音楽ナタリー Power Push - 吉澤嘉代子

“初期3部作”完結編は真骨頂の妄想絵巻

地獄とユーモア

──そして次が、ミュージックビデオも制作された「地獄タクシー」です。

「えらばれし子供たちの密話」もですけど、このあたりは“事件ゾーン”です。

──MV公開の際、ゲスト出演しているラッパーのACEさんが、実は吉澤さんの同級生だったという意外な過去も明かされていましたが。

そうなんです。同じクラスになったことはなかったんですけど、学校で会えば「おはよう」って挨拶する仲で。撮影でひさしぶりに会ってお話したら、私がACEくんにギターを教えていたらしくて、私はそれ覚えてなかったんです。ACEくんは私が「泣き虫ジュゴン」(吉澤が17歳のときに作った曲。参照:吉澤嘉代子「箒星図鑑」インタビュー)を歌っていたのも覚えてくれていて。

──ACEさんは物語のキーとなるタクシーの運転手を演じていますが、彼の風貌も相まって不思議な映像に仕上がりましたね。

あの人がいいかな、この人がいいかなという想定はほかにあったんですけど、ACEくんにやってもらったら、ユーモアの部分がすごく増して、画面にパンチはあるけど軽やかな映像になったなと満足しています。

──楽曲全体としては、ユーモアと恐怖が折り重なったフィクションを、歌謡曲テイストのメロディで伸びやかに歌うという、まさに吉澤嘉代子の真骨頂という趣ですね。

ミュージカルみたいにシーンがどんどん変わっていくような曲にしたくて。福岡に行ったとき、タクシーの運転手さんに「あなたと一番奥まで行って戻ってくる覚悟ですけどよかですか」って言われて、本当は「あなたと」じゃなくて「ANAだと」だったんですけど、その空耳から妄想で物語を膨らませました。このアルバムは昔作った曲もいっぱいありますけど、これと「えらばれし子供たちの密話」は最近作った曲です。次の「麻婆」も最近ですね。

──「麻婆」は吉澤さんの作風として時折出てくるユーモラスなファンクというか、1970~80年代の「ひらけ!ポンキッキ」の音楽を彷彿とさせる曲だなと思いました。

「地獄タクシー」は地獄に連れていくタクシーなので、地獄の歌が作りたかったんです。地獄をどういうふうに表現しようかなと考えて、辛さかなって。

──確かに麻婆豆腐の見た目って地獄っぽいですよね。

何よりも「あばたの婆」って言いたかっただけなんですけど(笑)。この曲は1日でパッとできました。

──このへんは得意そうですよね。サビの「辛い辛い辛い」がちょっと変拍子になってたりするのも、パッと思い付いて?

はい。自然とそうなっていて、言われて初めて「あ、変拍子か」って気付きました。

吉澤嘉代子

フリーズドライされた少女時代

──そして終盤、9曲目の「ぶらんこ乗り」はインディーズ時代のミニアルバム「魔女図鑑」(2013年6月発売)からのリメイクです。

「地獄タクシー」はこの「ぶらんこ乗り」の前の話として書いたんですよ。「地獄タクシー」で報われなかった夫婦が輪廻転生して再び出会うという。なので地獄ゾーンを挟んで「ぶらんこ乗り」を入れました。

──吉澤さんの楽曲で初めて出てくるビブラフォンをはじめ、チューバやホルン、大太鼓といった、いわゆるJ-POPではあまり使われない楽器が多く使われているのもこの曲の特徴ですね。

ビブラフォンはヒカシューの清水一登さんが演奏してくださったんですけど、清水さんは魔法使いみたいな方で、存在にうっとりしました。バチを片手に2本持って演奏するんですけど、それが本当に魔法みたいで。

──歌詞の世界観については、いしいしんじさんの小説「ぶらんこ乗り」にインスパイアされたものだそうですが。

はい。「ぶらんこ乗り」は大好きなお話で、そのテーマ曲を作るような気持ちで書きました。

──ラストの「一角獣」は最初にお話いただきましたが、フィクションで構成されたアルバムを締めくくる、子供の頃の妄想とお別れをする曲であると。「子供の自分を商品化している」とおっしゃいました。

……説明が難しいんですけど、始まりから終わりまでを描くことで“商品”になると思ったんですね。ずっと会いたい人がいて、その人は自分が描いている妄想の夢から覚めないと会えない自分自身だったりして。お別れをしないと会えない人だと思ったから、お別れの曲にしました。

──吉澤さん自身が言う「アルバム初期3部作」がここで完結なのだとしたら、この先のことはどういうふうに考えているのでしょうか。

区切りを付けた先も、アルバム3枚分ぐらい考えてるんですよ(笑)。たまたまデビュー前に「こういう感じで3枚アルバムを作る」と決めていただけで、その先もまだ浮かんできちゃうから。そういう意味ではここできちんとお別れをしたほうが、次の作品に切り替えがしやすいかなって。

──初期3部作で描かれていたのは大きく“少女時代の自分自身”ということになるのかなと思うのですが、この先はそこから脱却した作品に変わっていく?

はい。でも少女をモチーフにした曲は得意なものでもあるので、誰かから少女をモチーフにした曲を書いてほしいとお願いされたらすぐに書けると思います。ただ、それが自分にとって生モノではなくなってくるかもしれない。自分がグッとくる、すぐ泣いちゃうみたいなものではなくなりました。生の状態だったものがフリーズドライされて、いつでも使える素材になった気がします。

公演情報

吉澤嘉代子「屋根裏獣」発売記念アウトストアイベント
2017年3月15日(水)東京都 LOFT9 Shibuya
内容:トーク / サイン会
吉澤嘉代子「獣ツアー 2017」
2017年4月29日(土・祝)岡山県 CRAZYMAMA KINGDOM
2017年5月4日(木・祝)宮城県 darwin
2017年5月7日(日)東京都 東京国際フォーラム ホールC
2017年5月13日(土)福岡県 BEAT STATION
2017年5月14日(日)大阪府 なんばHatch
2017年5月19日(金)愛知県 芸術創造センター