2人体制になって1年半、挫・人間が「銀河絶叫」でたどり着いた新境地とは (2/2)

挫・人間らしさってなんでしょう? シングル曲で改めて考えてみた

──このアルバムが出る前に発表されたシングル曲「下川くんにであえてよかった」「夏・天使」について、下川さんは歌ネットに掲載されたコラムで「自分の原点がよくわかる曲を作りたかった」と説明していました(参照:今日のうた - 歌ネット)。

まず「下川くんにであえてよかった」は僕個人のサーガを壮大に表現した“下川シリーズ”の1つですね。その題材を使いながら新機軸に挑戦してみたくて、声児やキョウスケ、タイチに“挫・人間らしさ”とは何か考えてもらって、そのアイデアを盛り込みました。サポートの2人にも積極的に参加してもらったのですぐ完成したし、作ってて楽しかったです。

──「夏・天使」は下川さんの好きな題材を2つ混ぜた曲で、初披露したワンマンではゴジラとハム太郎に例えて説明していて(笑)。

ゴジハムくんですね(笑)。挫・人間は「下川くんにであえてよかった」みたいな曲のイメージが強いと思うんですが、コアな部分を占めているのは「夏・天使」のようにシンプルな歌モノで。挫・人間のレパートリーには意外と歌ものが少ないので、このタイミングで新しく作ってみました。

下川リヲ(Vo, G)

──「夏・天使」リリース後に出演したラジオ番組では「下川さんにとって『夏・天使』とは?」と質問されて、「JUDY AND MARYのYUKIさんみたいな感じです」と答えていましたよね(参照:心穏やかに生きて : 挫・人間のblog)。

えっ、ホントですか? 覚えてない……。

──そのインスピレーションもJ-POP的なサウンドにつながったと思ったのですが。

補足すると、「夏・天使」は夏に後悔を残してきたオタクが憧れの体験を取り戻す、という曲なんです。それを突飛なことをせず、気持ちいいギターとしっかり歌える構成で仕上げました。なんでYUKIさんを例に挙げたんだろう……ジュディマリを意識していたら、もっとギターの音が厚くなっていたはずだし。

──全然関係なかった(笑)。ちなみにアルバムの通常盤のジャケットアートワークは、BOOWYのアルバム「BEAT EMOTION」をオマージュしています。これもJ-POPへのリスペクトを示すために引用したんでしょうか?

新体制に合わせて、メンバーが2人写っているジャケットで有名なものをオマージュしてみたかったんです。そこからCOMPLEX(吉川晃司と布袋寅泰によるロックユニット)を連想して、最終的に「BEAT EMOTION」に行き着きました。今回のアルバム、BOOWYっぽさ皆無なのに(笑)。

叫ぶ下川、延々しゃべり続ける下川

──ボーカル周りでも新しい要素が増えましたね。「俺だけがZU・BU・NU・RE……」の冒頭ではアンニュイな雰囲気のポエトリーリーディングが始まったと思いきや、「ZU・BU・NU・REだーーー!!」というシャウトでガラッとムードが変わる構成になっています。

あのシャウトはX JAPANの「紅」へのオマージュです(笑)。この曲は「ZU・BU・NU・RE」というタイトルが真っ先に思い浮かんで、そこから1990年代のヴィジュアル系っぽい曲を作ってみたくなったんです。語りの部分はライブでも絶対やるので、「ふざけんな下川」「いい加減にしろ」とかどんどん煽ってほしいですね。で、サビに入ったらXジャンプしてほしい。

──ただ、シングルバージョンだと冒頭の語りがまるまるカットされているんですよね……。さらにラジオ放送用バージョンだと「ZU・BU・NU・REだーーー!!」のシャウトすらない。

語りとシャウトがないだけで、すごく真面目な曲に聞こえるから不思議ですよね。

──先ほど「1990年代のヴィジュアル系っぽい曲」と説明されていましたが、この曲を初めて聴いたときは「PENICILLINの『ロマンス』っぽい!」と思ったんです。盛り上がりのピークをサビに振り切っている感じだったり。

ホントだ、確かに! すごく漠然としたイメージで作ったんですけど、言われてみるとV系の曲がアニソンになっていた、あの時代っぽいかも。僕も声児もアニソン経由でV系を知りましたからね。

