「M-1グランプリ2020」ファイナリストのウエストランドが、タイタンの学校の特別講義に登場。元漫才コンビ・5番6番のボケ担当、現在はタイタン所属の放送作家として活躍する猿橋英之さんが聞き手となって、2人が経験してきたことを生徒たちに伝えた。本特集ではこの特別講義の様子と共に、講義後に行ったウエストランドと猿橋さんのインタビュー、そして間もなく全カリキュラムを修了する3期生の声を掲載する。
ウエストランドが語った内容は「M-1」の裏話だけでなく、普段からお笑いを意識して生活しているか、日頃の鬱憤をどうやってネタに昇華するかといった、芸人としての心構えについて。「芸人に憧れるけれど、どうやってその道に進むべきかわからない」。そんな不安を抱えている人にはぜひ、フリーライブへの出演から活動をスタートさせ、今では爆笑問題の所属するタイタンでその存在感を発揮しているウエストランドや、年間を通じて生徒の成長ぶりを近くで見てきた猿橋さんの言葉を参考にしてほしい。
取材・文 / 狩野有理 撮影 / 曽我美芽
爆笑問題をはじめとする芸人のほか、アーティストや文化人など多彩な面々が所属するタイタンが2018年に開校したコミュニケーションカレッジ。放送作家の高橋洋二、元ハガキ職人の放送作家・野口悠介、芸人として活動中の勝又:、長井秀和らが講師に名を連ね、即戦力を発掘、育成する「芸人コース」と、芸人の世界に限らずどんな分野でも通用するエンタテインメントのノウハウを伝える「一般コース」を設けている。
発声、文章構成、デジタルコンテンツ制作、自己プロデュースなどを身につけられる総合講義に加え、芸人コースに向けた専門講義も。ここでは漫才、コント、エピソードトークといったネタ作りの土台のほか、演技やダンス、身体表現も学ぶことができ、受講生は定期的に開催されるライブを目標に日々ネタを磨いていく。
5番6番をヒントに“長いツッコミ”ネタが誕生
1月某日、普段はネタ見せを行っている放送作家・猿橋英之さんの講義に特別ゲストとしてウエストランドが迎えられた。3人は、猿橋さんが漫才コンビ・5番6番としてタイタンに所属し活動していた頃からの仲。ウエストランドは親しみを込めて猿橋さんを「猿さん」と呼び、一緒に飲みに行ったり、引っ越しを手伝ったりしたこともあると当時の思い出を回想する。「すごくいろいろ知っている関係性」というだけあって、リラックスした雰囲気で講義はスタート。ネタ作りについて、また日常生活でどうお笑いと向き合っているか、エピソードトークの作り方、ひな壇からガヤを入れるタイミングなど、猿橋さんからの突っ込んだ質問にも真摯に答えていく。
「M-1グランプリ」決勝で披露したネタは新型コロナウイルスの影響でライブの開催自粛が続き、いいネタができなかったことに対する“やけくそ”から生まれたものだと明かす井口。「“復讐劇”ってフレーズは3、4年前からあった。M-1だとそういうのは落とされるという都市伝説があるんですけど、全部開き直って言いたいことを言ったら結果が出た」と振り返る。
デビュー当初、2人が披露していたのは漫才コントだった。「オンバト+」(NHK総合)ではこのスタイルでオンエアを獲得していたが、「爆笑レッドカーペット」(フジテレビ)のオーディションではショートネタを求められる。そこで同番組に出演していた5番6番を研究すると、自分たちの漫才のもっとも特徴的な部分だけを抽出していることに気づいた。これをヒントに井口の“長いツッコミ”に絞ったネタが誕生。井口は「普通に漫才をやっているだけでも、絶対にどこか特徴は出るんです、勝手に。次のステップに行くにはそれに気づくことが大事かもしれないですね」と語りつつ、長いツッコミのネタでは一般審査による「オンバト」で合格できなかったことも補足する。「ただ、伝わることが正義でもない。わかりやすさとこだわりのバランスですね」と強調した。
面白いことがあったらメモしてます!
普段どれだけ“お笑い”を意識して生活しているか問われると、井口は「別に机に向かってネタを作っているだけじゃなくて、飲みに行くとか、ゲームでもマンガでも何をするにも頭の片隅には置いていますね」と回答。なんてことのない出来事を自分流のトークに仕立てるには「愚痴でもなんでも、感情を乗せてしゃべる」とコツを伝授する。一方、酒の場が大好きな河本は「『何か起これ』とは僕も思って過ごしていますよ?」と飲みに行くにも“お笑い”を忘れていないことを井口にアピール。「面白いことがあったらメモしてますね」とネタのストック方法を語ったが、井口に「基礎中の基礎だから!」とツッコまれ、いつもの2人らしいやり取りに教室は笑いに包まれた。
生徒からの質問コーナーでは、周りの芸人からイジってもらうことが自分のキャラクターを知るきっかけになるとアドバイス。井口は「今はご時世的に飲みに行くのは難しいけど、せっかく同期がいるんだから、一緒にいて、どんな人間か知ってもらうのは大事」とネタを磨くだけでなく人との関わりも重要だと述べる。最後は先輩芸人とコミュニケーションを取る練習ということで、楽屋という設定で生徒がウエストランドとの雑談に挑戦。生徒たちは掴みどころのない河本との会話もなんとか膨らませようと奮闘し、井口は「これは難しいぞ~?」「これでやめる奴、何人かいるんじゃない?(笑)」と茶々を入れながらその様子を見守っていた。
河本、生徒と同じ目線で井口の話を聞く
──特別講義お疲れさまでした。こんなふうにまっすぐお笑いについて語るのは、ウエストランドのお二人にとってもいい機会になったのでは?
