ライブの喜びを知ってしまった
──そこからどういう流れでクラウドナインに所属されたのでしょうか。
私はずっとライブがやりたかったんですよ。両親の影響もあると思うんですけど、私の中では「音楽をやる=ライブをする」だったので。けどやっぱり1人でやれることには限界があって……。「歌い手活動は順調に続いてるけど、ライブをするにはどうしたらいいんだろう?」と思っていたところに、クラウドナインさんとご縁があり所属することになりました。
──個人的な意見ですが、音楽活動をライブありきで考える歌い手さんは珍しい印象があります。
そうなんですかね? 私は「ライブをするためにこの活動をしている」と言っても過言ではないくらいの感覚でいます。
──ライブといえば、ちょうど先日「COVER LIVE TOUR 2024 “爪痕”」と銘打ったZeppツアーが終わったばかりですね(※取材は9月上旬に実施)。
楽しかったです! やっぱりライブだなって思いましたね。レコーディングのときは意識が内へ内へ向かう感じというか、自分の中にある深いところへ潜り込んでいく感覚なのですが、ライブの場合はそれが全部外側へと向くんです。観客の皆さんは私が発した以上の熱量を返してくれて、それに感化された自分もまた、それ以上のものをお返しするっていう、その日そのときのその一瞬が次々と作り上げられていく場で……。会場中に“刹那的な感情のぶつかり合い”みたいな空気が充満していくのが、本当に素晴らしいなと思いました。もちろん録音は録音で、より自分自身の深い部分と向き合うことになるので、それが形になったときの達成感や喜びはすごいんですけど。
──その両方の喜びを得られる立場を手に入れたということですね。
そうですね。ただ、ライブがあまりにも楽しすぎて今後が心配です(笑)。ライブの喜びを知ってしまった今、誰もいない状況でひたすら自分と向き合うレコーディング作業にちゃんと楽しさを見出せるのか……。
──そこは心配ないと思いますけどね。なんせバスケを辞めなかった人ですから。
わはははは! 確かに(笑)。
「なぜこんなに稚拙に聞こえる?」
──そしてこのたび、2曲連続アニメタイアップという形でのメジャーデビューが決定しました。テレビアニメ「ひとりぼっちの異世界攻略」オープニング主題歌「ODD NUMBER」が10月4日に、テレビアニメ「来世は他人がいい」エンディング主題歌「なに笑ろとんねん」が10月8日にデジタルリリースされます。
感慨深いです! 私自身がさまざまなアニメ作品の主題歌を聴いて元気をもらってきた人間なので……。自分もそんなふうに誰かに元気を与えられる存在になれるかもしれない、そんな機会をいただけたことが本当に光栄です。しかも、「ODD NUMBER」は何度も何度もカラオケで歌った、ナナホシ管弦楽団さんに書き下ろしていただいた楽曲で。二重にエモいというか(笑)、「人生、ロマンあるなあ」って思いますね。
──ということは、アニメの主題歌を歌ってみたいという気持ちはもともと強かった?
どちらかというと、望んですらいなかった幸運って感じです(笑)。「絶対にアニメの主題歌を歌うんだ!」っていうよりは、「歌を歌えるだけでもうれしいのに、それがアニメの主題歌になるだなんて……!」という感覚ですかね。
──なるほど。レコーディングにはどんな意識で取り組みましたか?
私の中で、この2曲はけっこう対極にある楽曲だなと思っていて。「ODD NUMBER」は拳を上げる感じのロックナンバーという印象なので、荒々しさなどを意識して表現しました。「ひとりぼっちの異世界攻略」の主人公は少年なので、やんちゃ感も出せたらいいなって。特にAメロやBメロはなるべく声が中性的に響くようには意識しました。これまであまりやってこなかったアプローチなので、すごく新鮮でしたね。
──「なに笑ろとんねん」に関してはどうですか?
