2人体制になって1年半、挫・人間が「銀河絶叫」でたどり着いた新境地とは

2022年に長年ギタリストを務めた夏目創太が脱退し、下川リヲ(Vo, G)とマジル声児(B, Cho)の2人体制で再スタートを切った挫・人間。2023年は配信シングルのリリースを挟みながらライブをこなし、元爆弾ジョニーのキョウスケ(G)とタイチサンダー(Dr)を固定サポートメンバーに迎え、活動の軌道を整えていった。

そして彼らは約2年半ぶり、現体制初となるアルバム「銀河絶叫」を完成させた。改めて“挫・人間らしさ”を追求した本作は、声児の演奏スタイルやサポートメンバー2人のアイデアもふんだんに生かした作品に仕上がっている。そこで音楽ナタリーでは下川にインタビューし、2人体制になってからの活動、「銀河絶叫」の制作背景について質問。さらに後半では、ここ数年の心情の変化について語ってもらった。

取材・文 / 高橋拓也撮影 / 竹中圭樹

俺の頭身が「FFVII」ならキョウスケは「FFVIII」

──2022年7月に夏目さんが脱退してから1年半以上になりますね(参照:挫・人間から夏目創太が脱退)。

もうそんなに経ったのか。あっという間でした。

下川リヲ(Vo, G)

──下川さんとマジル声児(B, Cho)さんの2人体制になってからの活動を振り返っていきたいのですが、2023年2月に現体制初となるワンマンが行われ、この直前からサポートギタリストとしてキョウスケ(ex. 爆弾ジョニー)さんが参加するようになりました。

元tetoの山ちゃん(山崎陸)にサポートをお願いしたこともあったけど、最終的にはキョウスケに落ち着きましたね。

──キョウスケさんとは以前から交流があったんですか?

爆弾ジョニーとは1stアルバム「苺苺苺苺苺」を出す直前に競演したことがあったんです。当時同世代で交流のあるバンドがほとんどいなかったんですが、爆弾ジョニーとはずっと仲良しで。キョウスケは挫・人間のことをよく知っていたので、サポートをお願いしたときもスムーズに対応してくれました。

──夏目さんはメタル色の強いギターサウンドだったのに対し、キョウスケさんはストレートな音で少し毛色が異なるのですが、どのように擦り合わせていったんでしょうか。

爆弾ジョニーは挫・人間と同じくジャンルレスな楽曲を作っていたバンドなので、キョウスケの対応力がすごくて。それに夏目も本格的なメタル畑の人ではないから、キョウスケなりにうまく消化してくれました。ただ、僕とはビジュアルが真逆なので、声児とキョウスケが両サイドに並ぶとたいぶ頭身が異なるんですよ。

──ワンマンライブでも「俺が『FINAL FANTASY VII』ならキョウスケは『FINAL FANTASY VIII』。声児は『キングダム ハーツ』」とゲームで例えてましたね(参照:まだまだメンバー募集中の挫・人間ワンマン、MCが長すぎて楽器撤去される)。

雰囲気が全然違う(笑)。最近はだいぶ馴染んできましたけど。

──その後5月に行われたワンマンの直前にはタイチサンダーさんがドラマーとして参加し、元爆弾ジョニーの2人がサポートに入るスタイルが定着しました。

実はキョウスケとタイチはシングル曲「下川くんにであえてよかった」「夏・天使」のレコーディングにも参加しているんです。確か2023年の1月頃に収録して、そのまま「この4人でやっていくか」という話になって。ライブをやっていない期間も含めると、もう1年近くこの体制でやってますね。

下川リヲ(Vo, G)

──このほか7月に行われた特撮とのツーマンライブも、挫・人間にとっては大きな出来事だったかと思います。下川さんと大槻ケンヂさんは弾き語りのソロライブで競演したり、対談を行ったりしたことはありましたが、バンドでの対バンも実現しました。オーケンさんはエッセイでこの公演について触れていて(参照:大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」(第6回)私はバンギャになりたい - ぴあ音楽)、下川さんとの会話も事細かに書きつづっています。

