ヒントは「道成寺」、そして“ないまぜ”の目線で
杉原いわく、役や作品については「まだ2人であまり深く話せてはいない」そうだが、「けっこう初期段階に、成田くんが『優しいミズヲにしたい』と言っていて、それはすごく良いアプローチだなと思いました。ミズヲもヒメ女もすごく真っすぐでピュアな人だと思うので、成田くんが言うところの『優しいミズヲ』が、僕が感じるミズヲのピュアさにつながったらすごく良いんじゃないかと思うし、今までにない、温かい人間味のあるミズヲになるんじゃないかな」と話す。その言葉に対して成田は「『優しいミズヲ』と言ったのは言い訳というか……(笑)。激しい感じが良いと思ったから、“ミズヲがなんでこんなに激しいのか、それは優しいから”とあえて邦生さんにお話ししました」と明かす。さらに「この作品には全体として『いろいろな方向からものを見てほしい』というメッセージが込められていると思うので、ミズヲも一面的に見るのと別の角度から見るのではまた違う見方ができる。これから、ミズヲが常に一緒に動いている近しいメンバーとももっと話さないといけないと思っているんですけど、ちょっと話しただけでもガラッと芝居が変わるという経験をしたので、もっといろいろなアプローチを試していきたい。わからないなりに、やっていこうと思っています」と笑顔を見せた。
1999年の上演時、蜷川演出版では岩、野田演出版では紙を用いた演出も話題となったが、杉原版では「道成寺」がヒントになっているという。「野田さん自身も、『道成寺』のイメージをこの作品に盛り込んでいると公言していらっしゃいますが、僕も『パンドラの鐘』を観たときに『道成寺』のイメージをすごく感じたので、そのファーストインプレッションを大事に、能狂言の『道成寺』と歌舞伎の『京鹿子娘道成寺』の世界観をないまぜにした空間で、古代と現代、古典と現代劇が入り混じった世界観にしたいなと。そこから、『道成寺』という作品が持っている狂気というテーマが今までの上演よりも少し色濃く見えてくると、今の社会に対してアクチュアリティのあるものにできるんじゃないかと思っています」と思いを語った。
ないまぜという点では、今回のキャストは蜷川演出、野田演出、杉原演出の経験者が混在しているだけでなく、年齢やバックグラウンドも多様なメンバーが集結している。演出的にキャストからヒントを得ることはあるか、と杉原に尋ねると「皆さんそれぞれにありますが、白石(加代子)さんはやっぱりすごいですね。存在感と言葉の説得力がすごくて、このセリフはどう成立させれば良いんだろう?と思うようなセリフも加代子さんが言うと説得力が出るんです。(南)果歩さんも、僕は「オイディプスREXXX」(参照:「オイディプスREXXX」明日開幕、中村橋之助「僕の今年のメインイベント」)に続き2回目ですが、現場の自由度を上げてくれる。(前田)敦子さんはこれまでにない色気と奔放さがあるタマキを、(大鶴)佐助くんは僕が台本で読んでイメージしたオズとはまったく別のオズを見せてくれて、皆さん本当に面白いです」と楽しげに語る。成田も「葵さんは、本当にちゃんとしている人。以前ドラマで共演していますが、そのときは家族の役で、今回は全然違う関係性なので、初共演くらいの感じです。白石さんは……すごすぎてわからないんですよ(笑)。本当に立っているだけですごいから、とりあえず稽古を見ています。(玉置)玲央さんはすべてが勉強になります。ときどき『ここはどうしましょう』って質問したりもしています」と話した。
本作には、杉原作品におなじみの俳優やダンサーが多数出演している。杉原はこれまで、ギリシャ悲劇や歌舞伎作品を演出する際も、コロスや民衆を1つの塊としてではなく個性の集まりとして細やかに描いてきた。本作ではどのように考えているのだろうか。杉原は「今回、キャストの中にダンサーが6人いるんですが、彼らは基本的には歌舞伎の黒衣のように舞台に存在していて、現代と古代を行き来しながら劇全体の磁場を支えていきます。道具を運んでセットしたりすることもあるし、登場人物として芝居をすることもあって、彼らがいなければその磁場が崩れるというような存在になっていくと思います」と構想を明かした。
多様なイメージが乱反射する
