音楽ナタリー PowerPush - 悠木碧
4匹の怪獣とともに いざ“スキマ”を巡る冒険に
楽しさと相容れなさの狭間を歌う
──今のお話で「イシュメル」の全体像はすごくクリアに見えてきたんですけど、とはいえそこに漂う不穏な感じが払拭されたかというと……。
あれっ!?
──例えば、おそらく女の子と同じスキマ世界にいるにも関わらず、帰ろうとせずに「ロッキングチェアー」に揺られているおばあちゃまの存在がちょっと……。
あっ、おばあちゃまは孫である女の子と一緒にスキマ怪獣のところに行ったわけではなくて。「ダスティー!ダスティーストマック」には4匹のスキマ怪獣のほかに女の子も出てくるんですけど……。
──「なんでも 食べたいと 思うな」って説教を始める「かいじゅう」に向かって「ナマイキ」って言っている子?
それが若かりし頃のおばあちゃまなんです。その頃のBaggyとおばあちゃまは恋仲で。Baggyは「ダスティー!ダスティーストマック」の最後に出てくる「宝物だけ入れられる箱に見知らぬ石」「記憶にない 図鑑にない とても綺麗な石」をおばあちゃまにプレゼントするんですけど、おばあちゃまはそれを受け取った瞬間から今までずっと心だけスキマ世界に閉じ込められてしまっていて。だから「帰ろうと しない」し、人間世界ではちょっとボーッとしている。「甘いもの わざと落とし」たりするんです。で、実は若い頃のおばあちゃまと女の子はすごく似ていて。だからBaggyは「SWEET HOME」で、おばあちゃまと間違えて女の子に声をかけちゃうんです。
──あともう1点「イシュメル」という物語ってハッピーエンドかというと……。
ちょっと違いますね。「Angelique Sky」はBaggyの女の子やおばあちゃまに対する思いを歌った歌なんですけど、ハッピーではないですし。
──彼女たちについて「欲しくなっちゃ いけないもの」「だってきみは天使だ」って言ってますもんね。
思わずおばあちゃまや女の子をスキマの世界に連れ込んじゃったし、その世界は思いのほか楽しいところではあるんだけど、やっぱり人間とスキマ怪獣は住む世界が違いますから。Baggyは自分の思いがまっとうされないことは知っている。どこかであきらめていて。実は怖くないのかもしれないし、楽しい子たちなのかもしれないんだけど、人間と怪獣っていう異なる存在同士の間には、どこか相容れない感じがずっと残るのかもねっていうことも表現してみたかったんです。
音楽だからこそ伝わる何か
──そこまで緻密に世界を設計して物語を構築できると、例えば小説を書こうとか、映像を撮ろうみたいな欲求が芽生えたりすることってありません?
確かに事細かに文章で説明したほうが私の気持ちはより具体的になるというか、スキマ怪獣たちをもっとかわいく描けるかもしれないし、もっとスキマの怖さを知ってもらえるのかもしれないんだけど、それは本意ではないですから。私が皆さんに聴いてもらいたいのは、やっぱり「すごく怖いと思っているのはその対象のことをよく知らないから。ちゃんと知れば全然怖くないのかもしれない」っていうことや「実は自分が感じていることや見ているものは絶対じゃないのかもしれない」っていうことで。その「怖いかもしれないし、怖くないかもしれない」「人によって価値観や尺度って違うのかもしれない」っていう曖昧なことを表現するのであれば、きっと音楽のほうが伝わりやすいと思うんです。
──音楽は文章や映像に比べて同じ時間の間に盛り込める情報量が圧倒的に少ないから状況を説明するのに不向き。逆に言えば説明過多になりにくいからこそ、聴き手それぞれの価値観や尺度で楽しんでもらえるということ?