井口浩之 お笑いなんて正解がないので僕らのことをしゃべっただけですけど、人に話すことで自分の考えが整理されて、改めて思うこともありましたね。
河本太 僕は普段、相方からお笑いの話を聞くことがないので、「こういう考えでやってるんだ」って勉強になりました。
井口 こいつが一番何もわかってないので、生徒の誰よりもタメになったんじゃないですか?(笑)
──生徒と同じ目線でした?
河本 はい。そういうつもりで聞いていました。
猿橋英之 でも、河本も前に比べて自信を持ってしゃべるようになったよね? さっきも井口に任せっきりじゃなくて、前のめりだったじゃない。
井口 よくも悪くも前のめりでしたね(笑)。でも、それもホームだからですよ。タイタンの人たちだからっていう。
河本 猿さんがいるから安心してしゃべれました。
──(笑)。普段の猿橋さんの授業はネタ見せが中心なんですよね。
猿橋 そうですね。ネタ見せと、僕がもともと芸人をやっていたっていうことで、自分の経験を踏まえて「こういう場面ではこうしたほうがいいよ」というアドバイスをしたり、当時よく一緒に舞台に立っていたハマカーンや流れ星を例に挙げて、活躍している人たちがどういう努力をしているかという話をしたりしています。
──タイタンの学校の特徴はどんなところにありますか?
猿橋 ネタ作りだけじゃなく、エンタテインメントにまつわるいろんなカリキュラムが用意されていることでしょうか。講師もバラエティ豊かで、僕の場合は放送作家の目線もありつつ、芸人側の気持ちもわかるからアドバイスしやすいという部分はあります。
井口 動画制作の授業をやられている髙﨑(悠介)さんも元芸人(冷やし中華はじめました)じゃないですか。芸人サイドの気持ちもわかったうえで話してくれる講師の方がいるのはいいですね。
猿橋 あとは、生徒の人数が限られていて1人ひとりに目が届くから、それぞれのキャラやコンビの持ち味を生かせるようなダメ出しをするように心がけています。帰り道に「あ、そういえば」ってふと思うことがあったら、学校スタッフにLINEして生徒に伝えておいてもらうこともありますしね。
井口 えー。生徒もそれだけ見てもらえていたらがんばりがいがありますね。
養成所に行っていたらもっと早く世に出られていた、かも
──今期の生徒の印象はどうですか? 個人的にはフレッシュで個性豊かな人たちだなと感じましたが。
猿橋 そうなんです。今日の講義で活躍していた、現役でお坊さんをしている珍しい経歴の人もいますし、若い子から大人まで、イケメンも女性もいますからね。
──年々いろんなタイプの人が集まる傾向になってきているので、相方探しの場としても可能性が広がりそうです。
井口 もし僕が養成所に行っていたら早々にこいつを切り捨てて、新しく見つけた相方と組んで、もっと早く世に出られていただろうなと思います。
河本 おい!(笑)
井口 (ツッコミを無視して)さっきの講義で生徒の人たちが「解散して別の同期と組みました」って話しているのを新鮮に聞いていましたね。養成所だとそういうことができるんだなあと。
猿橋 みんなネタもしっかりしていて、けっこうちゃんとできるんですよ。あとは自分たちの色をどう出していくかっていうところですね。それを見つけてモノにできれば、この中から誰か売れるんじゃないかなと思っているんです。
井口 例えば春とヒコーキって2期生ですけど、その前から芸人としてのキャリアがあってテレビに出たりしていて、2期生の預かりメンバーからは「春とヒコーキに負けないように」っていうライバル心みたいなものを感じるんですよ。誰か1組がバッと行くと、それが刺激になるっていうのも同期がいる強みだと思います。
──ウエストランドのお二人は養成所には通わずにどうやって芸人になったんですか?
井口 高校卒業するタイミングでお笑いをやろうと東京に出てきたんですけど、「芸人になる」とは親には言いにくい。なのでそれぞれ大学進学と就職という名目で上京して、一度はケンカ別れみたいになっちゃったんですけど、大学卒業したときに再会してライブに出たのが最初です。
──養成所を経てキャリアをスタートさせる芸人が多い中、あえて違うルートを選ぶのは勇気が要りそうです。
河本 僕はむしろ、養成所に行く人の勇気がすごいなと思います。面白いだろう人たちがわんさか集まっている場所に1人で飛び込んでいくなんて……。僕は友達とライブに出てみるっていう一番やさしい方法で芸人を始めているので。
井口 だから羨ましいんですよ、同期がいる人たちが。周りを見たらほぼ全員養成所に行ってたんで(笑)。切磋琢磨できる同期っていうのは今からでは手に入らないものじゃないですか。ここに通っていた1年間のことがエピソードにもなりますし、何年後かに「タイタンの学校3期芸人」っていうくくりでテレビに出られることも、ない話ではないですから。
──確かにそうですね。デビュー当時のお二人はライブを中心に活動していたわけですが、いつ頃から「自分は芸人だ」という意識に変わりましたか?
井口 本当に、タイタンに入ってですね。僕らなんて“野良感”満載で、とてもじゃないけど「芸人です」とは言えなかった。事務所に所属して、上に爆笑問題さんがいて……という環境に身を置くことで、ちゃんと責任を持ってやっていかなきゃいけないと自覚が芽生えました。
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「M-1」の準決勝にキュウがいた
2021年2月18日更新