「無学 鶴の間」第6回レポート
こんな顔、見たほうがええ
無学の小さな舞台に、10月7日公開の劇場版「七人の秘書 THE MOVIE」のポスターが設置されている。まずは1人、舞台に上がった笑福亭鶴瓶は「ちょっと気になるやろうけどね」と含み笑いをしながら、ポスターの中に俳優陣と混ざって載っている自分の写真を指差す。
「見えますか? 僕、出てますねん。これね、出さされたんですよ、中園ミホ(脚本家)という人にね。でね、中園ミホさんに言わせると、『この人(鶴瓶)は、ほんまはそんなにええ人じゃない』と。それを俺に言うねんで。『ほんとはもっと黒いところがある』と。『ない!』って言ったら『目に出てる』って言うんですよ。ただ細いだけやんか(笑)。僕の役は悪役なんですよ。しかも信じられんくらい悪役なんですよ」
映画のストーリーをどこまで言っていいかわからないと困惑しながら、続ける鶴瓶。
「この時、ちょうど手話(NHK BSプレミアムドラマ『しずかちゃんとパパ』)の撮影もやっていたんですよ。手話覚えなあかんわ、映画の長いセリフも覚えなあかんわで、自分のところしか台本読んでなかったんです(笑)。だから、舞台挨拶のときに試写を観たけど、めちゃくちゃオモロかった。どないなってんのん!って」
この「無学 鶴の間」、観客にはゲストが誰かを知らされていない。ゆえに、この鶴瓶の最初のトークの中に、ゲストが誰か、ヒントが隠されているのだが……。
「今日のゲスト、その人はここ(無学の舞台)はお笑いのところやと思ってはるんです。もちろん漫才せんでもええんですけど、でもその人はそれくらいの面白い人なんです。あまりベラベラしゃべると言うのとは違うんですけど、なんか持ってるもんが面白いんですよ」
そう言って、再び、「七人の秘書」のポスターを見やる鶴瓶。観客の期待が注がれるのを感じ、「あ、違いますよ! 七人の秘書、ここから出はりませんよ」と鶴瓶。
「なんかみんな変な期待してるでしょ? ここ(七人の秘書)から来んのんかって」と笑いつつ、「この人やねん。この人が来はるねん」と指差したのは、その「七人」ではないが、映画の中に鶴瓶とともに出演している重要なゲスト俳優の1人。
観客がざわめく。
「めちゃ綺麗やで。こんな顔、見たほうがええと思うわ。それでは紹介します、吉瀬美智子さんです」と、その名を呼ぶと、ざわめきが大きな拍手へと変わった。
吉瀬美智子のふざけた行動を面白がる
拍手の中、舞台袖からチラリと顔を出す吉瀬美智子。「何してんねん」と鶴瓶が突っ込むと、「こんばんは~」と照れながらも、舞台に現れた吉瀬。黒で統一されたマニッシュなパンツスタイルが、吉瀬のスタイルのよさを際立たせている。
鶴瓶 「A-Studio」に出てもらったときも思ったけど、この人、ちょっとオカシイなって(笑)。
吉瀬 めちゃくちゃハードル上げてたから出られないですよ。
鶴瓶 出てるやんか(笑)。ほんまにね、似てるねん。
吉瀬 え? 誰と?
鶴瓶 俺と。
吉瀬 え?
鶴瓶 いや、顔やないねん。持ってる人間のもんや!