そういうことなんだと思います。私はスキマが怖いから「実はその向こう側には楽しい世界が広がってたらいいのにな」って思ってるけど、アルバムを聴いて「スキマの向こうはどうなってるんだろう」ってワクワクする人もいるかもしれないし、本当にテレビ台のスキマなんかを覗き込んで「なーんだ、壁とコンセントしかないじゃん」ってしょんぼりする人もいるかもしれないですし(笑)。このアルバムを聴いて怖いと思うのか、ワクワクするのか、しょんぼりするのか。音楽を通じてなら、皆さんにそれぞれ自由な感じ方で受け取ってもらえるんじゃないかって思っていて。だから聴く人にとって鏡みたいなアルバムにしたかったんです。みんな同じように私がかわいいと思っているもの、面白いと思っているものを聴いているはずなのに、聴く人や聴いているシチュエーションによって、全然違うことを感じたり想像したりしている人たちの姿が浮かんできたらすごく面白いかなって。
悠木碧を恐怖に駆り立てる悠木碧
──その主題の選び方も面白いですよね。スキマが怖いならストレートに「スキマ怖い」と歌ってもいいところを、悠木さんはスキマに対するみんなの思いを集積させることを望んでいる。
たぶんそれは私が本当に怖いと思っているものはスキマではないからなんだと思います。
──へっ!?
本当に怖いのは「スキマに何かいるかもしれない」って思っている自分というか。実際にスキマを覗き込んでみればそこには壁があるのかもしれない……というか、壁しかないことはさすがにわかってるんですけど(笑)、でも私は怖がってるわけですよね。それに今だってナタリーさんはお仕事だから私の話を聞いてくれているけど、実は「面倒くさいなあ」「帰りたいなあ」って思ってるかもしれないし……。
──そんなことは断じてございません!(笑)
でも一度「『面倒くさい』って思ってるかもしれない」って思い始めちゃうと傷付いたりもするわけで(笑)。
──それは悠木さんが勝手に傷付いてるだけです!(笑)
そうなんですよね。毎日生活していれば本当に怖い思いをすることや本当に傷付くこともあるとは思うんですけど、逆に自分が勝手に恐怖に駆り立てられたり、傷付いたりしていることも少なくないと思っていて。一番怖いものはスキマそのものじゃなくて、スキマの向こうに怖い世界が広がってる気がしている自分の想像力なのかもしれないんですよね。だからやっぱり「知ってみると怖くなくなること、楽しくなれることもあるのかもね」って歌いたかったんです。もちろん知らないほうが幸せなこともたくさんあるんですけど(笑)。
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- 1stフルアルバム「イシュメル」2015年2月11日発売 / FlyingDog
- 初回限定盤 [CD+DVD+小冊子] 3996円 / VTZL-92
- 通常盤 [CD] 3240円 / VTCL-60383
CD収録曲
- SWEET HOME
- アールデコラージュ ラミラージュ
- ビジュメニア
- twinkAtrick
- たゆたうかなた
- 迷宮舞踏会
- ロッキングチェアー揺れて
- ソラミミPiZZiCATO
- ダスティー!ダスティーストマック
- クピドゥレビュー
- Angelique Sky
初回限定盤DVD収録内容
- 「アールデコラージュ ラミラージュ」MV
- 「アールデコラージュ ラミラージュ」メイキング映像
悠木碧(ユウキアオイ)
3月27日生まれ、千葉県出身の声優・歌手。4歳の頃から子役として活動し、2003年にテレビアニメ「キノの旅」で声優デビュー。2008年放送の「紅」では初のヒロインに抜擢され、その後さまざまな作品で主要キャラクターを演じる。2011年には「魔法少女まどか☆マギカ」の主人公、鹿目まどか役で大きく注目を集めた。またその一方で2012年3月に1st“プチ”アルバム「プティパ」を発表し、アーティストデビューも果たす。2013年2月には新居昭乃らを迎えた2nd“プチ”アルバム「メリバ」をリリースし、11月には神奈川・横浜アリーナでのアニソン系イベント「ANIMAX MUSIX 2013」に出演。そして2014年1月、表題曲がアニメ「世界征服~謀略のズヴィズダー~」のエンディングテーマに採用された1stシングル「ビジュメニア」を発表し、わずか3カ月後となる4月にはアニメ「彼女がフラグをおられたら」のオープニングテーマ「クピドゥレビュー」をリリース。そして同年夏の「Animelo Summer Live 2014 -ONENESS-」への出演などを経て、2015年2月、1stフルアルバム「イシュメル」を完成させた。