ミュージカルの話をしよう

ミュージカルの話をしよう 第3回 [バックナンバー]

シルビア・グラブ、“できないことをやるすごさ”を追い続けて(後編)

音楽と歌と踊りと芝居──ミュージカルはワンダーランド

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生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

3人目は、シルビア・グラブ前編ではライザ・ミネリに憧れた子供時代から、第34回菊田一夫演劇賞を受賞した「レベッカ」ダンバース夫人役との出会いを語ってもらった。後編では、自身にとって大きな経験となった「メアリ・スチュアート」エリザベス1世役のこと、劇場再開後の今夏上演され、観客に大きな感動を与えた「三谷幸喜のショーガール~告白しちゃいなよ、you(Social Distancing Version)」のこと、そして今後への思いを聞いた。

取材・/ 熊井玲

福田陽一郎、そして三谷幸喜との出会い

──「レベッカ」で菊田一夫演劇賞を受賞されたあと、シルビアさんの活動の幅はより広がっていきます。三谷幸喜さんの「国民の映画」にご出演されたときは、意外でした。

三谷さんとの出会いはすごく大きかったですね。「国民の映画」(2012年初演)には小日向文世さん、段田安則さん、小林勝也さん、風間杜夫さんなどベテラン俳優さんたちばかりが出演していて、あの中にいることが信じられなかったです。稽古の初期からビビリまくりました(笑)。歌に逃げることもできない、どうしようって。

──そんな「国民の映画」で、読売演劇大賞優秀女優賞を受賞されました。

あれは本当にびっくりしましたね。ある朝、三谷さんからメッセージが来たんです。「新聞読んだ?」って。「え、新聞? なになに?」って返信したら、写メで読売演劇大賞のノミネーションを送ってくださって……。まったくノーガードっていうか、そんなこと思ってもみなかったので、自分の演劇人生の中で一番の衝撃だったかもしれません(笑)。

──その後も三谷さんとのご縁は続き、2014年には「ショーガール」がスタートしました。「ショーガール」は福田陽一郎さんの脚本・構成・演出、木の実ナナさんと細川俊之さんの顔合わせにより、1974年から1988年までPARCO劇場で上演された人気ショーシリーズで、三谷さんによる“新版”には川平慈英さんとシルビアさんが出演。現在のPARCO劇場で、大事なレパートリー作品となっています。

「ショーガール」は、私が「Shoes On!」で初期からずっとお世話になっていた福田さんの作品で、「Shoes On!」には慈英もずっと出演していました。福田さんは生前、「慈英とシルビアだったら、また『ショーガール』できるかもなあ」っておっしゃってたんですけど、当時の私は「ショーガール」を知らなくて……。そうこう言っているうちに2010年に福田さんが亡くなり、そうしたら三谷さんが新たな「ショーガール」を立ち上げることになり、まさか慈英と私をピックアップしてくださるとは! 何か運命的なものを感じました。私にとって福田先生の存在はとても大きいので、彼がやりたかったであろうことを今できているのはすごくうれしいです。

エリザベス1世の人生を背負うことの重さ

──そして今年、また大きな挑戦をされました。森新太郎さん演出のストレートプレイ「メアリ・スチュアート」でエリサベス1世という大役を演じられましたね。ちょうどコロナが騒がれ始める直前でした。

そうですね。ほかの公演が中止や延期になる中、ギリギリ全公演できた、という感じでしたね。「メアリ・スチュアート」も、オファーをいただいたときにはとてもびっくりしました。まさかの古典劇でしたし、歌はまったくないし……ストレートプレイはやりたいけれど、まだちょっと自信がないというか、怖いという印象があったのでどうしようと思いましたが、「朗読ミュージカルでエリザベス1世をやっていたし、2年以内に同じ人物の役が来たのだから、これはやるべきだ」と思って。……ただ、本当にキツかったです。役者としてはすごい経験になりましたし、プラスにしかなってないけれど、エリザベス1世という人物の人生を背負うことがまずつらいし、あのセリフ量だし、そこへコロナの問題も出てきて、途中からお客さんたちが皆さんマスクをし始めるし……。「最後まで演じられるんだろうか? 怖い!」と思いながら演じていました。

