ユリイ・カノン|動画総再生回数6000万回越えのボカロPがメジャー1stアルバムで描く“人間”

自分自身と世界への不満

──今回のアルバム用に書き下ろされたゴシック調の新曲「御気ノ毒様」は、どんなイメージで作った曲ですか?

この曲はちょっと自虐的なところがあって、自分自身に向けて「お気の毒様」と言っているところがある曲ですね。今の僕自身がすべてそうとは言わないですけど、人生が面白くないなと感じるときの感情を歌にしていて。

──それは自分自身の人生に不満を感じる瞬間がよくあるということ?

そうですね。劣等感だとか、この曲の歌詞にもあるような“無様”な人間と感じることもあるので。アルバムの中で一番救いがないのがこの「御気ノ毒様」なんですけど、平たく言えば、このアルバムも全体的に「世の中なんてクソ喰らえ!」ってことを書いてる感じですね(笑)。言ってしまえば、自分にも不満があるし、世界にも不満があるみたいなところが全部にあって。

──その不満こそがユリイさんの創作のモチベーションになっているように感じるんですよね。世の中がつまんないからこそ、せめて好きなように音楽を作って楽しもう、みたいな。

こういうことを言うのもなんですけど、僕自身、例えば誰かの曲と比べたときに負けてるなと感じることがめちゃくちゃあって。そういうものが劣等感につながっていたりするんですけど……それを反動にがんばろうと思うときもあれば、「もうダメだ……」ってなるときもありますね(笑)。

──それもまた人間らしさと言いますか。でも、ユリイさんの楽曲はそういった劣等感や鬱屈を抱えながらも、それをハードなサウンドとキャッチーなメロディで表現しているので、聴いていて胸がすく思いになることが多くて。今回のアルバム収録曲で言うと、特に「キャスティングミス」はキメの多い複雑なサウンドにもかかわらず一気に駆け抜けていく感じがすごくカッコよかったです。

この曲は作詞がウォルピスカーターさんで、ユリイ・カノンの楽曲としては初めてのコラボ楽曲なんです。ウォルピスさんは僕の作風に寄せた歌詞を書いてくれて、「ユリイさんらしい曲を作ってください」と言ってくれたこともあって、サウンド的にもある意味、僕の一番王道な曲かもしれないです。メロディに関して、基本的に僕は全曲キャッチーさを大切にしていて。人間が歌えるかどうかはともかく(笑)、サウンドに馴染みやすいメロディというのはいつも意識していますね。

音楽で世界を救うなんて無理だけど

──アルバムにはほかにも、ウォルピスカーターさんに提供した「傀儡マイム」や、まひるさんに書き下ろした「対象x」、そのお2人が歌ったバージョンもある「シアトリカル・ケース」のボカロ版などを収録していますが、中でもTHE BINALYに提供した「花に雨を、君に歌を」のセルフカバーは、いつものご自身の作風とはまた違った雰囲気があります。

基本的に提供曲の場合も自分が作りたい曲を作ってはいるんですけど、「花に雨を、君に歌を」は自分の中の一番きれいな部分を集めたような曲で。さっきも言いましたけど、激しい曲も作りたいし、きれいな曲も作りたいというのがあるので、今までの曲の中で一番歌詞も素直で、ストレートなメッセージ性があると思います。

──歌や音楽に対する希望を描いた、すごくロマンチックな歌詞ですよね。

提供曲ではあるんですけど、僕が音楽に対して感じていることをそのまま歌詞にしています。音楽で絶望したこともあれば、そうじゃない部分もあったりして……希望だけでもないんですけど、音楽が好きだということを書いていますね。

──この曲の歌詞に「音楽で世界を救うなんて無理だけど」というフレーズがありますけど、今回取材するにあたってユリイさんのTwitterを遡ってチェックしていたら、最初のつぶやきが「音楽で世界を救いたい。」だったんですよね。

はい(笑)。確かにそれが僕の最初のツイートでした。まあ半分冗談みたいなツイートだったんですけど、いつか歌詞に入れようかなと考えていたところはあって。あのツイートから4年越しぐらいで歌詞に使いました。

──活動を始めた当初から考えていた言葉が、ここにきてアルバムで回収されたことにすごくグッときたんですよね。「音楽で世界を救いたい。」という言葉は、現実的にはロマンチックに過ぎるところはありますけど、例えばそれはアルバムの最後に収録されているユリイさんの代表曲「だれかの心臓になれたなら」のテーマにもつながると感じていて。それを思うと、ユリイさんは最初から音楽を通して書きたいものが一貫してあったのかなと。

