ダレン・ヤップ

ミュージカルの話をしよう 第12回 [バックナンバー]

ダレン・ヤップ、情熱に引っ張られて歩んできた演出家の道

ミュージカルの高揚感と世界観に魅せられて

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ある決断が演出家としての転機に

──日本や世界各国で演出を続ける中で、ご自身にとって転機となる瞬間はありましたか?

僕は現場の人たちが好きだし、みんなと良い仕事をしていきたいという思いでずっとやってきました。でも、この5年ほど、「自分はどう思うのか、世界をどう見ているのか」「自分に対して正直であるか、自分に誠実に行動できているか」ということを考え始めるようになりました。僕にとってのブレイクスルーは、おそらく「ミス・サイゴン」の演出をしていたとき。「ミス・サイゴン」は本当に好きな作品でしたし、ローレンス・コナーの新演出版も素晴らしいと思ってやってきたけれど、あるとき「もうこれではなく、自分の作品を作りたい」と思ったんです。それでオーストラリアに戻り、自分の演出でいくつか舞台を作って、その後、日本で「ゴースト」や「ジョセフ」(編集注:新型コロナウイルスの影響で開幕直前で公演中止になった)を手がけることになりました。キャメロン・マッキントッシュ・カンパニーを去るという決断には勇気が必要でしたが、そうすることで、自分が今すべきことに向き合えるようになったと思います。

──2019年に上演された西川大貴さん主導の日本の若手によるオリジナルミュージカル「(愛おしき)ボクの時代」に、ヤップさんがスーパーバイジングディレクターとして参加されたのも、それが“自分がすべきこと”の線上にあったからですか?

そうだと思います。大貴とは「ミス・サイゴン」(2012・2014年公演)のときにラーメン屋でよく話をしていました。彼は演技も歌唱も脚本もできてオールラウンダーとして活躍できる人材。僕も何かしら協力したいと思っていましたし、エキサイティングな企画だと感じたんです。また、彼だけでなく、日本のミュージカル俳優たちから「日本のオリジナル作品が少ない」という話を聞いていて。日本でミュージカルが盛んに上演される中で、西洋の作品が主流と言えども、オリジナルの作品が増えていくのは必要不可欠なこと。日本人の目線で現代日本の人々に向けた作品を作るのは大事なことだと思っています。

オリジナルミュージカル「(愛おしき)ボクの時代」のメンバーと。

オリジナルミュージカル「(愛おしき)ボクの時代」のメンバーと。

コミュニケーションで練り上げた「ゴースト」

──ヤップさんは日本でミュージカルを演出するとき、文化的な背景の違いから難しさを感じることはありますか? また日本人の観客にどのように寄り添って作るべきかと考えることはありますか?

僕が「ミス・サイゴン」のカンパニーに受け入れられやすかった理由の1つは、僕が外国人だけどアジア人の背景を持っているということだったと思います。とはいえ日本とオーストラリアでは文化が違いますから、よくキャストやスタッフの人たちと食事に行って、そこで日本人の習慣や考え方を学んでいましたね。あとは演出家として常に重視したのは物語の部分。どんな作品をやるにしても、「ゴースト」なら“死と向き合う”というような世界共通の、人種や文化を超えたものがある。まさにそれを、僕は演劇を通して伝えたいと思っていて。演出家にとって一番大事なのは、観客に何を伝え、何を届けるかということ。観客が劇場を出るときに何を持ち帰れるかということを考えなければならないんです。また、日本人が観て納得できるものを作りたかったので、通訳・翻訳の方や俳優に「どう思う?」「このシーンは君の目にはどう見える?」としつこく聞いて、話しながら微調整をしていきました。どの国であれ、観客に違和感を与えず、きちんと伝わるものになるよう、カンパニーのメンバーと対話し、練り上げるようにしています。

ミュージカル「ゴースト」(2018年公演)より。(写真提供:東宝演劇)

ミュージカル「ゴースト」(2018年公演)より。(写真提供:東宝演劇)

ミュージカル「ゴースト」(2018年公演)より。(写真提供:東宝演劇)

ミュージカル「ゴースト」(2018年公演)より。(写真提供:東宝演劇)

──昨今、日本では“ミュージカルブーム”だと言われていますが、そういう熱量を客席から受け取ることはありますか?