めちゃくちゃびっくりしましたよ。この日は緊張したけど最高でした。オーケンさんは「もっと横柄でもいいのに!」と思うぐらい優しくて。ツーマンの日は僕の誕生日だったので、革ジャンをプレゼントしてくれたんです。あれはうれしかったですね。

これが新生挫・人間、キョウスケとタイチサンダーがもたらした活路

──変わった活動として、埼玉の不動産業者・ハイスクエアの「夏の高校野球 埼玉大会」用CMのナレーション担当はインパクトがありました。どういう経緯でオファーがあったんでしょうか。

「このままでいたい」のリリースイベントのとき、ハイスクエアのスタッフの方が「『☆君☆と☆メ☆タ☆モ☆る☆』をCMで使いたいんです」って直接相談に来てくれて。「なんて怪しい人だ……そんなことあるかい」と思ったんですけど、そのあとメールでも相談の連絡があって。野球は好きなので引き受けました。

──最近下川さんはブログで阪神の試合についてよく書いていますが、それがオファーにつながった?

いや、全然関係ないみたいでした(笑)。NHKのドラマ「念力家族」に「念力が欲しい!!!!!~念力家族のテーマ~」を提供したときもそうだったんですけど、挫・人間の楽曲が大々的に使われるのがまず信じられなくて。ナレーション仕事は「ミツカンりんご酢」のCM以来じゃないかな。

──下川さんの声は耳に残りやすいキャッチーさがありますよね。声優業も向いていそう。

変な声だけど、ニーズがあるならぜひ続けたいです。ナレーションは楽しいですし、どんなCMでも全然やるんで。これから押し出していこうかな。

下川リヲ(Vo, G)

──ライブ活動に話を戻すと、11月には東名阪ツアーも行われました。振り返ってみると年内は複数回ワンマンがあり、リリースは配信シングル中心だった分、ライブは活発だったようで。

意外とライブ、やってましたね。新体制でのライブをどうするか、探っていたところもあったと思います。ここ数年はサポートも含めてメンバーの出入りが激しかったので、サウンドを構築していくための作業に集中できなかったんです。だけど2人体制になって、サポートメンバーがキョウスケとタイチに固定されてからはじっくり取りかかれるようになって。キョウスケも積極的にアイデアを出して、グイグイ引っ張ってくれるから助かります。

──キョウスケさんは曲の構成を解説した動画を制作して、下川さんに渡していたそうですね。

そうそう。今ではアレンジも4人で考えますし、みんな頼りになります。スタジオ練習も前体制の倍以上やっているので、演奏も確実にうまくなってますよ。あと、キョウスケは僕と違って明るいタイプの人間なので、それもうまく作用しています。メンバーの脱退ラッシュがあったし、喉にポリープができて心も体もボロボロだったから、キョウスケの明るさに支えられることは本当に多かった。正直、キョウスケは僕とコミュニケーションが取りづらかったと思うんですが、うまく対応してくれてありがたかったです。声児も細かいところまで気遣ってくれるし。

──タイチサンダーさんはミステリアスな印象がありますが、バンド内ではどのような役割を担っているんでしょうか。

タイチは引き出しが多いだけじゃなく、「ここでテンションを上げたい」というところで的確に持ち上げてくれる、繊細さも大胆さも兼ね備えた珍しいタイプのドラマーなんですよ。しかも練習がある日は集合1時間前からスタジオに入って、先に演奏しているし、本当に真面目。10年近く前にもサポートでライブに参加してもらったので、すごくやりやすいです。

──演奏以外に、MCのスタイルも変わりましたよね。以前のライブでは下川さんの話題がどんどん脱線していき、夏目さんが全然関係ないことを話し始めて流れを断ち切る……というスタイルが盤石でした。そのいびつさが魅力でもあって。

