演を前提とした戯曲を募集する愛知県芸術劇場のAAF戯曲賞。2020年1月5日には第19回AAF戯曲賞の公開最終審査会が開催され、大賞と特別賞が決定される。本特集では、同賞がリニューアルされた2015年から4年間にわたって審査員を務めた篠田千明と羊屋白玉との対談を実施。Messengerのビデオチャットを介し、タイ・バンコクを拠点にする篠田と、北海道から東京に戻ったばかりの羊屋が、愛知県芸術劇場プロデューサーの山本麦子を交えて審査会の軌跡を振り返った。

取材・文 / 川口聡

第19回AAF戯曲賞 審査員
白神ももこ(モモンガ・コンプレックス)©北川姉妹

白神ももこ(モモンガ・コンプレックス)

鳴海康平(第七劇場)©松原豊

鳴海康平(第七劇場)

三浦基(地点)©Hisaki Matsumoto

三浦基(地点)

やなぎみわ

やなぎみわ

AAF戯曲賞とは?

2000年にスタートした、愛知県芸術劇場が主催する戯曲賞。大賞受賞作の上演を前提とし、2015年の第15回からは「戯曲とは何か?」をテーマに掲げている。第15回は松原俊太郎の「みちゆき」、第16回は額田大志の「それからの街」、第17回はカゲヤマ気象台の「シティⅢ」、第18回は山内晶「朽ちた蔓延る」が大賞を受賞。そして今年度、第19回は応募総数136作品の中から4作品がノミネートされた。最終審査会は公開形式で行われ、その模様はYouTubeにて生中継される。

第19回AAF戯曲賞 ノミネート作品

第19回AAF戯曲賞の候補作には、現役高校生から劇団主宰を兼ねる劇作家まで、さまざまなバックボーンを持つ面々が名を連ねた。ここではノミネート作のあらすじをステージナタリー目線で紹介。なお劇場公式サイトでは4作すべてを読むことができるので、公開最終審査会への参加や生中継視聴への足がかりにしてほしい。

平賀美咲「異聞・シーシュポスの神話」
舞台はオンライン学習の普及により毎日通学する必要がなくなった近未来の私立高校。主人公のマキは、夏休みの補習を受けることになり、学校に登校する。マキを含めた補習組は、スコップで校庭に穴を掘っている謎の青年・タクマに出会い……。
野滝希「入墨淘汰」
「役者のための航海術」をテーマとした戯曲。女優の銀子は、流れの役者・入墨淘汰を“入墨鯨”であるとし、その鯨を狩る“刃刺し”の役を申し出る。脚本家も演出家も不在となった舞台で、主人公の座を狙う淘汰と裏方たちの確執の行方とは?
三野新「うまく落ちる練習」
「現代社会における“恐怖の予感”」をテーマとした作品。投身練習場と呼ばれる健康増進パークは、リラクゼーションミュージックと仮囲いの部屋に囲まれた清潔で安全な場所で営業されている。うまく落ちられなかった“わたし”は、周りに誰もいなくなっても投身練習を続け……。
小野晃太朗「ねー」
筆者の身の回りのことに加えて、とあるレイプ事件に着想を得た作品。作中では、状況が悪化していく中で生きる若い人々と、暗躍する既得権益の集団を描いたファンタジーが展開する。

第19回AAF戯曲賞 篠田千明×羊屋白玉 対談

最初から最後までの責任を審査員が持つ戯曲賞

──今回の対談は第19回AAF戯曲賞 公開最終審査会に先立ち、第15回から18回の審査員を務められたお二人、篠田さん、羊屋さんに今だから聞けるお話を伺いたいと思います。篠田さんがタイのバンコク、羊屋さんが東京、山本さんが愛知からの参加ということで、Messengerのビデオチャットを使用させていただいております。日本は現在16時30分ですが、篠田さんのいらっしゃるバンコクは今何時でしょうか?

第18回AAF戯曲賞 公開最終審査会の様子。篠田千明。

篠田千明 14時30分くらいですね。日本との時差は2時間です。

──篠田さんと羊屋さんがお話されるのはどれくらいぶりになりますか?

篠田 9月に北海道で会って以来だから約3カ月ぶりですかね。

羊屋白玉 私が北海道で滞在制作をしていたとき、篠田ちゃんが遊びに来てくれて。3日間一緒に過ごしたんだよね。

篠田 その間、すごいたくさんしゃべって。

羊屋 ずっとしゃべってたね。私がアーティストの労働組合を作ろうとしている話をしたり、演劇・舞台芸術、アートの業界的な話もしたけど、もうちょっとプライベートな話もしたり……いい時間でしたね。

──戯曲賞以外のところでも交流があるんですね。

羊屋 そうですね。篠田ちゃんにはけっこう怒られたりもしていますが(笑)。

篠田 え、白玉さんに怒ったことあったっけ?