そう言って鶴瓶が出したエピソードは、吉瀬が芸能界に入る前に知り合った人たちとのつながりの話。モデル活動から俳優となり、瞬く間に有名になっていった吉瀬だが、若い頃に仕事でお世話になった人に会いに福岡まで泊まりがけで行ったり、遠く離れた友人にも会いたいと思えば、すぐに電話して会いに行ったりと、芸能の世界に入っても昔からの縁を大切にしている姿が、鶴瓶自身の生き方と重なったのだという。
その垣根のなさは、鶴瓶に対しても同じ。共演した映画の撮影の間のやりとりの中でも、吉瀬のふざけた行動を面白がる鶴瓶。
鶴瓶 五郎丸(川原瑛都)っていたやろ? 8歳くらいの俺の息子の役。その子が(サンドバッグ代わりに)俺の腹にずっとパンチしてたんや。退屈させたらあかんと思って遊んだったんや。
吉瀬 (サンドバッグになるような)いいお腹してるの。
鶴瓶 それで(川原との遊びが)終わったら、この人が(鶴瓶に気づかれないように)ボンって叩きよるねん。「え、今、叩いたやろ?」って訊いたら、知らん顔して「叩いてません」って(笑)。あれ、どういうことやねん。叩いたやろ?
吉瀬 叩きましたよ。
鶴瓶 あ! やっぱり叩いたやんか! あのとき、ずっと否定してたやんか! 「叩いてません」って。
吉瀬 ふふふ。
鶴瓶 叩いたやん! そんなね、70のおっさんの腹叩くってたいがいやで、それ。
吉瀬 ねえ(笑)。
鶴瓶 「ねえ」やあらへんわ!(笑) あともうひとつ聞くわ。撮影終わったあと、「お疲れ様でした」って廊下を帰ってるのをずっと見てたら、振り返って、俺だけに見えるように、(両手を広げて、片足を上げておちゃらけた様子で)「パッ!」言うて帰ったやん。
吉瀬 (首を横に振る)
鶴瓶 絶対した! うちのマネージャーに言ったら、「吉瀬さんはそんなんしはりまへんよ」って。
吉瀬 しはりまへんよ。
鶴瓶 絶対したって! 俺の残像に残ってるって。
吉瀬 (鶴瓶の隙を見て観客に向かって「パッ!」とおどけた姿をしてみせる)
鶴瓶 何、しとるねん(笑)。イメージが違うから、めちゃくちゃ面白い。だからいっぺんこういう舞台に出てなって無学に誘った。
吉瀬 生でトークの舞台に出るということがないんですよね。でも鶴瓶さんのオファーだったので。
鶴瓶 どうしても来てほしいと思った。でも、こちらも好きやと思う気持ちがあるから出てほしいと思うわけやんか。そやろ?
吉瀬 あ、じゃあ、私も出たわけだから、好きってことで、両思い!
鶴瓶 そうそうそう。
吉瀬 あらー。
鶴瓶 あらー。
吉瀬 ふふふ。
鶴瓶 笑とるやんか!
漫才形式のトークに最初は緊張していた吉瀬も、鶴瓶とのやりとりの中で次第にリラックスしたのか、鶴瓶が言う「めちゃくちゃ面白い人」という側面がどんどん露わになっていく。
鶴瓶を操ってセリフを言わせる
吉瀬 ここ、暑いですね。出る前、これ、生の舞台だから緊張すると思って、ビール飲んじゃったんですよ。
鶴瓶 おい! 飲んどんかい!
吉瀬 そしたら逆に暑くなっちゃって(笑)。
鶴瓶 脱いだらええやんか。
吉瀬 セクハラです。配信です。
鶴瓶 あ、すいませんすいません(笑)。そういう意味じゃなくて、暑かったら、上着を脱いだらええって。
吉瀬 (鶴瓶の上着を脱がせようとする)
鶴瓶 おい! 何してんのや! なんやほんまにおもろい人やねん(笑)。
そんな吉瀬からは、配信を観ているかもしれないという自分の娘に向けて、鶴瓶にお願いがあると伝える。
吉瀬 あのあれ、やってほしいんですよ。
鶴瓶 ちょっと待って、「あのあれ、やってほしい」って、え、もうそんなになってんの? あのあれ、って(笑)。
吉瀬 そう、伝染する(笑)。
鶴瓶 何が伝染するねん! で、何やってほしいの?
