ぜったくんは“ベッドの上”から何を見た? 念願の1stアルバム「Bed in Wonderland」が完成

ぜったくん初のアルバム「Bed in Wonderland」が配信リリースされた。

「就職した会社を2時間で辞めた」「ラブホテルのバイトをサボりながら書いた曲でオーディションに優勝」など、マンガのようなエピソードに彩られたラッパー / トラックメイカーのぜったくん。エピソードの濃さとは裏腹に、彼の楽曲はスムースで心地よく、誰でも聴きやすい敷居の低さとチャーミングさがある。

「Bed in Wonderland」は「普通の人の生活感」がコンセプトのアルバム。一聴するとゆるくて楽しいムードの曲が並んでいるが、実はその核には明るいだけじゃない“時代の空気”が的確に表現されている。ぜったくんが“ベッドの上”から描いた景色とは。1stアルバムのリリースを記念して本人に話を聞いた。

取材・文 / 張江浩司撮影 / 梁瀬玉実

1人が圧倒的に楽だった

──前回は、はんにゃ金田さんとの対談だったので(参照:ぜったくん新曲に遅刻の神様・金田哲が降臨、異色コラボにあふれる睡眠欲と男子共通の妄想)、音楽ナタリーでぜったくんお1人に話を伺うのは初になります。もうさんざん話しているとは思うんですが、改めて「ぜったくんとは何者なのか?」を教えていただけますか?

うーん、しゃべり倒してるわりにはまだ固まってないんですよね(笑)。ラッパーであり、トラックメイカーでもある。なんでも自分でやりたいタイプで、音楽が大好きで、インドア派。基本的に半径1.7m以内の、身近なことを表現している者でございます。

ぜったくん

──以前は201号室というバンドでも活動されていましたよね。その頃から半径1.7mの世界をテーマにしていたんですか?

バンドのときは歌詞にこだわりがなくて、抽象的なことばっかり歌ってました。自分の感情を入れるのも恥ずかしくて。とりあえず誰かのマネからやってみようと。

──「バンドの歌詞ならこういうもんだろう」という感じ?

そうそう、「夕立がどうこう」みたいな(笑)。

──バンドを始める以前から音楽との関わりはあったんですか?

一応3歳からエレクトーンを習ってて。やりたくなかったのに惰性で続けてたんですけど、8歳くらいのときに「もう本当に辞めたい!」と親に訴えたんです。でも、音楽教室の遠藤先生っていう人がめちゃくちゃ口がうまくて全然辞められない(笑)。「今日こそ辞めるぞ」と遠藤先生に話すのに、最終的には泣きながら「やります」って言っちゃう。

──口車に乗せられ続けて(笑)。

1年半くらい乗せられましたから(笑)。

──それでも音楽自体は嫌いにならなかったんですね。

1人で演奏するのはすごく嫌いだったんですけど、みんなでアンサンブルするのは好きだったんですよ。

──それがバンドにつながっていくのはわかりやすいですが、また1人になってしまうという……。

バンドも僕1人でやってたようなものなんです。曲作りもアレンジも、リハのスタジオを予約したりライブのブッキングしたりも、全部僕がやってたんで。

──バンド活動の面倒な部分をすべて背負ってる状態ですね。

気付いたらみんないなくなってて、1人でやるようになったら圧倒的に楽でした(笑)。

──ソロでやるにあたって、ラップを選んだのは?

中学生くらいからRHYMESTERさんやKGDRさんとか、オールドスクールな日本のヒップホップを聴いてたんですよ。当時、PSP(PlayStation Portable)で音楽が聴けたんですけど、めちゃくちゃ詳しい友達にメモリースティックを渡して「好きな曲を入れてきて」とDJみたいなことやってもらって。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDとかもそれで知りました。らっぷびとさんとかのニコラップ(ニコニコ動画に投稿されたオリジナルラップ)も好きで、もしかしたら自分にもできるんじゃないかと。メロディを作るのは得意だという自覚はあったんで。

ぜったくん
ぜったくん

ついにアウトドアブーム到来

──そして2018年にオーディション「ニューカマー発見伝」で優勝し、2019年に「Catch me, Flag!!? feat. SUKISHA」でデビューします。

優勝した瞬間は「ああ、これで大丈夫だ」という安心感があったんですけど、それから1年かけて曲作りして、リリースされたときにはもう不安になっていたというか。

──「もっとトントン拍子にいくんじゃないの?」と(笑)。

「あれ?」って(笑)。でも「Catch me, Flag!!?」はすごく好きな曲になりました。中学生の頃から聴いていて僕のルーツでもあるRIP SLYME感も入れることができたし。

──しかし、デビューして「これからだ!」というタイミングで、コロナ禍に突入してしまいます。

そこまで危機感はなかったんですよね。もともとインドアなんで、生活はそんなに変わらないし。ちょっと遅れて2020年の後半くらいに「あ、これはヤバいかも」と思い始めました。

