米津玄師|「チェンソーマン」の“痛快”を 直感と衝動のままに叫び描いて

米津玄師が11月23日にニューシングル「KICK BACK」をリリースした。

表題曲はテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマで、米津が常田大希(King Gnu、millennium parade)と共同アレンジを行った1曲。カップリングには新曲「恥ずかしくってしょうがねえ」が収録される。

シングルリリースを記念して、音楽ナタリーでは米津にインタビュー。「KICK BACK」の制作背景や「チェンソーマン」への思いをはじめ、米津と常田が筋トレを繰り広げる姿が大きな話題を呼んだミュージックビデオ撮影の裏側や2年半ぶりのアリーナツアーを終えての感想に至るまで、じっくりと話を聞いた。

取材・文 / 柴那典撮影 / Jiro Konami

「チェンソーマン」という作品自体にドラムンベースの要素を感じた

──「チェンソーマン」のオープニングテーマを作ってほしいという依頼が来たときの心境はどんなものでしたか?

米津玄師

もともと、めちゃくちゃやりたかったんですよね。原作を読んだときから、「チェンソーマン」がアニメ化されるのであれば、なんらかの形で曲を作りたいとずっと思っていたので。話をもらう前から「自分だったらどんな曲を作るか」みたいなことも考えたりしていました。実際にやれると決まったときは純粋にうれしかったです。

──「チェンソーマン」のどんなところに魅力を感じていましたか?

マンガの中では悪魔が日常的に人間に害を及ぼして、それによってグロテスクなことが巻き起こったりしていて。非常にシリアスな世界なんだけれど、物語の中心にいるデンジというやつが、なんと言うか、ひたすらバカなんですよね。デンジの存在によって、周りのシリアスな環境や物語が、どんどんギャグになっていく。それが非常に痛快だと思うんです。義務教育をまったく受けていないような人間が、大真面目にいろんなものをぐちゃぐちゃにしていく。そのような様は今まで見たことないし、痛快な作品だなと思います。

──話をもらう前からどんな曲を作ろうかを考えていたということですが、曲を作るにあたっては、どんなアイデアが最初にありましたか?

最初はドラムンベースをやりたくて。今の「KICK BACK」にも名残は残っているんですけど、デモの段階では、忙しないドラムにシンセの長いフレーズが乗っているような、いわゆるザ・ドラムンベースの形でした。

──ドラムンベースをやりたいと思った理由は?

「チェンソーマン」を読んでいたら、けっこうな人がそれを連想するのではないかと思うんですけど、作品自体からその要素をそもそも感じるような気がしますね。

とんでもなく不幸な状況だと、具体性を失っていく

──実際の楽曲制作はどんなふうにスタートしたんでしょうか。

まず監督やアニメサイドの方たちとの打ち合わせから始まったんですけれど、監督からもらったオーダーで覚えているのが「ジェットコースターみたいな曲を作ってほしい」ということだったんですね。転調を繰り返して、パートごとにガラッと変わって、別の曲かと思うような高低差のある曲で。振り回されながら聴いて、気が付いたら1曲終わっているような曲を作ってほしいというオーダーがありました。最初は非常に難しいことを言われているなという印象だったんですけど、打ち合わせが終わったあとにどうしようか考えていたら、転調って2つの意味がありますよね。自分では音楽的にスケールを変えることだと思っていたんですが、曲調がガラッと変わることを転調と言う人もいるので、「監督はどちらの意味で言っているんだろう」となって、わからないからどっちもやりました。

──この曲には「努力 未来 A BEAUTIFUL STAR」という、モーニング娘。の「そうだ!We're ALIVE」の歌詞のフレーズが引用されています。このアイデアはどういう由来だったんでしょうか?

これは直感としか言いようがないです。なんかわかんないけど、とにかく使いたい、マジでどうしてもやりたいという感じでした。

──この曲は2000年のリリースですが、米津さんはリアルタイムで聴いていましたか?

