この傷だけは変わらない
──「金色の船」は、歌はもちろん、ピアノの音色も印象的です。
70年代のフォークロックみたいなバンドサウンドにしたかったので、そういうイメージを伝えたら、アレンジャーのトオミヨウさんから届いたアレンジデモが素晴らしくて。歌入れも最高に気持ちよくできたんですけど、家に帰って聴いたら頭の中で弦が聞こえてきてしまって。もういろいろ録音したあとだったのに追加でストリングスを入れることにしました。それで歌入れ後の音源を送ったら、トオミさんが「歌がすごくよかったから、もう瞬間で譜面を書きました」と、アレンジがすぐにできたと言ってくださって。レコーディング当日、ストリングスの皆さんの演奏を聴いたら、本当に船が見えました。涙が出ましたね。弦を入れて本当によかったです。
──「One, One, One」は、YUKIさんの作詞作曲ですね。
これは去年の春、前作にも参加してもらった前田佑くんのハウススタジオで「ゆるく曲作りを始めてみますか」と言って2人で作った曲ですね。前田くんが作ったトラックをもとに、そのコード進行にその場でどんどん歌を乗せていって、パーツごとに作っていきました。すべてのトラックに歌をつけることはやったことがなかったので、やってみようと思いました。勉強になって面白かったです。
──9曲目「友達」のアレンジはギタリストの名越由貴夫さんですね。これはまたちょっとほかのアルバム曲と毛色の違う曲ですが、YUKIさんらしい曲です。
この歌詞は中学生の頃、友達が失恋して大泣きしたときのことを書きました。その友達は本当に大好きな友達で、音楽の趣味も合って、クラスが違っても毎日手紙のやりとりをしたりして。その子が大失恋してしまって泣いていたので、どうにか元気付けたいなと思って、渡り廊下に呼び出して歌を歌って、さらに泣かせたという。歌ったのは特に元気付けられるような歌詞ではなかったんですけど(笑)。
──この曲の歌詞にも「傷跡」という言葉が出てきますね。
最初に「机の落書き」という言葉が思い浮かんで、削った跡がスリットみたいだなと思ったんです。机の傷跡や落書きが私たちをずっと見ていたということを書きたくて。いろいろ変わっていくことはあるけれど、自分たちが残してきたものやこの傷だけは変わらないということ。それを言いたかったです。
──サウンドは初めから今のような方向性だったんですか?
ギターの弾き語りでも成立するようなフォーキーな曲をやりたいなと思っていたので、ギターサウンドをメインにするということは決めていたんですけど、どういうリズムで、どういうアレンジにするかというのは、名越くんにお任せしました。
──そして、「パ・ラ・サイト」は、昨年のファンクラブ会員限定ライブ「little night music」で披露されていた激しいロックサウンドの曲ですね。
ライブで実際に演奏したときのバンドメンバーがレコーディングでも集まってくれたので、レコーディングはスムーズですごく楽しかったです。歌詞に出てくる女の子は若くて、まだいろいろなことを知らないんですけど、決して下品なわけではない。彼女にはすごく好きな人がいたけれど、その人とどうしてもうまくいかなかった。まだ若いからうまく立ち振る舞えなくて、不器用な人なんだということをバンドメンバーに伝えて、サウンドの方向性を考えていきました。
──この女の子は、一見はちゃめちゃに遊んでいるようで、実は不器用で、本当に好きな人には思いを伝えられないような子なんですね。
いろいろな男の人と一緒にいられるのに、本当に好きな人とは手さえつなげなくて、それを今でも後悔している。「今度はきっとやり直すんだ」と思いながら泣くような子なんです。「あんなに好きな人はもうできない」と思っているけれど、その反面、早くドラマの続きを観たいなと思ったり。人ってそういう矛盾しているようなところがあると思っているので、そういうことも入れたかった。この子は毎回自分の行動に対して「あーあ」と思っているんですけど、そこまで深くは考えていない。若いときはそういうこともあると思うんです。だから「ドラマの続き早く観たいや」という言葉が思い浮かんだとき、これでひとつ、この女の子のことを表せたなと思いました。「地べた這いつくばって 呼び続けるのだ」というところはすごく気に入っていますね。もう切なくて泣きそうです。
誰もがみんな祝福されている
──次は、シングル曲にもなっている「こぼれてしまうよ」です。
この曲は歌詞を書くのにあまり時間がかかりませんでした。レコーディングブースに入ったら「音楽は聴くよりも やる方が好きなんだよ」とか「でも もっと言えば 楽器を鳴らすより 歌う方が得意さ」という歌詞が歌いながら出てきて、自分で「面白いことを言っているな」と思って笑ってしまいました。そこから一気に書いて、終盤の「そんなこと あたりまえの世界にしたいなあ」まですぐにできました。
──歌詞には、今まであまり使ってなかったネガティブな言葉も出てきますね。
この歌詞は独白のようなものなので、普段の私の歌詞ではあまり使わない言葉もわざと入れています。特に2番の歌詞は、苛立ちをどういうふうに表現したらいいんだろう、悲しみとか虚しさとかを出せないかな、焦りとか迷いを想像させる何かがないかなと考えながら書いていきました。
──でも、やはり最後は前向きな気持ちに着地させてくれるんですよね。
そうですね。「何々するべき」「何々しないとおかしい」とか、そういうことから全力で逃げていくと、自由な選択肢が出てくるんですけど、選択肢が増えることで何を選んだらいいかわからなくもなってしまう。その中で、自分がどうあれば大変じゃなくなるのかなと考えたんです。不器用な人だったり、優しいけどその分大変な思いをしている人だったり、いろいろな人がいるけど、自分も含めてそういう人たちのことも、たまには許そうよと。全部許せないとなると大変ですよね。自分のことは許して他人のことは許さないという人もいるかもしれない。でも多くの人は自分に厳しくて、人のことも許せない。そういう自分も許そうということです。私は昨日より今日のほうがいいと信じていて、そういう微々たることがいつの間にか大きな変化へとつながると思うんです。