夏目が適当に投げてきた話題を回収するの、大変だったんですよ(笑)。突拍子もないことを言う人がいなくなった分、僕の話が散らかりやすくなっちゃいましたね。でも声児とキョウスケがツッコんでくれるので、うまいことやれてます。

──それに加えてメンバー以外の人が介入したり、巻き込まれたりすることが多くなりました。例えばアンコール中に機材スタッフが下川さんの楽器をまるまる撤去したり、照明スタッフ・タブチさんの息子さんがMCのネタにされたり。

楽器撤去は「先に片付けちゃえばダブルアンコールは来ないだろう」と思ったのが1つ。最近は終盤になるとギターを使わないので「アンコールで僕の楽器、撤去しちゃっていいかも」って軽い気持ちで言ったら、本当にやられちゃって(笑)。タブチさんの息子さんは今大学生なんですけど、軽音サークルで挫・人間のコピバンをやっているんです。こないだ追いコンに行って、一緒に「下川最強伝説」を歌ってきました。

──仲がいいですね(笑)。メンバーだけじゃなく、スタッフとの関係性もよくわかる。

ライブ制作は長年同じメンバーとやってきたので、みんな僕が考えていることはだいたい把握しています。現体制のライブはだいぶ安定してきたので、これからは反則技を使わず、ちゃんと演奏することが目標ですね。

下川リヲ(Vo, G)

あえてロックをやりたい挫・人間、大事なのはキャッチーさ

──これまでの挫・人間はジャンルレスでありつつ、ロックバンドであることを軸とした楽曲を制作してきました。サウンドの中には下川さんのボーカル、夏目さんの派手なギターソロ、声児さんの目まぐるしく動くベースラインがとにかく敷き詰められていて、音の情報量がものすごく多いのも特徴でした。一方でニューアルバム「銀河絶叫」はかなり音が整理されていて、端的に言うと“ロックバンドが作るJ-POP”といった作風に変わったように感じたんです。

「銀河絶叫」はバンド体制ならではのサウンドにできるよう意識しましたね。アレンジでシンセや管弦楽みたいな音を加えることもできるけど、あえて詰め込まず、ライブで再現できる楽曲を作っていきました。あと、今ってアイドルソングやヒップホップなど、メインストリームだけでもいろんなジャンルの音楽がありますよね。そんな中であえてロックをやる理由だったり、“ロックバンドとしてどうありたいのか”だったりを考え続けてきた気がします。

──さらに詳しくお聞きしますと、下川さんは“ロック”をどのようなものだと捉えているんでしょうか?

それは中学生くらいのときからずっと考えてきましたね。パッと言うのは難しいんですが、「楽器を壊したり、過激なことを言ったりするのがロックなのか?」と言われると、決してそうじゃないと思うこともあって。時代や状況を踏まえて、自分なりの態度でロックを示す……という感じです。

下川リヲ(Vo, G)

──先ほど「J-POPっぽいサウンド」とお話ししたのですが、具体的に挙げるとイントロや間奏にキャッチーなギターフレーズが入っていたり、ベースが終始テクニカルな演奏をしているけど主張しすぎていなかったり、音の情報量をバランスよく調節している印象を受けました。このあたりは意識的に変えたのでしょうか。

そこまで「緻密に構成しよう!」と話し合ったわけではないですね。強いて言えば「それぞれの持ち味を生かす」ことは意識したかも。例えば声児だったらスラップを積極的に使ってもらいつつ、ファンキーさを押し出したフレーズを入れてもらったり。キョウスケも僕が弾いているギターのコードに合わせて、どんなフレーズを乗せるか細かく気にしていました。あと、メンバー全員耳馴染みのいいサウンドを作りたがるタイプで、「大衆ウケのいいものはやりたくない」みたいな人は誰もいないんです。みんなキャッチーであることの大事さは把握している。それから歳が近くて、同じJ-POPの曲を聴いてきたのも大きいかもしれないです。