生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。
このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。
第16回には、
取材・
デビュー後の昆夏美は基本、やりたいものをやる主義
──ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」で華々しいデビューを飾られた昆さんですが、その後、活動初期の2012年にはテレビドラマ「Wの悲劇」、2013年にはアニメ「銀河機攻隊マジェスティックプリンス」で歌手デビューなどもされていますね。
テレビドラマについては、当時はすごく嫌だったんですよ(笑)。今となっては、可能性を広げる大切さとか、未来の自分につながることを理解できるんですが、当時は良くも悪くも舞台しか知らなくて、「これがやりたくてこの世界に入った」という気持ちが強かったんです。なので、「なぜ?」という困惑と、やりたいことが明確な自分の間でもがいていて、新しいジャンルで楽しさを見つけようとする、その見つけ方が甘かったなと思います(笑)。やっぱり、用意ドン!で演技をするよりも、お稽古を重ねて、物語や自分の感情が進んでいって、本番を迎えるほうが性に合っているなと思ったんですよね。1回こっきりドラマに出演しただけでは何もわからないはずなのに、「もう嫌だ」という私の意思が強くて、当時のマネージャーさんを困らせたと思います……。
──あははは。ですが、テレビドラマという点では、現在放送中のドラマ「アンラッキーガール!」の第7話にゲスト出演されていますね。
最近は自分を俯瞰できるようになってきて。トライさせていただけるなら、やるべきだと思えるようになったんです。もちろん、舞台をやりたいという気持ちはあるんですけど、10年経って、大人になりました(笑)。映画「美女と野獣」も、始まってみたら舞台系の方が多く参加されていて、とてもうれしかった。「美女と野獣」をきっかけにテレビに出させてもらったり、触れ合う人が増えたりして、自分が知っている場所だけでがんばるのも素敵だけど、世界はもうちょっと広くて、たくさん種類があるんだなあ、と感じたんです。
再演が好き、パワフルさだけで良いの?泥系女子
──これまでに出演されたミュージカル作品のお話も聞かせてください。「レ・ミゼラブル」(以下レミゼ)のエポニーヌ役や「ミス・サイゴン」のキム役など大役を演じられていますが、ご自身の中で大切な役や作品は何になりますか?
私、再演ものがすごく好きなんです。初めて演じる役でも、上演中にどんどん深くなっていくのは感じるんですが、再演ではより周りが見えたり、演技でトライできる材料が増えるので、まったく飽きないんです。レミゼのエポニーヌは、二十代をかけて演じさせていただきましたが、だんだんマリウス役の方が年下になってきて。最初は手の届かないお兄ちゃんに恋焦がれるみたいな恋愛感情が、対等な間柄、母性のように包み込む思いへと変わっていったんです。でも、「それで良いや、“大人な女性のかなわぬ恋心”でもエポニーヌは演じられるんだな」と思えたことが、発見でした。1つの作品で同じ役なのに演じ方や捉え方が変わっていくのが面白かったですね。
──「ミス・サイゴン」のキムや「マリー・アントワネット」のマルグリット・アルノーなど、昆さんが演じられる役は“ほっぺに泥をつけて、ぐうう!”というような、困難な状況を強いられて生きる女性が多いですよね。
そうですね(笑)。そういう“地をはいつくばる”ような役を演じるときに、役柄の環境や心情から、自分も気持ちがマイナスに引っ張られることがあって。それを、エネルギーをバーッと出して歌ったり芝居をしたりすることで、昇華させていた部分があったんです。というか、二十代は自分を鼓舞する気持ちと、マイナスのエネルギーがうまく反応し合っていたというのが正しいかな。でも、最近は「それって、トゥーマッチじゃない?」と思えてきて(笑)。苦しくて困難な状況を生きるキャラクターでも、さじ加減やバランスで、いろいろな見せ方ができる。“泥系女子”にも、もっと幅を持たせることができると思って、それが自分のこれからの課題になると考えています。
──来年7月には、コロナで中止となっていた「ミス・サイゴン」のキムがやって来ます。
キムは17歳の役なので、自分、大丈夫かなと不安に思う部分もあります。初めて演じたのは2014年公演で、23歳だったんですけど、それ以来、実はちゃんとやっていないんです。2016年公演は声帯結節で休演して、愛知公演にしか出演しませんでしたし、2020年公演はコロナで公演中止に。8年前の記憶ではありますが、二十代前半でキムを演じた感覚を多少覚えている自分が、31歳で、若さ故の考え方があるキムとどんなふうに向き合えるのか、興味がありますね。先ほどエネルギーの出し方で大口をたたいちゃいましたが、めちゃくちゃ必死にやってると思います(笑)。ふたを開けてみたら「変わらんやないかい」ってなってるかもしれません。
30歳になって“未来を広げていきたい”欲がふつふつと…
──昆さんは、白井晃さんや青木剛さん、ロバート・ヨハンソンさん、マリア・フリードマンさんなど、国内外のさまざまな演出家とお仕事をされてきましたが、多彩なクリエイターの現場に触れて、どんなことを得られたと思いますか?