そうですね。まあ、人生で人に必要とされることも少なかったので、「音楽で誰かを救いたい」という漠然とした気持ちはあって。でも、本当に音楽で誰かを救うというのは理想的なものであって、実際に音楽をやっていて救われていたのは自分だった、ということを「花に雨を、君に歌を」では書いていますね。最初のサビにある歌詞「僕は救われていたんだ」がまさにそうです。

──でも、ユリイさんの楽曲を通じて救われた気持ちを感じた人は、きっとたくさんいると思うんですよね。その誰かの世界を救ったと考えると、ユリイさんの「音楽で世界を救いたい」という願いはすでに叶っているんじゃないかなと思って。

救われていたらいいんですけどね(笑)。僕の好きな映画に「フィッシュストーリー」(伊坂幸太郎原作)という作品がありまして。それは売れないパンクバンドの楽曲が巡り巡って世界を救うことになるというお話なんですけど、僕の「音楽で世界を救いたい。」というツイートは、そこからきてるところもありますね。

定期的に音楽を辞めたくなるけど

──今回のアルバムが完成してみての感想を教えてください。

できあがった直後は満足感もありましたけど、書ききれなかった部分もやっぱりあって。完成前は正直、もう曲作りたくないなと思った時期もありました(笑)。でも、もっと曲を作りたいなと思いましたね。

──音楽に救われたという気持ちを含めて、やはり音楽のことが心の底から好きなんでしょうね。今のユリイさんにとって、音楽はどんな存在になっていますか?

正直なことを言えば、音楽以外に特にできることがないので、音楽しかできないからやっているところもけっこうあって。

──でも、それは「音楽しかできない」ではなくて「音楽ができる」ということですから。

それでも自分の曲に絶対的な自信というものはないし、だからこそ落ち込んだり、逆に喜んだりということが、音楽を通してあって。「一生音楽で食べていけるか?」となると難しいかもしれないですけど、一生音楽はやりたいなと思いますね。

──ユリイさんは2020年から月詠みというバンドを結成して活動を行っていますが、これまでのボカロPとしての活動だけでなく、さらに自分の音楽を広げていきたい気持ちがある?

そうですね。きっかけとしては、2年ほど前に自主制作でアルバム(「Kardia」)を出したあと、このへんで一旦活動を辞めようかなと思ったことがあったんです。ボーカロイドはもともと趣味の延長で始めたような活動だったので。そんなときにTHE BINALYさんから楽曲提供の依頼をいただいて、改めてボカロの文脈とはまた違った音楽に触れたことで、自分でもそういう活動をやりたいと考えるようになったんです。これまでボーカロイドだから聴いてもらえていたところもあるんですけど、逆にボーカロイドだから聴いてもらえない部分があることも感じていて。ボーカロイドでは届かなかった音楽をやりたい気持ちがあってバンドを始めました。

──なるほど。THE BINALYの活動から刺激を受けた部分もあったんですね。

それと僕は定期的に音楽を辞めたくなるんですけど(笑)、バンドをやっていたら責任が伴って簡単には辞められなくなる、という理由もあって。1人で活動しているといつでも逃げられるので、自分のために首輪をつけるような感じですね(笑)。

──もともとバンド経験もあるわけですしね。

まあメンバー全員が音楽を一番に考えているという点では、学生時代にやっていたバンドとはまったく違いますけどね。学生のときのバンドは音楽を一生続けていきたいと本気で思っているメンバーはやっぱりいなくて温度差があったんですけど、今は同じ方向を向いてるメンバーを集めることができたので、うまくやっていけるのかなと思います。

──話の本筋からは少し逸れるのですが、昨今のボカロシーンの盛り上がりや、ボカロカルチャー由来のアーティストやクリエイターが活動の場を広げている状況について、ユリイさんはどのように受け止めていますか?

ボーカロイドの音楽は昔より受け入れられてはいますけど、さっきも言ったようにボーカロイドだから聴いてもらえない点もあって。それを人間が歌うことで広がっていってるところはあるのかなと思います。それこそボーカロイドの原曲よりも歌ってみた動画のほうが再生数が多いことがYouTubeではよくある。楽曲自体は受け入れられているんですよね。今もルーツがボカロ音楽にあるような楽曲が流行っていますし、チャートを見ていると、もともとボーカロイドを用いて活動されていた方が楽曲制作に携わっていたり、ネットのアーティストがだんだん強くなっている印象はあります。たぶん、今後はネット音楽とそうじゃない音楽が隔てられることもだんだんなくなっていくのかなと思っていて。正直、今はどんなバンドもみんなネットに音楽を上げていますし、言ってしまえば全部ネット音楽でもあるわけなので。

──そういった状況の中で、ユリイさんも月詠みを立ち上げたわけですからね。

もし月詠みで僕のことを知ってくれる人がいたら、そこからボーカロイドの曲も聴いてくれたらうれしいですし、今後もボカロとバンドは並行して続けていきます。