──それから「かっこよくなりたい」では下川さんが「カッコいいとは何か?」を延々話し続けている中、声児さんたちがセッションを繰り広げています。これも今までの挫・人間にはなかったタイプの曲で。

「かっこよくなりたい」は各楽器の録音が先に終わっていて、そこに「ラップみたいなボーカルを乗せてよ」ってお願いされたんです。だけどまったく歌詞を用意していなくて、急遽“かっこよくなりたい”というテーマで即興でしゃべることになって。ぶっつけ本番で録ったテイクをそのまま使っているので、ちょっと噛んでるところもあったり。

下川リヲ(Vo, G)

──だけども言い淀まず、最後まできれいに収まっていたので、事前に用意していたんだと思っていました。

延々しゃべるのは得意なので(笑)。演奏についてはメインとなるリフをキョウスケが持ってきて、そこからみんなで膨らませました。ただ演奏が難しすぎて、ライブではどうするか悩んでましたね。あと、ライブでは僕が何についてしゃべるか、お客さんから題材を募るつもりです。

──だいぶハードルが高いですね(笑)。そのほか「銀河絶叫」全体の印象として、オーケンさんからの影響を感じる曲が多かったのも特徴的でした。例えば「セイント・ギロチン」の歌詞の詰め方は筋肉少女帯の「サボテンとバントライン」を彷彿とさせますし、「間違いだらけの消えない情熱」はオーケンさんのソロ曲「猫のリンナ」に近い、ちょっとスウィンギンな曲調で。「ストリップ劇場の恋」の歌詞では「24の瞳」「くるくる」など、歴代筋少の楽曲を連想させる単語も出てきます。

長年「オーケンさんっぽい曲がありますよね」と言われてきましたが、あまりに影響を受けすぎて、自分では気付かないことがほとんどなんですよね。「ストリップ劇場の恋」は「この先失われていく、すごく美しいもの」について書こうと思ったんですけど、オーケンさんのエッセイでジム・モリソン(The Doorsのボーカル)そっくりのおばさんが出てくるストリップ劇場のお話がありましたよね?

──ありましたね。確か「オーケンのめくるめく脱力旅の世界」だったはず。

このエピソードがすごく記憶に残ってて、それをイメージしながら作りました。40、50代のおばさんの恋って、なんだか共感できるところがあって。振り返ってみると、オーケンさんの曲だけじゃなくエッセイからの影響も強いですね。

下川リヲ(Vo, G)

ネガティブな言葉で注目を集めることは、もうやりたくない

──挫・人間の楽曲は下川さんの内省的な面を表したものが多かったですが、今回のアルバムは俯瞰的に物事を見つめる曲が増えたのも大きな変化でした。例えば「未来・挫・フューチャー」では「幻想はやめだ 見せたいわ 未来・挫・フューチャー」「妄想はやめだ 悲しい歌はいらない」と歌われていますし、「ここにいないあなたと」では「どれだけ歩けばあえるかな ここにいないあなたのところ 今年も真夏に残された約束ばかり」といなくなってしまった人に対する未練を歌いつつ、「アンチ 神 嫌いだ 殺したい forever」と刺々しい言葉が入ってきたり。そこからは突き付けられた現実に向き合わざるを得ない、という切実さを感じます。

まさにこの数年間、つらい出来事が続いていたので、その影響かもしれないです。「ここにいないあなたと」は2022年に亡くなった吉田(拓磨。結成時のドラマー)のことを歌っていて、この曲が完成してようやく自分の中で折り合いを付けられました。もっと言えば、どの曲も“いなくなるもの”に向けたメッセージが込められているかもしれない。さっき話に出たストリップ劇場もそうですけど、人間も場所もなくなることは避けられないですからね。

──吉田さんとのエピソードは前回のインタビューでもお話を伺いましたが、彼が亡くなったことが受け入れられない状況はしばらく続いていたんですね。

ええ。ずっと悲しかったけど、その悲しみを抱えたまま進まないといけないと気付いて。もちろん悲しい気持ちをストレートに表現した曲も作れるんですが、それは僕のすべきことじゃなくて。僕が憧れてきた人は鬱屈とした気持ちを抱えつつ、光に向かっていくような曲を作っているので、自分でもそういうエネルギーを生み出したかったんです。