吉瀬 (鶴瓶がアフレコで参加している映画)「怪盗グルーの月泥棒」のグルーの声で、うちの娘にお説教してほしい。名前は言えないから、「吉瀬美智子の娘」で。
鶴瓶 (グルーの声で)「おい! 吉瀬美智子の娘! おい! わかってるのか!」
吉瀬 (鶴瓶に耳打ちしながら)ご飯ちゃんと食え。
鶴瓶 「ご飯ちゃんと食え!」 え、それそっちが悪いんとちゃう?
吉瀬 いや、残したりするんですよ。
鶴瓶 「残したりするらしいやんか! おい、聞いてるぞ」
吉瀬 (鶴瓶に耳打ちしながら)野菜残すな。
鶴瓶 「野菜残すな!」 お前が言え!
吉瀬 いや、怪盗グルーじゃないと通じない。(鶴瓶に耳打ちしながら)トマト食え、リコピン大事やで。
鶴瓶 「トマト食え、リコピン大事やで!」
吉瀬 (鶴瓶に耳打ちしながら)デコピンするぞ。
鶴瓶 「デコピンするぞ!」 何のことや!
グルーの声で次第にヒートアップしていく鶴瓶に、「ちょっと言い方キツいかな、ちょっと抑えて」と冷静にたしなめる吉瀬。我に返って「あ、ごめんごめん、おっちゃん言いすぎた」と言い直す鶴瓶。
1本のマイクを使いながらのやりとりが本当の漫才のネタのようになっていき、会場が笑いに包まれる。その後も時々、鶴瓶が「おい! 吉瀬美智子の娘!」とグルーの声でお約束のフレーズを差し込めば、そこに吉瀬が乗っかり、それがまた笑の渦となっていくのだ。
鶴瓶のリクエストで詩を朗読
続いて吉瀬が、初めて出演した映画「蘇る金狼」で共演してからずっと仲がいいという俳優・北村一輝との話へ。鶴瓶もまた、北村とは数々のつながりがあると言い、偶然が重なりながらもつながっていくエピソードを披露すると、吉瀬は「え、なんでそんなにつながるの!?」と感嘆の声を上げる。
「だけど、絶対どこかでつながってるねん。この人とはいろんなところでつながるとかあるねん。いいよね、つながるって」と鶴瓶。
ほかにプライベートの話なども飛び出し、約1時間のトークが過ぎた頃、鶴瓶が切り出した。
「何冊か詩集を送ったんですよ。それを朗読してもらおうと思ってるんです。今日読んでいただくのは、石垣りんさんという詩人の詩です」
生活者の視点を貫きながら、人間の本質を著した詩を数多く残した、戦後日本詩壇を代表する詩人だ。舞台が暗転し、仄暗い照明の中、1人、椅子に座った吉瀬が、「目も悪くなってきてね」とメガネを取り出しかける。
「じゃあ、読みますね」
まず吉瀬が選んだのは「雪崩のとき」という戦争をテーマにした詩だった。書かれたのは1951年。戦争が終わり、平和という名の雪に包まれていた日本で、しかし再び、その降り積もった雪の下から戦争への熱が騒ぎ出し、それが勢いを増し、雪崩となっていく様が描かれる。「すべてがそうなってきたのだから仕方がない」という言葉、そして、「しかたがない、しかたがない、しかたがない」と、三度、その言葉を噛み締めるように繰り返すときの、切々と迫る危機感。この配信の中では、なぜ吉瀬がこの詩を選んだかは語られなかったが、吉瀬の朗読からは、戦後77年が経った今だからこそ、あらためて「しかたがない」という言葉に飲み込まれてはならない、そんな時代の強いメッセージを感じ取ることができた。
続いて選ばれた詩は「シジミ」。夜中に台所で口を開けて生きているシジミという命を発見し、そして自分もまた、「うっすら口をあけて寝るよりほかに私の夜はなかった」という短い詩だ。小さな、日々の暮らしの中にある事柄。しかし、そこに、生きる命への確かな実感を伴う言葉が、心に刺さる。
俳優は、自分ではない誰かの役を演じるものだが、日常の小さくも揺れ動く様々な事柄をしっかりと受け取り、感じ取り、生きなければ、言葉に命は宿らない。朗読を聞きながら、吉瀬が何を大事に生きているのか、その生き方がしっかりと見えてくるような、そんな時間だった。
鶴瓶を驚かせる吉瀬の“仕込み”が発覚
大きな拍手の中、朗読が終わると、再び2人でのトークが再開。朗読のときに吉瀬がかけたメガネを指差し、「それ、俺のメガネと似てるやんか」と鶴瓶が言うと、「ちょっと老眼入ってきたので見えないから、その辺にあったものをお借りして」と吉瀬がいたずらっぽく笑う。
鶴瓶 おい! それ俺のやんか!