──「誰の上にも見えるよ 白い紙吹雪」という歌詞は、幸福感にあふれる景色が目に浮かぶようです。
ここは一番気に入っています。街を歩いているときに、「すれ違う人たちに紙吹雪が見えたら素敵だな」と思って。これは、誰もがみんな祝福されているんだということです。私にはそれが見えるんだということが歌いたかったんです。
──今のYUKIさんの思いが詰まっている歌詞ですね。
この曲は、本当に私そのままですね。
──最後の「風になれ」は、力強く前に進むような、聴いていて勇気が湧いてくる曲ですね。
この曲は鈴木正人(LITTLE CREATURES)さんにアレンジをしていただいたんですけど、複雑なベースラインにしたことで、まっすぐな歌がさらにいい感じになりました。デモの段階ではオルガンとピアノとギターが入っていたんですけど、かなりジャジーで大人っぽい雰囲気だったので、もっと明るくしたいなと思ってホーンを入れてもらいました。アルバムの最後で自由について歌っていますね。
──「未来は見えないから 不安ではなくて どんとこい! と 準備をするだけだ」という歌詞も、またYUKIさんらしいですね。
私にできることは、日々健康に、思いやりを持って、優しい言葉を発して笑って精一杯生きることだけで、「こうなったらどうしよう」「誰かに裏切られたらどうしよう」と、起こってもいないことを考えている時間はもったいない。自分ではコントロールできないところはもう「どんとこい」と思うだけ。「何が来ても私は絶対大丈夫」という心構えをすることです。不安要素に頭を使うのではなくて、やりたいことのため、明日の自分のために時間を使いたいんです。
──8月にはこのアルバムを携えたツアーがスタートします。どんなツアーになりそうですか?
今、自分のムードがオープンでパワーにあふれているので、すごく陽気なコンサートになると思います。私からあふれているエネルギーはコンサートでお客さまへ必ず伝わると思うので、帰り道、「なんかすごいものを観たな」と思っていただければうれしいです。ぜひ遊びに来てほしいです。
公演情報
YUKI concert tour "SUPER SLITS" 2024
- 2024年8月11日(日・祝)埼玉県 戸田市文化会館
- 2024年8月12日(月・振休)埼玉県 戸田市文化会館
- 2024年8月23日(金)神奈川県 神奈川県民ホール
- 2024年8月24日(土)神奈川県 神奈川県民ホール
- 2024年9月7日(土)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
- 2024年9月8日(日)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
- 2024年9月14日(土)広島県 上野学園ホール
- 2024年9月15日(日)広島県 上野学園ホール
- 2024年9月21日(土)石川県 本多の森 北電ホール
- 2024年9月22日(日・祝)石川県 本多の森 北電ホール
- 2024年10月5日(土)北海道 旭川市民文化会館
- 2024年10月6日(日)北海道 カナモトホール(札幌市民ホール)
- 2024年10月12日(土)宮城県 仙台サンプラザホール
- 2024年10月13日(日)宮城県 仙台サンプラザホール
- 2024年11月3日(日・祝)福岡県 福岡サンパレス
- 2024年11月4日(月・振休)福岡県 福岡サンパレス
- 2024年11月19日(火)大阪府 フェスティバルホール
- 2024年11月20日(水)大阪府 フェスティバルホール
- 2024年12月6日(金)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
- 2024年12月7日(土)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
- 2024年12月21日(土)東京都 東京ガーデンシアター
- 2024年12月22日(日)東京都 東京ガーデンシアター
プロフィール
YUKI(ユキ)
1993年にJUDY AND MARYのボーカリストとしてデビュー。2001年のバンド解散後、2002年にシングル「the end of shite」でソロ活動を開始した。2012年5月にはソロ活動10周年を記念して東京・東京ドーム公演「YUKI LIVE "SOUNDS OF TEN"」を開催し、約5万人を動員。JUDY AND MARY時代にも東京ドームでライブを行っていることから、バンドとソロの両方で東京ドーム公演を行った初の女性ボーカリストとなる。2022年2月6日にソロデビュー20周年を迎え、同日に全国ツアー「YUKI concert tour "SOUNDS OF TWENTY" 2022」の開催を発表。同年5月に「Free & Fancy」、11月に「Bump & Grind」という2枚のEPをリリースする。2023年2月にアニバーサリーイヤーの締めくくりとしてアルバム「パレードが続くなら」を発表した。2024年6月に12thアルバム「SLITS」をリリース。同年8月より全22公演におよぶ全国ホールツアー「YUKI concert tour "SUPER SLITS" 2024」を行う。
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