ドレスコードのあるパーティに呼ばれた感覚
柴田 クライアントワークって、言うなれば“公にコスプレが許される場所”みたいな感覚があるんですよ。普段の僕たちはこういう歌詞の曲をまず作らないけど、どこかに「たまには作ってみたい」という気持ちも抱えていて。自分の中から湧いてくるインスピレーションで作るのが楽しいのはもちろんなんですけど、外からもらったお題に対して「どういうふうに打ち返そうか」ということにもまた別種の楽しさがあるんですよね。違う自分を引き出してもらえる感覚というか。
西山 どちらも厳密には同じ自分なんですけどね。
柴田 今回のコラボソングプロジェクトって、ドレスコードのあるパーティに呼ばれたような感覚があるんですよ。「黒い服で」みたいな指定だけがあって、普段そんな服を着ない僕らが黒い服で参加してみたら、TWEEDEESやYMCKといった皆さんも同じように黒い服で参加していて「ああ、そういう着こなし方もあるのか」という楽しみ方ができた。みんなでテーマを共有している状態で、それぞれが全然違う角度から返しているのがすごく面白かったんですよね。
西山 うん、確かに。
──制服を着ることで逆に個性が際立つ、ということはありますもんね。
柴田 そうそう。丈の長さで個性を出してみたり、ボタンの留め方が違っていたり、逆に小細工せずそのまま着る人もいたり。そういうところにパーソナリティが現れるんですよね。
西山 僕ら2人は基本的にコンセプトにすごくこだわりのある人種なので、自分たちのアルバムを出すとなったら、やっぱりコンセプトから外れたものを出すのは難しいんですよ。いきなり違うものを出しても意味がわからないし(笑)。その中で、こうやってお仕事として別のコンセプトを要求してもらえると、ずっとやりたかったけど開けてこなかった引き出しを開けさせてもらえる機会になるわけです。だからどちらも自分たちではあるので、黒い服を着ている僕らが自分たちらしくないとは全然思っていなくて。クライアントワークでは名義を変えたりする人も、中にはいたりするのかなと思うんですけど……。
柴田 僕らは“積み重ねていく”行為がすごく好きなんです。例えば「あいむいんらぶ」を作っていた時期は「See-Voice」という自分たちのアルバムを作っていた時期と重なるんですけど、パッと聴くとやっていることやコンセプトが全然違うわけです。「本当に同じアーティストか?」と思っちゃうくらいなんですけど、よくよく聴くと同じ音を使っていたりするんですね。それをのちのち振り返ったときに「この曲とこのアルバムを同じ時期にやってたんだ」という事実が急にエモーショナルになる、その感じがすごく好きで。それは同じ名義でやるからこそ成立することであって、別名義にしちゃうと別の歴史になっちゃいますよね。それがすごく面白いと思うんです。
“パソコン音楽クラブらしさ”とは?
西山 僕ら、そういう「自分たちらしさをどこに置くか問題」を2人で話し合うことがすごく多くて。以前は使う機材の年代をあえて限定することで自分たちらしさを担保していたんですけど、近年はそれが枷になって逆に作りづらいケースも出てきたんで、少しずつ制限を解除したりしているんですね。なんだけど、なんなんでしょうね。個性ってやっぱり出ちゃいますね(笑)。
柴田 (笑)。
西山 「音は全然違うのに、聴いたら2人の曲だとわかりますね」と言ってもらえることも実際すごく多いですし。ただ、自分たちでその個性がなんであるのかをまだ言語化できていないんです。それが明確に言えるようになったら、いろいろ楽なんだろうなと思ってるんですけど。
柴田 たぶん、アーティスト活動とクライアントワークの両方を今後もどんどん積み重ねていったら、その重なったところに自分たちの本質があるんだと思うんですよね。
西山 そうそう。結局のところ、自分たちらしさを表現しようと思って作っているというよりは、作ったものを見返したときに初めて“らしさ”が見えてくるんだろうなって。“帰納 / 演繹”が逆なんですよね。無意識下にはたぶん何かしらあって、絶対にそれを守って作っているんだろうとは思うんですけど。
柴田 まあ人間2人から純粋に出てくるものなんて、たぶんそんなに種類はないですよね。
西山 はははは!