そうですね。世代なんで、小学生のときにずっと聴いてました。「そうだ!We're ALIVE」って、サビで「幸せになりたい」と歌っているんですよね。それも「♪しーやわせになりたい」って、「や」で歌っているんですよ。それが、なんだか当時の自分の耳にすごく残ったんです。どうして「しあわせ」じゃなくて「しやわせ」なんだろう、って。当時は、友達とそこだけ歌い合うみたいなことをやったりもしていて。それが非常に強く記憶に残っていたのですが、「チェンソーマン」のオープニングテーマを作るとなったときに、急に思い出したんです。そこが紐付いてからは早かったですね。曲をひさしぶりに聴き返して、これしかない。自分が「チェンソーマン」のオープニングテーマを作るならこれをサンプリングする以外の選択肢がないという状態でした。

──そこからつんく♂さんサイドに連絡を取って許諾を取ったわけですね。それっぽい言葉ではなく「努力 未来 A BEAUTIFUL STAR」という原曲のフレーズそのものを使うことが、曲を作るうえで重要なポイントになった。

そうですね。つんく♂さんにブログで書いていただいて非常にうれしかったんですけれど、ブログには「ニュアンスを出したいなら似て非なるものを作ればいい」と書かれていて。いやいや、あんなフレーズ、あなたにしか書けないですよと思いました。当時この曲を歌っていたモーニング娘。は時代を象徴するようなアイドルだったと思うんですけど、それには相応の理由があるということを今聴き返してもひしひしと感じます。改めて聴いてもすごいなと思います。

米津玄師

──「幸せになりたい」という言葉は「KICK BACK」という曲の中で非常に重要なフレーズになっています。サビでも「ハッピーで埋め尽くして レストインピースまで行こうぜ」と歌っている。曲を作るにあたって「幸せ」や「ハッピー」や「ラッキー」という言葉を通してどんなものを表現しようと考えたんでしょうか。

デンジって、めちゃくちゃ恵まれない環境に生まれたんですよね。義務教育も受けていないし、まともな状況下で育っていない。そういうとんでもなく不幸な状況だと、具体性を失っていくと思うんです。とにかく幸せになりたい。でも、幸せになるためにはどうしたらいいかというところにまで考えが及ばない。とにかくお金が欲しい、何をどうすればいいかもわからないけれど、ただ欲しい。そうやって、欲求がものすごく抽象的な感じになると思うんです。とにかくハッピーに生きられたらいい、楽しければいい、ラッキーだったらいい。そういうふうにしか考えられないのって、非常に大きな不幸の裏返しである気がするんですよね。「チェンソーマン」のオープニングテーマを書くにあたってデンジという主人公を表現するためには、「幸せになりたい」「ハッピー」「ラッキー」みたいな具体性を失った平坦な言葉、わかりやすい言葉で構築していく必要があると思いました。

──「幸せになりたい」のあとに「楽して生きていたい」というフレーズが続くのがとても強い意味合いを持っていますよね。欲望に忠実なデンジのキャラクターを捉えつつ、その裏側にある乾いた虚無感のようなものまで描かれているように思います。

小津安二郎監督の「東京物語」(1953年)という映画が非常に好きなんですけど、曲を作っている中で、どこかあの作品を思い出したんですよね。映画の中では老夫婦が東京の子供たちのところを訪ねるんですけど、子供たちにはすごく邪険に扱われ、追い出されて宿泊した宿でも全然寝られない。邪魔者扱いされながら東京を散策するんですけど、でも、おばあちゃんはずっとニコニコしているんですよね。「得難い出会いだ」みたいなことを、念仏のように何回も何回も、ニコニコしながら言うんですよ。絶対そんなはずないじゃないですか。邪魔者扱いされているわけだから。でも「かけがえがないね」と言うしかない。そういう状況にいるときって、本当に具体性を失うんだと思います。とにかく楽しい旅行であるという様式をなぞる以外の選択肢がない。こんな不幸なことってあるだろうかと思います。それと同じように、本当にどん底の状態にいると、とにかく「幸せになりたい」とか「楽して生きていたい」みたいなあけすけな言葉しか出てこない。「ハッピー」とか「ラッキー」みたいな言葉しか出てこない。それしかない感じが歌詞に出るといいかなと思いました。


2022年11月23日更新