いろいろな出会いがあったのは、谷賢一さん(作・演出)の「人類史」ですね。ミュージカル畑の方が自分以外にいなかったのが新鮮で、映像系の方、コンテンポラリーダンサーなど、友達のいない中に放り込まれて、「踊れ」と言われるような。息の遣い方や、お芝居、歌など、足りないものをお互いに教え合って、補えるカンパニーで、“歌う”という自分の強みが通用しない場所でさまざまな学びがあり、とても良い環境でしたね。ストレートプレイをもっとやっていけたらと思いました。
──なるほど。ミュージカル出演が続くと、ちょっと離れてみたくなったり、飽きてしまう瞬間はないのかな?と思っていたんです。
それはないです! 自分が出演したことのない作品のオファーをいただけると「やった!」と思うし、幸せだし、飽きることは一生ない。でも、自分の中で、このままで良いのか、もっとほかのものを知りたいという欲が芽生えてきているのは感じます。
──今がまさに転換期なんですね。ではこの先の10年を、昆さんはどういうふうに見据えていらっしゃるのでしょうか?
それが、難しいなと思っていて。ミュージカルにかかわらず舞台はやっていきたいんですが、二十代の頃は「それはやりたくない」というスタンスを取ってきた部分もあって、でもそれはやめなきゃなと。今は我慢することがあっても、とりあえず踏み込んでみたら、5年後や10年後に世界が開けるかもしれない。未来の可能性を選び取る賢さを持ちたいなって。大人になることへの葛藤ですよね(笑)。というのも、私の容姿や身長に似合う役って、たぶん二十代なんです。でも、若い役は若い子がやれば良い。だから三十代のお姉さんの役ってなると、私、けっこう厳しいんじゃないかなと思っていて、怖いんです。
──ええー! でも、昆さんには歌があるし、お芝居も上手だし、総合力が高いので、“ミュージカル俳優が戦うゲーム”があったら、デッキに必ず入れておきたいタイプです……。
あははは! ありがとうございます。歌は自分の武器の1つだと思ってはいて、皆さん、この10年の私の姿を観てそう言ってくださるのは本当にうれしいんです。一方で、それだけじゃなくて、佇まいや演技、表現のことをもっと言ってもらえるようになりたいなと思っていて。なので、演技をもっと勉強して、現場での取り組み方などをたくさんいる素敵な先輩方から盗んで、自分を深めていきたいですね。
──そんな昆さんが思う、ミュージカルの魅力って何ですか?
そうだなあ。ミュージカルのどこが好きかというと、私はやっぱり歌なんです。歌によって、涙腺が崩壊させられることが多々あるし、ミュージカルは演技されている役者さんの表情と歌声と音楽で、観る人を魅了してくれる。演じる側の私の意見としては、よく「いきなり歌い出すのが苦手」とおっしゃる方がいますが、「そこが良いのにな」と思うと同時に、歌と芝居に隔たりがあると、そこに違和感を感じさせてしまうんだろうなと危機感を覚えます。♪チャラランで「いきなり歌い出した!」と驚かれないように、表現をつないでいける役者になりたいなと思います。観客として客席にいるときの私は、それで作品を好きか嫌いか決めちゃうくらい、ミュージカルを観るときには歌と楽曲が大事ですね。良い作品は絶対、音楽が耳に残るんですよ。
プロフィール
1991年、東京都生まれ。洗足学園音楽大学ミュージカルコースを経て、ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」のジュリエット役でプロデビュー。以降、ミュージカル「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」、音楽劇「星の王子さま」、ミュージカル「マリー・アントワネット」、ミュージカル「ドッグファイト」などに出演。映画「
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昆夏美、三十代は“地をはいつくばる系女子”のその先へ(後編) | ミュージカルの話をしよう 第16回 https://t.co/jNRrUN4M5v