柴田 そう言っちゃうと身も蓋もないですけど(笑)。
西山 でも電子音楽をやっていて面白いなと思うのはまさにそこで、ジャンルに縛られないんですよ。もちろんテクノやハウスに特化したアーティストもいますし、その美学の中で戦っている人たちはそれはそれですごくカッコいいんですけど、少なくとも自分たちはジャンルの固定をしていないから「今回はこういう音楽を作ってみよう」を許してもらえていて。人間2人から出てくるものが限られている中でも(笑)、そのおかげでバリエーションを楽しませてもらっている感覚はありますね。
──言語化はできていないとしても、お二人がもともと備えているクセの強さみたいなものがどうやっても自然と出てくるという自信があるわけですよね。
西山 そうなのかもしれないです。
──並の人がジャンルを固定せずに作り続けたら、普通はただ単にバラけるだけですから。
柴田 ああー、なるほど。
西山 確かにそうですね。実は僕、けっこう悩んだ時期があって……例えば職業作家の方々って、求められたところに正確な球を投げる技術に長けている人たちですよね。逆に、アーティスティックなミュージシャンというのは求められたところに球を投げることには興味がなくて、自分の投げたい球だけをひたすら磨いていく人たち。僕はその両方をやりたいんですよ。監督さんやプロデューサーさんの求めるものを汲み取って自分たちなりのアプローチで応えていく面白さも味わいたいし、誰がなんと言おうと関係なく自分がいいと信じた作品も作っていきたい。この2つって、両立するのはけっこう大変で……。
──真逆ですからね。
西山 真逆なんですよ。で、おっしゃる通り自分たちはクセが強いんで、要求に沿ったものを作っても自然と自分たちらしさは出てくるんです。ただ、他人の思いを汲み取って作る面白さに夢中になりすぎたことで、本来の自分を見失っていることに気付いた瞬間があったんですよ。これがけっこう怖い経験で……それがあったから、自分たちらしさについて頻繁に話し合うようになったというのもあるんです。
柴田 クセ者なのにサービス精神が旺盛という、難儀な性質がありまして(笑)。
西山 だから今回の「ユーレイデコ」のように、アーティスト性と職人性の両方をバランスよく要求してもらえる仕事は一番ありがたいです。純之介さんからは本当に細かい指定とかが全然なくて。だけどちゃんと僕らの作る音楽を理解したうえで、それを求めて声をかけてくださった。
柴田 そんな佐藤さんとお仕事ができたというのが、今回一番の収穫だったかもしれないです。僕らのやってきたことのコンテクストを理解してくださっている方と一緒に仕事をすると、こういうふうになるのかと。結果としてめっちゃいい曲もできましたし、本当にうれしかったですね。
西山 そうだね。しかも、ただ単に楽曲を提供して終わりということじゃなくて、ちゃんとアニメ制作陣の一員としてしっかりアニメ作りに関わらせてもらえたっていう感覚がすごく強くて。それがすごくうれしかったですね。1つの作品に対して3曲も関われる機会なんて、今後もなかなかないかもしれないなと思っています。
プロフィール
パソコン音楽クラブ(パソコンオンガククラブ)
柴田と西山によって2015年に関西で結成されたユニット。Roland・SCシリーズやヤマハ・MUシリーズなどの1990年代のハードウェア音源モジュールを用いたサウンドを特徴とし、2017年にMaltine Recordsから無料配信したミニアルバム「PARK CITY」で話題を集める。2018年6月に初の全国流通盤となるフルアルバム「DREAM WALK」、2019年9月に2ndアルバム「Night Flow」をリリース。2021年10月には3rdアルバム「See-Voice」を発表した。2022年7月にシングル「KICK&GO(feat. 林青空)」、11月にシングル「SIGN(feat. 藤井隆)」を配信。2022年1月にデジタルEP「DEPOT vol.1」をリリースした。2023年5月にアルバム「FINE LINE」を発表し、6、7月にリリースパーティを大阪・心斎橋SUNHALLと東京・WWW Xで開催する。外部アーティストへの楽曲提供やリミックスでも個性を発揮している。