由薫「Sunshade」インタビュー|1曲1曲と繊細に向き合った新作EPを紐解く (2/2)

同じ時代を生きて、同じ音楽を聴いてきたシンパシー

──「Clouds」は先ほど由薫さんが言っていたように、現在の洋楽の潮流を感じさせる楽曲です。

しっかり洋楽に振り切れたと思います。この曲は⾼慶“CO-K”卓史さんと一緒に作曲しました。アレンジに関しては、やりすぎないことも1つの挑戦だったんですよ。でも曲を作っていると、どんどん音を入れたくなるし、1つひとつの音の質も上げたくなる。もちろんそれもいいと思うんですけど、「Clouds」の場合はあえてデモ音源のギターをそのまま使ったりして、自分らしさを出すことを意識したんです。リファレンスの楽曲を聴きながら「こういう感じにしたいです」とたくさん相談させていただきました。

──英語の歌詞は“過ぎ去った青春”がテーマだとか。

東京の大学に通っていた頃の思い出ですね。海外のリスナーの方にも日本の情景を思い浮かべてほしいので、「Scramble crossing(スクランブル交差点)」という言葉を入れたりしています。あとは学校までの道をワクワクしながら歩いたときのことや、授業が終わったあとのピンク色の空、自分の中で膨らんでくる不安だったり……「自分が思っていることをそのままみんなに見せられたらラクなんだけどな」みたいな曲になりました。大好きなテイラー・スウィフトの、日記のような歌詞の書き方を真似してみたところもあります。そういえば私、テイラーのライブ(今年2月に東京ドームで行われたワールドツアー「The Eras Tour」日本公演)を観たんですよ。本当にカッコよかったし、「プロだな」と思って。憧れてきてよかったと感じたし、すごくインスパイアされました。

由薫

──「Clouds」のリファレンスになっている同世代の海外アーティストに対しては、どんな思いがあるんですか?

私と同じように「テイラー・スウィフトが好き」と公言している人は多いと思いますけど、同じ時代を生きて、同じ音楽を聴いて育ってきたというシンパシーがあって。同世代の海外アーティストの音楽からも刺激を受けるし、私もその土台に乗っていたいという気持ちがあるんですよ。日本にいるとどうしても一歩遅れてしまう気がするし、どこかに壁を感じることもあるんだけど、気持ちだけでも同じ場所にいたいなと。あと、自分のパーソナリティをどうやって音楽に落とし込んでいるかも気になりますね。

この道を歩けば、きっといい歌詞ができる

──「ツライクライ」はドラマティックなメロディが心に残るミディアムチューンです。作詞は由薫さんですが、目に見える景色や色が変わるほど好きになった“君”への思いを描いた歌詞も印象的です。

ONE OK ROCKのToruさんが持っていたデモ音源をもとに、一緒に磨き上げていった曲です。自分がティーンの頃、持ちたてのスマホにいろんな曲を入れて、イヤフォンで聴きながら歩いていた通学路のことを、「あの帰り道、すごく好きだったな」と最近ふと思い出して。そういうふうに聴いてもらえる曲にしたいという気持ちがありました。

──そのためにはJ-POPに寄せたほうがいいな、と思った?

そうですね。私の曲の中で一番多くの人に聴いてもらっているのはドラマ「星降る夜に」の主題歌「星月夜」なんですが、あの曲はドラマの主人公の女性に寄せて歌詞を書いたんです。私よりも大人の女性なんですが、すごく共感できるところがあって。「ツライクライ」は切なくて眩しい青春という感じなのかなと。「君のいない、いない世界が知りたくて きっと愛を知らずに済んだのに 君をツラククライ愛する人になっていた」という歌詞もあるし、「いったい何があったら、こんなことが起きるんだろう?」と思われるかもしれないけど、そういう気持ちになれるのも青春だなって。それは若い子たちだけではなくて、誰しも心に持っているものだと思うんですよ。実際に経験してはいなくても、グッと心を持っていかれる人も多いんじゃないかな。サウンドに関しては若葉に水が滴るようなイメージがあって、純粋でまっすぐな曲にしたいと思っていました。

由薫

──Toruさんとのやりとりで印象に残っていることは?

歌詞に関しては、「雨が降ってるイメージなんです」「香りって、記憶とつながってますよね」みたいな話をいろいろさせてもらって。その中でToruさんから「最後のサビの歌詞を変えてみたら?」と提案がありました。その答えは自分で出さなくちゃいけないと思って、デモ音源を聴きながら街を歩いて、「何があったら、こういう気持ちになるんだろう?」ということを改めて考えて。そして出てきたのが、「君をツライクライ嫌いになったって 今もここで歌っているんだよ」という歌詞だったんです。「自分なりの答えを見つけました」という感じでToruさんに送ったら、「うまく着地できたね」と言ってもらえました。その悩んだ過程も含め全部よかったと思いますね。すごく心地いい悩み方をしたし、Toruさんともしっかりイメージの共有ができたので、そういう意味でも思い入れの強い曲になりました。

──楽曲制作のプロセスだったり、その中で感じたことも反映されているんですね。由薫さん、街を歩きながら歌詞を考えることが多いんですか?

