ザ・スズナリの外観。

松田誠のスタオベ図鑑 Page4 [バックナンバー]

下北沢の変化、ザ・スズナリの変わらなさに松田誠が感じたこと

下北沢で感じた、自分の原点

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「ミュージカル『テニスの王子様』」「ミュージカル『刀剣乱舞』」など、演劇界に常に新風を巻き起こして来た演劇プロデューサーの松田誠。彼が“思わず立ち上がって拍手を送りたくなる”人、もの、場所を紹介する「松田誠のスタオベ図鑑」のPage4では、久しぶりに訪れた下北沢の街とザ・スズナリに感じた思いを語る。2019年に新駅舎が開業し、駅周辺も劇的な変化を遂げた下北沢。中学生の頃から下北沢に通い、下北沢を小劇場の“聖地”と捉えていた松田にとって、その変化はどのように見えたのか?

構成 / 熊井玲

街の変化に驚愕、スズナリに感じた郷愁

9月から10月にかけて上演されていた、GORCH BROTHERS2.1「MUDLARKS-マッドラークス-」を観に、ザ・スズナリに行きました。観ようと思ったのは、玉置玲央くんをはじめ知り合いの俳優さんが出演していること、今とても気になっている川名幸宏さんが演出していること、そして高田曜子さんが初めて本作の日本語訳を手がけたという点で、劇場がスズナリということは特に意識せず下北沢に向かいました。

GORCH BROTHERS2.1「MUDLARKS-マッドラークス-」ビジュアル

GORCH BROTHERS2.1「MUDLARKS-マッドラークス-」ビジュアル

僕は小劇場の出身なので、下北沢はいわば聖地。僕にとって本多劇場は、ミュージカル俳優の帝国劇場のような感覚です。ただこの2年ほど下北沢で芝居を観る機会がなく、今回本当に久しぶりに下北沢に降り立ったんですね。そうしたら信じられないくらいに変わっていて、本当にびっくりしたんです。自分が知っている街がこんなに変化するなんて!

僕が通っていた頃の下北沢はサブカルチャーの街で、もっとアンダーグラウンドな感じがしていたけれど今はメジャー感があるというか。おしゃれな店が多いし、キラキラした若い子がたくさん歩いている。そんな洒落たお店が立ち並ぶ高架下の隣に立っている本多劇場が、ちょっと違うものに見えました(笑)。そうして駅前を通り過ぎながらスズナリのほうへ向かって歩いているときに、僕もよく知っている「ふるさと」(編集注:昭和45年創業の下北沢の老舗居酒屋)なんかを見かけてホッとしたんですが、北沢タウンホールの横を通ってスズナリが見えて来たときの安心感たるや!(笑) まったく変わっていなくて逆にびっくりしました。僕は東京生まれなので田舎がないのですが、「ああ、故郷ってこういうことかな」と思いました(笑)。スズナリの外階段やロビーは、今の若い人たちが見たら昭和レトロな雰囲気をわざと演出している舞台セットにでも見えるんじゃないかと思うほど。下北沢の駅前のキラキラした感じに対して、スズナリはじっと根を張ってそこにいる御神木のような感じがして、神々しささえ感じました

芝居の醍醐味を感じた「MUDLARKS-マッドラークス-」

そんな思いでスズナリの客席に着き、「MUDLARKS-マッドラークス-」を観ました。内容的には社会に追い込まれた未来が見えない若者3人があがく姿をヒリヒリと見せていく良質な芝居。役者さんたちの腕も良いし、舞台セットがほぼ何もない空間で劇世界を立ち上げていく川名さんの演出がスタイリッシュでカッコ良かった。お客さんの想像力に委ねていくような──つまり、あまり“親切な芝居”ではないので、最初は何が起こっているのか、彼らがどういう人たちなのか、ここがどういう場所なのかもわからないんですけど、異形なものが少しずつ形を整えていくような芝居の醍醐味を感じて、とても面白かった。ずっと緊張感を持って観ることができるお芝居でした。