──観客としては、エリザベス1世の存在感の大きさと共に、嫉妬と恐怖心に駆られる人間らしさをシルビアさんが体現されていて、非常に胸を打たれました。ただ、稽古前の会見では森さんが、「シルビアさんにはコメディエンヌっぷりを発揮してもらいたい」とおっしゃっていましたが、全然コメディではなかったなと……。

あははは! そうですね、最初は森さん、そんなことおっしゃっていましたね。そんな大変だった「メアリ・スチュアート」の次に出演する予定だったのがミュージカル「ジョセフ・アンド・アメージング・テクニカラー・ドリームコート」。ナレーター役はハッピーで自由な、制限ない役なので楽しみだったんですけど、初日目前で中止になってしまって。

──緊急事態宣言が発令された4月7日に初日を迎えるはずでした。

セットだけは観たんですけどね……。もちろん私たちだけでなく、プロデューサーや作り手たちもつらかったと思いますが、まさかそこからずっとこの状況が続くとは。そこからしばらくお休みが続き、周囲から聞く話は全部公演中止だし、スタッフも役者もみんな仕事がない状況で、先が見えなくて不安な気持ちが続きました。

カーテンコールで毎日泣いた「ショーガール」

PARCO劇場オープニング・シリーズ PARCO MUSIC STAGE「三谷幸喜のショーガール(Social Distancing Version)」より。(撮影:阿部章仁 / 写真提供:株式会社パルコ)

PARCO劇場オープニング・シリーズ PARCO MUSIC STAGE「三谷幸喜のショーガール(Social Distancing Version)」より。(撮影:阿部章仁 / 写真提供:株式会社パルコ)

──そして夏に、PARCO劇場のオープニング・シリーズの1つ、「三谷幸喜のショーガール~告白しちゃいなよ、you(Social Distancing Version)」が上演されました。

「ショーガール」の稽古は6月上旬に始まったんですけど、最初のうちは「また中止になるかもしれない」と思って、あまり入り込めなかったんですよね。

──まったくそうは思えない、素晴らしい舞台でした。

初日のお客さんの拍手や手拍子は、本当にすごかったですね。7・8月の公演だったので客席の稼働率はまだ50%だったんですけど、幕開きから拍手が鳴り止まなくて、迎えられ方が温かすぎて、「ヤバい! オープニングで泣いてしまっては!!」と(笑)。スタンディングオベーションも、本気のスタンディングオベーションっていうか、こちらが息を吸う間もないくらいブワッてみんなが立ち上がって、拍手の大きさに息ができなくなるくらいで。舞台を23年やっていて、あんな経験は数えるほどしかありませんが、「ショーガール」ではそれがほぼ毎日でした。カーテンコールであれほど毎日泣いた作品はありませんし、すごく衝撃でしたね。

──ソーシャルディスタンスバージョンではありましたが、歌は観客と舞台の距離を縮めるのだなと実感しました。

そうですね。ソーシャルディスタンスをあれだけ逆手にとった演出ってなかなかないですし(笑)、面白かったですよね。稽古場でみんながいろいろアイデアを出しながら作っていって、それが受け入れられたのもうれしかったし、ステージに立って拍手をいただけるうれしさを、再確認できたなって。

──「ショーガール」に続いて「SHOW ISM」、ミュージカル「Beats~クマネズミの未来ミッション~」「おかしな二人」と舞台出演が続いています。

ありがたいことですね。もちろん、まだまだ日常に戻ったわけではなく、普段の生活では劇場と家の往復のみですし、これまで以上に体調管理を徹底して、それでもいつ公演中止になるかわからずに不安を抱えながら過ごしてはいますが……。でもまあ、結婚して以来初めて主人とこんなに長く一緒に過ごしていますし、それでもけんかもせず仲良くできているので大丈夫だ!と、そこも再確認できました(笑)。

