「無学 鶴の間」第5回レポート
「めちゃ面白いで、こいつら」
東京から関西空港に朝早い便で帰ってきた鶴瓶は、そのまま師匠・六代目笑福亭松鶴の墓参りに行ってから「無学」に直行したという。「だからあんま寝てないんです」と苦笑い。忙しくとも月1回の墓参りは欠かさない。「参ると気持ちがスッとする」、以前鶴瓶はそう話していたが、師匠がいてこそ自分がいて、今、無学があるということを、あらためて噛み締める、そういう時間だったのかもしれない。しかも今回のゲストはずっと呼びたいと思っていた芸人だったと鶴瓶は言い、「2022年で一番ブレイクした漫才師ですよ。こんなん見れないわ。そばで見たら、アホらしくなって、めちゃ面白いで、こいつら」とうれしそうに笑う。「漫才からスタートです。錦鯉です」と鶴瓶がゲストの名を呼ぶと、観客から「おお!」と歓声が沸いた。
2020年「M-1グランプリ」決勝進出、さらに翌年2021年「M-1グランプリ」優勝と、その存在を世に知らしめた錦鯉は、いまやテレビで見ない日はないほど。これまで4回の生配信では先にトークをして、そのゲストの魅力を充分に観客に知ってもらってから、その人自身の芸を披露してもらうという進行だったが、最初に漫才を披露するというのも、すでに誰もが数々のバラエティ番組を通してその実力を知っているということが前提にある。
「こーんにーちわーー!」、長谷川雅紀の声が小さな会場に響き渡ると、待ってました、とばかりに拍手が起きた。渡辺隆がすかさず「おじさんが挨拶しただけですからね」と突っ込むと、またもやドッと笑いが起こる。テレビで何度も観たことのあるやりとりも、ステージとの距離の近い無学では、より生々しく、長谷川の声の大きさや動き、表情の豊かさがすぐそこに迫ってくる。それは2人も同じなのだろう。観客の反応をダイレクトに感じながら、「鶴瓶師匠が育ち、完成したこの建物がなかったら、テレビでちんこ出す人はいなかったんですね」と感慨深そうに、渡辺は会場を見渡した。
始まったネタは「おいっこ」。長谷川が4歳の甥っ子を預かって東京の下町に遊びに連れ出すという設定の漫才だが、子供以上に子供っぷりを発揮する長谷川のバカさ加減が炸裂。そのつど入る渡辺の冷静なツッコミと長谷川の頭を叩くリズムが効いてきて、どんどん面白さが増していく。
ネタを終えた2人への大きな拍手の中、鶴瓶が再び登場。2人のスーツ姿に合わせて、鶴瓶もネクタイを締めてきたと言い、マイクを真ん中に3人が集まると、「レツゴー三匹みたいやな」との言葉通り、漫才トリオのようにも見えなくもない。
錦鯉の漫才がウケるようになった理由
鶴瓶 錦鯉の漫才、いろいろ見たけど、ええ間合いで(長谷川の頭を)叩いてるし、「ほいじゃあ、見といてね!」って(長谷川が)言って、(渡辺は)いつもじっと見とるやないか。
渡辺 はい、見てます。
鶴瓶 あのパターンがうまいこといってるな。
長谷川 僕が勝手に何かやってて、(渡辺は)客観的に見る役というか。
鶴瓶 そのパターン覚えたら強いよね。こっち(長谷川)は感じたことを好きにやって。
渡辺 僕らもいろいろネタを作ってきて、最初にできるネタは長めに出来るんですが、ホント、もうウケなきゃいけない、でなきゃ、M-1も勝てないだろうと考えて、ウケないところを全部はずしていったら、2人で会話しているところだった(笑)。
鶴瓶 「やりとり」が。ハハハハ!
長谷川 「やりとり」って漫才のキモじゃないの!?
渡辺 そこ全然ウケない。そこ外して、今の骨組みだけにしたらすごいウケるようになった。
鶴瓶 (笑)。そんなもんやろな、ほんまに。
錦鯉結成は2012年、長谷川40歳、渡辺34歳の時。以前組んでいたコンビが解散し、もう芸人を辞めようかと考えていた長谷川を、渡辺が誘ったことが始まりだったという。「正直、コンビ組んだのも、惰性でまだ芸人続けられるみたいな気持ちもあったんですよ。芸人ってやってるだけで楽しいじゃないですか」と渡辺が言うと、鶴瓶も「芸人ってめちゃめちゃ楽しい」と頷く。しかし、そこから売れるまで、くすぶっている時期も長かった。
鶴瓶 後輩が売れていくのって嫉妬とかあったの?