──2020年の春にリリースされた「Bed TriP ep」は、奇しくもステイホーム生活を先取ったような世界観でした。世界中の人々が部屋にこもらざるを得ない状況に、ある意味ハマりましたよね。

ステイホームのやり方は詳しいですから(笑)。オンラインゲームがこんなに市民権を得るとは思わなかったですし。「俺、めっちゃ前からやってるから。めっちゃうまいから」と思って、先輩バイブスを出してしまいました(笑)。

ぜったくん

──今回のアルバム「Bed in Wonderland」にも「Bed」というワードが入っていて、インドアな曲ももちろん収録されていますが、「外に出ていく」というテーマの曲もありますよね? 「ビュンビュン逃飛行✈」では飛行機に乗っているし、「レンタカー」は文字通りレンタカーで出かける曲ですし。

そうそう、何かに乗って出かける曲が多いですね。みんなもそうだと思うんですけど、さすがに家にいるの飽きたなって(笑)。バーベキューとかへの意欲も強いっす。「ゆるキャン△」を観たからっていうのも大きいんですけど。

──アウトドアへの興味が湧いてきたと。

ちっちゃいアウトドア用のコンロを買いまして、野外でカニを焼いて食べたりしました。「外で食べるとさらにうまいな」と思って。焚き火もして、「炎ってカッコいい」と思ったり。

──野生の本能が戻ってきてますね(笑)。

このアルバムの制作時期が冬だったんで、寒いときに外であったかいものを食べるのがよかったですね。そういう自分なりのアウトドアブームの影響はすごくあると思います。

ぜったくん

──今までのインドア志向とは180°変わりましたね。

でも、両方あるんですよね。起きる時間を決めずに寝ていたいからミュージシャンをやってるところもあるんで(笑)。だから、今回は僕が寝てるベッド自体が動き始めちゃうイメージですね。「ベッドの上にいながらどこにでも行けるぜ!」というステップアップ感があります。

──そのベッドは部屋から出て、どこに向かってるんですかね?

どこだろう、宇宙?(笑) でも、まだ外に行きたいのかはわからないというか。またすぐ部屋に戻ってくるかもしれないし。

──旅をしてみないと目的地はわからないと。

そうですね、自分探しみたいな感じです。

ぜったくん
ぜったくん

「何か足りない」と感じたら絶対にアレンジャーに頼る

──「Bed in Wonderland」のうち「レンタカー」にはTomgggさん、「Gaming Party Xmas」には宮田'レフティ'リョウさんなどが共同編曲で参加されています。

僕の曲をほかの人がアレンジするのは、めっちゃめんどくさいと思うんですね。かなり作り込んだ状態のオケを渡して、どの音を生かすか殺すか、どの楽器の音を入れるかの精査も僕がやるので。

──アレンジャーからすると「ほかに何をやればいいの?」という状態ですね。

だから、絶対一緒に作業したくて。アレンジャーさんの家やスタジオに直接行って進めました。

──ぜったくんが編曲まで1人で完結する曲もありますが、アレンジャーに依頼しようと思うのはどんな曲ですか?

ある程度曲ができたときに、自分で聴いて「なんか足りない」と思ったら確実に頼みます。足りないことはわかるけど、何が足りないのかはわからない。こうなったら絶対に自分だけで完成させるのは無理ですね。構成とかコード進行とか、アレンジャーさんから意見をもらうとめちゃくちゃ可能性が広がっていくんで。

ぜったくん

──以前からTomgggさんの影響を受けていると公言されてますよね。

すんごい受けてます。同じLogicというソフトを使ってるんですけど、「どの音がいい」とか教えてもらったり、アレンジを頼んだ曲のデータを共有してもらって「こんなふうにやってるのか」と勉強させてもらったりしてます。

──師匠的な存在なんですね。

Tomgggさんと「Catch me, Flag!!?」のアレンジをお願いしたSUKISHAさんの2人が師匠ですね。Tomgggさんとは「レンタカー」のアレンジ作業をした日に、すごく早く終わったんで2人で江ノ島に行きましたよ。レンタカーを借りるのは面倒くさかったんで、電車でしたけど(笑)。

──今回のアルバムに収録されている「Man Say Bien」や「Baby」は恋愛にまつわる曲で、さらっと聴けてしまいますけどかなりハードなフラれ方をしていますよね?

これは、あのー……実際に僕がしてしまったことを、歌の中では僕がされたことにしているという。相手の気持ちを想像しながら書いてるんですけど、これめっちゃキモいな(笑)。

──倒錯してるんですね(笑)。

そうですね。どちらの曲にも「ごめんなさい」という気持ちを込めています。

──この2曲はリアルなディテールがあるのに、自虐感がないと思っていたんですが、そういう理由があったとは。

ラブソングは、主観をあまり入れずに相手の気持ちを想像しながら書いたほうが作りやすいんです。こんな話初めてした……。