──そのポジティブな姿勢は「下川くんにであえてよかった」に最も表れていますよね。初めてタイトルを見たとき、誰かが下川さんに向けて語りかけている曲だと思ったのですが、歌詞を見てみると「救われると信じ続け 今日も祈り届かない」とやり切れなさを描きつつ、「ねえ いつか 絶望に飽きたなら まためぐり逢えるから」とまた歩き始めるようなフレーズが出てきます。そこから下川さんがこれまでの半生を振り返り、今まで関わってきた人に向けて「出会えてよかった」と言いたかったのでは……という印象を受けたんです。

まさにそういう思いを込めていますね。どん底まで絶望すると最終的には飽きてしまって、そこから希望が生まれてくると考えていて。それにつらい体験を感傷的に歌うよりも、「出会えてよかった!」って大声で言ったほうがスカッとすると思ったんです。

下川リヲ(Vo, G)

──もう1つ、この曲の途中には声児さんの「そんなことないよ」「マイベストフレンド」というガヤが盛り込まれているのですが、下川さんを励ましているようにも聞こえて、グッとくるものがありました。

あれは声児が即興で入れてくれたんですが、意図せずいい感じになりました。アルバムの最後の曲になったことで、より前向きなメッセージが押し出せた気がします。

──今回のアルバムを通して、下川さんの考え方や気持ちの変化を強く感じました。ご自身の内面をさらけ出しつつも、過剰に自分自身を追い詰めたり、周りを冷笑することはしていないんですよね。むしろ「先に進むために、これをやらないといけない」と示している。こういった気持ちの変化はご自身でも認識していますか?

気付いたらそんな考え方になっていましたね。後輩ができて立場が変わりましたし、僕らのファンも増え続けているので、責任感は以前よりも強くなっています。だからこそ、ネガティブなことを叫んで注目されることはもうやりたくないんです。今って誰かを冷笑することが賢いとされたりしますけど、僕にはピンとこなくて。それに対するカウンターは、自分のことをどれだけ信じられるか、だと思うんです。

──なるほど。

長年そんな気持ちで活動してきましたが、表現方法が変わってきたのは、現実を見るようになったからかもしれないですね。身内や親友が亡くなったり、僕自身も体を壊したりするうち、生きていくことに意識的になったというか。そういうことを世の中に示しやすいのも、ロックバンドならではだと思います。

──ところでアルバムタイトル「銀河絶叫」について、今日お話を聞いてみてもあまり楽曲からのモチーフを感じなかったのですが、どうやって決まったんでしょうか……?

このタイトル、実はAIに生成してもらったんです。「漢字4文字のカッコいいタイトルを作ってほしい」と打ち込んで出てきたのが「銀河絶叫」で、意外と挫・人間っぽい感じもあったので即決しました。全然“銀河”の要素、ないですけどね(笑)。

下川リヲ(Vo, G)

ライブ情報

挫・人間 TOUR2024「みんなで!ZU・BU・NU・RE」

  • 2024年3月26日(火)東京都 新宿red cloth
  • 2024年3月31日(日)愛知県 CLUB UPSET
  • 2024年4月13日(土)福岡県 UTERO
  • 2024年4月14日(日)大阪府 Live House Anima
  • 2024年4月20日(土)北海道 BESSIE HALL
  • 2024年4月21日(日)宮城県 FLYING SON
  • 2024年4月25日(木)東京都 渋谷CLUB QUATTRO

プロフィール

挫・人間(ザニンゲン)

2008年に当時高校生だった下川リヲ(Vo, G)を中心に結成されたロックバンド。2009年に「閃光ライオット」決勝大会に進出し、特別審査員・夏未エレナ賞を受賞したことで注目を浴びる。翌2010年に下川の進学に伴い活動拠点を熊本から東京に移し、同年にアベマコト(B, Cho)、2013年に夏目創太(G, Cho)が加入。長年3人体制で活動を展開してきたが、2020年にアベ、2022年に夏目がバンドを脱退した。現在は下川、2020年11月に加入したマジル声児(B, Cho / 中華一番、百獣)の2人体制で活動中。2024年3月には現体制初となるアルバム「銀河絶叫」をリリースした。