長谷川 最初のほうはありましたよ。後輩とか同期とか。でもあまりにも抜かれるから、だんだん何も感じなくなってくるんですよね。それ、よくないじゃないですか。「なにクソ!」っていう野心が必要なところを、何も感じなくなってきちゃったんですよ。
渡辺 ほんとね、悔しさって慣れるんですよね(笑)。
鶴瓶 「あいつに抜かされたんか!」とか。
渡辺 最初はありましたけど、もう途中から「後輩は抜かすものだ」、みたいな。
鶴瓶 ワハハ!
長谷川 もう麻痺しちゃって!
鶴瓶 でもお前らの悪口は聞かないな。昨日、ロングロングの長尾と飲んだけど、「お前らに助けられた」って言ってたよ。
渡辺 逆なんですよ。僕らこそありがたいと思ってる。ロングロングって僕らのずっと後輩なんですよ。そんな後輩たちがライブを組んで、僕らを受け入れてくれているんですよ。10年も先輩がライブ来たら嫌じゃないですか。受け入れてくれた若手のおかげで今があるんですよ。
「すべてを面白く思う」ことが大事
一方、鶴瓶は落語家になるために六代目笑福亭松鶴の元に弟子入りしたが、なかなか師匠からは落語を教えてもらえず、しかしタレントとしてあっという間にレギュラー番組が増え、大阪で人気者となっていった。
長谷川 師匠、おいくつで売れたんですか?
鶴瓶 この世界入って、1年目でレギュラー6本やってたんや。
長谷川 ウォイ! マジで? おいくつの時ですか?
鶴瓶 ハタチか21や。そこからそんなに変わってないやんか。だからありがたいよね。
長谷川 ハタチでレギュラー6本あって、天狗になった時期ってないんですか!?
鶴瓶 なってたかもわからへんけど、天狗になってたとかがわからへんのよ。誰に対してもこうやから。
長谷川 えー! すごいな! でもそれって根底のものというか。だから(天狗には)なってないんでしょうね。
鶴瓶 それ、お前も一緒ちゃう(笑)。そのまま、やんか。
長谷川 でも僕はここ1、2年で、27年かかってやっとテレビに出られるようになって、今51歳ですけど、ここから天狗になってやろうかなって思って。51歳の天狗!
渡辺 1回くらいね。人生1回くらいの天狗。
鶴瓶 お前が天狗になったら怖いわ(笑)。
渡辺 本当に山に入っていっちゃう。
長谷川 ホンマの天狗にはならないですよ。葉っぱは持たないですよ。
鶴瓶 ハハハハハ。
そこからは、同じ事務所(SMA)に所属しているハリウッドザコシショウやアキラ100%といった仲のいい芸人たちの話や、鶴瓶と松鶴師匠との師弟エピソードなどが続き、さらに「鶴瓶の家族に乾杯」がなぜ仕込みなしであんなに奇跡が起きるのか、という秘話を聞き出していく錦鯉。
長谷川 すごい奇跡が起きることももちろんあるけど、何も起こらないこともあるじゃないですか。
鶴瓶 何も起こらないことが面白いやんか。
渡辺 ……おお。
鶴瓶 でも絶対起こる。山奥をずっと歩いてたら、軽トラがドア開いてて、誰もいない。また歩いていったら、もう一台トラックがあって、中でおっちゃんが足の爪切ってる。話しかけたら、「そうや、娘のや」って言うから、まずはそこ行って、そして山の上の家に行って、ずっと話して。
長谷川 えー、すごい! きっかけがドアが開いてるトラック。
鶴瓶 そういうほうがオモロいやんか。
長谷川 でも、家の中に入れてくれない人もいるでしょ?
鶴瓶 100%入れてくれるわ。
長谷川 えー!
