「東京アディオス」大塚恭司&横須賀歌麻呂インタビュー|構想から15年、下ネタを貫き続けた“地下芸人”が映画になるまで

テレビで放送できないような下ネタを詰め込んだ1人コントを武器とするピン芸人・横須賀歌麻呂。彼の半生を題材にした映画「東京アディオス」が10月11日に公開される。同作でスポットが当たるのは、小規模なライブを中心に活動しながら、自分が面白いと思う芸を愚直に追及し続ける“地下芸人”たちの世界。華やかなテレビ業界とは正反対に位置するお笑い界のアンダーグラウンドだ。

監督を務めたのは「Mr.マリックの超魔術」シリーズやドラマ「女王の教室」などを手がけてきたテレビディレクター、プロデューサーの大塚恭司。番組制作の最前線で活躍してきた彼はなぜ地下芸人の世界を描こうとしたのか。そもそも横須賀歌麻呂とはどのようにして出会ったのか。お笑いナタリーでは大塚監督と横須賀歌麻呂へのインタビューを実施し、映画が完成するまでの制作秘話を語ってもらった。この中では現在のお笑いシーンの動向に関する話題も飛び出している。

特集の後半には、約70名の芸人が参加した試写会イベント「地下芸人大集合!!極限生活ぶちまけ上映会」のレポートを掲載するので併せて楽しんでほしい。

取材・文 / 塚越嵩大 撮影 / 星野麻美(P1~2)

大塚恭司&横須賀歌麻呂インタビュー

こいつを主人公にするしかない

──私も作品を観させていただいて、得体の知れないすごい映画だなと思いました。

横須賀歌麻呂 ははははは(笑)。そうですよね。完全に得体が知れないと思います。

左から大塚恭司、横須賀歌麻呂。

──内容については後ほど触れるとして、まずは、なぜ地下芸人をテーマにした映画を作ることになったのか、お二人の出会いから教えてください。

大塚恭司 出会いは2004年頃かな。なべやかんくんが主催している「嗚呼 お笑い東洋・太平洋秘宝館タイトルマッチ」というイベントを観に行ったときに横須賀が出ていて、こんな面白い奴がいるのかと衝撃を受けました。

左から大塚恭司、横須賀歌麻呂。

──どのような部分が琴線に触れたんですか?

大塚 ネタはもちろん面白いんですけど、それ以外にも惹かれるところがありました。僕は1992年に竹中直人さん主演の「演歌なアイツは夜ごと不条理(パンク)な夢を見る」というテレビドラマを作って、本来の自分とは別の人格を極端に演じてしまう男を主人公にしていたんです。それから月日が経って初めて横須賀を見たときに「俺がドラマで描いたような人物が現実に存在するんだ!」と衝撃を受けて……。というのも、彼がサングラスを外して帰るところをたまたま見かけて、そのギャップがすごく面白かったんです。舞台上で下ネタをバンバン言うのに、普段はとてもそんなことをするような奴には見えない。

横須賀 善良な一市民ですから(笑)。ライブの打ち上げで気付かれないこともあります。一緒に出ていた後輩芸人が1時間くらい経って「あれ、横須賀歌麻呂さんですか?」って言ってきたり。

横須賀歌麻呂

大塚 出してる空気感が全然違うもんね。ネタ中と現実にここまでギャップのある奴がいると思わなかったので、それが目の前に現れた瞬間、「こいつを主人公にするしかない」という確信のような思いを抱いたんです。

──チンピラのような見た目で下ネタを連発するというキャラクターはデビュー当時から固まっていたんですか?

横須賀 いえ、最初は素の自分でした。学生時代はクラスの人気者タイプだったので、お山の大将気分でお笑いの世界に入ったら猛者だらけで、「自分なんて全然大したことないんだ」「普通の自分では太刀打ちできない」「奴らに勝つためには強力なキャラクターを生み出さないといけない」と思い知らされました。そこで矢沢永吉、長渕剛、浜田省吾みたいなカリスマに見えるけど、実はショボい奴っていうキャラクターを考えて、そこからいろいろ模索して現在のチンピラキャラに辿り着きました。

大塚 横須賀と出会った2004年頃はちょうどキャラクターが切り替わるタイミングだった記憶があります。僕はそのとき、13人の地下芸人が出てくる「人類滅亡と13のコント集」っていう深夜のコント番組を作っていて、まずはそこに彼を起用したんです。主演はマキタスポーツだったんですけど、次は横須賀歌麻呂をメインにしたものを作ろうと考えていて。それがすごく時間がかかってしまって、結局構想から15年を経て今回の「東京アディオス」として完成しました。

俺は映画の中で何回オナニーしてるんだ

左から大塚恭司、横須賀歌麻呂。
大塚恭司

──横須賀さんは映画主演のオファーを受けたときはどんな心境でしたか?

横須賀 僕が最初に話を聞いたのは2012年頃で、「これはすごいことになったな」って舞い上がりました。下ネタをやり続けていたら映画を作ってもらえるって「たけしの挑戦状」の裏技みたいじゃないですか? 「そんなクリアの仕方あんの!?」みたいな。とにかく超ラッキーって感じでした。

大塚 そこから2回(企画を)潰しちゃったからね。正直、途中でもうダメだと思ったでしょ?