羊屋 「白玉さん、その言い方はさあ」くらいの、じゃれ合い程度だけど。賢い妹に怒られる姉みたいな構図ですね(笑)。

──仲のよさがうかがえます(笑)。そんなお二人は4年間、AAF戯曲賞の審査員を務められたわけですが、そもそもなぜ審査員を引き受けたのでしょう?

篠田 下読みなしで審査員がすべての応募作を読むという点がよかったんですよね。私はちょうどその頃「機劇」「非劇」というシリーズ(編集注:「機劇」は、記述する身体 / 譜面 / 絵 / テキストから、演劇とは何か?を考える試み。「非劇」は、いかに「劇ではないもの=非劇」を起こすのかに挑戦した作品)をやっていて、「戯曲って何だろう?」と考えていたので、たくさんの戯曲を読むことが勉強になるんじゃないかと思って。

第18回AAF戯曲賞 公開最終審査会の様子。羊屋白玉。

羊屋 私も、一次審査から大賞を決める最初から最後までの責任を審査員が持つというのは真摯なやり方だなと思ったので、引き受けました。リニューアルのタイミングで参加できるのも面白そうだなと。

──審査員がすべての戯曲を読むことを含め、最終審査が公開形式であることや受賞作が翌年度以降に上演されることなど、審査員の大変さもAAF戯曲賞の特徴の1つですよね。

篠田 そこが面白そうだと思ったから参加したんですよね。労力と言うより……計算ドリルみたいな。

羊屋 1ページ1ページ問題を解いていく感じ?

篠田 そうそう。100本以上の戯曲をまとめて読む機会ってなかなかないですからね。

羊屋 私は普段から本を読むのが好きだから、最初は同じ感覚で応募作を読んでいたんだけど、途中から「あ、これ読むだけじゃなくて審査しなきゃいけないんだ」って気付いたときにガーンって(笑)。

篠田 あははは。私も1年目は、いっぱい読めて楽しい!って気持ちで、全作品を3回ずつ読んだ。

羊屋 「『自分が演出するなら』ということを考えながら戯曲を読むことが、審査員として責任ある態度なのだろうか?」という話を篠田ちゃんとしたことがあって。私は「自分が演出するかどうかじゃなく、『戯曲としてどうか』を考えているよ」と話したのを覚えてる。

篠田 演出と切り離してテキストを読むことに最初は慣れなかったんですが、それは4年を通してできるようになっていったかな。この戯曲賞は私にとっても学びの場だったと思います。

羊屋 ほかの審査員たちが推したい作品を決めるまで、それぞれに頭の中でどういう作業をしているのかはずっと観察していました。

1位を決めることの罪深さを引き受ける

──2017年度はYouTubeの生中継で、2018年度は審査会場の客席で最終審査会を拝見したのですが、皆さんとても苦しみながら議論されている様子でしたね。

第18回AAF戯曲賞 公開最終審査会の様子。

篠田 客席から観ていてどうだったんですか?

──審査員それぞれが「戯曲とは何か?」というテーマと真剣に向き合いながら話し合われていて、議論が深まったり、審査が迷宮入りしていく過程をリアルタイムで共有するのはスリリングで興味深い体験でした。昨年の最終審査では、大賞が決まるまでに約5時間半かかりましたよね(参照:第18回AAF戯曲賞、大賞は山内晶「朽ちた蔓延る」5時間半に及ぶ議論の末に決定)。

篠田 5つの候補作があって、5人の審査員それぞれが1作品ずつを推すというまさかの展開もあったりしましたね。

羊屋 私は胃薬をいただきました……。

篠田 でも5つ戯曲があって、全部が面白かったら5時間半話すよね。「2時間で終わらせろ!」って言うやつは何を考えてるんだ!って思いますよ。

羊屋 「アラビアンナイト」じゃないけど、一夜1作品で審査したいくらいだよね。

篠田 一晩もかけたら絶対決まらないけどね!(笑) 今年のターナー賞では、ノミネートされたアーティストが「分断の時代に誰かを勝者、誰かを敗者にするのはよくない」と提案して、候補者全員が受賞したというケースもあって。大賞って何なんだろう?と思ったりした。1位を決めることの罪深さと言うか、審査員は何かに加担することを引き受けなきゃいけない。だとしたら5時間はかかるでしょって思う。その罪深さを審査員たちがちゃんと背負うことが、この賞のよさだとも思っていて。大賞受賞作は実際に上演されるので、そこを引き受けようみたいな気持ちはすごくありますね。

羊屋 最終的には上演する作品を選ぶということが、審査員にとっての救いかもしれない。私は責任や罪悪感を持ちながら、毎回胃を痛めたり、前回の最終審査を終えたあとは1度“灰”になったりしたので(笑)。今回審査をお休みすることになったのは、いいタイミングだったなと思います。