こちらは逆に、しなやかさみたいなものを表現できるように心がけて歌いました。作詞作曲を手がけてくださったてにをはさんからも「強く生きる女性のイメージです」というお言葉をいただいていましたし、歌詞からも母性に似たものを感じる瞬間があるので。本当に「ODD NUMBER」とは対になる楽曲なので、歌の表現も対極になったなと思っています。
──「ODD NUMBER」はアップテンポな8ビートナンバーで、「なに笑ろとんねん」はハーフシャッフルビートの楽曲です。ビート的な意味でも対照的な2曲ですが、その乗りこなし方が新人離れしているなと。
ホントですか!(笑)
──これは個人的な感覚ですが、吉乃さんのように1人で黙々と歌ってきた人の場合、音程に関しては皆さんものすごく気にされるんですけど、リズムの表現は意外と大雑把になりがちなイメージがあったんです。
以前、「同じメロディであっても、その旋律が本当に表現したいニュアンスはリズム感のいい人が歌うことで発揮される」ということに気付いた瞬間があったんですよ。歌がうまい人って、ただ単に音符通りのリズムで歌うだけじゃなくて、どこで切ってどこまで伸ばすか、みたいな細かいコントロールがすごく上手。それに気付いて以来、私もリズムをかなり気にするようになりました。「なんで自分の歌ってこんなに稚拙に聞こえたり、聴いていてつまらない瞬間があるんだろう?」と思うことがよくあったりしましたが、けっこうそこが大きな差だったんだなと。
──第三者からそう教えられたわけではなく、うまい人の歌を聴くだけでそこに意識がいくのは素晴らしいと思います。
すごく歌のうまい方が周りにたくさんいてくれて本当によかったです。
普通の人間はどこまで行けるのか
──将来的にどんなふうになっていきたいとか、何か理想像はありますか?
ごはん屋さんに行ったら有線で流れていたり、街中のビジョンから聞こえてきたり、コンビニでかかったり……街中のいろんなところで自分の歌を聴けるようになることが私の理想ですね。私が音楽をあきらめきれなかった理由がそこにあるんですよ。もし音楽を辞めてしまったら、私は絶対に「あのとき音楽を続けることを選んでいたら、今このコンビニで自分の歌が流れていたかもしれない」と思ってしまうだろうし、絶対に死ぬほど後悔すると確信しているんです。
──かなり実生活と地続きな理想像をお持ちなんですね。この手の質問には「日本武道館に立ちたい」みたいなことを答える方がわりと多いんですけど。
よく人からも言われるんですけど、私は現実主義すぎるところがあるんです。表現者としてはあまりよくないのかなとも思うんですけど……ただ、いわゆる「武道館に立つ」みたいな目標で言うと「昨年9月にゲストとして立たせてもらった横浜アリーナに、いつか絶対に自分の足で戻らなければ」とは思っています。今度は自分の力であの景色を見たいなって。
──それもやはり夢物語としてではなく、ちゃんと実生活に紐付いた目標ですよね。一度その場を経験したからこそ言える言葉というか。
そうですね。やっぱり「アーティストとしての目標は?」とか、よく聞かれるんですよ。でも現実主義すぎるからこそ、今までは答えられることが何もなくて。初めてできた明確な目標ですね、横アリは。
──そうやって現実的に、地に足のついたものの考え方をする人がアーティストとして大きくなっていく姿というのは、いわゆる“普通の人”にとって希望になる話だと思います。
そう、そうなんですよ! 私は自分のことを普通の人だと思っていて……まあ、周りからは「変わってるよ」と言われるんですけど(笑)、別にエキセントリックな行動をする人間というわけでもないですし。だからこそ、「そんな普通の人間が意地で音楽を続けて、現実的に考えて、やるべきことを粛々とやっていった結果、どこまで行けるのか」という挑戦だと考えて活動に臨んでいます。いつか「こんな普通の私でもここまで来れたよ」って言えたらうれしいなあと思いますね。
──すでにその位置にいると思いますけどね。持ち曲がほぼない状態でZeppツアーを回れる人なんてそうそういないですから。
それに関しては本当にびっくりで(笑)。「本当にZeppでライブやるんですか?」って何回スタッフさんに確認したかわからないくらいでした。
──でもご自身では全然まだまだだと思っていて、「もっと大きな景色を見せてやる!」という気持ちなんですね。
はい! まさにその気持ちです。
プロフィール
吉乃(ヨシノ)
歌い手。2019年2月に「歌ってみた」の投稿を開始。活動当初から公開してきたカバー動画の数々が好評を博し、YouTubeのチャンネル登録者数は現在13万人を超える。2024年1月に東京・恵比寿ガーデンホールにて初のライブ「吉乃 1st COVER LIVE “カサブランカ”」を2日間にわたって実施し、7月から8月にかけては2度目のライブであり初のツアーとなる「吉乃 COVER LIVE TOUR 2024 “爪痕”」を愛知、福岡、大阪、東京のZepp会場にて開催。9月には1stライブの模様を収めた映像作品をリリースした。10月にポニーキャニオンからメジャーデビュー。10月放送スタートのテレビアニメ「ひとりぼっちの異世界攻略」のオープニング主題歌、そして同じく10月放送スタートのテレビアニメ「来世は他人がいい」のエンディング主題歌を担当する。