横須賀 「スポンサーが付かなかったんだろうな」「売れてもいない無名の芸人を主役に、なんていうのは夢物語だったんだな」と思いました。

──それがついに完成したとなるとかなり感慨深いですよね。

大塚 もちろん。予算面など、最終的には当初想定していたよりも遥かにいい条件で制作できました。長い準備期間があったことで、完璧にイメージ通りのもの、もしくはそれ以上のものができたと思っています。

横須賀 完成したときは感慨深かったですけど、撮影中は生きた心地がしなかったです。演技に関しては素人なので、とにかく「ほかの人に迷惑かけないようにしなければ」という思いで食らいついていました。母親役の藤田記子さんが、リハーサル含めて何回カットを重ねても、同じタイミングで涙をボローッとこぼすんです。しかもそれが最初に撮ったシーン(笑)。初っ端から「とんでもないところに来ちゃったな!」ってビビりました。

横須賀歌麻呂

──なかなかのプレッシャーですね。実際に完成版をご覧になった感想は?

横須賀 1回目は自分の演技の下手さばかりに目がいってしまって反省モードという感じだったんですけど、2回目からは笑いながら楽しめました。観るごとに印象が変わるんです。最初はヘヴィな映画だと思っていたのに、今は「こんなしょうもない映画ないな!」っていう感想。観客からしたら「何を見させられてるんだ!?」って感じですよね。オナニーしているところに切ないギターのアルペジオが流れちゃったりして。そもそも俺は映画の中で何回オナニーしてるんだよ! ……でも、そんなシーンを丁寧に作っているくだらなさを考えると笑っちゃいます。挙句の果てにあのラストシーンですからね。観たときの体調によって感想が変わるんだろうなあ(笑)。

大塚 1回観ただけですべてを理解することはほぼ無理だと思います。ダウナー側にハマるかアッパー側にハマるかで印象が全然違ってくるし、両方にハマってみないとわからない部分もある。ハマりすぎて試写会に4回来てくれた方も2人いました。公開してからならまだしも、試写会に4回来るっておかしいでしょ(笑)。その人たちは「公開されてからもまた来る」って言ってました。

横須賀 ははははは!(笑) すごいですね! 確かに2回か3回は観たくなると思います。

出演自体が奇跡?謎のキャスト「柴田容疑者」とは

──本作は横須賀さんの実話とフィクションの部分が混在しています。脚本はどのように書かれたのでしょうか?

大塚 もともと地下芸人の生活をドキュメンタリーのように見せたいという構想があったんです。だから最初に横須賀やチャンス大城の話を入念に聞いて、そこから物語を作っていきました。取材をスタートさせた2006年は彼らが一番ドツボだった時期で、特にすごかったのは柴田容疑者。彼はそのときすでに芸人を辞めてFXや株で大儲けしてたんですけど、リーマンショックで金が全部なくなっちゃって。そのエピソードは映画にも反映されています。

「東京アディオス」にも、横須賀歌麻呂が看板持ちのアルバイトをしているシーンがたびたび登場する。

横須賀 柴田さんが大金持ちだったとき、看板持ちのアルバイトをやっている僕やチャンス大城に会いに来て焼肉を奢ってくれていたんです。家にこもって作業してるから人恋しいらしくて。あの頃は本当にすごかったです。バイトが終わったあとに焼肉を食って、飲みに行って、カラオケに行って……みたいなことを柴田さんの奢りで毎週やっていましたから。その資金がリーマンショックですべてなくなって、柴田さん自体もいなくなりました(笑)。

──失踪したんですか?

横須賀 そうです。もともと失踪癖はあって。あの人って「キーッ!」ってなると携帯電話をボキッて折って連絡取れなくなっちゃうんです。だから何回も音信不通になってるんですけど、たまにフラッと現れて、急にお笑い活動を再開する。

大塚 不思議だよね。本当に芸人を辞める最後のきっかけは、風邪を引いてライブの出演をキャンセルしたことだったんです。自分の中でそのことがすごくショックだったらしくて。主催者のほうは別に何も気にしてないんだけど、本人は真面目だからものすごく自分を責めていたみたいです。

左から大塚恭司、横須賀歌麻呂。

横須賀 焼肉を奢ってくれていたときも何年か連絡が取れなくなっていたあとだったんです。久々に会ったら金持ちになっていた(笑)。

──リーマンショック以降の柴田さんはずっと音信不通だったんですか?

横須賀 はい。

大塚 今回、柴田を映画に出せたことに「よく探し出せましたね!」って驚いてる芸人は多いです。みんな10年くらい連絡取れていなくて。なぜ居場所がわかったのかはどうしても思い出せないんですけど、とにかく岡山にいることがわかって連れてきたんです。

横須賀 今、柴田さんはブログやTwitterを再開していて、映画に出た経緯を「ROAD TO 東京アディオス」というタイトルの連載にしてるんです。でも実態は「こうなったらいいな」ということを事実のように書いている妄想ブログで、大塚さんが久々に会いに来た場面は「嵐と共に現れた」みたいな書き方をされてました(笑)。

大塚 描写がものすごく大袈裟で、もはやフィクションなんだよね。ブログの中だと、僕は柴田と久々に会った感動で失神しちゃうんです。3回くらい。

横須賀 しかも大塚さんが登場するのが第3話なんです。「俺、いつ現れるんだよ!」と思って、最後まで読むのやめました(笑)。


2019年10月7日更新