7月から9月にかけて放送されたテレビアニメ「ユーレイデコ」。このアニメの各話をイメージしてさまざまなアーティスト陣が書き下ろしたコラボレーションソングが、毎週放送終了後にリリースされた。
全12話から生まれた12曲のコラボレーションソングは、毎話異なるアーティストが担当。KOTARO SAITO(with leift)、Yebisu303×湧、TWEEDEES、ココロヤミ、Sarah L-ee×浅倉大介×Shinnosuke、YMCK×MCU、kim taehoon、DÉ DÉ MOUSE×パソコン音楽クラブ、ミト(クラムボン)、CMJK、☆Taku Takahashi(m-flo、block.fm)×xiangyuといった豪華アーティスト陣が参加している。
音楽ナタリーとコミックナタリーでは「ユーレイデコ」をさまざまな側面から紐解くため、複数の特集を展開中。今回は第7話のコラボレーションソング「DANCE IN THE MAGIC」を提供したkim taehoonにインタビューを行い、企画に参加することになった経緯や楽曲の制作過程について話を聞いた。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 梁瀬玉実
「ユーレイデコ」ストーリー
現実とバーチャルが重なり合う情報都市・トムソーヤ島をユーレイ探偵団が駆け抜ける近未来ミステリーアドベンチャー。物語は「らぶ」と呼ばれる評価係数が生活に必要不可欠になったトムソーヤ島で起こった、“0現象”という「らぶ」消失事件に少女・ベリィが巻き込まれたことから動き出す。ベリィは“ユーレイ”と呼ばれる住人のハックたちと出会い、怪人0と0現象の謎を突き止めるためにユーレイ探偵団に参加。トムソーヤ島に隠されたある真実に近付いていく。
100年後もこういう音楽が残っていればいいな
──まず、キムさんが「ユーレイデコ」第7話のコラボレーションソングを手がけることになった経緯から教えてください。
そもそもは、音楽ディレクターの佐藤純之介さんから「キムくんの曲がすごく好きなので、挿入歌を作ってほしいんです」とお話をいただいたのがきっかけでした。「どんな曲ですか?」と聞いたら「100年後、AIがやっているラーメン屋の有線でかかっているようなヒットソングです」と言われて、「なんですか、それ?」となって(笑)。
──だいぶ狂ったオーダーですよね。
僕の口から「狂ってる」とは言えないですけど(笑)、単純に面白そうだなと思いました。失礼ながら佐藤さんのことはそんなに存じ上げていなくて、最初は単に“アニメの曲をディレクションしている人”くらいの認識だったんですけど、そのオーダーを聞いて「たぶん面白い人なんじゃないかな」と。
──佐藤さんは実はとんでもないレベルの電子音楽マニアでいらっしゃいますもんね。
そうなんです。オンラインでミーティングをしたとき、佐藤さんの背後にシンセの実機がぶわーっと置いてあって(笑)。その後シンセ界のすごい人だということがわかってきて、そういうギークの方から「キムくんの音楽はめっちゃいいです」と言ってもらえるのはすごくうれしいことだなと思いました。
──楽曲制作の前に、アニメ本編はご覧になりました?
僕がお話をいただいたのはまだ制作初期の段階で、ストーリーなども固まっていない状態だったんですよ。アニメ映像はまったくできていないタイミングだったので、資料としては曲が使われるシーンのラフ画やAIロボット(アナリティカ)のデザイン画などをいただいて。
──なるほど。第7話はちょっと不思議な回でもありますし、もしかしたら「この話数に対応するイメージソングを」と言われたほうが難しかったかもしれないですね。
かもしれないです。そのやり方だと、“正解っぽい正解”を出しちゃってた可能性がありますね。今回は正解が予想できない状態で楽曲を作っていけたことで、意外性のある面白さが生まれたんじゃないかなという気がしています。
──実際の曲作りは、どういうところから始めていったんですか?
「100年後のヒットソング」というお題がまずすごく難しくて……取っかかりとしては、「100年後であってもポップは死んでいてほしくない」という思いから、絶対にポップに落とし込みたかったので「やっぱり四つ打ちかな」と。普遍的に人の心を躍らせるビートといえば四つ打ちだと思っているので、まずハウス調のビートを作り始めました。そこに、「佐藤さんが大のシンセ好き」ということが頭から離れなかったので(笑)、未来的な曲にする意味も含めてシンセの音は入れなきゃいけないなと。
──あのシンセのリフはすごく印象的でした。ちゃんと100年後のヒットソング感もありつつ、レトロなテクノのようにも聞こえるのがすごくいいなと。
ああ、確かにそうですね。佐藤さんからは「エッジィなカッコよさではなく、かわいくてポップで楽しい感じが結果的に作品を表している」と言っていただきました。ミュージックビデオもキャラがみんなで踊っている映像を付けてくださって、それがめちゃくめちゃよくて。「四つ打ちにしてよかったー」とすごく思いましたね。
──これは「100年後の架空のアーティストが歌っている」設定で作ったものだったりするんですか?