はい。好きな喫茶店があって、そこでケーキを食べながら歌詞を考えたりします。そこから家までの帰り道の時間がすごく大事なんです。「この道を歩けば、きっといい歌詞ができる」って、半分“願掛け”みたいなところもあるんですけどね(笑)。「ツライクライ」の最後のサビの歌詞を考えているときは、雨が降っていて。透明なビニール傘を差しながらその道を歩いた情景をよく覚えてます。

今日で世界が終わるとしたらどうする?

──タイトルトラックの「Sunshade」は、“太陽(Sun)の影(shade)”がテーマなんですね。

はい。この曲もToruさんと一緒にスタジオに入って、「何が正解だろう?」と考えながら作らせてもらいました。この曲が主題歌になったドラマ「笑うマトリョーシカ」はサスペンスだったので、そのテンションに合った曲にしたかったんです。明るすぎても暗すぎてもダメだし……結果的にロックのテイストが強い曲になりました。歌詞はドラマの原作小説に出てくる“日傘”を糸口にしています。脚本を読ませてもらって、主題歌が流れる場面も念頭に置きながら。まさにマトリョーシカみたいに“中心に誰がいるかわからない”という感じにしたかった。ドラマ本編にも何かしらの作用が生まれるような歌詞にしたいと思ったんです。

由薫

──その中には由薫さん自身の経験や思いも反映されているんですか?

「Sunshade」に関しては、自分とリンクする部分がかなり多いですね。この曲を作ってた時期、友達との間で“世界の終わり”がホットな話題だったんですよ。「自分たちが年を重ねたときに地球ってまだあるのかな?」「全部溶けてなくなってるんじゃない?」とか。

──すごい会話ですね。

確かに(笑)。その会話では「どんな選択をしたらいいんだろうね?」という話になって。例えば皆さんも「今日で世界が終わるとしたらどうする?」という会話を1回くらいしたことがあると思うんですけど、そのときには「こんなことがしたい」「あんなこともしたい」って、やりたいことがどんどん出てきますよね。でも実際にはそれをやらない。それはなんでかというと、明日がある、5年後、10年後もあるって信じてるからだと思うんです。

──確かにそうですね。

「Sunshade」の歌詞を書くとき、そういうことを踏まえて「あえてネガティブな仮定をすることで、ちゃんと今に向き合えるような歌にしたい」と思ったんです。この曲の主人公は世界が終わることを知って、“君”を探しに行く。「終わりの日は 選べない」と歌詞にある通り、いつ終わりがくるかわからないからこそ、今日という日をしっかり生きる。それを歌うことで、ネガティブをポジティブに変えられるんじゃないかなと。

──11月には「Sunshade」の収録曲を中心としたワンマンライブが開催されます。どんなライブにしたいと思っていますか?

EP「Sunshade」を直接お届けするライブなんですが、今回はツアーではなくて、東京の1公演のみなんです。タイトルは「After Sun」。前回は夜明けがテーマのアルバム「Brighter」を携えたツアーだったんですが、今回は太陽が沈んだあとのイメージですね。太陽が昇ったり沈んだり面白いなって自分でも思いますけど(笑)、EPの楽曲をしっかり伝えたいと思っています。これまで3回ツアーをやってきて少しずつ自分のライブ感がはっきりしてきたので、ライブならでの表現をさらに追求できたらいいなと思います。

由薫

ライブ情報

After Sun

  • 2024年11月1日(金)東京都 UNIT

プロフィール

由薫(ユウカ)

2000年7月9日生まれ、沖縄出身のシンガーソングライター。幼少期をアメリカ、スイスで過ごし、15歳の頃にテイラー・スウィフトをはじめとするシンガーソングライターに興味を持ったことからアコースティックギターを手にする。17歳頃にオリジナル楽曲の制作を開始。かねてから映画や本が好きで、当時、映画の主題歌を作るというオーディションで特別賞を受賞したことが現在の活動を始めるきっかけとなる。2022年6月にONE OK ROCKのToruプロデュースによるシングル「lullaby」でメジャーデビュー。2023年2月に発表したドラマ「星降る夜に」の主題歌「星月夜」は、リリースから3カ月足らずでストリーミング再生数が5000万回を超えるほど話題となった。2024年1月に1stアルバム「Brighter」をリリース。3月にはアメリカ・テキサス州で行われたイベント「2024 SXSW Music Festival」に出演し、さらに自身初のロサンゼルス公演を開催した。9月にデジタルEP「Sunshade」を配信リリース。