今年1月に、夫・高嶋政宏と2人で行った旅行先で。

今年1月に、夫・高嶋政宏と2人で行った旅行先で。

──それは良かったです(笑)。そして来年、ミュージカル「イフ / ゼン」の上演が控えています。

そうなんです! “ザッツ・ミュージカル”という作品を今年はやっていないので、逆に「私、ミュージカルできるのかな?」って心配になるくらいですが(笑)。でも「イフ / ゼン」は大好きだったミュージカル「ネクスト・トゥ・ノーマル」と同じクリエイティブチームが製作した作品で、「イフ / ゼン」のサントラを聴いていると「ああ、『ネクスト・トゥ・ノーマル』のあの楽曲の要素が入ってるな」って気付いたりもして。やっぱり楽曲がすごくいいので楽しみです。

できそうもないことをやってみせる、ミュージカルはワンダーランド

──シルビアさんは、年齢を重ねられるごとにどんどん演じられる役の幅と存在感が大きくなっていると感じます。今後、出演したい、憧れの作品はありますか?

ライザ・ミネリに憧れていたから、以前は「キャバレー」をやってみたいと思っていたりしましたが……でも今は正直、特に「これがやりたい」というのはなくて。やりたい役を演じる機会も、思いがけない役を演じる機会も与えていただいていますし、自分でブレーキをかけそうになると、別の人がアクセルを踏んでくださる感覚で。三谷さんにしろ森さんにしろ、自分が思いもよらないことを言ってくださるのは発見がありますし、料理してほしいんですよね、私を。自分で自分に制限を付けたくなくて、できる限りなんでも挑戦したいと思っています。

──さまざまな作品で活躍されているシルビアさんですが、改めてミュージカルの魅力をどんなところに感じていらっしゃいますか?

ミュージカルもストレートプレイも、私としては区別せず、全部を表現の場と捉えてやっているんですね。そのうえで、音楽の力ってやっぱりすごいなと思うし、ダンスなどフィジカルな表現が持つパワーもすごいと思う。そんな音楽と歌と踊りと、さらに芝居があるミュージカルはワンダーランドだと感じますし、できそうもないことを俳優たちがやってみせるから、お客様を非日常的な世界へ誘えるんじゃないかな。やる側としては年々つらくなってきてますけど(笑)、努力して技術を磨くことは必要なことだと思います。

──コロナ以降、ミュージカルでも舞台の配信が増えましたが、客席で歌とダンスを体感するとパワーを全身に浴びるというか、大きな力をもらいます。

それは私たちも同じです。配信によって、普段劇場に来られない方が手頃な値段で舞台を観られることは、すごくいいことだと思うんです。But! 役者としては、やはり目の前のお客様から拍手やエネルギーをいただくことで、芝居が全然違ってくるんですよね。だから配信だけでなく、生の舞台も続けてほしいし、お客様にもぜひ劇場に舞台を観に来ていただきたい。配信の良さと生で観る大切さと、両方を大切にしていきたいです。

プロフィール

1974年、東京都 / スイス出身。1997年に「Jerry's Girls」でデビュー。その後、「アイ・ガット・マーマン」「エリザベート」「キャンディード」「INTO THE WOODS」「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」「ロミオ&ジュリエット」「日本の歴史」「Shoes On!」シリーズ、三谷幸喜作・演出「ショーガール」などのミュージカルやショー作品を中心に活動。2020年には森新太郎演出「メアリ・スチュアート」でエリザベス女王役にも挑戦した。また林希、岡千絵と共にgravityでの活動も行っている。2008年に「レベッカ」で第34回菊田一夫演劇賞、2011年には三谷作・演出「国民の映画」で第19回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。2021年1月から2月にかけてミュージカル「イフ / ゼン」、4月にKERA CROSS「カメレオンズ・リップ」への出演が控える。

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