その設定は別にどっちでもよくて……シンプルに「100年後もこういう音楽が残っていればいいな」という願いを込めて作った感じですね。我々人間は、社会も含めて時代とともに移り変わっていくものですけど、核心の部分はずっと変わらないと思うんですよ。流行りの音楽ジャンルなどは変わっていっても、みんなが音楽を好きな理由、根本的な部分は絶対に変わらないんじゃないかと。だから、それを歌うのが僕であっても、架空の匿名アーティストであっても、そこは大した問題ではないというか。
──なるほど。そういう意味では、ある種の実験でもあると言える?
実験的ではありますね。いいお題をいただいて、自分的には跳び箱の踏み切り板を使わせてもらった感覚と言いますか(笑)。いい化学反応が起きたと思います。
第7話は一番アツい回
──構造的にはある意味ベタとも言える、わかりやすいサビがサビらしく入ってくる作りですよね。そこは“ヒットソング”というお題を意識した部分ですか?
そこはあまり「ヒットソングだから」ということではなくて、もともとの僕の音楽性の部分ですね。サビでキャッチーな耳馴染みのいい言葉を繰り返すというのは常にやっていることなので、今回だけ特別にそうなっているわけではないです。
──ヘタをすれば「ダサい」とも言われかねない危険性もある中で、あくまで「キャッチーさこそが正義」という信念がある?
kim taehoonとしては、ありますね。
──強引かもしれないですけど、そういう姿勢が「ユーレイデコ」の世界観とすごくリンクしているように感じました。
ああ、確かに。本当に偶然ではあるんですけど、作品世界の中で“らぶ”(トムソーヤ島で生活するための評価係数)を追い求める大衆の価値観に対して「本当にそこが大事なの?」という思想が描かれますよね。それは自分の表現したいところと、偶然だとしてもすごくマッチしていた感覚はあります。
──そのお話を聞く限りでは、キムさんは「ユーレイデコ」の登場人物で言うとハックに共感できるタイプなんじゃないでしょうか。「他者の評価どうこう以前に、お前はどういう人間なんだ?」という考え方をするキャラクターですけども。
ああ、おっしゃる通りですね。でも、どうなんでしょう……いろいろカッコつけて言ってますけど、わりと他者の評価は気にしがちなんですよ(笑)。
──そりゃあ、“らぶ”は欲しいですもんね。
欲しいですよ。「そんなもんなくても生きていける」と強がって言うタイプではあるんですが、実態としてはそれを求めているので。
──ただ、“らぶ”をたくさん手に入れるために自分を曲げるようなことはしないですよね?
しないですね。それは絶対にしない。そういう意味ではそうですね、確かにハックとは共通する部分があるように思います。
──ハック以外に気になるキャラクターはいましたか?
やっぱり、あのラーメン屋のAIロボットでしょうね(笑)。あのシーンだけにしか出てこないですけど、物語的にけっこう重要なキーマンではあるじゃないですか。それまで謎に包まれていたことが、彼が倒れることによって少し明らかになって、ようやく物語が動き始めるみたいな。
──第7話って、ひと言でまとめると「ラーメン回」になると思うので(笑)、一見すると箸休めのための変な話数のようにも思えるんですけど、実はめちゃくちゃ重要な回なんですよね。
本当にそうなんですよ。一番アツかったと言われてますから。
──このアニメにはそういう「一見こうだけど、実はこういう意味もある」みたいな構造が多いですよね。それはそのままキムさんの音楽にも共通している気がします。軽く楽しめるもののように見えるんだけど、よくよく聴くと深掘りすべきポイントがたくさんあるみたいな。
その表現はうれしいですね。作ってる側からすると、ちゃんと深く掘ってほしい思いはあるんですけどね。いろいろ見つけてほしいことは多いので。
──だけど、軽く楽しめるものであるかのように見せることも大事ですからね。
本当に大事です。「見るからに深そう」だと、よほどのマニア以外は誰も聴いてくれないので。それはきっとアニメでも同じだと思いますね。
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等身大こそが正義