今回の「パンドラの鐘」では、DJや音楽プロデューサーとして活躍するm-floの☆Taku Takahashiが音楽、着物などの日本伝統とストリートの文化を融合させたデザインが特徴のオランダ / ポーランド人デザイナー・Antos Rafal(ANTOSTOKIO)が衣裳を手がける。その点について杉原に尋ねると「テーマ曲に関しては、『大草原を疾走するような雄大さと現代的な音楽を融合させた感じが良いです』と☆Takuさんにお願いしました。そうしたらイメージを超える、すごくカッコいい楽曲ができあがってきて。☆Takuさんはトラックメイクとメロディメイク、両方できる稀有な人で、本当に面白いし、素晴らしいと思います。衣裳のAntosさんは日本の文化に魅了されている方なので、和の要素を取り入れつつ、彼なりのぶっ飛んだアイデアも盛り込まれた面白い世界観になっています。また美術の金井勇一郎さんとは、今回初めてご一緒しますが、『こうしたい』とお願いするとすぐに新しいアイデアを持ってきてくださって、すごく柔軟な方だなと。シンプルですが、いろいろと凝った美術になっています」とスタッフ陣への信頼を述べる。また杉原は「『パンドラの鐘』には『道成寺』や『蝶々夫人』、天皇制や原爆の問題など、さまざまな要素が織り込まれていますが、そこへ音楽や美術、衣裳など新たな要素が入ることでイメージが乱反射し、作品がさらに重層的になるのではないかと思います」と期待を語った。
成田は「衣裳は、試行錯誤中で正直まだよくわからないです(笑)」と率直に述べつつ、「音楽も台本を読んだ感じとは全然違ったけど、やっぱり音楽は気分を上げてくれるというか。この芝居をしている中で、きっと背中を押してもらう瞬間がいっぱいあるんじゃないかなと思います。音楽って、下手したら芝居よりも空間を支配してしまうから『こんな感じなんだ』という発見があって面白いです」と印象を語った。
最後に成田へ、観客にはどのように作品を楽しんでほしいか尋ねた。成田は「どんなふうに楽しんでもらえるんでしょうね……。この作品にはいろいろな意味がちりばめられていて、受け取り方も人それぞれだと思うので、どのように観てもらっても良いなと思っています。今回、自分のお芝居を初めて観る人もいっぱいいると思うので、とにかく楽しんで観てもらえれば」と話す。
杉原はビジュアル発表時のコメント(参照:成田凌・葵わかながW主演務める「パンドラの鐘」蜷川実花撮影のビジュアル解禁)で「本作に希望を感じる」と語っていた。改めてその思いについて聞くと、「今、世界がこのような状況になり、この作品をやる意味が図らずも大きくなってしまったなと感じています。ただ、唯一の被爆国としてこういったメッセージが込められた作品を上演することには意味があると思うし、作品に託された、誰もが願う『平和であってほしい』というメッセージが、シンプルにきちんと客席に届けられたら」と、杉原は自身の言葉をゆっくり、確かめるように語った。
プロフィール
杉原邦生(スギハラクニオ)
演出家、舞台美術家。1982年、東京都生まれ、神奈川県茅ヶ崎市育ち。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映像・舞台芸術学科 同大学院 芸術研究科 修士課程修了。学科在籍中の2004年にプロデュース公演カンパニー・KUNIOを立ち上げ。これまでに「エンジェルス・イン・アメリカ」「ハムレット」、太田省吾「更地」「水の駅」などを上演。木ノ下歌舞伎には2006年から2017年まで参加し、「勧進帳」「東海道四谷怪談―通し上演―」「三人吉三」など11演目を演出した。代表作は、スーパー歌舞伎Ⅱ「新版 オグリ」(市川猿之助との共同演出)、「グリークス」、トライストーン・エンタテイメント「少女仮面」、シアターコクーン ライブ配信「プレイタイム」(梅田哲也との共同演出)、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「オレステスとピュラデス」など。近作にはPARCO劇場オープニング・シリーズ「藪原検校」、さいたまゴールド・シアター最終公演「水の駅」などがある。2018年(平成29年度)第36回京都府文化賞奨励賞受賞。
杉原邦生 Kunio Sugihara (@kuniooooooooo) | Twitter
成田凌(ナリタリョウ)
1993年11月22日、埼玉県生まれ。2018年に出演した映画「スマホを落としただけなのに」「ビブリア古書堂の事件手帖」で、第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。2019年には映画「チワワちゃん」「翔んで埼玉」「愛がなんだ」「さよならくちびる」「人間失格 太宰治と3人の女たち」「カツベン!」などに出演し、第44回報知映画賞の助演男優賞や第32回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞新人賞に輝いた。Huluオリジナル「あなたに聴かせたい歌があるんだ」配信中、公開待機作に「コンビニエンス・ストーリー」(8月5日公開予定)などがある。