鶴瓶 長年の積み重ねもあるけれど、ほとんど入れてくれる。
長谷川 でも、できる人限られてきますよ。テレビカメラや舞台があればできるけど、プライベートでもコミュニケーション取れる人じゃないと。
鶴瓶 だから開いてる人はできる。俺は小さい頃からそうやからな。
長谷川 僕も平気なんですよ。人見知りもしないし。
鶴瓶 これね、樹木希林さんが言ってたけど、「なんでも面白く思う、と。ツライことでも面白く取るのが大事」って。歩いていっても誰もおれへんとき、「今日、誰もおれへんな」ということを「面白く思う」っていうか。
渡辺 これ、すごいことだな。今までちょっと考えたことなかったです。
鶴瓶 「誰もおらん、どうしよう」じゃなくて、それを「面白く取る」ということがすごく大事やって。
渡辺 めちゃくちゃ勉強になるよ、今日。
鶴瓶 ほんまに日常ってオモロいねんて。
渡辺 その気持ち、ちょっと足りなかったかもしれないです。僕、バカ(長谷川)頼りで来ちゃってるんで。自分から「すべてが面白いって思う」。それ必要だなあ。
鶴瓶 そうすると腹立たないのよ。俺、タクシー待ってたら、犬2匹連れた人が「ちょっとこれ(手綱)待ってください」って。
渡辺 嘘でしょ?
鶴瓶 犬を持って、一緒に写真撮ってって。
長谷川 えー、マジで?
鶴瓶 そしたら1匹が俺の脚に盛っとんねん。
渡辺 はははははははは。
長谷川 すげー!
長谷川もまた、よく知らない人に話しかけられると言い、タクシーに乗ったら、話しかけられて、写真を一緒に撮った上に、運転手の親戚の弟が結婚するとのことで、「結婚おめでとう!」の動画までも撮ったと話す。「俺はそんなんしょっちゅうやで」と鶴瓶。「だいたい1週間に何回撮るやろ、おめでとうのコメント」と笑う。「やってあげたらええやん。ちょっと知ってたらやってあげたら喜ぶやんか。うちのマネージャーなんか、次の月曜日に動画撮りましょうかってスケジュール切ってくるよ」と言う鶴瓶に、2人は驚き、畏敬の念を表す。その素直なリアクションもまた、周りの芸人たちに愛される2人の人柄を表している。
錦鯉、2本目の漫才
約1時間半が過ぎ、「もう一席だけ、やってもらっていい?」と鶴瓶がリクエスト。最後は再び、錦鯉の漫才の時間となった。
ネタは「ニュースキャスター」。「こーんにーちわーー!」、長谷川のハイテンションな声が再び会場に響くと、1回目に増して観客は笑い声を上げた。舞台に立つだけで「笑いが引き寄せられていく人」というのが本当にいるのだと感心してしまうほどに、その動き、その表情は、ただただ、面白い。そしてその長谷川の面白さを誰よりも信じ、それをよりわかりやすく、しかも的確な間を取って突っ込んでいく渡辺の姿には、本日2度目にして、なんだか笑いを越えて、感動すらしてしまうほど。
それは、「ここでしか見られないものを、そして、今、旬の面白さを、ここに来た人たちと共有したい」と、そのために「無学」を続けている鶴瓶の思いを感じ取った瞬間でもあった。
「無学 鶴の間」5回目のゲストは、長く売れない芸人人生を歩んできて、ようやく2022年で一番ブレイクした芸人であり、しかし、この先も、2人の芸人としての生き様はもっと面白いんじゃないかと、そんなふうに思わせる、長谷川雅紀51歳、渡辺隆44歳による、「錦鯉」──。
プロフィール
笑福亭鶴瓶(ショウフクテイツルベ)
1951年12月23日生まれ。大阪府出身。1972年、6代目笑福亭松鶴のもとに入門。以降、テレビバラエティ、ドラマ、映画、ラジオ、落語などで長年にわたって活躍している。大阪・帝塚山の寄席小屋「無学」で、秘密のゲストを招いて行う「帝塚山 無学の会」を20年以上にわたって開催してきた。
錦鯉(ニシキゴイ)
1971年生まれ、北海道出身の長谷川雅紀と、1978年生まれ、東京都出身の渡辺隆が長い下積み時代を経て2012年に結成。2020年に初めて「M-1グランプリ」決勝に進出してブレイク。翌2021年、M-1の17代目王者となった。SMA所属、漫才協会会員。
長谷川まさのり 錦鯉 (@norinorimasa2) | Twitter