GORCH BROTHERS2.1「MUDLARKS-マッドラークス-」より。(撮影:サギサカユウマ)

GORCH BROTHERS2.1「MUDLARKS-マッドラークス-」より。(撮影:サギサカユウマ)

GORCH BROTHERS2.1「MUDLARKS-マッドラークス-」より。(撮影:サギサカユウマ)

GORCH BROTHERS2.1「MUDLARKS-マッドラークス-」より。(撮影:サギサカユウマ)

普段舞台を観るときは、舞台美術がどんなかとか、アンサンブルの人数、お客さんの入りやどんな反応をしているかなどをプロデューサー目線で観察してしまうのですが、これも下北沢マジックなのか「MUDLARKS-マッドラークス-」は久しぶりにいち観客として観ることができました。またこれはパンフレットに書いてあったことですが、このGORCH BROTHERS2.1というシリーズは、舞台制作会社のゴーチ・ブラザーズが誰かのアイデアをみんなでやろうというもので、みんなで合宿したり、時間をかけてディスカッションを重ねたりと、この何事にも効率を求められる世の中で“思い”を大切にじっくりと創作することを目指したプロジェクトだそうで、その感じは作品にもよく表れていたと思います。

“スズナリだからこそできる”ことも…

ただ、これほどみんなが命を削って作っている素晴らしい作品でも、“集客する”ということは大変な時代です。小劇場に限らず、今は自分がものすごく好きな俳優が出ているとかすごく知られているタイトルであるとか、お客さんにとって“明らかなモチベーション”が湧くものでない限りなかなか劇場に足を運ばなくなってきていると感じています。コロナを経て、経済的にも苦しい時代に入ってきた現在、集客をどう考えるかは難しい問題ですね。

松田誠が俳優時代に本多劇場の舞台に立ったときの思い入れある貴重な写真。

松田誠が俳優時代に本多劇場の舞台に立ったときの思い入れある貴重な写真。

でも、小劇場が若い才能が生まれるための大切なファームであるという一方で、例えばスズナリのような客席200ほどの劇場で、あえて「200人しか観られないレアな芝居をやる」という考え方もあると思うんですよね。前回お話ししたブロードウェイの「The Music Man」のヒュー・ジャックマンみたいに、“人気俳優の芝居がスズナリの距離感で観られる、ただしチケット代は高額”というような特別感がある芝居もこれからは考えうるんじゃないかなと。しかもそれは“スズナリだから成立する”部分もあると思うんですよ。スズナリって生半可なカンパニーには貸してくれない劇場なので、逆に言えばスズナリで上演するということは、あるクオリティが担保されている作品だという証でもある。そういう点で、スズナリでやるということに価値があると思うんですよね。僕自身、俳優時代に下北沢の劇場にはいくつも立たせてもらいましたが、スズナリだけは立ったことがなくて、ちょっと特別な憧れの場所という思いがあります。今回久しぶりにスズナリでタイトなお芝居を観て、そういった自分の原点を思い出すことができました。何せ中学生の頃から下北沢で芝居を観続けているので(笑)、舞台人としての自分は下北沢が育ててくれたのだと再確認しました。しばらく下北沢で芝居をやっていませんでしたが、また下北沢で芝居がやりたいな、下北沢という街に何か恩返ししたいなと強く感じました。下北沢フォーエバー。

さて次回は11月に行ってきた、ある展覧会のお話をしたいと思っています。

松田誠(マツダマコト)

「MUDLARKS-マッドラークス-」の公演パンフレットと共に、松田誠。

「MUDLARKS-マッドラークス-」の公演パンフレットと共に、松田誠。

演劇プロデューサー。一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会の代表理事。2022年6月にネルケプランニング代表取締役会長を退任し、7月フリーとなって新たに世界に挑む。

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玉置玲央 @reo_tamaoki

嬉しい、そして素敵な記事。
https://t.co/D6pvZsKP1m

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