それは僕が10年くらい前に日本に来たときから変わっていないと思いますね。当時、僕は日本のファンの熱狂ぶりにとても驚いたんです。客席からの熱気はもちろん、公演後の出待ちの行列を見て「すごいな」と。これは僕が日本で仕事をするのが好きな理由の1つでもあるんですが、観客のミュージカル愛、舞台に関わる役者さんへの愛がすごく伝わってくるんです。業界の変化で言うと、やはり若い世代がミュージカル界にどんどん現れることによって、彼らの考え方や芝居との向き合い方から生まれる演劇があるんだなと感じています。何度も大貴のことを言うと、彼は恥ずかしがるかもしれないけど(笑)、大貴はとても良い例。はっきりとしたアイデアを持っていて、実際に自分で脚本を書くことで、いろいろな変化を生んでいます。どこの国にも言えますが、演劇界が変わるためには、書き手が増えていかないといけません。新しいアイデアを持った書き手が出てくることによって、演劇界そのものが活性化されるんだと思います。

ミュージカルの、ほかのジャンルにない高揚感と世界観

──ヤップさんはミュージカルのどんなところに魅力を感じていますか?

こんなに長年関わっているミュージカルを、今でも愛し続けている理由……たくさんありますが、やっぱりミュージカルの魅力は音楽と歌。その音楽や歌が、ストーリーと登場人物の感情とうまく合わさったときに得られる感動というのは、オペラやストレートプレイ、映画のそれとは比べものにならないです。まったく違うものが、ぐわっと湧き上がってくる。それが僕にとっては、何よりも魅力的ですね。あと舞台美術や照明で作り出されるミュージカルの世界観も、映画やオペラにはないものだと思います。舞台上に立ち上がるミュージカルの世界には今でもワクワクさせられます。Zoomを通して「ゴースト」の初日をシドニーで観たときも、幕が上がって照明が入って、セットが動く様子、森久美子さんが涙を流して演じている姿、観客が拍手を送っているさまに、僕は子供のように目をキラキラさせていました(笑)。僕はこういうパッションに導かれてここまで来たんですよね。最近では、日本の観客がスタンディングオベーションを送ってくださって、キャストがそれに応える様子を観るのが好き。そうやって喜んでいただけているのを観て、「良い仕事ができたんだな」と実感できています。

2019年、オリジナルミュージカル「(愛おしき)ボクの時代」を終え、西川大貴(右)と空港で。

2019年、オリジナルミュージカル「(愛おしき)ボクの時代」を終え、西川大貴(右)と空港で。

プロフィール

1967年、オーストラリア・シドニー生まれ。俳優・演出家。NIDA(ナショナル・インスティトゥート・オブ・ドラマティック・アート)とウエスタンシドニー大学で演劇を学ぶ。2007年から2014年にかけてのミュージカル「ミス・サイゴン」(オーストラリア、日本、韓国、アムステルダム、ウェストエンド)や、ミュージカル「マンマ・ミーア!」10周年記念ツアー版の演出補を手がける。日本では「ミス・サイゴン」のほか、2018・2021年にミュージカル「ゴースト」の演出、2019年にミュージカル「(愛おしき)ボクの時代」のスーパーバイジングディレクターを務めた。近年の演出作品に「JESUS WANTS ME FOR A SUNBEAM」「DOUBLE DELICIOUS」など。2017年には「DIVING FOR PEARLS」の演出でBroadway Regional Awardの最優秀演出家賞に輝いた。

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