吉瀬 お気づきになりました?
鶴瓶 自分で仕込んできたの? おい! けったいな人やなあ(笑)。
吉瀬 私、何も芸を持ってないので、こういうことでしかね。
鶴瓶 なんのことや!
吉瀬 気づかないかなと思って。鶴瓶さん、ショートカットとロングの私を気づかないくらいなんですよ。この映画でね、若いときの役も自分が演じているのですが、ロングのカツラをつけていても、鶴瓶さん、私がロングになるとまったくわからないんですよね。
鶴瓶 (苦笑)
吉瀬 鶴瓶さん、ショートカットが好きって言ってたんですよ。だから私が好きなんじゃなくて、ショートカットが好きだったっていうね。
鶴瓶 いやいやそういうことじゃない(苦笑)。あんまりジロジロ見るの悪いなと思ってな。でも、こないだ、うちのやつ(妻)にも言われたんや。「わかる?」って。「何が?」って訊いたら「火曜日に髪の毛カットして染めたんよ」って言うから、「あ……、あーん」て言うたん(笑)。そしたら、「なんにも私には興味ないでしょ!」って言うから、「そんなことない! お前の興味ばっかりや!」って言った。めっちゃ言われたわ。
吉瀬 あ、ほんとに(笑)。
鶴瓶 ちょっと切ったくらいでそんなわからへんやんか。金髪にせえ!
吉瀬 (笑)。
自然なやりとりから、漫才のように重ねていく会話。そして、この日、鶴瓶が面白がってくれるために、わざわざ仕込んできたメガネ。吉瀬の人間性にますます惹かれるように、「今日はほんま楽しかった」と、鶴瓶はうれしそうに笑った。観客もまた、生だからこそ伝わる、機転の利くユーモア溢れる吉瀬の姿はとても新鮮で、今まで漠然とイメージにあった女性が憧れる女性ということを超えて、人間・吉瀬美智子の魅力に触れることができた、とても貴重な時間だったと思う。
「無学 鶴の間」6回目のゲストは、俳優として、映画、ドラマと大活躍を見せながら、より表現者としての幅を広げ続ける人、吉瀬美智子──。
プロフィール
笑福亭鶴瓶(ショウフクテイツルベ)
1951年12月23日生まれ。大阪府出身。1972年、6代目笑福亭松鶴のもとに入門。以降、テレビバラエティ、ドラマ、映画、ラジオ、落語などで長年にわたって活躍している。大阪・帝塚山の寄席小屋「無学」で、秘密のゲストを招いて行う「帝塚山 無学の会」を20年以上にわたって開催してきた。
吉瀬美智子(キチセミチコ)
1975年福岡県生まれ。モデル活動を経て、2010年ドラマ初主演。その後、数々の映画、ドラマ、CMなどで活躍。10月7日より公開中の映画「七人の秘書 THE MOVIE」では、鶴瓶演じる実業家の養女役を務めている。