ZAZEN BOYSがニューアルバム「らんど」をリリースするという情報は、音楽ファンに大きな驚きとともに迎えられた。というのも、彼らが新作音源を発表するのはアルバム「すとーりーず」から実に約12年ぶりだったからだ。その長い年月の間もZAZEN BOYSは変わらずライブ活動は続けていたが、ベーシストがチェンジし、ステージからは鍵盤が消え、バンドは大きな変化を遂げていた。さらに言えば、中心人物である向井秀徳(Vo, G)はNUMBER GIRLを再結成させ、再び解散させている。
音楽ナタリーではなぜZAZEN BOYSの新作リリースにこれだけの時間がかかったのかを聞くべく、向井へのインタビューを実施。新作についての話とともに、彼にとって音源制作とはどういうものなのかを話してもらった。
取材・文 / 岸野恵加 撮影 / 沼田学
自我があるくせに、「そう簡単に俺の存在を認めるな」と相反する気持ちもある
人気のない裏道を練り歩き、次々にポーズを変えて、ノリよく撮影に臨んでくれた向井。取材部屋へ入ると「アサヒスーパードライ」350ml缶の蓋を開け、壁に立てかけられたギターケースの中から、おもむろにアコースティックギターを取り出した。
「ギター・マガジン」の方ですよね? このギター、今朝届いたばかりなんですよ。すごく細いタイプのアコースティックギターが出たっちゅうことで、フェンダー社の方から送っていただいて。今初めて触るから、せっかくなんで、ギターのチューニングを私がどうやっているかを実況してみよう。(しばし説明しながらチューニングを続ける)新品の弦を張った直後は、不安定なんですよ。張り替えてすぐにライブとかすると、2コーラス目くらいで音程が合わなくなってくるから、気を付けてほしい。このギターは軽くて取り回しがいいから、毎年呼んでもらってる地元の「佐賀さいこうフェス」とかに、余裕で持って行けるな。うん。ひと言で言うと、このギターのファーストインプレッションは、薄い。私の人間性くらい薄い。これはしっかりと「ギター・マガジン」で伝えておいていただきたいです。
10分弱チューニング実況を見守り、「ギター・マガジン」ではなくナタリーのライターだと認識してもらえたところで、やっとアルバム「らんど」についての質問を投げかけることができた。ZAZEN BOYSは絶えずライブ活動を続けていたが、なぜ前作から約12年もの時間が空いたのか? もしかしたら音源を作るということ自体への関心が薄れていたのか、という仮説とともに聞いた。
なぜこんなに時間がかかったのか。そうなんですよね。やらねばならないという気持ちは常にあるんですよ。同時に、やらないと私の存在が消え去ってしまう恐怖心や、不安も。私は、ギターを鳴らして歌うことでしか、自分自身がここにいるという実感や存在意義を見出せないわけです。地獄の自我の持ち主、自我の権化ですから。ならば、その自我をもってして作品を作って、「俺の存在を知ってくれ」と言い続ければいいじゃないかと思うでしょうけど、そう簡単な話じゃないんだよね。ひねくれ曲がっていると言いましょうか、ねじ曲がっていると言いましょうか。自我があるくせに、「そう簡単に俺の存在を認めるな」と相反する気持ちもありまして。私の自我を表明するからには、ニューヨーク近代美術館に収納されるくらい……いやMoMAじゃなくても、群馬県高崎市総合文化センターのロビーに飾ってもらうくらい、私の自我をしっかり作り上げたいという気持ちがあったのですね、ずっと。
バンドをずっとやっていますけど、確かに作品を作るということへの考え方がどんどん変わっていった部分もあります。自分の存在証明は、ライブの現場でやっていけるわけですよ。そしてまたありがたいことに、それを聴きに来てくれる人たちがいる。コミュニケーションができる。シンプルに言えば、それでいいんです。ならばわざわざ額縁に入れて飾ってもらわなくてもいいかな、やる必要があるのかなというふうには、思っていたかもしれないね。
やるからにはもう、俺の寿命と引き換えにせないかんな
前作からの間にZAZEN BOYSに起こった大きな変化といえば、ベーシストの交代だ。10年間にわたって鉄壁のグルーヴを生み出した吉田一郎が2017年12月に脱退し、2018年5月、元BLEACH、現385のMIYAが加入した。向井によれば、彼女の加入はバンドに新しい風を吹かせ、それが間接的に2019年のNUMBER GIRL再結成のきっかけともなったのだという。
ZAZEN BOYSにMIYAという名の殺し屋が入ってもう5年経ちましたけど、MIYAが入ってきたときに、テンションという名の……テンションヌという名の風がビュービュー自分の中に吹いてきたわけだ。私はすごく盛り上がったんですね。「よし! 新たなるZAZEN BOYSの自己アピールをやったろうじゃないか!」と。盛り上がりすぎて、NUMBER GIRLも再結成したろうかい、というところまで行って、そのまま電話したわけだよ、NUMBER GIRLのメンバーに。「俺は今盛り上がっている。そして金が欲しい。金稼ごうぜ!」と。このノリで行ったら1億円くらい稼げるやろうと思い込んだ。そういうテンションヌを、私は大事にしている。そんな感じで、NUMBER GIRLは一定期間でパッと、タラタラせずにやり逃げしようと考えていたんだけれど、やっぱりコロナ禍がありまして。ビュービュー吹いていた風が、一気に止まった。
2002年に北海道・札幌PENNY LANE24で解散したNUMBER GIRLは、2019年2月、再結成と同年8月に開催される「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO」への出演を電撃発表。解散の地と同じ北海道で行われる「RISING SUN ROCK FESTIVAL」への出演は、バンドにとって悲願だった。ところが台風接近により、NUMBER GIRLの出演日は開催中止に。さらに追い討ちをかけるように、その後、世はコロナ禍に突入していく。
世界中の皆さんが同じだと思いますけど、すべてがとち狂いましたよね。私がとち狂ってるのはもともとですけれども(笑)。だから1億円は結果的には稼げず、タワーマンションも買えず。当初の目標であった「RISING SUN ROCK FESTIVAL」に参加できなかったことの落とし前をつけるために続けていたら、2022年まで活動することになったわけですね(編集部注:NUMBER GIRLは2022年に「RISING SUN ROCK FESTIVAL」出演を果たし、同年12月の神奈川・ぴあアリーナ公演をもって再度解散した)。しかし、ZAZEN BOYSであるからこそ私がここにいる……「This is 向井秀徳」なわけですから。並行してやっていると、それは頭が混乱してくるよね(笑)。自我の権化のくせに「今俺はどこにおるとや」みたいなことになってくる。バンドをやるっちゅうことは、人と人とのつながり、そしてぶつかり合いだから。それでNUMBER GIRLの再活動が終わって、ZAZEN BOYSに集中してやっていこうと思い、2023年の頭に作品制作を始めました。
でも気が付けば、中身がねえな、と。額はすげえ高いのを用意してるけど、入れるものがない。いや、実はあるんだけども、「やるからにはもう、俺の寿命と引き換えにせないかんな」くらいに思って。額縁に入れる作品を作るためにいかにエネルギーが必要か、俺はよく知っていますけど、ちょっとやそっとの“お気楽ラッキーイェイイェイイェイ”な感じではできないんですよ。でもやらなければいけないし、本当はちゃんと向き合いたい。ZAZEN BOYSはライブの合間にセッションを常にやっているんだけど、「いつやるのか。今じゃないか?」ということで、アルバムを作るという意識に全員で切り替えて、取り組み始めました。